錆色乙女の回顧録   作:天音ウカ

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Episode1-8 深く満ちていく夜の中-②

「あが、が……」

 

 座り込んだ白髪の男の口に、細身の剣が差し込まれている。

 少しでも動かせば間違いなく口が裂けるが故に、男は一切の身動きを封じられた状態にあった。

 剣の持ち主に、特に何かをしている様子はない。冷徹な眼差しで男を見据えているだけである。

 しかし、その様子通りに何もしていないというわけではなかった。剣の持ち主は――錆色の髪が特徴的な少女は、男の記憶を盗み見ている途中だった。

 

「……ふぅん、そういう感じっすか。じゃ、これでお別れってことで」

 

 そして目的を達成すると、剣を押し込み、頭部を貫き、よじり、斬り上げる。付着した血を、高速で剣を振ることによって払って嘆息。

 

「だいぶ見えてきたっすね。概ね仮説通りではあるけど、テロに加担してる人達の規模に、各組織に存在する内通者の詳細。結構絞り込めたし、今のうちに手を出せるのは殆ど殺し終えたんで……あとは潜伏中の魔族を始末するだけっすかね」

 

 時間にすれば、夜の二時。少しずつ夜明けに近づいている、深夜の終わり頃。

 少女――勇者ラスト・ピエリスは、たった一夜で、既に三百人を超える数の人間を()()していた。

 夜はまだ、終わらない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「クソッ、何でこんなことに……!」

 

 街灯のない路地裏を、一人の男が走っていた。

 男は魔族だった。上司である魔人の禁呪によって王都に潜入し、陥落させる為の工作を行うことを目的としていた。

 仲間の魔族が定時連絡に出ないことから焦燥感に駆られていたところを、ローブを纏った黒い影に襲撃され、そして今逃げているというわけである。

 その時に一緒にいた仲間の大半は既に殺されていた。今回の計画では工作員としての役割が主だが、そもそも魔族とは全体的に戦闘力の高い、生粋の殺人種である。人間程度簡単に捻り潰せる、それだけの実力を持っている生まれながらの強者――そのはずだったのに。

 

「人間どもに実行させるだけの、簡単な任務じゃなかったのかよ……!」

「ぼやいてる暇があったら先に詠唱でもしなさい! このままじゃ本当に全滅するだけよ!」

「……チクショウ! 愚物を殺す水(the mercury for killing)善意を砕く悪意(the malice for lacerating)伝染する狂気(the madness for magnifying)!」

 

 並走する仲間の言うことももっともだ。詠唱を先んじて行い、魔法の発動を待機させる。魔法の遅延行使は優れた魔法使いには必須の技術だ。一種類だけでも先に詠唱しておけば、その後一回に限りノータイムで魔法を行使することができる。人間基準では高難易度だが、魔族はこれを特に訓練することもなく行える。魔族が優れていることを示していることの証だった。

 ――しかし、襲撃者はその上を行く。

 

「来た!」

 

 路地裏の壁を連続で蹴り、立体機動で背後から強襲する黒い影。宙に浮いたタイミングで待機させていた魔法を――魔族に伝わる、人を殺す魔法を起動する。魔力が形を持ち、肉体と精神を破壊する鏃となって射出され、

 

「見え見えなんすよね」

 

 その直後、黒い影の足元が爆ぜ、空中で跳ねる。鏃は当然のように回避され、横を向いた身体が回転し、剣を持っていない右腕が縦に振るわれた瞬間、凄まじい衝撃が路地裏に伝わっていった。

 

「がぁっ……!」

 

 驚くべきは、地面や壁面にはひび割れ等が一切見られない点だろう。あの衝撃は、一定の指向性を持った状態で大気中を伝搬し、逃走を続けていた魔族二人を的確に打ち抜いたのだ。

 水平方向に吹き飛ばされ、地を転がる魔族。呼吸器にダメージを負い、まともに呼吸もできない状態で地に伏せる。最早反撃する気力すら失われていた。

 

「今は()()()()()()()()()()()()使()()()()んすよね。なんで、今は王都全体がわたしの知覚可能範囲になってるっす。逃走経路も、事前詠唱も、全部最初からわかってたっすよ」

 

 乾いた笑いが漏れる。二人とも、今更何か抵抗できる気などしなかった。

 つまりこの襲撃者は、全てわかっていて弄んでいたのだ。

 宙を自在に駆けられるのならわざわざ壁を蹴って跳躍する必要はない。では何故そんなことをしたのか。空中で方向転換できないと思わせ、魔法を空撃ちさせる為だ。

 その気になれば殺すことなど容易かった。それでも逃走を許したのは、恐らく他の魔族を殺していたからだろう。物事には順番があるとはいえ、最初から対処できると踏んで、彼女は自分達を後回しにしたのだ。

