古代文明の遺跡や魔物の巣食う迷宮へと足を踏み入れ、調査を行うのが主な仕事だ。その性質上、前提として高い戦闘能力を要求されるため、調査以外にも単純に魔物討伐を請け負うことも多い。
かつて勇者の一党には、一時的に複数の冒険者が加入していたこともあったという。それだけの実力を持つ者は流石に稀だが、それでも魔族程度なら相手取れる冒険者は結構な数存在している。
何せ、古代文明の技術は未だ完全には解明できていないし、魔族はそれを悪用しようとすることもあるのだ。となると当然、遺跡内で魔族とかち合っても撃破・生存できるだけの実力が備わっている必要がある。
「夜魔香花の採取に、大鼠の討伐……実力相応なのはわかってるけど、もうちょっと良い依頼を受けられるようになりたいなぁ……」
そう呟くのは、そんな実力など持っていない、いかにも新人っぽさ丸出しの少年である。
ライ・ブランニュー。最近故郷を旅立ち、王都で冒険者になったばかり。
夢とロマンを追い求めるのは良いですが、現実を見ることも忘れずに。そんな事務員の言葉に撃沈しかけた、全く強くも何ともないごく普通の一般人。それが彼だ。
「いや、多分少年じゃ無理っすね。まず戦闘に対する才能が全くないっす。あのバカと同じくらい一般人、って感じがするっすよ」
「どのバカだよぉ……」
普通に撃沈した。
ライに辛辣な言葉を投げかけたのは、最近冒険者ギルド王都支部に出入りしている車椅子に乗った少女だ。錆色の髪が綺麗で、とても顔立ちも整っている。割と頻繁に声をかけてくれるので、最初の頃は自分に気があるのかななどと考えていたが、普通に自分が冒険者として弱すぎるのでガチ心配でしかないな、と気づいたのは一昨日のことである。
正直なところ、この少女もあんまり強そうな感じはしないのだが、と心中でぼやく。そもそも車椅子に乗っているのだ、とても戦えそうにない。もしも何かあったら弱いなりに自分が守ってやらねば、などと考える程度にはライは良い少年だった。
「まあ、あいつは弱いなりに色々と器用に立ち回れるっすし、少年も死ぬ気で頑張れば……いやー、やっぱり師匠に教えを請わないと無理そうっすね。消息不明っすけど」
「上げて落とすのやめてくれない?」
「うーん……正直、マジで見どころがないっすね。手っ取り早く強くなるには禁呪の習得に挑む、とかがあるんすけど……」
「え、手っ取り早く強くなれるものなの」
「言っておくと、習得できなきゃ死ぬっすからね」
「あっダメだこれ」
会話の中で何度も上げて落とすのは酷いと思うな! と少年のピュアハートが叫ぶ。
「例えば、肉体や精神、魂とかを幻想にしてこの世界から一時的に切り離すって禁呪があって、これの習得の最終段階での試練なんすけどね」
「聞いてるだけでヤバそう」
「禁呪っすから。で、壁や床がバカみたいに硬い密室の中で、天井が落下する前に脱出するって試練なんすよ」
「マジで習得できなきゃ死ぬじゃん!」
「どこぞの一般人代表は習得できなかったっすけど、壁を砕いて脱出したんで運が良ければ生き残れるっすよ」
「それができる奴は一般人とは言わない!」
悲鳴を上げるライに、少女がけらけらと笑う。確かにその通りだ。一般人はバカみたいに硬い壁を砕くことはできない。
話していてわかったが、この少女は色々なことを知っている。禁呪の習得についての知識とか、どこで得たのだろうか。
「あれの禁呪や武技の習得失敗面白エピソードなら他にもあるっすよ。帝国の方に皇帝が開いたビレト一刀帝王剣ってのがあって」
「名前だけで強そうな感じが凄い」
「その剣技の一つに、地面ごと叩き割る剛剣があるんすけどね。習得できなかったんで素手で剣越しに地面を砕いてたっす」
「それはもう剣持たなくて良いんじゃないかな」
素手で地面を砕けるのに地面を叩き割る剣技を習得する意味とは。
「それが少年が少年たる理由っすね。剣と素手じゃリーチが違うし、威力の出し方も違うっす。地面を叩き割れるパワーも、当たらなければ意味がないっすからね」
「それはそうなんだろうけど……」
「常に最上級のパフォーマンスを出すのは難しいっすからね。一つしか手札がないなら動きも単調になるし、そうなれば妨害するのも簡単。理想形は、複数の動きや型を状況に応じて一定のパフォーマンスで使い分けることっすよ」
「わぁい、僕はできそうにないや」
「まあ、その辺は本当に才能次第っすから。一つのことに打ち込み続ければ、それに関してはそこそこできるようになるっすけど……それを複数となると、かかる時間は膨大っすからね」
そうなると、本当に自分には才能がないのだとわかる。
