「いやー、うまかったっすね」
「そうだな。……余韻を無駄にするようで悪いが、これからどうする? 私はこの手の調査に長けているわけではないし、君が休むなら私もここで切り上げよう」
「じゃあそれで良いんじゃないっすかね。現状そんなに急を要するわけじゃなさそうっすし、わたしも教会に戻るっすよ」
頷き、騎士長が去っていく。夜でも目立つ銀色の全身鎧が見えなくなるのを見送り、ラストは首を鳴らす。本当に痛い。二度とやるものかと決意した。
「んじゃ、本番といくっすよ」
八節の空間魔法、穏やかなる空の歩みを行使。車椅子ごと短距離跳躍し、捕らえた者が使用していた密会現場へと移動する。
人気のない広場。元々この辺りは人の出入りが少ない。王城からも、大通りからも離れた、無駄に広いだけのスペース。一般的な認識ではそうなっている。ラストも先程まではそう認識していた。
「……けど。王都の構造上、ここは押さえておくべきポイントっすよね」
そもそも、何故ここが密会現場に使われたのかを考えたのが始まりだった。
テロリストと言えども表向きの生活はある。わざわざこんな場所を訪れる方がリスクは大きいだろう。だからこそ、
この広場そのものが重要なのではない。だが、ここを一つの点として王都全体を俯瞰した時、ある仮説が浮かび上がった。
「上位存在の召喚術式を起動する為の魔法陣を描くなら、ここを狙うのは理にかなってる」
一つはテロリストの家。
一つはこの場所。
そして、中心部は王城。
つまりは、王都全体に魔法陣を描き、それを起動することで、召喚した上位存在を王城で暴れさせようという魂胆だ。
「召喚する対象によって魔法陣の形は変わるけど、基礎的な部分はどの魔法陣においても同一。こことあのテロリストの家は、その魔法陣を成すポイントになる」
あくまで仮説だ。だからこそラストは、一人でここを訪れた。
これが真実であれば、魔法陣を構成する為の魔法器がある可能性が高いから。
「わざわざ密会なんてしたってことは、ここにありそうなもんっすけどね。もしかしたら密会は下見で、これから配置されるって可能性もあるっすけど」
いずれにせよ、この場所を監視する役割を持った者は存在するだろう。
幻想舞踏。この世の理から外れ、自らの意識を切り離す。普通に監視者を探すのは難しい。監視しているからと言ってこの場の近くにいるとは限らない。双眼鏡を使えば離れたところからでも確認はできるし、魔導カメラの類なら直接この場所に視線を向ける必要はない。
探るのは意識だ。この場所に向けられている他者の意識を探していく。わざわざ空間跳躍までしてこの場所に現れたのだ。監視者がいるなら、ここに――或いは、ラストへと意識を向けているはず。
「……見つけた」
数は一人分。意識の質は魔族。昼は人間がテロを起こそうとしているという風に考えていたが、魔族が唆したという線もあったな、と判断を改める。
そもそも、滅却回帰団とやらがどうやって上位存在を召喚する術を手にしたのか。そこを考慮すれば、寧ろこちらの方が自然だったかもしれない。
もう一度穏やかなる空の歩みを行使する。次の瞬間、ラストは車椅子ごと魔族の後ろへと転移し、
「砕鬼・蹴天」
車椅子を蹴って跳躍、腕を蹴り上げ――爆発的な衝撃によって、魔族の腕を半ばから潰し、切り離すことに成功した。
「がぁ、っ……! き、貴様……!」
「っとと、動かないでいてもらえると助かるっすよ」
「ぎぃあ……ぐぁあああああああっ!!」
アルス=マグナを抜刀、連続で振るって残りの四肢も切断。死なないように魔法で止血し、その胴を踏みつけて拘束する。悲鳴がうるさいので痛覚遮断用の魔法と防音の魔法も行使しておく。