 

「は、はは……化け物が」

「褒め言葉として受け取っとくっすよ。そんじゃ、また来世」

 

 黒い影が剣を一振り、二人の首が落ちる。

 消えゆく意識の中、最後に見えたのは――どこか苦しげな色を見せながらも、楽しそうに笑っている少女の顔だった。

 夜はまだ、終わりそうにない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……けふっ」

 

 喉の奥からせり上がるものを感じ、口元に手を当てて咳き込んだ。赤黒い血。だいぶガタが来てるな、と溜息を吐く。

 

「いくら反動が少なくても、短時間で使い過ぎればそうなるっすよねぇ」

 

 確かに幻想舞踏の反動は大したことはない。だが、一日での連続使用に加え、夜になってからは数時間もの間最大出力で使用し続けていたわけで。蓄積された反動は確かにラストの身体を蝕んでいた。

 全身に激しい痛み。これはいつも通り。肉が裂けていたり骨に杭を打ち込まれているような痛みがいつも通りなのはちょっと悲しくなってくるが、まあ問題はない。

 眼球が爛れたように熱いのも耳鳴りが酷いのも特に変わりはない。ただ、時折視界内の色が不鮮明になったり、音の一部が欠落して聞こえる。これは今までにはなかった症状だ。知覚機能に関しては幻想舞踏や月ノ眼で代替できるためそこまで問題視はしていないが、そもそも禁呪の反動による影響を禁呪で誤魔化すのはそれで良いのかと思わなくもない。

 指先に痺れ。力が入りきらず、動きの緩急に粗が見える。先程魔族に放った砕鬼も、本当は心臓を狙って衝撃を伝えるつもりだった。最大最高のパフォーマンスを実行できないことを把握し、その瞬間に呼吸器狙いに切り替えたのは間違いではなかっただろう。そのまま打っていれば、路地裏に被害が出る可能性もあった。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。三百を超える数の殺人事件については隠蔽できないしする気もないが、ラストが戦闘を行った――即ち、その主犯であるという事実は隠し通さなければならない。あくまで謎の達人による一夜連続殺人事件という体でなければいけない。

 幸いにも――騎士長がいればそれを不幸と呼ぶだろうが――戦闘になれば、これらの症状の大半は無視できる。肉体そのものを使うわけではない魔力制御には何の問題もないし、肉体を直接使う武技に関しても身体全体で調整すればほぼ問題なく運用できる。若干の粗も誤魔化せる範囲内だ。

 

「……まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っすし、夜が明ける前までに全部処理すれば良いだけっすからね。全然余裕っすよ」

 

 軽く伸びをする。とても痛い。しかしそれはそれとして、ラストは本来なら無理難題であるはずのことも、できないとは一切思っていない。

 どうやら魔族は何回かに分けて王都に送り込まれたようで、相互に連絡を取っているのは同時に送り込まれた一つのグループ内でのみだったことがわかっている。他グループの存在を知らされずに、自分達だけが人間を唆していると思っていたらしい。恐らくは一度の襲撃で全滅することを避ける為なのだろうが、今はそれが良い方に影響している。

 そもそも、ラストが呟いた通り、非正規の手段で侵入した以上、魔族は王都を出ることはできない。王都に住んでいるわけでもないから住民票のような身分証明はないし、正規の手段で入った際に渡される滞在許可証も持っていない。王都は周辺の土地と空間的に連続でないことから、正規の出口を使わなければ外に出ることはできないし、詰んでいるのだ。

 

「それにしても結局、侵入に使ったのは幻想舞踏とかその辺の禁呪なんすかねー……」

 

 そういえばあの魔人は王都に送り込んだ手段までは言ってなかったな、と思い出す。まあ、幻想舞踏やそれに類する禁呪だろうと当たりはつけていた。

 実際、幻想舞踏なら王都に入ることも可能だろう。ラストはもっぱら自分用に使っているが、あれは一応他人を対象としても使える禁呪だ。幻想と化した後にどうやって元の状態に戻すかに苦労するだけで、使えないわけではない。

 恐らくは、幻想となった後に元に戻れるようなタイマー式の魔法やら呪法やらをかけた上で幻想舞踏を行使し、空間を越えて王都に配置したのだろう。人のことを言えないが、禁呪を随分と便利に使っているなと何となく思った。

