錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-5 勇者と騎士長と、-③

「で、魔力の残滓を追跡してきたわけっすけど……」

 

 暗部の者に魔法器を渡したラスト達は、王都名物として有名なキクルスの時計塔の下まで来ていた。

 点々と続く魔力の残滓を追跡していたらここへと辿り着いたのだ。

 

「時計塔か。まずいな」

「ん? ……ああ、時計塔の管理って結構偉い人達に任されてたからっすか。まあ確かに、そこを根城にしてるのはまずいっすね」

「繋がりがあるのか、それとも単に占領されているだけか。後者なら騎士団に何らかの通達が来ても良いものだが。いずれにせよ、我々が思っていたよりも厄介な一件のようだ」

 

 そう告げながら、騎士長が時計塔の扉を開ける。

 

「開けて良いんすか?」

「問題ない。騎士長という立場は下手な貴族を上回る。ここの管理を担当している者よりも私の身分は上だ」

 

 出身自体は平民だがな、と加えて中に入っていく。

 時計塔の中は大小様々な歯車が噛み合いながら回転しており、見応えのある光景だった。ラストはこうした建物に入ったことは少なく、見慣れていなかったのもあって好奇心が刺激される。

 歯車の上、接触しないよう取り付けられた広い床を進む。

 

「思ってたより広いし高いっすね。外観から考えると十階建てって感じっす」

「正解だ。この時計塔は十階建てになっている。素材にも拘っており、幾つかの魔法的効果を組み合わせて強度を高めているらしい。竜に襲われても傷一つつかない、と設計者は語ったそうだ」

「それは重畳。お客さんがいるみたいっすからね」

「ああ。数は二十といったところか」

 

 上の階に視線を向ける。ラストは勇者であるためこの程度は当然だが、騎士長も人の気配を読んで索敵を行うことはできるらしい。範囲が広く、精度も高い。信用も信頼もできるだけの実力を持っているようだ。

 よいしょ、とラストが立ち上がる。その右手には細身の長剣――彼女の愛剣である聖剣アルス=マグナが握られていて、既にその刀身が露になっている。左手には先程の串が綺麗になった状態で――串?

 

「何でまだ串を持っているんだ?」

「魔力で強化すれば即席の武器になるっすからね。さっき浄化の魔法も使っておいたんで綺麗っすよ」

「……そうか」

 

 騎士長としては戦闘は自分一人で行うつもりだったのだが、何とも言えず微妙な空気が流れる。百戦錬磨の英傑である彼も、串で戦おうとする人間を見るのは初めてだった。

 階段を上がり、二階へと辿り着く。人の気配が強い。ここに潜んでいるのは間違いないだろう。

 

変幻武具(オリジントリガー)

 

 初動は騎士長が先だった。

 魔力を放出、結晶化して武器を形作る。形状は大剣。しかし刃は潰してあるのが見て取れる。殺傷力を抑えたのだろう。

 騎士長が駆ける。強い踏み込みに一瞬床が軋むが、その程度では壊れはしなかった。強度を高めているとの言葉に偽りはなかった。これが普通の木で作っていた場合、間違いなく床が爆ぜていたはずだ。

 

「っ――貴様、騎士……それも上位の者か!」

 

 一番近くにいた赤毛の男が即座に反応し、飛び退く。腰に差した二本の短剣を引き抜いて構え、その言葉を口ずさむ。

 

暴風を纏い(add the blast)彼の者の首を刎ねよ(blight the camellia)!」

銀汞聖剣(シルバートリガー)

 

 短剣のリーチを補うように風が刃を覆い、騎士長の首を落とそうと薙ぎ払うも、一瞬で出現した水銀のヴェールによって阻まれる。

 一回の攻防。ラストはそれだけで互いの力量を把握する。

 強いが、それだけだ。騎士長には及ばないというのが彼女の本音だった。

 ラストは赤毛の男の顔を知らないが、魔法を使い慣れていることから恐らくは貴族か何かだろう。少なくとも魔力の質は人間だった。いずれにせよ、即座に騎士長に対して反撃を仕掛けた辺り、テロ組織か何かに加担しているのは間違いなさそうだ。弁解の余地はないと理解している振る舞いだった。

 ということは、騎士長――いや、口ぶりからあくまで騎士か。それが動いていたのは把握済みということになる。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というわけだ。

 当然、それが可能な者は限られる。今回の一件の調査を行っているのは教会と王国上層部、実働部隊としては王国暗部。それに加えて騎士長とラストの二名による少数での調査。

 

「教会にも内通者がいる、ってことっすかねぇ」

 