顔に見覚えはない。戦闘力的にも魔人ではないだろう。とりあえず四肢を失わせて無力化はしたが、これが人間だったら出血量がバカにならない。死んでいないのはひとえに魔族の生命力の高さゆえだろう。
「じゃ、情報を抜くっすかね」
幻想舞踏を使用できるラストにとって、あらゆる記憶は簡単に抜き出せる情報でしかない。どれだけ強固なプロテクトを噛ませていたとしても、
呼び出そうとしている上位存在について、テロリストとの繋がり、計画の全貌……ついでに、存在するなら黒幕か。目星をつけ、魔族の精神世界を覗いていく。
結果から言えば、収穫はかなりのものだった。テロリストを唆し、上位存在を召喚する術を与えたのもこの魔族だ。そして、この魔族の上には魔人がいる。
「魔人キレホキ……知らん名前っすねぇ」
どうもこの手の陰謀に長けた魔人らしいが、聞いたことはない。……もしかしたら聞いたことはあってもその事実を覚えていないのかもしれないが、その場合はどうしようもない。
肝心の計画の全貌だが、これも仮説通りだった。先程の地点をはじめとした複数のポイントに魔法器を配置、魔法陣を描いて召喚術式を起動。上位存在を呼び出し、王城で暴れさせることが目的だったようだ。
当然奇襲になるため、上層部の殺害に成功すれば良し。そうでなくても十分な被害が見込める。中々面倒な一手と言えるだろう。
「じゃあまあ、さよならってことで」
魔族の首を切断する。特に魔法が仕掛けられていた様子もない。
とりあえず通報だけしておくかな、と考えつつ、ラストはその場を後にしようとし。
「……あれ?」
そういえば、どうやって王都に侵入したのかが不明であることに気付いた。
王都は特殊な結界によって空間的に隔離されている。外から見れば地続きだが、その空間に連続性が存在しないのだ。原則入る為には身分証明となるものの提示と身体検査が必要となり、教会から渡された資料ではそれらが簡略化された、或いは省略されたことはここ一ヶ月の間ではなかったとのことだ。
つまり、非正規の手段で王都に侵入したことになる。
少なくとも今殺害した魔族の記憶にはなかった。記憶を削除されていても幻想舞踏なら削除されたことを探知できるため、この魔族は本当に侵入手段について知らなかったということになるわけで。
「んー……となると、意識のない間に魔人が送り込んだ、とかっすかねぇ……。単純に念には念を入れるタイプなのか、それともわたしみたいに記憶を覗ける人間への対策――」
ラストの身体が動いた。
『せいかぶべらっ』
即座に反転し、砕鬼を見舞う。爆音と共に今まさに声を発そうとしていた人型の輪郭が霧散し、その場に静寂が訪れた。
「…………」
今のは明らかに敵の精神体とかそんな感じのものだった。折角情報を抜ける機会だったのにそれを無駄にしてしまい、流石のラストも黙ることしかできなかった。
勇者である彼女は悪意や敵意の類に敏感だし、非物理的存在を攻撃する技術も会得している。しかし、それらが悪い方向へ噛み合ってしまった。この場に現れようとしている悪意や魔力を探知し、即座に攻撃をできる能力が備わっていたが故に起きた悲劇だった。
『……魔人が言うのもどうかとは思うが、おぬし少々乱暴すぎやせんかのう?』
「奇遇っすね。今わたしもそう思ってるところっすよ」
再び現れた人型の輪郭の発言に肩を竦める。今回ばかりは九分九厘自分が悪かった。賢者ちゃん辺りにこの光景を見られたら爆笑されそうだな、なんて考えつつ、声のした方に向き直る。
「で、お前が魔人キレホキってやつで合ってるっすかね?」
『いかにも。我はキレホキ。魔王様の因子を受け継ぐ者じゃ』
「じゃあ今からお前を殺せば事件は丸く収まるってことっすね」
