短距離転移を繰り返す。
消えては現れ、近くにいた魔物や魔族を殺せばその直後にまた消える。
そうして王都の門まで到着したら、ラストは幻想舞踏を行使し、結界をすり抜けて外に出た。
「こっちっすね」
迷わず、特定の方向に向かって駆ける。王都からそう離れた場所にいるわけではないことは推測がついていた。故に今回の場合は転移するより走った方が正確かつ早い。
黒幕――魔人キレホキのところに辿り着くまで、時間はかからなかった。
「やはり来たか。当代の勇者よ、待っておったぞ」
「もう面倒くさいんでさっさと死んでくれないっすかね」
穏やかなる空の歩み。即座に魔人の後ろへと転移し、フリーの右手で砕鬼。それと同時に低級の魔物が拳と背中との間に出現する。それを読んでいたラストは幻想舞踏によって魔物をすり抜けて命中させようとし……
衝撃によって魔物が爆散する。肉と血が飛び散り、彼女の視界を塞ぐ。その間に魔人はその場から消えており、小さくラストは舌打ちした。
「幻想舞踏で相殺したっすね。本当、面倒くさい……」
幻想としてこの世の理から外れても、相手もまた幻想であれば条件は同じ。幻想舞踏に対する唯一の対抗策。
ラストがこの場に現れた以上、既に消化試合のようなものだ。彼女の勝利で決着する。故にあの魔人は、どれだけ時間を稼ぎ、どれだけ望む方向に決着の仕方を誘導できるかといったスタンスのようだ。
「
詠唱破棄からの詠唱短縮。ウェントスの猟犬――特型戦術級魔法。準禁呪とも呼べるだけの性能を持つこの魔法は、空気を媒介に仮想生命を創り出して敵を襲うというものだ。
不可視の猟犬、その数は八。その全てに幻想舞踏を行使し、同じく幻想舞踏による回避をできないようにする。
魔人の位置は掴んでいる。猟犬を向かわせ、同時に自らもその場へと転移する。魔人の上に出現し、マエルストロン螺旋剣一ノ型……
再び魔人の姿が消える。転移だろう。詠唱はしていなかった。故に考えられるのは、魔法器による転移魔法の行使か禁呪を利用したその場からの離脱。魔力の流れからして前者だと当たりをつけ、身を捩って魔人が現れた場所へと向き直る。
マエルストロン螺旋剣二ノ型、大渦投げ。空絡めから繋がる剣技。絡め取った空気を投げるように解き放ち、魔人へとぶつける。猟犬もその風の流れに乗って魔人へと殺到し、肉に見えない牙が食い込んだところで、また魔人の姿が消えた。
準備はしっかり済ませてきていたのだろう。スペック上では
「さっさと仕留めたいんすけどね……!」
ヴォールヌイ遠刃術第一番、
飛駆を連続で。幾多もの斬撃が飛翔し、魔人へと迫る。剣速そのものが遅くても使用できるのが飛駆の特徴だが、ラストは素で斬撃を飛ばせるだけの速度と鋭さを兼ね備えているため、本来の飛駆よりも強力になっている。何より、アルス=マグナによる補正が本来手札の一つでしかないこれらの武技を、必殺の領域にまで昇華していた。
――聖剣アルス=マグナ。教会が認定・保有している伝説級の武器の一つ。しかし、そういった武器の中では格が低い方だ。その理由は明確。アルス=マグナの持つ効果は、装備者のコンディションを整え、武技や魔法をより強く、より扱いやすくする程度の効果しかないからだ。
勇者はその性質上、100を105にするものよりも0を100にするものを好む傾向にある。素のスペックがあまりにも高く、それでもなおできないことを伝説級の武器によって実現することで、その性能を更に高める。それが勇者の一般的なスタイルである。
しかし、ラストの場合はその逆だ。元々できることが極めて多い。二十一の禁呪を会得し、三十六の武技を修め、魔法学院に伝わる魔法の九割強を扱える。この数は歴代でも群を抜いている、まさに最優の勇者。だからこそ彼女は、アルス=マグナを選んだ。これらの手札全てが、本来の実力以上の効果を引き出せるようになるのだ。それぞれは微々たるものだとしても、その影響は大きい。
「ぐっ……!」
魔法による障壁が十二枚展開され、そのうち七枚が一度の斬撃によって破壊される。詠唱破棄は高等技術。それができるだけでも十分強者と言えるのだが、勇者の前ではその程度は誤差でしかない。残りの斬撃を防ぐことができないのは目に見えていた。故に魔人は一瞬だけでも稼げた時間を利用して大きく跳躍し、その場から離れる。
そこに猟犬が襲い掛かった。一匹の牙を腕で受け止め、下から迫るもう一匹は蹴り飛ばして対応する。だが、残りの六匹が適度にタイミングをずらして襲撃し、魔人に魔法器の使用を余儀なくさせる。
遠くに現れたところに、空絡めからの大渦投げ――それに飛駆を併用する。巨大な刃が魔人を呑み込もうとしたところで、再び魔人の姿が消えた。アルス=マグナの腹で肩を叩く。ちょっとした癖のようなものだが、後遺症のせいで思ったより痛かった。元々激痛に苛まれていたところに、更に力が加わればそれは痛いに決まっている。
「……流石よな。舐めていたわけではないが、ここまで圧倒されるとは」
戦闘を開始してからまだ時間も経っていない。魔人は体力的には余裕があるようだが、魔法器を乱用している以上どこかで限界が来るはずだ。可能な限り早めに処理したいが、攻め続ければ必ずボロが出るのは見えている。
