錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-6 勇者と騎士長と、-④

「もう夜っすね。夕飯はどうするおつもりで?」

「そうだな。……調査の方も一区切りついたし、食べておくのも悪くない。君は?」

「あー、じゃあご一緒させてもらおうっすかね。教会で出るご飯、健康志向って感じであんまりおいしくないんで。この辺の店には詳しくないんで、チョイスはお任せするっす」

 

 街灯に照らされる中、夜道をラストと騎士長が進んでいる。時計塔を占拠していた者達を引き渡すのに手続き等で結構時間がかかってしまい、気付けばもう夜だ。

 

「それならこちらで適当に見繕うが。……そうか、教会の食事はあまりおいしくはないのか」

「そっすね。栄養価的には全然問題ないっすし、寧ろ良いんすけど……味の方は微妙なんすよね。そういう物理的・身体的効能や魔法的効能ばっかりに目が行って、味とか気にしない連中が多いんすよ本当」

「どんなものが出されるんだ?」

「肉だと魔竜の胸肉の蒸し焼き血酒ソース漬けとかっすね。魚なら呪孕魚と銀皮檸檬のムニエルとか。どっちもしっかり調理すればおいしくなるはずなんすけど、効能を引き出す方をメインにするせいで味が全然。昼の串焼きの方が何倍もおいしいっすよ」

「そんなにか……」

 

 ちなみにこれらの料理に使われている食材は全て厄除けの役割があり、どちらかと言えばそちらの方がメインである。

 

「……と、ここなんてどうだ? 少々値は張るが、メニューは豊富だし味も良い」

「おお、なんか雰囲気良さそうっすね」

 

 街角を曲がり、少し歩いた先にあったのは何やらお洒落な感じの喫茶店である。一階テラスからでも魔法器によって注文ができるようになっているため、そちらを使えば車椅子が邪魔になりにくい。眺めも良いし、中々に悪くない選択ではないだろうか。

 

「騎士長さん、意外とこういう店選ぶの得意な感じっすか?」

「どうだろうな。人付き合いの一環で覚えたが、得意と言える程かはわからない」

「まあ、レディをエスコートするには及第点行ってると思うっすよ」

「それなら良かった」

 

 騎士長が店内に入って数を伝えている間にメニューを開く。ふむふむ、ミストサーモンと完熟雪アボカドのスパゲッティ、虹クラゲのカルパッチョ、玉竜の熟成フィレサンド……どれも高級食材を使用した料理だ。値段を見てみると、どれもラストが魔王討伐の旅の間に食べていたものの倍以上である。そんなに悪いものを食べていたわけではなかったが、流石は王都のお値段高めな喫茶店といったところだろうか。

 うんうんと頷いていると、騎士長が水を持って戻ってくる。ところで彼はこんな時でも全身鎧姿なのだが、これで良いのだろうか。

 

「何か食べたいものはあったか?」

「んー、そっすね……このスパゲッティとか気になるっすね。ドリンクは……んん?」

「どうした」

「いや……リタの聖水って……これ、もしかしてなんすけど」

「ああ、聖女殿の考案したドリンクらしいな。評判は良いと聞くが」

「聖女ちゃん、そんなことまでやってたんすね……ってことはここ、教会とガッツリ関わってるじゃないっすか。味、大丈夫っすかねー……」

「私はこれまでに来たことがあるからわかるが、問題ないはずだ。同僚達の間でも悪い話は聞かない」

 

 じゃあまあ……と、魔法器に注文内容を書き込んでいく。

 結局、ラストが頼んだのは最初に目についたミストサーモンと完熟雪アボカドのスパゲッティである。ドリンクをどうするか悩んでいると、魔法器におすすめのドリンクが表示されたのが見えた。

 

「これ、このメニューと合うドリンクってことっすかね」

「そうだな。メニュー一つ一つに対し、相性の良いドリンクやサイドメニューが表示されるようになっているらしい」

「意外としっかり考えられてるんすねぇ。うん、サービスとしては結構良い感じだと思うっす」

「勇者殿のお墨付きか」

 

 騎士長の方を見れば、彼は肉料理を注文していた。嵐牛のローストビーフ。あれ食用だったのか。ラストとしては嵐牛は獰猛な幻獣としての認識だったため、若干の驚きがある。

 互いに注文を終え、特にすることもなくメニューを見る。やはりと言うべきか、普段のラストの食事よりもかなり高い値段だ。別に全然払えるのだが、それはそれとしてラストは私生活に金をかけないタイプだった。

