錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-4 勇者と騎士長と、-②

「引っ掛かったっすね」

「む」

 

 ラストの呟きに騎士長が反応する。何が引っ掛かった、というのかは聞くまでもないだろう。

 彼女が次の言葉を紡ぐのを待つ。

 

「騎士長さん、今から言う通りに進んで欲しいっす」

「了解した」

 

 右に、左に、左に、後ろに。後ろに? 疑問に思いながらもラストが言う通りに車椅子と共に歩みを進める。彼女の視線を追うと、一人の男の姿が目に入った。

 

「あれか?」

「そっすね。精神支配を受けてるみたいっす。さっさと解除して平穏な暮らしに戻してあげたいっすけど、今切ると今度は魔族の追跡ができなくなるし、逆に命を狙われる危険性もあるんで……うーん、今は調査優先で」

「では、暗部に連絡を取っておこう。あの男の足跡を追わせる」

 

 騎士長が懐から小型の通信機を取り出し、小声で迅速に用件を伝えていく。

 手際が良いな、とラストは思った。慣れているのだろう。騎士の長が慣れているというのは正直どうかと思ったが、彼が正義感が強い人物なのはよくわかっている。自分から、結構な頻度でこうしたことに首を突っ込んでいるのだろう。そして最終的に、どうせ首を突っ込むんだからあいつに任せておけば良いかみたいな考えで仕事を回されるのだ。健全じゃない。

 

「ちょっくら記憶を探るっすね」

 

 ラストの指示で一度近づき、すぐ隣をすれ違うタイミングで禁呪を起動する。己を幻想としてこの世の理から外れ、ラストは男の精神世界へと侵入した。

 中は……結構な有様だ。精神支配を受けているからだろう、酷く荒れ果てているのにそれが普通であるかのように静まり返っていた。

 記憶と心の本棚に素早く目を通していく。少なくとも常に支配し続け、精神を観測しているわけではないのだろう。プロテクトも大したことはなかった。手引きしているのは魔族の中でもそこまで力が強い者ではないはずだ。

 しかし、身を隠したまま精神支配に成功させているという点では厄介だ。教会の調査力は高い。それでも可能性どまりだったということは、隠密に関してはかなり優秀であることがわかる。

 

「魔人連中だと、シマー辺りが怪しいっすかね」

 

 魔人シマー。光を操る能力を持ち、身を隠すのに長けている。その一環として認識をくらますこともできる、厄介な魔人である。今回の一件に絡んでいるのなら、最大の脅威として立ち塞がるのは間違いないだろう。大陸間大橋での戦いで討ち逃したのが痛手だった。

 共通の特徴として、魔人の戦闘力は極めて高い。戦闘に特化した者では最高幹部である七魔公にも劣らないというのがラストの認識だ。魔王の血を、その因子を宿しているのは伊達ではない。幾ら大国とはいえ、暗部程度では足止めが限界だろう。

 記憶を探り、目当てのものに到達する。フードを目深に被った長身の影。これが男に精神支配を施した元凶のはずだ。

 

「幻想舞踏」

 

 幻想舞踏を発動した状態で、更にもう一度起動する。精神世界からも外れ、時空を揺蕩う。目標は男とこの推定魔族が接触した時間帯だ。

 日付で言えば四日前。大した距離ではない。本来なら記憶を覗き見ることしかできないはずが、再び理から外れたことで、記憶の通りの視点や角度でなくとも状況を確認できるようになる。それを利用し、フードの内側にある顔を覗く。

 

「うーん……知らない顔っすね」

 

 結果から言えば、ラストの知っている魔族ではなかった。全ての黒幕というわけではなく、実際はこいつも首魁の傀儡なのかもしれないが、ラストとしては拍子抜けである。

 とりあえずはこれの所在を突き止めるのが先だろう。そう判断し、一度自らの存在を元の場所へと戻す。

 視界が戻る。現実へと無事復帰したラストに、騎士長が声をかけた。

 

「どうだった?」

「とりあえずあのおっさんを操った奴の顔は覚えたっす。わたしの記憶を転写した魔法器を今から作るんで、ちょっと待ってて欲しいっす」

「そんな簡単に作れるものなのか……」

「勇者っすから」

 

