錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-3 勇者と騎士長と、-①

「王都に、魔族が侵入している可能性があります」

 

 イン・ヴィオラ聖教会が保有する聖堂の一つで、神父が告げる。

 

「勇者様には、その魔族の正体を突き止め、討っていただければと。協力者として、王家直属の騎士を一名、借りております」

「借りるって言い方はあんまり好きじゃないっすね。ま、とりあえず諸々は理解したっす。いつものようにサーチ・アンド・デストロイってことで良いんすよね?」

「できれば、内密に」

「わかってるっすよ」

 

 座っている車椅子をきいきいと揺らしながら。

 ラスト・ピエリスは、退屈そうにあくびをした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「直属の騎士というか、騎士長さんじゃないっすか」

「……教会に助力を乞うとのことだったが。それが君か……」

「不満でもあるんすか? わたし、教会の保有する最高戦力っすけど」

「勇者である君をこんなことにこき使うのも、単純に身体がボロボロな君をこんなことにつき合わせるのも。どちらも不満しかないさ」

 

 フードを目深に被ったラストに対し、騎士長はいつも通りの甲冑姿だ。銀色の甲冑は銀蝋騎士の名に相応しく煌めいており、細やかな傷も見られるが、それが余計に美しさを引き立たせていた。

 町中を歩く騎士長に車椅子を並走させ、ラストは口を尖らせる。

 

「気を遣ってもらってるのはわかるっすし、それはまあ素直に受け取るっすけど。あんまり弱者みたいな風に扱われるのは嫌っすねぇ。そういうのはあのクソバカ間抜け天然朴念仁兄弟子で間に合ってるっすよ」

「前から思っていたが、君は人のことを素直に名前で呼べないのか?」

 

 並走させていたのだが、気付けば騎士長が車椅子を進めていた。全身銀色の鎧姿の男がフードで顔を隠した女の乗った車椅子を動かしている姿は割とシュールだ。結構目立っているのだが、大丈夫なのだろうか。

 そんな思いを感じ取ったように騎士長が告げる。

 

「魔族が侵入しているのなら、騎士がいるというだけで牽制になる。こうしている間にも暗部が探っているはずだ。牽制だけでも十分な効果が見込めるよ」

「そういうもんっすかね」

「そういうものだ」

 

 じゃあ良いか。ラストは会話を切り上げ、周囲に視線を向ける。

 流石王都だけあって、様々な店が勢揃いしていた。おっちゃーん、この串焼き二本くださいっすー。あいよー、ぴったりいただきやしたー。

 愛剣の鞘に皿を載せて串焼きを受け取り、一つまみ。どれどれ、ふむふむ。

 

「美味しいっすね」

「牽制だけでもと言ったのは私だが……自由すぎやしないか?」

「そうっすかね。でもこれ、結構いけるっすよ。肉は柔らかいのに歯ごたえがしっかりあるっすし、スパイスも丁度良い感じに肉のうまみを引き立ててるっす。うん、勇者様が星5をあげよう。ほれ、騎士長さんも一本どうぞっす」

「……いただこう」

 

 どうやって食べるのかな、と首を持ち上げてみれば、いつの間にか騎士長は串焼きを食べ終えていた。マジで? いつ食べたんだろうこの人。

 ラストが唸っていると、騎士長は当然とでも言いたげに息を漏らした。

 

「私達は非常時にも効率的にエネルギーを補給できるよう早食いの技術も磨いている」

「マジっすか? マジかぁ……」

「しかし、この串をどうするか。……ふむ」

 

 彼は少し思案すると、軽く串を上方へと放る。

 

紅炎解放(ブレイズトリガー)

 

 直後、真紅の炎が串を燃やし尽くした。

 

「これで良し」

「良しじゃねえっすよ」

 

 満足げに頷いた騎士長にツッコミを入れる。おかしい、自分はボケのはずだったのだが。そんな思考が脳裏を過るが、どちらかと言うとからかうことが多いだけでボケではなかった気がした。

 うーんとかぶりを振っていると、騎士長が声をかけてくる。

 

「そういえば、このままでは結局街を歩いて牽制しているだけになるが、それで良いのか?」

「ん? ああ、問題ないっすよ。その辺のプランは練ってあるんで」

「食べ歩きのか?」

「いや……そういうのじゃなくて……」

「そうか。すまない」

「謝られると余計に調子狂うんすけど……」

 

 まあ、と一呼吸置く。

 