 

「本当、汎用性高すぎるんすよね。反動はそこまで酷くないし、概念干渉系だから大抵のことはできるし、解釈次第でいくらでも応用できるし……他の禁呪も全部こんな感じなら良かったんすけど」

 

 まあ、禁呪と呼ばれていることの意味を考えれば、寧ろ幻想舞踏の方が例外と言えるだろう。無論運用を間違えれば破滅するという点で危険度は高いのだが、反動そのものは大きくない。濫用し過ぎなければ身体に負担をかける程度で済むのだ。

 

 静寂。

 はぁ、と溜息を一つ。

 

 路地裏を出る。深夜だけあって暗い。街灯は今はついていないし、星の光だけが街並みを照らしている。それでも、ラストにとっては十分すぎる程だった。

 

「……星は、綺麗っすね」

 

 思えばこれまでに多くのものを見た。勇者になる前も、勇者になってからも。

 沢山の人が死んでいった。死に際に呪いを振り撒き、それでも生に縋りたかった人達。大切な人を失い、絶望に沈む者もいた。

 沢山の人が生きていた。どんな苦境でも必死に生き抜き、生命の輝きを見せてくれた人。誰かの為に自己を犠牲にできるような、綺麗な心を持った人だって。

 自分が見てきたものは、世界のほんの一部でしかない。それでも、彼ら彼女らが見せてくれた生き様は、ラストの記憶に深く刻まれ、勇者として生き抜く決意を固めるに至った。

 少しずつ記憶は失われている気もするけれど。だからこそ、あの人達のように生きたいな、と。強く、そう願った。

 

「死なせるわけには、いかないっすよねぇ」

 

 無辜の民が傷つけられることなど、あってはならない。

 見えないものもあるかもしれない。

 手が届かない部分もあるかもしれない。

 それでも、わたしが勇者(わたし)である限り、人々を守り抜きたい。

 勇者になった日も、魔王を討った日も――そう、思ったのだ。

 教会が崇める主神、イン・ヴィオラの司る神格は守護と侵略。闘争にこそその本質はあり、故に人々を守る盾であると同時に、敵を討つ槍としての側面を持つ。ラストは特にはっきりと信仰しているわけではないのだが、それでも、その在り方は好ましく思えた。だからこそ、今もこうして教会に身を置いている。

 

「んー……一人はダメっすね。色々なことを考えちゃう。わたし、こんなキャラじゃなかったと思うんすけどねぇ……」

 

 ふふ、と笑いがこぼれた。でもまあ、星の瞬く素敵な夜空だ。たまにはこんなことを考えても良いだろう。

 アルス=マグナを鞘に収め、大きく息を吸う。激痛が走るが、それを無視してその言葉を紡ぐ。

 

不浄を清める神の槍(hallow the abyss)輪廻の中を揺蕩い(give the baptism)新たな生命を祝福しよう(felicitate the carcass)

 

 これは祈りだ。

 心優しき未来を迎える為の祈り。

 

高め(enhance)壊し(destruct)再誕せよ(create)

 

 その為ならわたしは何だってしよう。どれだけ屍の山を積み重ねようとも、どれだけこの手が血に塗れようとも。絶対に、望む未来を手繰り寄せてみせる。

 ラストの身体が淡い光を放ち始める。本来なら合計十四節にも及ぶ戦略級魔法の行使は、禁呪の反動に蝕まれていた彼女の身体を更に傷つけるが、それでもラストは行使することをやめない。

 絶対に必要になる、と判断した。

 自分が見据えた未来を手に取るには、これが最も確実だと――勇者の直感が告げていた。

 

「……さ、お仕事を再開しましょうか。夜明け前には全部殺して、ひとまずゆっくり休みたいっすねぇ」

 

 教会の私室のベッドで寝よう。教会直々に認定された聖人だけあって、私室の内装は結構豪華なものにしてもらったのだ。それで惰眠を貪り、起きたら寝ぼけ眼を擦りながら贅沢な食事をいただこう。

 何を食べようか。今日の夕食がとてもおいしかったし、教会の食事では満足できないのが目に見えている。せっかくだから、また外食としゃれこもう。騎士長さんを誘うのも悪くない。

 そうやって、明日のことを考える。何度苦境に立とうとも、その度に明日を想って乗り越えよう。今までだってそうしてきたし、これからだってそうすれば良い。

 

「明けない夜はない。これぞ真理、っすね」

 

 いつかまた、朝日が昇るのだから。

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