12年前、幻想郷。博麗神社にて。
(暇だなあ)
親がいなかった霊夢はすでにその頃から縁側をゴロゴロしていた。まだ魔理沙とも出会ってない、それほど昔の話。
「ここがミクの言ってた『博麗神社』かな」
「そうだね。多分」
石段の方から誰かの声がする。霊夢は幼いながらもボケっとした顔を直して、一応凛々しい顔をして座り直した。
「まずは『博麗の巫女さん』に会えって言ってたけど…どこなんだろ?」
鳥居まで登ってきた2人のうちのショートの緑髪で制服姿の女の子が周りを見渡す。
「あ、あそこにちっちゃい子どもがいるから聞いてみたら?」
もう1人の方のポニーテールの茶髪の寝間着姿でテディベアを抱えている女の子が霊夢を指差して言う。2人が霊夢に近づく。制服の女の子が霊夢に話しかけた。
「すみません、『博麗の巫女さん』はどこにいるか知ってますか?」
「…私ですけど」
「そうなの?!こんなにちっちゃいのに…」
「ちっちゃいちっちゃいってうるさいね。これでも『博麗の巫女さん』なんですけど」
「し、失礼しました!…じゃあ、えーと…この神社の責任者みたいな人は?」
「それも私なんですけど」
「あー…」
霊夢のつっけんどんな返答に制服の女の子は途方に暮れている。
「響子、多分この子結構大人だよ?とりあえず事情話してみたら?」
寝間着の女の子が見かねてアドバイスする。
「えー?わかるかなぁ?じゃ、まあ話してみるけど…」
制服姿の女の子は躊躇いつつ話し始めた。
制服の方は「月野木響子(つきのききょうこ)」。明るい性格をしている。寝間着の方は「星宮琴葉(ほしみやことは)」。不登校らしく、常にジト目をしている。外の世界では2人ともいわゆるボカロPと言われるバーチャルシンガーを使った歌を作る職業らしく、同じ学校に通っているらしい。響子は作詞作曲、琴葉はMV担当。最近やっと軌道に乗ってきたらしい。
「とりあえず、あなた達は外の世界の人間で、幻想入りしたのは分かったわ。で、どうやって幻想入りしたの?」
「…巫女さん、本当に子ども?実は頭脳は大人系?」
霊夢の理解の速さに響子が驚く。
「ちゃんと子どもですぅー!」
「ほんとかなぁ…でも、この幼さで理性を獲得できているのは見込みがありそうだ」
琴葉が霊夢をジト目で見つめる。どこか羨ましそうでもある。
軌道に乗り出したのには理由があって、最近『セカイ』という『初音ミク』が作った何もない灰色の謎の異空間に行くことができるようになったかららしい。ごちゃごちゃした家では集中できなくても、何もなく、誰の干渉も受けないところだと集中しやすいせいかそこで作ったボカロは結構バズる…
「そんな御託はいいから早く教えなさい」
霊夢は不満気そうだ。
「ごめん、ここから本題だから!」
響子は霊夢の凄みに圧倒されつつ、話を続ける。
いつものようにそこで作曲作詞していると、ミクがやって来てインスピレーションを得る方法として幻想郷に行くというのがあるというのを教えてくれた。ちょうど思いつかなくて困っていたところだったので2人はすぐに承諾すると、ミクは幻想郷への通路を開いてくれて、今に至るらしい。
「ふうん…その『初音ミク』とやらの素性は気になるけど、まあいいでしょう。あなた達の安全はこの博麗霊夢が保障するわ。大船に乗ったつもりでいなさい」
「この子が安全を保障ねぇ…超人ってところかな」
琴葉はテディベアをぎゅっと抱きしめたまま霊夢を舐め回すように見た。
「…で、どうするの?その『いんすぴれーしょん』とかいうのを手に入れに来たんでしょ?」
「うん。とりあえず、幻想郷を回ってみようと思うんだけど…」
「わかった」
霊夢はそう響子に答えると、勢いよく空へと飛び上がった。8つの陰陽玉も霊夢の周りを守るように飛んでいく。
「ほら、早くしないと置いていくよ!」
「え?え?」
響子は今目の前で起こったことが理解出来ずに困惑している。琴葉はただ目を見開いている。
「ああ、普通の人間は空飛べないんだっけ。ごめん、じゃこの陰陽玉に乗ってー」
霊夢はそう言いつつ周りの陰陽玉のうち2つを人が1人座れるくらいまで巨大化させて響子と琴葉の前に行かせた。
「あ、はい…」
(この子、なんかわからないけど、絶対強い!)