()()調()()()()()()っすからね」

「……ほう?」

 

 騎士長の兜の奥の目が細くなった。気がした。

 

「幻想舞踏、って禁呪があるんすよ。この世の理から外れる特殊な禁呪なんすけど、これを応用すると他人の精神世界に入れるんすね。で、これを更に応用して、限定的にわたしの意識を世界から外して、ここを行き交う人達の精神を俯瞰してるっす」

「つまり?」

「気が早いっすね。まあ、結論から言うと、周囲の人達に魔族に対して心当たりがあるか探ってるっす。今のところは成果なしっすね。ないならないでそれは別に良いんすけど」

 

 禁呪の中でも特に危険なもの。一歩間違えれば自己の破滅を招きかねないもの。それが幻想舞踏だ。

 この世の理から外れるということは、戻ってくることができなければ外れたままということでもある。この禁呪の効果はあくまで外れることのみであり、それを元通りにできるかは使用者次第なのだ。

 だからこそ、それが禁呪と呼ばれる所以だ。本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……君のその身体は、禁呪を使用し過ぎたが故のものだったな。また使用して大丈夫なのか?」

「ごく短時間に複数の禁呪を連発しない限りは大丈夫っすね。基本的に、一種類の禁呪の反動で降り積もる呪詛は一種類なんで、呪詛の組み合わせには該当しないっす。他にも反動が小さかったり、組み合わせにならないようなものなら並列して使えるんすけどねー……その辺は難しいところっす」

 

 逆に例えば、彗星(コメット)という禁呪がある。これはその会得の難易度と危険度から禁呪に分類されたもので、反動として呪詛が降りかかるようなことはない。それ故に他の禁呪と組み合わせても問題なく使用できるという性質を持っている。

 こうしたものばかりなら楽だったのに。ラストは考える。そうすれば、自分の時が捻じれることはなかっただろう。尤も、禁呪の同時使用は自分で選んだことである以上、どのみち時が捻じれるのは避けられなかっただろうが。

 

「まあ、問題がないならそれで良いんだ。だが、無理はするな。君はまだ子供だ。無理に補うのではなく、素直に人を頼ることを知った方が良い」

「わたしは勇者っすけどね。それに、来年で二十になるんすけど」

「私達からすれば、まだまだ子供さ」

「じゃあ、いつになったら大人になれるんすかね」

「そうだな。……子供になりたいとでも思った時かな」

 

 それは卑怯じゃないか、と思う。

 子供は大人になりたいと言い、大人は子供になりたいと言う。それでは、人はいつまで経っても望んだ自分になれないのではないか。そんな考えが過り、つい口を尖らせる。

 いや、望んだ自分になれないというわけではないか。少なくとも、今の自分はかつてのラストが望んだ姿だ。そう思いたいだけなのかもしれないが、それでもそう信じている。

 

「姫様も心配していたよ。君は自分を慮らない。そのことを憂いているようだった」

「お優しいことで。余計なお世話だって伝えといてくださいっす」

「ああ、姫様は優しい方だ。だが、同時に非情な方でもある。誰かを想うあまり、自らの手を汚すことも厭わない。まるで君のようだな」

「典型的な王族っすね。よく見たタイプ……って、え? 誰のようだって?」

「君のようだ、と言ったんだが」

「……いやいや、それはないっすよ。わたし、結構自分勝手に生きてきたと思うんすけど」

 

 そんなこと言われるとは思いもよらなかった、という表情を浮かべる。誰かを想うあまり、自らの手を汚すことも厭わない? わたしが? ないない。そんな高潔な人物じゃないでしょ。

 しかし、騎士長の雰囲気は至って真面目だ。冗談を言っているようなつもりはなさそう。人を見る目に自信のあるラストにそう見えるなら、彼は本心でそう言っていることになる。

 

「節穴過ぎやしないっすか?」

「騎士の長たる私に、そのようなことは許されない。少なくとも、人を見る目に優れているとまではいかなくとも、普通程度にはあるつもりだが」

「それ理由になるんすかね」

 

 よし、とりあえず話題を変えよう。ラストは決意する。こんなこっぱずかしいこと言われたことないし言われたくもない。胃もたれしそうだった。

 

「じゃあゲームしましょ」

「唐突過ぎやしないか?」

「良いじゃないっすか。ほら、何か適当にお題出すんでそれに答えて欲しいっす」

「わかった」

「ドラゴンのアンチ」

「部下に竜騎士がいる私に聞くか?」

 