 取り出すのは無色透明のクリスタルだ。ホロウと呼ばれるこのクリスタルは、ある地下迷宮(ダンジョン)で手に入れることのできる希少な一品である。

 ホロウの性質として、魔法的に虚無の結晶であることが挙げられる。これに魔法を書き込むことで、その魔法を宿す魔法器の核を作ることができるのだ。こうした事情から魔法器作成には欠かせない代物であり、冒険者達が挙って地下迷宮に潜る理由でもある。特にサイズの大きいものは書き込める量も莫大であり、一つで百万は下らない値がつくこともある。

 

「これに魔法を刻んで、魔力回路と繋げて……ほい、完成っす。魔力を流すとわたしの記憶を立体映像として出力する魔法器っすよ。これを暗部の人に渡せば、ひとまずこっちですることはなくなるっすかね」

「そうだな。取りに来させるよう伝えておく」

 

 騎士長が再び小声で通信機越しに指示をしていく。ラストはその下で首を回して鳴らし、軽く伸びをする。とても痛い。身体の痛みは時間経過で消えるようなものではないため、正直かなりつらかった。

 流石に禁呪を何度も使用したせいで結構な疲労が溜まっている。幻想舞踏には特に大きな反動はないが、それなりに体力を要求されるのが厄介だった。

 

「何というか、シティアドなのにわたしの負担がヤバいっすね。勇者の本分は怪物退治だと思うんすけど」

「申し訳ないと思っている。私の意に関係ないところで君が行ったことでも、幾ら効率が良くても、君に負担を集中させてしまったことに変わりはないのだからな」

「だからそうやってチクチクするのやめてくれないっすかね……」

 

 自業自得である。

 

「ま、調査一回目にしては良い調子じゃないっすかね。こういうのは繰り返すものっすし」

「ああ。この手の案件はトライアンドエラーが基本だ。条件を変えて調査を繰り返し、絞り込みを行っていくのがセオリーだな。君は禁呪でゴリ押したわけだが」

「わざと言ってるっすよね、それ」

「そうでもしないと再び君は同じことをするだろう。……いや、それでも君なら繰り返すのだろうな」

「効率的だからやってるだけっすよ。他に効率が良くてわたしにも安全な手法があればそっちを選んでるっす」

 

 ぶーぶーと口を尖らせて顔を上に向ける。何というか、この騎士長はどうにも自分に対して過保護な気がする。わたしはそこまで子供でもないはずなのだが。

 だが、騎士長は意に介していないといった様子で続ける。

 

「どうかな。今回暗部が並列して調査しているというのに、君は連携を取る気も見せず、自分の手で終わらせようとしているようにも見えた」

「暗部の人にさっきの魔法器を渡すのは協力だと思うんすけど」

「それ以外に選択肢がなかったからそうしただけだろう。あの手のことに関しては数を活かすのが一番だ。もしもそれを補う方法があれば、自分一人でもやっていた。違うか?」

「……否定はできないっすね」

 

 そうやって会話を続けながら、道を進んでいく。今することはあまりないが、できることはまだある。それを終わらせてしまおうという判断の結果だ。

 路地裏を進んで少し経つと、やがて行き止まりへと辿り着いた。

 

「ここが記憶を転写させた場面の場所っすね」

「痕跡は……残っていないな。強い魔族ではないのかもしれないが、こうした隠蔽に関しては長けているようだ」

「んー……いや、魔力は点々と続いてるっすね。魔力視なら結構はっきり見えるっす。何か、物理的工作には長けてるのに魔法や魔力に関してはお粗末な辺り、ちぐはぐっすね。これ本当に魔族の仕業なんすか?」

「ほう?」

「そもそも、仮に魔族が侵入していたとして、()()()()()()()()()()()が問題っすよね。王都の結界はそう簡単に破れるものじゃないのはわたしでも知ってるっす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、そんな侵入できるのかって話っすよ」

 

 会話を重ねながら、ラストは思考を整理する。こうやって考えたことを出力するのは思考を整理する際にとても有用だ。相手がいるならなおさらである。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかってことっすね」

「……そんなことをして、何の得になる? 裏社会のボスの悪巧みだとしても、あまりにもお粗末だ。表があるから裏があるのだ。秩序なくして成立はしない。その秩序を崩すような真似をするとは思えない」