2人から疑念は完全に消えていた。
***
「そういえば、親はいないの?」
人里に着いて散策しながら、響子が霊夢に尋ねた。
「…いないよ。気づいたら、あそこに住んでたの」
霊夢は少し寂しそうな顔をした。太陽が雲に隠れ、辺りが暗くなる。
「そう…友達は?」
「…いるわけないじゃん。私のような、妖怪みたいな人間に」
「妖怪みたいな人間?」
「博麗の巫女っていうのは、妖怪から人間を守るためにいるの。言い換えたら、妖怪よりも強くある必要があるの。でも、そこまで強くなっちゃったら、もはや人間には博麗の巫女なんて妖怪みたいに見えるって思わない?」
「…」
響子は口をつぐむ。そういえば、さっきからどうも冷たい視線を感じるなあと思っていたからだ。同時に何故ここまで霊夢が大人びているかも薄々分かったような気がした。
「…深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
今度は琴葉が突拍子もないことを言う。
「は?」
「あなたは人間?それとも妖怪?」
「人間よ。そこは譲れないわ」
「別に妖怪でもいいと思うけど」
「…なに?」
「自分が自分であるために、社会が自分を縛るものは関係ない。深淵の中に自分があるなら飛び込めばいい。人間をやめないと見えないものだってきっと…」
「あー、はいはい、そこまで。不登校の理由はよくわかったから」
響子が琴葉の言葉を遮る。
「ごめんね、霊夢。たまーに琴葉ってこうなっちゃうのよ。考えがブッ飛んでるっていうか…最近はだいぶ落ち着いて来たのに…」
「いや、これは真理だから」
「琴葉はちょっと落ち着こうか!」
「…いや、別に…そういう考え方もあるっていうのはわかったわ」
霊夢は空を見上げる。太陽が雲の合間から顔を出していた。
「ところでさ」
霊夢が2人に尋ねる。
「『いんすぴれーしょん』と『しんえん』って語呂的に何か関係ある感じ?全然わかってなかったんだけど…」
「「そこからかよ!!」」
***
「じゃあ、今日はありがとうね。いっぱいインスピレーションが湧いて来たわ」
一通り幻想郷を見た2人は外の世界に戻るために、博麗神社に戻って来た。響子が霊夢に礼を言う。
「まあ、あんたらが現代入りしたら私の記憶からあんたらについての記憶は消えちゃうんだけどね」
「それは残念だね」
沈みゆく太陽を見つめながら、琴葉が口を挟む。
「まあ、あんたらは覚えているんだからいいでしょ」
霊夢は紫から教わった現代入りの儀式の準備を始めつつ、そう返答する。地面に魔法陣のようなものが描かれていた。
「せっかくここまで仲良くなったのに…私もここまで響子以外の人と話したのは久しぶりだしさぁ」
「確かに!この勢いで登校して…」
「それはない!」
「そんなあ〜」
(仲良し…ねぇ。また、幻想郷に来てくれたらなあ)
霊夢はそんな淡い希望を抱きつつ、魔法陣を完成させた。
「それじゃ、その円の中に入って。外の世界へ送り返すから」
「わかった」
2人は魔法陣の中に入る。霊夢が魔法陣に霊力を込めた札を勢いよく置いたその瞬間、魔法陣が青く光り始めた。2人を覆うように光る球体が形成される。
「…また幻想郷に来たかったら来てね。幻想郷はきっと歓迎するわ」
霊夢がらしくないことを言う。
「うん!絶対行くよ!またね!」
「幻想は現実に必要だからね。きっと帰ってくるよ」
2人は光の中に消えていった。そして球体は空高く飛び、あっという間に見えなくなっていった。
(さて…私の記憶がなくなる前に、必要なことは書き留めておきましょうか)
霊夢は引き出しから紙を取り出し、ちゃぶ台に向かって筆をふるいはじめた。
(『セカイ』…幻想郷のみならず、外の世界とも繋がる異界。外の世界とは双方向の繋がりがあるものの、幻想郷に対しては一方通行の繋がりしかないため、調査の必要あり…っと。そういえばあいつらが『セカイ』に行ってる時って外の人間はあいつらの不在に気づかないのかしら?)
