錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-2 勇者様御一行

「次の馬車が来るまで暫くあるわ。少し休みましょう」

 

 イン・ヴィオラ聖教会認定、『賢者』――アルテミス・バートリーがそう告げる。

 現在魔王軍の支配している土地に向かっている真っ最中である。当然、そんな場所に勇者様御一行を運んでくれるような馬車なんて滅多にいない。というか、そんなことをすれば命がいくつあっても足りない。教会直々に聖人認定を受け、システムの加護を得ている勇者や聖女、賢者なんかは平気だが、一般人が足を踏み入れて良いような場所ではないのだ。

 

「やっぱり神鳥の一匹や二匹、捕まえれば良かったんすよ。わたしなら簡単に従わせられるし、移動用に確保するべきだったすねぇ」

「あの、神鳥を馬車代わりにするのは流石に罰当たりと言いますか……その……できればやめて欲しいです……」

「聖女ちゃんは教会側の人間っすからね。そう思うのはわかるっすけど、それでもわたしら聖人っすよ? 高貴な人物なわけで。そんな人間がその辺の馬車で移動するとか、ちょっとどうなんすかね」

「まあ、ラストの言い分にも一理あるわ。教会はその辺りの配慮ってものが足りないのよ。魔王討伐のプランもこっちに任せっきりだし」

 

 やれやれと溜息を吐くアルテミスに、ラストが頷く。そう、自分達は聖人。教会からしてもとっても身分が高く、敬われるべき人間のはずなのだ。それが民間の馬車で移動するなんて、ちょっと彼らにはサービス精神というものが足りないのではないか。

 そんな二人の主張に、『聖女』――リタ・ユートピアがかぶりを振る。聖女の名に相応しい、神すら羨むような容姿の持ち主である彼女だが、気はあまり強くない。そのせいで、二人が教会への文句を言えば、特に反論することもできずおろおろすることしかできなくなるのがお決まりだった。

 

「で、でも、教会のおかげで人類が存続できているところはありますから……あちらもいっぱいいっぱいでして……」

「わたし、前に教皇が呑気にお茶しながら読書してるところ見たんすよね。どこがいっぱいいっぱいなんすか」

「そもそも、聖人である私達が魔王討伐の旅に乗り出すというのにまともな路銀もくれなかったじゃない。完全に舐めてるわ。腹が立つわね」

「あうぅ……」

 

 秒で論破、撃沈。

 珍しく言い返せたと思ってもこれである。いつもの光景ではあるが、勇者パーティにおけるパワーバランスを如実に表していた。

 これでも聖女だけあって神聖魔法の扱いに関しては勇者であるラストをも凌ぐし、実際に頼りにはされているのだが、こういった些細な争いごとにはめっぽう弱いのが彼女である。歴代聖女の中でも群を抜いて雑魚と呼ばれていたりする。

 聖女としての才能は溢れる程だというのに、こういったことでは最弱。それがリタ・ユートピアという少女だった。

 

「ま、聖女ちゃんいじめはここまでにして。時間があるなら武具の手入れでもするっすよ」

「そうね。新しく試してみたいものもあったし、暇潰しにでもやってみましょう」

「いじめだったんですか……?」

 

 ショックを受けたような顔をするリタを無視して、二人は各々の荷物を漁る。

 

「アルス=マグナは良い調子っすね。サブウェポンの剣だけここでぱぱっとやっちゃいますか」

「あら、それならこっちを手伝ってくれる? 最近複合蓄積型の呪詛を相手に押し付ける武器の考案にはまっているの。呪詛の組み合わせは1+1でも1×1でもないから難しいけれど、結構楽しいわよ」

「おー、良いっすね。それは……ふむふむ。ベースになってるのは保温の魔法器っすね。そこに十個くらい組み合わせてる感じっすか。今はどんな呪詛が出力されるんすか?」

「今のところは破壊の呪詛ね。防御を無視して攻撃を叩き込める鉈になっているわ。まあ、魔法器を無理矢理繋いで一つの形にしているから安定性は低いのだけれど。もう少し詰めれば死の呪詛を押し付けられる武器になりそうなのよね」

「む、無視は酷いと思います……」

 

 アルテミスが取り出したのは、本人曰く鉈だ。しかし、その形状はとても鉈と呼べるような代物ではなかった。

 魔法的な効果を持つ幾つもの小さい石片や木片を組み合わせて魔力回路に繋げただけのものである。切れ味はお粗末だし、形状も歪で刃物としての実用性は低い。これで何かを切ろうとすれば、間違いなく断面がぐちゃぐちゃになるだろう。