 

「そういえば、口ぶりからして騎士長さんは結構来たことあるんすよね? わたしが頼んだやつ、食べたことはあったりするんすかね」

「いや、私はないな。ただ……同僚曰く、その……何だ? 女子ウケが良い、だそうだ」

「じゃあ期待できそうっすね。この組み合わせは食べたことないっすから、結構楽しみっす」

 

 メニューを閉じ、懐から一冊の本を取り出す。

 

「それは?」

「学術書っすよ。まあ、掻い摘んで言えば魔法についての本っす。これでも魔法学院通しで主席っすからね。この手の研究も慣れたものっす」

「私は魔法についてはあまり詳しくないが……具体的にはどんな研究をするんだ?」

「この本だと実戦での魔法運用についてっすね。詠唱をどれだけ短縮すれば威力と起動までの時間短縮をハイレベルで両立できるかとか、八節以上の戦術級魔法や十二節以上の戦略級魔法を運用するにはどうするか……って感じっす」

「ほう。君の場合はどうなんだ。私は君が詠唱しているところを見たことがないのだが」

「わたしの場合は勇者補正込みで八節の詠唱破棄までが限界っすね。第一型戦術級魔法までならノータイムで使えるっすけど、流石にそれ以上は厳しいっす」

「第一型……?」

「あ、まずはそこからっすか」

 

 適宜補足を交えつつ、騎士長に説明していく。

 そもそも、第一型のような区分は、魔法学の第一人者であるエリスフレア・バートリーが定義した戦術級魔法と戦略的魔法に後付けしてできたものである。節ごとに持たせることのできる効果量、規模、応用性といったものを総合的に判断してできたのがこれらの定義で、第一型といったものはそれを更に細分化したものになる。

 第一型戦術級魔法はそれらの中でも取り回しに優れているものを指す。基本的には八節の魔法をこう呼称し、稀に九節以上十一節以下の魔法もこれらに該当する場合がある。

 

「素人質問で恐縮だが、一つ良いだろうか」

「なんすか?」

「八節の魔法が取り回しに優れているのは当然じゃないか? 詠唱にかかる時間が短い以上、発動しやすさという点では最も扱いやすいと思われるが」

「目の付け所が良いっすね。その通りっす。ただ、八節の魔法が全て第一型に該当するわけでもないんすよね。単に節と言っても詠唱しやすさには魔法言語によって違いがあって、単語の長さとかによっても変わってくるっす。あとこれは正負同値の法則に通じるところなんすけど、魔法言語の単語一つによって得られるリソースと要求される魔力が変わるんす。どれだけの魔力を消費すればどれだけの効果が引き出せるか。これは今でも熱心に研究が続けられてるんすよね」

「成る程な。基本的には八節の魔法が第一型に分類されるが、魔法言語で構成される節によって引き出せる効果には差があり、また、詠唱しやすさも変わってくるため、必ずしも八節の魔法が第一型になるというわけではない……ということか」

「そっすね。魔法にはあんまり詳しくないとか言ってる割には結構理解が早いようで。何よりっす」

 

 グラスに注がれた水を飲みつつ、新しく取り出した本を開く。こちらは出版されたばかりのものだ。一年前に魔王討伐の旅に出て以来、比較的最近の研究内容には目を通せていなかったため、ラストとしては興味深いものが多かった。

 

「へー、ホロウの粉末を練り込んだ紙を使用した魔導書の開発に成功……確かにこれなら、狙った通りに魔法を刻めるっすね」

「魔導書とというと……紙に書き込んだ魔法を使用するというあれか」

「それっす。魔導書も魔法器の一種っすけど、そもそもホロウを介さず正確に魔法を刻むのって難しいんすよね。刻むタイミングや紙の材質によって、効果にブレが出ることも多かったっす。類型近似の法則のおかげで違う魔法が刻まれる、ってことはないんすけど……それでも、魔法器っていうのは適切なタイミングで適切な魔法を汎用的に行使する為のものっすからね。使う度に効果量が変わる、っていうのは欠陥として認識されてたんすよ」

 

