白磁の王   作:習作

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ボーン2――闘争の末、逃走

 良くも悪くも、状況が膠着していた。

 俺と壮年の護衛は武器を構えたまま睨む盗賊達と向かい合ったまま動くことが出来ない。こちらと相手の間には街道の脇に寄った形で、少女が隠れている馬車が停止している為だ。下手に動けば彼女をが危険に晒してしまう恐れがあるのだ。彼女を連れて逃げると承諾した手前、なんとか無傷でここから連れ出してあげたい。その為には眼前の盗賊達をどうにか抑える必要がある。しかし、俺では最良の策など思い付くはずもなく、ただ奴らを見据え隙を探す程度しか出来なかった。

 

 膠着状況をどうにかしたいのか壮年の護衛は剣を敵に向けたまま口を開いた。彼から漏れた声は小さい。

「私が奴らの目を引こう。君はお嬢様を頼む」

「……」

 つまりは囮を買って出る、ということだ。彼は自らを犠牲にしてまでも主を救おうというのだ。傷ついてもなお剣を下げず主を守ろうとする。正に騎士道精神だ。この状況で不謹慎ではあると思うが、俺が憧れていた物の一つが今、目の前に存在していることに言い得ぬ感動を覚えた。

「分かりました。俺も絶対、無事に連れ出します」

 俺も彼と同じ様に小さな声で告げた。そしてそれは、自分自身に対して向けたものでもある。必ず生かして見せる。そう、口に出すことで再度、決意を固めた。

 

 俺の言葉を聞いた壮年の護衛は小さく頷き、そして大きく息を吸い込み吼えた。獣じみたその咆哮と共に壮年の護衛が盗賊達に肉薄する。それと同時に俺も馬車を目指し一気に駆ける。彼が盗賊達の間で暴れてくれているお陰で、俺の目の前には障害は何一つ無い。馬車までの短い距離を全速力で駆け抜け、その裏でうずくまっていた少女に駆け寄った。

 

 長い金髪を地に垂らした少女は杖を握りしめたまま、頭を抱え小さくなっていた。余程、恐怖を感じたのだろう。彼女の体は目に見えて震えていた。どうやら、俺の存在には気づいていないようだ。いや、気づいてはいても動けないのか。なんにせよ状況は切迫している。すぐにでもここから移動しなくては、盗賊の仲間が駆けつけてくるかもしれない。

 俺は少女を怖がらせないように出来るだけゆっくりと優しく声を掛けた。

「大丈夫か? 君を連れて逃げるように護衛の人に頼まれて来た」 

「……ローレンツは?」

 帰ってきた言葉は疑問だった。恐らくだが護衛の内のどちらかを指しているのだろう。しかし、片方の護衛は既に命を落としてしまっている。近場で起きた出来事だから、彼女が知らない事は無いと思うが、あえて詳しく説明する必要はない。そう考えた。今の俺に求められているのはこの子の安全だ。生きて安全な場所まで連れていく事、それが今貫くべき事だ。

「彼なら、敵を征伐しているよ。その彼から頼まれたんだ、君を安全な場所に連れていくようにって」 

「でも、」

「悪い、時間がないんだ。お願いだから、俺と来てくれ」

「えっ、や」 

 俺は彼女の手を取り引っ張り揚げ、立ち上がらせる。その際、抵抗されるが俺よりも随分小柄な彼女の力は思ったほど強くはなかった。しかし、心底嫌そうに抵抗する彼女を見ていると、嫌がる子供を苛めているような気分になる。なんだか気分が悪い。だが、やはりそんな事で立ち止まっている暇はなかった。

「、っなにやってる! 小娘が逃げるぞっ!」

 男の呻きを交えた怒声が辺りに響く。俺が殴り倒したメイジの男だ。彼はただ意識を失っていただけだったのだ。いよいよもって状況が最悪になろうとしている。足下がおぼつかないあいつが完全に復帰してしまえば逃げるのは更に難しくなるだろう。護衛の彼もいつまで保つかわからない。俺に少女を説得している暇などない。

「来い! 逃げるぞっ」

 俺は取った手をそのままに強く引いて森の方へ走り出した。少女はもつれそうになってはいるが、抵抗はしてこなかった。

 

 

 追っ手が来ていないことを祈りながら振り向かず走る。

 左手に掴んだ少女の手が強ばっているのがはっきり伝わっている。俺の僅かに後ろを走る彼女は、何も言わずしっかり自分の足で付いてきている。一応は俺を信用してくれたのだろうか。分からないが、彼女が素直に付いてきてくれるのはありがたかった。先ほどまで聞こえていた戦闘音が殆ど聞こえないところまで逃げてきているが、後ろを静かに追ってきていないとも限らない。体力が続く限り逃げ続けるつもりだった。

 

 しばらく走ると鬱蒼と生い茂る木々の隙間が大きくなってきた。どうやら森を抜けるようだ。後ろに追っ手の姿はない。俺は僅かにペースを落として、近くの茂みの影に身を潜めた。少女も続いてしゃがみ込む。

「大、丈夫、か?」

 今まで生きてきた中で一番の全速力を発揮したせいか、息が上がり上手く声が出ない。それは、少女も同じなようで、白い肌に玉のような汗を浮かべながら荒い呼吸をして、頷いている。俺は茂みから開けた先を見据える。先には小さな小屋がある。