ライは故郷で剣術を少しの間習ってはいたが、身についたかと言われるとそうでもなかったりする。教えられたことをマスターするだけでも二年は必要だろう。それを複数の分野で繰り返すとなると、どうなるかは目に見えている。
「……強さには相応の理由がある、か」
「よく言われてることっすね。その通りっす。正負同値の法則――マイナスが大きくなれば大きくなる程、プラスも大きくなるっす。人以上に強いってのは、その分何かを背負ってるってことになるんすよ」
例外もあるっすけどね。少女はそう付け加える。
ならば自分はその例外にはなれなかった、彼女の言う一般人なのだろう。少なくとも、これまでライは大きな不幸というものを経験したことがない。親はまだまだ元気だし、友人にも恵まれている。彼らを事故で失ったようなこともないし、故郷もそれなりに裕福な土地だった。
「冒険者、ならない方が良かったのかなぁ」
「そっすねぇ。少年は早死にしそうっすし、もうちょっと世の役に立てるような職に就いた方が良かったと思うっすよ」
「やっぱり?」
「マジで才能ないっすから。だからその分、もっとその幸せを大事にしておくべきなんすよ。……それを、あいつは」
少女が俯く。その表情は陰になって見えず、しかしその雰囲気を感じ取り、ライは何も言えなくなる。
彼女にも、大切な人がいるのだろうなと思った。でも、その人はきっと、ささやかな幸せを手放し、戦いに身を投じてしまったのだ。
それを悪いこととは思わない。自分の幸せよりも優先するべきことがあったのかもしれない――自分ではなく、誰かの為に動ける人は、とても良い人だから。まあ、ライ自身は自分の欲というか、冒険者への憧れで故郷から離れた人間であるため、そういった人は眩しく感じられて、逆に心苦しいのだが。
「あら?」
少しして、こちらを向いている人がいることに気付いた。淡い青の長い髪。白を基調としたコートの似合う女性だ。
ライは彼女を知っている。というのも、彼女は冒険者の間ではかなり有名だ。帯剣こそしているものの、普段身につけている鎧が見られないため、今日はオフということだろう。そもそも彼女の本来の得物は剣ではない。
「あ、ナタリーさんじゃないっすか」
「久しぶりね、ラスト。キエーザ以来かしら」
少女と知り合いだったのか、と二人を見る。
ナタリー・ウェルランド。世界的に見てもとても有名な、十の指に入る実力を持つ冒険者だ。最近は王都で活動していて、何度か見かけたことがある。
「そういえば騎士に稽古をつけてるとか聞いたわね。それで……こっちの子は新人かしら?」
「ひゃ、ひゃい! ライ・ブランニューです!」
「クッソ緊張してるじゃないっすか。少年って童貞なんすか?」
頬杖をついてにやにやと笑う少女――ラストを、ナタリーが小突く。
「こら、レディがそんな言葉を使わないの。……というか、やけに親し気だけど。どういう関係?」
「ここ最近ちょいちょい支部長とお話があったんで、その際に知り合った感じっすね。適当にお話してる程度の仲っすよ。主に少年に才能がないことを弄ったり」
「あなた、本当に趣味が悪いわね……」
色々な意味で。そう呟くのを見て、ライは正気を取り戻した。
「いやいや、君こそどういう関係なの!? こんな有名人と気軽に……!」
「え」
今度はラストが停止した。ナタリーと顔を見合わせ、ライから少し離れた位置に移動する。
「……もしかしてあの子、あなたのこと知らないの?」
「いや、その……確かにわたしについて何か反応したりしてる様子はなかったっすけど……マジで何にも知らないんじゃないっすかね……」
「そんな子初めて見るんだけど。いや……ええ……?」
小声で何か話しているが、いまいち聞き取れない。
しかし、と顎に手を当てて考え込む。ラスト。どこかで聞いたことのあるような名前だ。もしかしたらこの少女も、結構な有名人だったりするのだろうか。でも全然普通な印象なんだよなぁ。あんまり凄そうには見えないし、と失礼な感じの感想が頭の中で回っている。
ライが思考に耽っている間にどうやら二人の話は終わったようで、彼のところへ戻ってくる。
「新人、ってことだけど……正直言わせてもらうと、やめた方が良いわ」
「うっ」
「ラストじゃないけど、あなたからは戦う才能を全く感じられない。ウィゼル以下ね。彼は地獄のような鍛錬、世界レベルで優秀な師匠、妄執とも言えるくらいの意思が噛み合った結果、私でも中々勝てないような実力を手にしたけれど……それにしても、かなりの時間をかけたわ。彼は冒険者ではないけれど、それでも……私達がしているのは、そういう仕事」
――あなたに、それができる?