 だが、それに込められた呪詛は極めて有用なものだった。

 破壊の呪詛。アルテミスはそう言った。これは竜の鱗や獣の毛皮、人の武具のような防御に用いられるものに対して極めて効果の高い武器となるべく、呪いが込められているのだ。

 魔法や呪いの組み合わせというものは難しい。例えば、水を出す魔法器と加熱の魔法器を組み合わせれば、お湯が出せる……そう考える者は多い。しかし実際は違って、魔法器の材質によっても結果は変わるが、物体を石化させる魔法の込められた魔法器になることだって珍しくはないのだ。

 刻まれた魔法と、魔法を刻んだ物質。組み合わせる角度や順番といった組み合わせ方。組み合わせる時間帯。そういった様々な要素によって、組み合わせの結果は無数にも及ぶ。組み合わせる数が多くなればなおさらだ。

 このことから、狙った効果を持つ複合蓄積型――つまりは、複数の魔法や呪詛を組み合わせた魔法器や呪詛を生み出すことは、極めて難しい……というか、事実上不可能だったりする。

 しかし、何事にも例外はある。初代賢者はかつて狙った効果の魔法器や呪詛を自由に生み出したという伝説が残っている。その人生をなぞった者――当代の賢者であるアルテミスは、完全とまではいかずとも、結構な確率で狙った効果を持つ魔法器や呪詛を生み出せるのだ。

 

「んー……この感じだと、消音の魔法器とか組み合わせたら良いんじゃないっすかね。ほら、この辺に……こう」

「ラストが言うなら間違いないわね。試してみるわ」

 

 アルテミスが鉈の先端に木片を接続する。その状態で軽く魔力を流し、魔法器を起動する。

 ――次の瞬間、ラストが動いた。

 

「砕鬼」

 

 曲げた人差し指と親指が鉈に触れ、超短時間かつ超短距離での爆発的な加速を得てアルテミスの手元から勢い良く吹き飛ばした。衝撃の伝達を鉈のみに絞ったため、彼女の手に衝撃が伝わることはなかったが、それでも突然のことに驚愕する。

 

「ちょ、え、何!?」

「危なかったっすね。あと少しで死の呪詛が広がるところだったっすよ」

「あ、そうなの。じゃあそれはありがと……え? やったのは私だけれど、提案したのはあなたよね? 何で自分は無関係ですみたいな顔してるの?」

「まあまあ、目的は達成してるわけっすしそこは良いじゃないっすか。一応死の呪詛を押し付けられる武器になったっすよ」

「いや……そうなんだけど……」

 

 釈然としないという顔で首を傾げるアルテミスに、ラストが曖昧に微笑んで誤魔化す。悲しいかな、勇者パーティのパワーバランスは勇者であるラストが最上位なのだ。最優の勇者はそういう意味でも人類最強だった。実際にはただ誤魔化したり曖昧なまま自分のペースに乗せるのが得意なだけである。

 

「……まあ、確かに死の呪詛ね。無差別だから敵に突き刺した状態で使うのが安定しそうね。使いづらいけれど、そこは性能でカバーしましょう」

 

 飛んで行った鉈を見据えながら、アルテミスが考察する。死の呪詛を押し付ける鉈と言えば聞こえは良いが、その実態は彼女の発言通り無差別に呪詛をばらまくだけだ。持っている自分が呪い殺されかねない危険な武器である。起動するのは自分が巻き込まれない時だけにしておく必要がある。となると、ストッパーも必要だろうか。

 そんな考えを取り出したメモに記していく。自分の頭に入れておくだけでも良いのだが、誰かに使わせる場合はこうしたメモを説明書代わりにしてもらうのが手っ取り早いだろうと考えてのことだ。実際に使わせるかは兎も角、こういったものがあると注意を喚起できることもあって何かと都合が良い。

 

「あ、あの……」

「ああ、リタ。いたのね」

「ひどくないですか!?」

「聖女ちゃんが可愛いからからかってるだけっすよ。それで、どうしたっすか?」

「えと……その、あれなんですが……」

 

 リタが指を向けた方向には、未だ死の呪詛を振り撒いている鉈が放置されている。

 

「……あれ、どうしましょう?」

 