「あ、貴方は何ですか?」

 少女が聞いてきた。何、と聞かれても答えに困る。俺は佐藤太一、ただの大学生だ。

「佐藤太一だ。タイチが名前な」

「別に、名前を聞きたいわけじゃ……」

「えと、じゃあ――」

 どう答えればいい。そう口に出そうとしたとき、後ろからがさりと物音が聞こえた。俺と少女は揃って背後を見やる。盗賊の奴等に追いつかれたのだろうか。

「ど、どうするの?」 

 少女のか細い声が聞こえた。ここで止まったのは失敗だったか。彼女を見る限り、もう走れそうには見えない。俺は走れるかもしれないが、ここで置いていくなんて選択肢は存在していない。何とかしなければ。視線を人気の無い小屋に向ける。

「あそこに隠れよう。見つかったとしても、篭城できる砦があれば何とかなるかもしれない。行くぞ」

 

 俺は少女にそう言うと茂みを脱出し、小屋へ向かう。少女もそそくさと背後を付いて来る。追っ手が気になるのか後方をしきりに見ている。急いで中に入ろう。砦とは言えない様なボロ屋だが、武器になる物や役立つ何かがあるかも知れない。小屋の入り口までたどり着いた俺は、小さくドアを開け中をのぞく。中は思ったより埃っぽく人が住んでいるような気配はなかった。床に積もり雪のようになっていることがそれを証明していた。

「さぁ、中へ」 

 少女を促し俺も中に入る。二人の人間と大量の空気が入り込んだことから大量の埃が舞い上がった。鼻腔をくすぐる不快な感覚に思わず足を止めてしまうが、中に入るところを見られてもいけない。そう考えた俺は口と鼻を抑えながら小屋の扉を閉め、なるべく窓に近くない場所へ腰掛けた。

 

 息を殺して、外の気配を探る。玄人の戦士のようにはっきり気配を読めるわけではない。ただ物音がしないかどうかを聞いているだけだ。俺の意図が伝わっているのか、少女も小屋の一番奥で身動き一つ取らず座り込んでいる。大人しくしていてくれるならありがたい。

 

 一秒、一秒確実に時が進んでいく。しばらく外に気を配っていたが、誰かが近づいている感じはしない。そっと窓から外を覗いてみても、やはり人影は見あたらない。盗賊連中は俺たちの追跡を諦めたようだ。

 

「……っ、ふぅ」

 肩の力が抜けた。緊張の糸が解れ、深いため息が出る。

「周りには誰もいない。しばらくは大丈夫だと思う」

 俺は、小さく縮こまっている少女にそう告げた。すると彼女は小さく安堵の息を吐いて、僅かに強ばった肩を弛緩させた。

 一応、目前の危機は脱した。しかし状況が良くなったわけではなく、むしろ考え方によっては泥沼に片足を突っ込んでいるようにも思える。助けが来るか分からない状況。数や規模が不明瞭な相手、そして奴らの執念のほど。全く見えてこない現状は実に不愉快だ。

 

 それに、何より不可解な事が他にもある。自分の事だ。

 記憶にある通り、俺は運動が苦手だったはずだ。なのに、この短時間でかつて無いほど全力で走り続けていた。今になって考えてみればおかしな事だ。ハルケギニアに召喚されて、初めて長距離を歩き詰め、その後にこの逃走劇だ。以前の俺から考えたら体力が保つわけがない。もしや、ルイズに召喚されたことで、何か特殊な恩恵が与えられているのかも知れない。彼女と契約した使い魔は”ガンダールブ”というルーンを刻まれ、身体能力が強化される。俺は契約していないが、彼女に召喚されたという点で、何かしら力を得ている可能性がある。確証はもてない、な。

 何にせよ、今考えても何も分からないか……。

 

「ねぇ……あの、聞いてます?」

 思考の海から意識を外に向けた途端、いささか不機嫌そうな少女の声が聞こえてきた。どうやら自分の世界に入りすぎていたようで、彼女の話を聞き逃していたみたいだ。俺はじっとこちらを睨む彼女に向き直り素直に謝ることにした。

「ごめん、考え事をしていて聞いていなかった。……それで、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 俺がそう聞くと彼女は少し視線を逸らし、数瞬の後再び口を開いた。

「……気にしてないから良いですけど。それより、聞きたいことがあるんです」

「答えられることなら、なんでも答えるよ」 

 聞かれて困ることなんて、使い魔召喚されたことや、その後の一悶着ぐらいしかない。いや、むしろこの世界において俺の歴史は僅か数十時間しかない。話せることは殆どない気がする。これは、参ったな……。適当に誤魔化す事も必要か?

「えと、先ず貴方は誰なんです? 何処から来て何のために私を助けたんですか?」

 告ぎ早に疑問を投げかけてくる彼女の気迫に気後れするも、なんとか声を絞り出した。とりあえず話せないことはぼかして話すことにしよう。

「さっきも言ったと思うけど、俺の名前は太一だ。魔法学院に奉公していたんだが、故あって帰郷する途中だったんだ。君を助けた理由は、その、ただのお節介というか、頼まれたって言うのもあるけど」

「そう……ですか。よく助ける気になりましたね」

 少女は胡散臭そうな視線を俺に向けてのたまった。確かに怪しいよな。ただの平民に見える男が、頼まれた程度で賊相手に歯向かうなど殆ど見られないことだろう。この世界において弱者は奪われるしかないのだから。しかし、彼女の視線が痛い。

「まぁ、いいです。ここまで私を逃がしてくれたのは事実ですから。ありがとう、と言っておきます」

 彼女はそう言って僅かに微笑んだ。緊張が解けていないのだろう、少しぎこちないそれはどこか儚げに見えた。この状況で笑みを浮かべてくれたのだ、俺も笑顔をかえそう。上手く笑えているかは分からないが、少しでも空気が柔らいでくれればいい。

 

 




今回は短くなってしまいました。

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