 紙が濡れないように指を拭いてからページを捲る。ジェヴォーダン家の工房によると、ホロウを細かく粉末状になるまで砕き、それを紙に練り込んで全体に行き渡らせることにより、紙全体がホロウと同様の性質を持つようになる、とのことだ。

 当然、これを実行するのは簡単ではない。ホロウの加工には極めて高度な技術を要する。アルテリア王国最高峰の技術力を持つジェヴォーダン家の工房に並べるだけの実力がなければ、まともに形を整えることもできない。それを細かく砕くのだから、近頃になってやっとホロウを使用した魔導書作成の手法が確立されたのも納得だ。

 ホロウは魔法的に虚無の結晶だ。故に、ホロウに対して魔法を使用したり、魔法的に何らかの意味や効果を持つ動作を行えば、それらが書き込まれてしまうという欠点を持つ。また、そうでなくとも、意図しない形で魔法が刻まれることが多い。輸送の為に魔法を行使すれば、その魔法が書き込まれるといった事故も昔は頻繁に発生してしまったものだ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。今となっては魔法的な意味を一切持たず、そして魔法そのものも使用されていない道具や技術の方が少数派なのだ。

 だからこそ、誰であってもホロウの管理や加工には手を焼いている。魔法文明最盛期であるこの時代であるが故に、ホロウは最も需要が高く、扱いに慎重にならねばならない。

 

「……と、来たみたいっすね」

「そのようだな」

 

 ワゴンが浮遊しながら、ラスト達の席までひとりでに進んできた。騎士長は慣れている様子で載せられた料理を手に取るが、ラストの興味はワゴンの方に向けられていた。

 

「ふむふむ、浮遊魔法に積載物保護用の魔法を組み合わせて、空気を推進力にしてる感じっすかね。これ、垂直離着陸魔導航空機に使われてる技術に近い……というか、同じ技術を流用してるように見えるっす」

「知っているのか?」

「魔王討伐の旅の途中、コンプタトルに寄った時に乗せてもらったっす。魔人の襲撃があったんで、障害全部ショートカットして直接殺しに行くのに使ったんすよ」

「帝国か。あちらは魔導工学の発展が目覚ましいからな。主に魔法学を扱うアルテリア(こちら)とは機械技術に差がある。ということは、この店の店主はコンプタトル出身……という可能性もあるわけか」

「今は人類の脅威(魔王や邪神)も去って比較的軍縮の時代になりつつあるっすからね。元軍人かもしれないっすね」

 

 フォークとスプーンを手に取り、ソースを絡めてスパゲッティを口に運ぶ。

 

「……うまっ」

 

 ミストサーモンも雪アボカドも、どちらもとろけるような食感が特徴的な食材である。予想はしていたが、口の中に入れた途端にソースと溶け合い、しかしはっきりと味は残って舌を刺激するのが感じられた。ミストサーモンとソース自体は塩気が強めなのだが、雪アボカドの濃厚さが全体のバランスを整え、しっかりとしつつもクリーミーな味わいを与えてくる。

 はっきり言って、滅茶苦茶うまかった。

 二口目、と続けて食べていく。一度味をリセットする為にドリンクを一口。こっちもうまい。すっきりとした味と仄かな苦みからして、恐らくベースは銀皮檸檬なのだが、教会で出るようなものとは比べるのも失礼なくらいうまかった。

 ふと前を向く。

 騎士長の皿の上には何も残っていなかった。

 

「食べるの早くないっすか?」

「言っただろう、騎士は早食いの技術も身につけていると。私達は国家の剣にして盾。常に戦場に身を置いているものと思うのが鉄則だ」

「わたしに散々言っておいて、自分のこととなるとこれっすか……」

「まあ、何だ。味はとても良かった。それは確かだ」

「味わって食べてるならまあ……うーん……」

 

 真面目天然系である以上、食や料理人への敬意はしっかりあるだろうし……まあ、良いのか……?

 何とも言えず唸るラストだったが、しばらくして、こんなことで悩んでいるのも馬鹿らしいと言わんばかりに再び食事に戻る。

 とりあえず、今はこの料理に没頭していたい。

 そんなことを思わせるくらいの料理に出会ったのは、かなり久々だった気がする。

 或いは――おいしい料理に出会った記憶は、既に失われているのかもしれないが。

 そういった不安が、つい脳裏を過る……そんな、静かな夜だった。

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