 どうしよっか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 王城の一角にて、目を擦る。

 どうやら眠ってしまっていたらしい。騎士の訓練は良い調子で、最近はやることがあまりない。自分の修めている三十六の武技のうちの半分程度なら誰かしら身につけられそうな者がいたし、要領さえ教えればあとは自分で鍛錬あるのみ。という感じで、騎士の大半が自主練習に励んでいるのだ。ラストとしては暇を持て余していた。

 

「懐かしい夢を見たっすねぇ……」

 

 と言っても、実際は去年の出来事なのだが。あの後は結局どうしたのだったか。

 顎に手を当て唸る。うーん。あっ。

 

「わたしが回収して停止させたんだったっけ」

 

 無差別に死の呪詛を振り撒いていた鉈だったが、ラストならまあ問題はないだろうと考えた二人に取って来るように言われたのだ。普段なら断っているところだが、どう見ても責任は自分にあるということで断り切れずに渋々従ったのをぼんやりと覚えている。

 広がる呪詛に対して秘密の抜け道を知っているかのように接近、柄を握って即座に魔力を発散させた……といった感じだったか。少しずつ朧気だった記憶がはっきりとしてくる。()()()()()()()()()()()()()()が、それでも流石に死の呪詛をまともに浴びるのはまずいと判断してのことだった気がする。

 

「……記憶、曖昧になってるっすね」

 

 溜息を吐く。元々物覚えは良い方だったし、勇者候補生になってからは更に良くなった。実際、魔法学院に伝わる魔法の実に九割強を身につけ、しかも二十一の禁呪と三十六の武技を会得した最優の勇者がラストである。はっきり言って人間に、しかも数年でできるようなことではないのだが、できてしまったものは仕方がない。自分でも何でできたのか不思議である。

 しかし、ここに来て記憶が曖昧になってきている。時が捻じれた影響だろうか、と考える。このまま症状が悪化していけば、更に失われていくのかもしれない。

 

「まずいっすね」

 

 記憶が失われていく。言葉にするのは簡単だ。だが、言葉以上の重みがある。

 何せ、記憶がなくなるということは()()()()()()()()()()()()()ことでもあるのだ。失った以上、失った事実を把握することは難しい。それこそ賢者ちゃんのようにメモを残しておくというのも手かもしれないが、そうすると誰かに見られた際に誤魔化すのが難しくなる。

 どうしたものか。いっそ誰かに打ち明ける? 論外だ。ラストはウィークポイントを曝け出せるような立場にいない。弱みを見せれば勇者の代替わりを促進させかねないし、生き残った魔族の一部がつけあがる可能性もある。最高幹部である七魔公は全滅させたし魔王は側近諸共ちゃんと始末したが、それでも強力な魔族は割と残っているのだ。

 特に魔人連中、と心中で毒づく。魔王から直々に血を分け与えられ、魔王の因子を所持しているのが魔人だ。あいつらは次代の魔王になりかねないから要警戒対象……というか要討伐対象なのだが、上手く姿を隠していて教会の調査力でも未だ見つけられないのが現状である。面倒くさい。

 

「時空魔法は禁呪の類っすしね……これから探して身につけるにしても、結構時間がかかりそうで困るっすね」

 

 この問題の根本的な解決を図るなら時空魔法の会得は必須だろう。だが、あれは第一級の禁呪にして禁忌に分類されているものだ。()()()()()()()()()、というのが適切な表現だろうか。単なる空間魔法や次元魔法だけならそこまで厳しくはないのだが、パラドックスを引き起こしかねない時空魔法に関してはそうもいかない。寧ろ妥当だとさえラストは考えている。

 そう、パラドックスだ。自分の身に引き起こったのもパラドックスの一種だ。

 禁呪の反動。それが呪詛となって降り積もり、複雑に絡み合ったことで生じた。それぞれの呪詛を丁寧に解いていけば解除することもできるかもしれないが、一度パラドックスとして定着してしまっている以上難しいだろうし、そもそも難易度が桁外れだ。この手のことに詳しい賢者ちゃんでもまず無理だろう。

 

「……賢者ちゃん、何してるんすかねぇ」

 

 そういえば、あの日以来勇者パーティとは連絡を取っていなかった。聖女ちゃんも賢者ちゃんも、一時加入した冒険者(アドベンチャラー)の皆様方も、今は何をしているのだろうか。

 何気ない日の、いつもの昼。

 そんなことが、少しだけ気になった。

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