ナタリーの無言の問いかけに、ライは視線を逸らす。
事務員に言われた通りだ。自分は夢とロマンというものを求め、故郷を出て冒険者となった。だが、
確かに夢もロマンもある仕事だろう。しかし、それ以上に人の命がかかった仕事だ。命がけで遺跡や迷宮といった危険地帯に足を踏み入れ、調査を行い、場合によってはバッティングした魔族や盗掘者と殺し合うことだってある。
戦いの才。殺す覚悟に、死ぬ覚悟。それらの前提の上、それとは別に調査・探索の腕を磨いて初めて成立する仕事。そんなものが、自分にできるだろうか?
「……わかり、ません。僕は、冒険者に憧れて……それだけで、ここに来たので」
「そう」
「でも、投げ出すことも、したくありません。そのせいで誰かに迷惑をかけることになっても……逃げ出してしまえば、全部無駄になる。そんな気がするんです」
手を強く握りしめる。
少女にも、最上位の冒険者にも才能がないと言われた。それはそうだろう。ライ・ブランニューという少年は、これまでそういった強さというものには無縁の生き方をしてきた。精々が護身にもならない剣術を齧った程度だ。
しかし、才能がないからと言って投げ出してしまえば、それで終わりだ。たとえそのせいで死ぬのだとしても、自分で決めた生き方を投げ出せば、きっと自分のことを許せなくなる。
逃げ癖がついてしまうのは、絶対に嫌だった。
「才能がないなら補います。何で補えるのかはわかりません。それでも、死に物狂いで探します。それで、僕は――」
「もう良いわ」
ナタリーが言葉を遮る。少し驚き、その顔を見上げる。
彼女は笑っていた。ポンとライの頭を軽く撫で、その手を掴む。
「そういう子は嫌いじゃないわ。うん、気に入った。あなたがある程度戦えるようになるまで、私が戦闘の基礎ってものを叩き込んであげる」
「え」
「良いじゃない、必死に強くなろうとするの。ウィゼルを思い出すわね」
「昔っから頑固だったっすからね、あいつ。しかし少年、ナタリーさんの稽古は厳しいっすよ? やめておくなら今のうちっすけど」
「いや、あの……え? 本当に、良いんですか?」
「ええ。その代わり、色々とこき使わせてもらうから。覚悟しておきなさい」
急なことに、いまいち処理が追い付かない。しかし少しずつ、世界でも最高峰の実力を持つ冒険者に師事できるという事実を認識し――その顔を綻ばせた。
「お、お願いします……先生!」
「先生だって。そんな風に呼ばれるの、いつ以来かしら」
「良かったっすね。まあ、地獄の特訓で泣き喚くのが目に見えてるっすけど」
「そんなこと言わないの。最初の方はそれなりに加減してあげるから」
嬉しさに少しだけ、涙が出てくる。
冒険者になり、まだ日は浅いものの――ここに来て良かったと、そう思える瞬間だった。
なお、これから暫くの間、稽古のあまりの過酷さに泣け叫び、ラストの言った通りになったのだが、それはまた別の話である。