『推奨はせん。我が死ねば自動で魔族を王都に送り込むように禁呪をセットしてあるのでな。わざわざ勇者の前に姿を見せたのも相応の理由がある』
なんかイラっと来たのでやっぱりさっさと消しておくべきだったかな、と思わなくもないが、一応黒幕兼情報源なのでこのままにしておこう。頬を掻き、面倒くさそうに溜息を吐く。
『
ぴくり、とラストの眉がつり上がった。
『きひっ、反応したな? 図星か』
「だから何なんすかね。別にお前くらいは問題なく殺せるし、そもそも
『無論勝てるとは思っておらんとも。きひひひ、ああそうとも! 勇者に勝てるわけがない! 絶対勝利という名の
目を細める。
そこまでわかっていて事を起こし、しかも自分の前に姿を現した理由がわからない。相応の理由があるとは言っていたが、それだけの価値がとはとても思えない。ラストがその気になれば、ここに送り込まれた精神体から逆探知して位置を特定、即座に殺しに行くことだって可能――
『我の狙いはな、
「――っ!」
即座に砕鬼で霧散させる。
「やられた……!」
説明されてやっと気づいた。頭の回転が遅くなってきているかもしれない、と心中で毒づく。
あの魔人は、
ラストは魔王討伐の後遺症に苛まれている。それ自体はそこそこ知れ渡っていることだ。本人が継続する旨を表明しているためまだ勇者として活動を続けているが、これ以上何か異変があれば教会は新しく勇者を立てるだろう。
恐らく、教会の反・現勇者派を利用する形で事を起こしたのだ。現勇者への不信感を高め、新たな勇者を擁立させる為の事件だ。仮に成功すれば勇者がいながら事件が引き起こされたことの責任を追及され、その処分の一環としてラストは勇者の座を追われる。そして間もなく、新しい勇者がシステムの加護を受けることになり、ごく短い間ながら勇者の不在期間が誕生する。
失敗しても問題のない計画だ。何故なら、
故にラストは、この情報を一切外部に漏らすことなく、単独でこの事件にまつわる全てを解決しなければいけなくなったのだ。隠蔽し、全てを騙し切らなければいけない。もしもこれが誰かに知られた場合、最悪その人物を
解決できるか、と言われればできる。それは確信を持って言える。何故なら、それが勇者という存在だから。
勇者は常勝無敗。敗北することは許されない。否、
「……結構な無茶と無理をする必要があるっすね」
解決そのものは可能だ。だが、勇者システムはそこを担保するだけで、相応の手間と苦労を要求する。今のラストの姿がそれを物語っている。
彼女の身体は既にボロボロだ。常に絶え間ない激痛に襲われているし、気を抜けば身体から力も抜ける。もしも勇者システムが手間も苦労もなく勝利を与えるものでなければ、こんなことにはなっていなかった。
やれやれ、と溜息を吐く。完璧に解決されることさえもあの魔人の目論見の一つかもしれない。このような事件を何度も引き起こし、その度にラストを傷つけて疲弊させ。それで勇者という存在を破綻させられるなら良し。そうでなくとも、傷ついていく彼女を見れば、人々や教会は間違いなく不信感を抱くだろう。最悪の一手だ。
「それでも、やらなきゃいけないんすよね。全く、勇者ってのは本当難儀で面倒で厄介で……」
そこまで呟き、かぶりを振る。そんなことを口走っている場合ではない。
魔法で教会の私室へと車椅子を送る。今はこれは必要ない。というか、座って休むなんてことはできない。そんな暇はない。
「わたしは勇者。イン・ヴィオラ聖教会認定、二十八代目勇者ラスト・ピエリス。勇者の名と、わたしの個人的な想いにかけて誓う――」
夜はまだ、始まったばかりだ。
「――王都に侵入した魔族とテロに加担する者を、全員殺す」
長い長い、獣狩りの夜が。