 酷いお題だった。

 騎士長は暫く考えるそぶりを見せてから、口を開く。

 

「……万年役者不足」

「うわ……」

 

 酷い答えだった。

 

「確かにドラゴンは主人公としてもそのお供としても、逆に敵としても引っ張りだこっすけど。そんなこと思ってたんすか……部下の人かわいそっすね……」

「最初に言ったのは君だろう。それに部下は十分戦果を出している。海戦無敗というのは君も知っているはずだ。決して役者不足などということはない」

「必死に否定してる辺りが生々しいっすね」

「これ何を言ってもそう解釈されるな?」

 

 溜息を吐き、今度は私から出そうと騎士長。

 

「騎士の誉れ」

「騎士の中の騎士が問うことじゃないっすよねそれ」

 

 酷いお題だった。

 ラストも暫く考えるそぶりを見せてから、口を開く。

 

「……討ち死に上等」

「君は騎士をバカにしているのか?」

 

 酷い答えだった。

 

「いや、騎士って国を守る盾にして敵を討つ刃じゃないっすか。なら、命に代えても相手を倒すというのは割とあるかなーって」

「盾が討ち死に上等だったら意味がないだろう。最期まで主を、国を、守り抜いてもらわねば困る」

「それはそうなんすけど……あっ、じゃあ主君を守って死ぬのは大丈夫っすかね」

「君は騎士をバカにしているのか?」

 

 二回目。

 

「守って死んではその後にどうする。主君を無防備に晒すだけだろう。敵を討つまで死ぬことは許されない。主君を守り切るまで死ぬことは許されない。騎士が死んで良いのは平穏の中でのみだ」

「こわ……」

 

 ドン引きである。

 この男、騎士としての覚悟が決まり過ぎている。ちょっと怖かった。

 

「騎士長さんて、いつもそんな堅物って感じなんすか?」

「それは私に聞くことなのか? ……まあ、そうなんじゃないか。少なくとも私は君にだけ態度を変えたりといったことをしているつもりはない。それは騎士として恥ずべき行為だ」

「あっいつもこんな感じなんすね」

 

 何をするにも騎士としてという基準があるような気がする。元々ある程度知った仲だったから良かったが、そうでなければあまり関わりたくはない人の部類だった。

 だが、こうして話している分には結構楽しくもある。その辺りは既に打ち解けていたのが良かったのだろう。堅物ではあるが、意外と融通も利くし悪い人ではない。いや、騎士である以上悪い人ではないのは当然か。

 

「苦労しそうな気質っすねぇ」

「君に言われたくはないな。勇者の責務を終えたはずなのにこうして働き続けているわけだが」

「いやそれはその……あの、そうやってチクチクするのやめてくれないっすかね。わたし、悪いことしてるわけじゃないはずなんすけど」

「確かにそうだな。だが、そうやって自分を顧みない姿勢は直すべきだ。背負い込み過ぎだな」

「だからぁ……!」

 

 良い人なのは確かだが、こうして責められているような気分にされるのはいただけない。いや、自分に心当たりがあるのがいけないのは理解しているのだが、それでももう少し甘くても良いんじゃないか。

 そう考えていると、騎士長は少し楽し気に笑った。

 

「……そうしていると、君も普通の少女なのだがな」

「そうしてなくても少女だと思うんすけど」

「そういうことではない。しかし、そうだな……少し、気に入らない」

「何がっすか?」

「この世界が」

 

 即答だった。

 まさかの答えに、ラストが目を見開く。

 

「君に勇者としての責務を押し付け、それを終えてもなお依存するこの世界が。自分が、人間が、いかに無力なのかを思い知らされるよ」

「だから、そういうこと言うのやめてくれないっすかね。聞いてるこっちが恥ずかしいんすけど」

「……恥ずかしいのか?」

「えっ」

 

 まさかこの男、自覚ないのか。

 今度こそ目をしっかり開いて騎士長の顔を見てしまう。兜に覆われていて表情がわからない。ちくしょう。思わず顔を背けてしまった。

 少しだけ、気まずい雰囲気が流れるのがよくわかった。

 

「その……生憎だが、私にはそういったことはよくわからない。すまない」

「そういうところっすよ……」

 

 溜息を吐き、項垂れる。

 騎士長の感覚や琴線というものがいまいちわからない、そんな昼下がりだった。

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