 面倒なことで、と嘆息する。

 ならば、目の前の人間が誰なのかわかっても良いものだが。自分を囲んでいる複数の者達に対してそう考えながら、魔力を武器に通していく。

 

「一応聞いておくっすけど。投降してくれたりとかって、どうっすかね?」

「愚問だな」

「これでも?」

 

 フードを脱ぐ。錆色の髪が露になり、ふわりと揺れる。

 動揺が走ったのが伝わってくる。だが、一人は冷静だ。恐らくこれがラストを取り囲んでいる者達のリーダーだろう。

 

「やはり勇者か」

「そっすね」

「まあ、良い。どのみち答えは変わらない。我々のやることはただ一つ。可能な限り時間を稼いで死ぬだけだ」

「勇者相手に、できると思ってんすかね」

 

 次の瞬間、ラストはリーダーの脇を通り抜けていた。

 跳躍してすれ違いざまに左目に串を突き刺し、無詠唱で魔法を発動させて拘束。そのまま勢いを失わせずに近くにいた者の上半身をアルス=マグナで切り上げ、飛び出た血を起点に凍結の魔法で動きを止める。肩を蹴り、再度跳躍。また近くにいた者の足に剣を突き立て、そのまま魔法で拘束。

 そこでやっと、残された六名が反応した。

 遅い。遅すぎる。多少は腕に覚えがあるようだったが、はっきり言って弱すぎる。

 これが騎士長であれば初動の段階で対応していただろう。兄弟子ならそもそも初動を封じていた。師匠なら後の先を取って攻撃を仕掛けるくらいのことはしていたはずだ。

 世界規模での最上級の実力者と比べても仕方がないかもしれないが、この程度で勇者を相手取ろうなんて思っていたとは片腹痛い。

 

「勇者ってのは、絶対勝利の運命を宿してるんすよ。最終的には必ず勝つ祝福(のろい)を受けてるんす。望んだ結果になるとは限らないっすけどね。そんな化け物相手に、この程度で目的を達成できるとか、随分と低く見られたものっすね」

 

 アルス=マグナを宙に投げ、両手を二方向に突き出す。直後、ラストの腕がブレて、凄まじい衝撃が指向性を持って空間を伝わっていった。

 砕鬼。ラストの会得している武技の一つ。極めて短距離かつ短時間の爆発的な加速によって莫大な衝撃を伝達、対象に破壊をもたらす、強力な必殺技。これはその応用――砕鬼・空震と呼ばれる技術である。

 文字通り、大気を媒介に衝撃を伝達させるこの攻撃によって、反応し始めたところの二人が大きく吹き飛ばされる。壁に激突し、意識を失うのが見て取れた。

 ラストの攻撃は終わらない。即座に腕を戻し、アルス=マグナを再度握って振るう。人智を超えた速度で振るわれた刃は旋風となって斬撃を飛ばし、残りの四人を斬り裂いた。しかし、手加減していたのもあって致命傷には至っていない。

 再び魔法を起動、全員を確実に拘束する。これまでにかかった時間は十秒にも満たない。勇者が――ラストが強いことを考慮しても、両者に天と地程の実力差があることを踏まえても、圧倒的な速度だった。

 

「終わったか」

 

 どうやら騎士長も終わったらしい。声を掛けられ、そちらへと視線を向けると、そこには水銀の幕で複数の人間を抱えている騎士長の姿があった。

 

「早いっすね」

「単騎では勝てないと判断したのだろう。集団で襲ってきてくれたからな。手間が省けた」

「ほんと、一緒にかかってきてくれると楽で良いっすね。とりあえず、ささっと情報を抜くっすよ」

 

 幻想舞踏を二重発動。ラストはリーダーの記憶の中へと潜り込み、お目当ての情報を探していく。

 趣味の記憶。違う。昨日の朝食。違う。妻との性事情。違う……というかテロリストに加担しているっぽいくせに妻子持ちなのか。贅沢なことで。書類の山。怪しい。これは要チェック……密会現場。これ。

 

「見つけたっす」

 

 密会に使われている場所に心当たりはないが、記憶を辿って特定地点からの行き方は覚えた。次に密会の内容を探る。

 関連キーワードは魔族、教会、騎士、内通者、回帰辺りか。内通者からの情報、騎士団に動き、魔族の手引き、上位存在の召喚による始まりへの回帰――成る程、とラストは頷く。例の滅却回帰団とかいうテロ組織との繋がりがあることは間違いなさそうだ。

 幻想舞踏を解除し、騎士長に向き直る。

 