「普通ならそっすね。でも、騎士長さんも知ってるっすよね? 魔族寄りの宗教とか、危険思想のテロ組織は割と存在するっす。これに関しては騎士長さんの方が詳しいかもしれないっすね」

「成る程な。魔族を利用したテロ工作ということか。確かに、そういった手合いなら心当たりはある。名前は確か……滅却回帰団」

 

 滅却回帰団。

 

「それはまた……珍妙なネーミングの組織っすね」

「だが、陛下の悩みの種の一つだ。ふざけた名前の癖に割と統率が取れているテロ組織で、トップに結構なカリスマを持った輩がいると考えられている。思想としては全てを滅ぼすことで始原の開闢に回帰する、といったものだったか」

「何て?」

「つまりは、世界をあるべき最初の状態に戻そうという考え方だな。時を戻す為に上位存在の確保に躍起になっているとも聞いたことがある。そんなものが本当にいるのかは怪しいが、無視もできない」

「面倒くさいっすねぇ」

 

 本当に時を戻せるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。厄介極まりない思想の組織だな、とラストは思った。

 たかだかテロ組織如きがそんな存在を探し出して利用できるのかという話でもあるが、何せ推測が合っていれば魔族をテロに使おうと画策するようなおバカなのだ。それだけの力は持っていることになる。

 

「やっぱり、()()()()()()()()()()()()()()のがこういう時には厄介っすね。身体の中は結構違いが出るっすけど、外からじゃぱっと見だと判別つかないっす」

「全くだな。角が生えていたり、瞳孔の形が違ったりでもしていれば良かったのだが」

「もし全てを創った全能の神様ってのが本当にいるのなら、何でこんな形に設計したんすかねぇ」

「教会所属の人間の言うことか……?」

「別にわたし、主への信仰とか持ち合わせてないんで。勇者システムも結局は人間が組み上げたものっすし、神の御業とか言われてもぱっとしないんすよね」

「教会所属の人間の言うことか……?」

 

 ラストは神への敬意などひとかけらも持っていなかった。あまりの発言に騎士長が少し引いている。思うだけなら兎も角、こんなにはっきりと言い切る教会の人間は初めてだった。

 

「まあそれはさておき、人間が主犯である可能性は考慮に入れておいた方が良いっすね。対人と対魔族じゃ動きも変わってくるっすから」

「ああ。戦闘力に関しては人間の方が下だが、最終的に人間を殺さなくても良い分思考の幅が広い。そういった意味では人間は魔族より面倒な存在だ」

「身体の強度も違うっすからね。魔族相手なら兎も角、人間に砕鬼なんて打ったら木っ端微塵っすよ」

 

 基本的に、人間より魔族の方が強い。身体スペックが違うのだ。魔力の生成速度も、一度に出せるエネルギー量も、根本的なところで人間とは違う。この差を補う為に、人間は様々な戦闘技術を磨いてきたのだ。言わば格上殺しの技術である。

 そして、勇者であるラストや人間の上澄みである騎士長は、素のスペックは人間よりも魔族に近い。そういう点では格上殺しのその技術がよく刺さる相手にもなってしまう。殺さない為にはこちらは手加減しないといけないのもあって、相手をしづらいのが実情だった。

 

「陛下に進言して、暗部の稼働数を増やした方が良いかもしれないな」

「こっちも、規模によっては異端審問会を出動させた方が良いかもしれないっすね。統率の取れたテロ組織とか厄介も良いところっすよ」

 

 互いに頷き、再度状況を確認する。

 

「あとは……そうっすね。魔法器を暗部の人に渡したら、こっちで魔力の残滓を追っていく必要もありそうっすね。暗部と言えども、魔力視できる人はそうそういないと思うっすからね」

「私は先日の一件……魔の歩み、だったか。あれを会得して以来、魔力を視認することもできるようにはなったが。逆に言えばそれまではそうでもなかったからな。その認識は間違ってはいないだろう」

「ほんっと、何でこんな厄介ごとが次いで来るんすかねぇ。参っちゃいそうっすよ」

 

 肩を竦め、大きな溜め息を一つ。

 ラストと騎士長は、同時にやれやれとでも言うかのようにかぶりを振った。

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