霊夢はふと筆を止める。
(もしかしたら『セカイ』にも幻想郷のような現実改変作用があるのかも?それなら理解できるわ。よし、メモしておこう。『セカイ』にも幻想入り、現代入りが適応される可能性がある…あれ?)
再び筆を止める。
(じゃあ、つまりあいつらって『セカイ』で幻想入りして、幻想郷で現代入りした…幻想郷では外の世界のあいつらの存在は取り戻せない?)
恐ろしい真実に気づいてしまった。霊夢の顔が急激に青ざめる。
(まずい…とんでもなくまずい!)
霊夢は急いで結界を緩める。そして大幣を持って縁側に降りて素早く靴を履く。そして結界に向かって飛んだ。
(結界は二重構造…内側の博麗大結界と外側の幻と実体の境界。博麗大結界は常識と非常識を司り、幻と実体の境界は幻想と現実を司る…博麗大結界はもはや幻想郷の非常識となったあいつらを外の世界に弾き出そうとする…しかし、幻と実体の境界は外の世界において幻想となったあいつらを幻想郷に戻そうとする。相反する作用が結界の狭間で衝突する!)
霊夢は博麗大結界に侵入し始めた。本来なら博麗大結界はよっぽど強大な力を持たないと通過できないが、結界を緩めた今ならできる。
(とにかく、一旦あいつらを幻想郷に引き戻さないと…!外の世界にも幻想郷にも忘れられた存在は結界を破綻させる可能性がある…!間に合え…間に合えええええ!)
霊夢はついに2つの結界の狭間に到達した。辺りの結界の状況を調べだす。
(とりあえず、両方の結界は大丈夫なようね。じゃあ、あいつらはどこに…?無事に通過できたのかな?なら…よかった…)
ただの取り越し苦労だったとわかり霊夢は安心した。その瞬間、靴に何か突き刺さった。
(いったー!何?)
霊夢が踏んだところにあったものを拾い上げる。なにかの破片のようだ。
(何これ?)
霊夢はじっと見つめる。その破片は丸みを帯びていた。何か球状のものの一部のようだ。
(これは…さっきの球体?)
霊夢は愕然した。
「響子ー!琴葉ー!」
霊夢の声は狭間の中でこだまする。帰ってくる言葉はなかった。
「はは…私って馬鹿だな…両方とも、結界は強力…結界の破綻よりも破綻の終焉を先に迎えるに決まってる…なんて悲劇だ…」
霊夢は自分を嘲るように笑った。そのまま尻餅をつく。
(所詮私は天涯孤独…関わったやつが不幸になるのは仕方ない…それが博麗の巫女…?)
お尻に何か敷いているのを感じて抜き取る。それは琴葉のテディベアだった。テディベアは琴葉と同じようなジト目でじっと霊夢を見ている。霊夢の頬を涙がつたう。
「…違う…私がもっと早く『セカイ』の異常さに気づいていれば…私の現代入りの術式が結界の作用よりも強ければ…私が結界よりも強ければ…こんなことにはならなかった…!私のせいだ…!私が響子と琴葉を殺したんだ!!あああああああああああああああ!!!!」
霊夢は生まれて初めて他人のために泣いた。その慟哭もまた結界の狭間の中で消えていった。そして、この日の記憶は霊夢から消えることはなかった。
お久しぶりです。復帰宣言してからだいぶ時間が立ってるのは私の怠惰のせいです。場面転換の記号を罫線からアスタリスクに変えました。さて、協定回顧録は本当は1回の投稿で書ききりたかったのですが、キリがいいのと普段の1回分の投稿の文字数を考えて2回に分けることにしました。出来たら今日中に出したいと思います。明日になったらごめんなさい。