「そっちの身元確認はできるっすか?」

「ああ。最初に私に攻撃を仕掛けてきたのはラグダ・エドモンド――アルメール子爵だな。時計塔の管理を任されているのとは別の人物だ」

「ほほう。こっちの方はテロ組織に繋がってるのはほぼ確実って感じだったっすよ。多分そっちも同じっすね」

「嘆かわしいことだ。民を守り、民に尽くすべき貴族が民を虐げる側に回るなど」

「ま、そういうこともあるってことっすよ」

 

 車椅子に腰掛ける。捕縛した連中は騎士長が水銀の幕で抱えてくれているため、そのまま任せるつもりだ。

 しかしそれはそれとして、便利な能力だなと思った。ラストが確認した限りでも騎士長の能力は三種類はある。魔力を武器にするのが一つ、真紅の炎が一つ、水銀の操作でもう一つ。見ている限りでは、魔法とはまた別の体系の能力のようだ。

 だが、共通点が見えない。それぞれの能力は完全に独立しているのではなく、共通の要素が存在するはずだ。はずなのだが、ラストでもそれを見抜くのは難しかった。

 

「とりあえず、暗部の人達に引き渡した方が良さそうっすね。その後また移動っすけど……正直、いつまで続くんすかね?」

「元を断たねば終わらんだろうな。だが、君のおかげでかなり早く進んで助かっている。身体の方は大丈夫か?」

「幻想舞踊は結構使ってるっすけど、まあこれも反動自体はそこまで酷くないっすからね。今のところは痛み以外に問題はないっすよ」

 

 首を回して鳴らす。小気味良い音が歯車の動く音に混じって響く。めっちゃ痛いがまあそれはそれとして、特に問題はないということを示す仕草だったが、騎士長の反応は芳しくない。

 

「その痛みが問題なんだ。何もしていなくても激痛が走るのだろう。鎮痛用の魔法はないのか?」

「なくもないっすけど、改良が進んでなくて感覚を鈍らせるデメリットがあるんすよね。逆に騎士長さんは知らないんすか? そういう魔法」

「その手の魔法が戦時下に開発された、というのを知っているだけだ。そもそも私は魔法に精通していない。基礎的なことを知っているだけだからな」

「あー、そういえばそんな話聞いたっすね。回復魔法とか手術とかの際に使われたって話だったっすね。一風変わった話だと、拷問にも使って精神的圧力をかけるのにも使ったそうっすよ」

「……前にも言ったが、年頃の女子がそういった話をするのはやめた方が良い」

「いやいや、勇者に何を期待してるんすか。そんな華やかな話題はないっすよ」

「勇者である前に、君は君だろう」

 

 ラストの呼吸が止まる。

 

「君という存在が勇者になったのであって、勇者が君というわけではない。そこを履き違えるな。君はもっと、自分のことを大切にした方が良い」

「……大切に、してるっすけどね」

「自分を躊躇いなく切り捨てられるのに、か?」

 

 二人の視線が合った。

 耐えきれなくなったかのように、ラストは顔を背ける。

 

「滅私奉公。素敵な言葉だな。上っ面を取り繕い、個人を使い潰す。今の君を象徴しているかのようだ」

「…………」

「勇者システムか。そんなものに縛られなければ人間は生きていけないというのなら、滅びてしまっても良いかもしれないな」

「……もし、勇者が敗北したら。因果と運命が破綻して、本当に人類が滅びるっすよ」

「そうか。私はそうなっても構わないがな。無論、滅びる最期の時まで抵抗はさせてもらうが」

「前から思ってたっすけど、騎士長さんは真面目天然系なのに結構過激なことを口にするっすよね」

「そうさせている世界の方が悪い」

「そんなこと言う人初めて見たんすけど……こわ……」

 

 再び、正面から見つめ合う。

 

「でも、強さには相応の理由と責任が伴うものっすよ。わたしは勇者で、人より強いんすから、それに見合う働きをしないといけないっす」

「そんなことはない。私は平民の出で騎士長まで上り詰めたが、今も両親は健在だし故郷が滅びたりといったこともない。必ずしもそうでなければならないというわけではない」

「自分が異端な存在って自覚あるっすか? 世界規模で見てもかなり珍しいっすよ、それ」

「そうか。()()()()()()()

 

 気にも留めていない様子に、ラストが溜息を吐く。騎士長は意に介していないかのように続ける。

 

「世界から見て私がおかしいというのなら、私のような存在を大多数にすれば良い。前に君は言ったな。私は教会のシステムのオリジナルになれると」

「……確かに、言ったっすけど。マジでやるつもりっすか?」

「できるのであれば、やらない理由はないさ。それよりも前に片付けるべき問題もあるがね」

 

 例えば、この事件とかな。

 そう紡がれた言葉に、ラストは苦笑して頷いた。

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