考えが読めない。最終的には間違いなく勝利できても、勇者の勝利はあくまでその場限りの勝利でしかない。人類の破滅への対処療法だ。対処されることを前提とした長期的な謀略に対しては噛み合いが悪い。そして何より、目の前の魔人は勇者の不在期間をつくることが目的だと語っていた。この手の輩ならその具体的な手段が複数あるのは間違いないと考えて良いはずだし、目の届かないところでの暗躍されては手出しができない。計画を暴こうにも、相手も幻想舞踏を扱えるのなら情報を抜く手段がない。原則として、この世の理を超越するような禁呪は防ぐ手段がまるでないのだ。
「不気味っすね。何がしたいのか見えてこない。最終目的は前に言ってた通りだとは思うっすけど」
「そういう性分なのでな。我は人見知りなのだ」
「随分と舐め腐った態度をとってくれるじゃないっすか。本当、腹立たしいっすね」
アルス=マグナによる片手突進突き――に見せかけて、途中で後方へと転移して首元を薙ぐ。魔人も咄嗟に魔法器による転移でその場を離脱し、自らのいた場所を確認できるように位置取りをする。だが、魔力の流れからして大まかな転移後の位置は推測できていた。転移の瞬間には既にラストは猟犬に指示を出しており、その場に現れた瞬間に不可視の牙と爪が襲い掛かる。
しかし、流石に慣れてきたのか、魔人は猟犬の位置を把握しているようで、低級の魔物をその場に出現させて防ぐ。幻想舞踏を行使して携帯していたのだろう。とはいえ、低級の魔物では時間稼ぎにしかならないことは理解しているはず。その場から離脱するか、或いは現状を打破するか。これまでの傾向からすれば前者が濃厚だと考えてはいたが、その読みは外れ、魔人は何も持っていない左手を大きく、大気を引き裂くように振るう。
魔力と空気が混ざり合い、暴風が猟犬を揺るがす。魔力を利用した戦闘技法の一種。本質的には魔の歩みと同じものだ。
――
「遅い」
転移ではなく、単純に身体能力……身のこなしだけでラストは魔人の背後に回る。攻勢防御に転じた瞬間に彼女は既に動いており、空絡めでその頭を貫こうとする。
大気や水を絡め取ることで身動きを制限し、防御を行えなくする。それにこそ空絡めの真価はある。現に魔人は腕を振り終えたところで動けなくなり、転移での離脱を余儀なくされる。だが、先程と同様魔力の流れによって転移先は推測できる。その方向に大渦投げ、飛駆――それだけでは先程の焼き直しにしかならない。だからラストは、ノータイムでアレンジした。
引き合う星の糸。引力を支配する四節の魔法。アルス=マグナを振るう直前に行使し、転移する間もなく斬撃を到達させる。深い裂傷が魔人の肩から腰にかけて斜め一文字に刻まれ、大きく吹き飛ばした。
そこに猟犬が殺到する。今度は魔物を出現させる暇もない。その肌を喰い破り、鮮血が辺り一面に撒き散らされる。
「がぁっ……!」
咄嗟に魔法器を起動したらしく、ラストから離れた位置に魔人の姿が現れる。しかし、出血量が尋常ではない。あとは消化試合か、と判断したところで、あることに気付いた。
「……
よく考えれば、それは普通のことだった。
互いに幻想舞踏という禁呪を持っている以上、使わない理由がない。幻想舞踏は原則幻想舞踏でしか相殺できないからだ。
そして、幻想舞踏の効果――
「一箇所で幻想舞踏を使い続けたことで、この場所に幻想が――神秘が集まった! つまりここは、
まずい、と舌打ちする。
ただ神秘をかき集めて神奈備を形成するのとは違う。この場には、
更に言えば、環境的には圧倒的に上位存在が優位な立場にある。魔法が魔力を燃料とするように、幻想舞踏のような魔法とは異なる一部の禁呪にも当然燃料が必要であり、それを神秘と呼ぶ。本来人間には扱えず、己の身を削って僅かな量を生成することしかできないのに対して、上位存在は肉体そのものが神秘の一種だ。裏を返せば、ある一つの場が神秘で満たされているということは、
「正解じゃ。召喚の為の触媒は……我の肉体。そして、幻想化した我が配下の者共よ。幻想舞踏を行使し続けていたのも、全て神秘で溢れさせる為……!」
魔人の存在感が一気に小さくなっていく。同時に、魔人の内側から巨大な威圧感が放たれていく。
すぐに止めなければならない。とはいえ、禁呪の類は神秘の増加を招くだけだし、かと言って神秘に対抗できるのは同じく神秘か、或いは戦略級魔法くらいだ。前者は既に切り捨てた通り論外だが、後者はラストと言えども時間がかかる。
「もう遅い……現れよ、天の支配者! 光を統べる者!
そして、極光が場を満たす。
空は分厚い雲海に覆われ、その雲海は色とりどりの光を纏っている。
広大な空を埋め尽くすだけの体積は、天の支配者と呼ぶに相応しい。
陽の光を遮り、自らのものとして輝くその姿は、確かに光を統べる者だ。
少しずつ、その煌めきが形を成していく。
光は
「……ヤバいっすね」
冷や汗が垂れる。
勇者になって以来、魔王討伐時以上の脅威に直面している――そんな気がした。
勇者と疑似勇者と勇者の因子を保有するもののが同時に存在している事実