「…ん…」
奏が目を覚ます。目の前には天井だろうか、木の木目が広がっている。横を見ると、窓がなく、そのまま外が見えた。地平線は赤く染まり、だんだんと上に行くにつれて青くなっていく。まさに、幻想的な風景だ。
(頭がかなりスッキリする…こんなに寝たの、いつぶりだろ)
奏がゆっくり起き上がる。身体の周りを見渡す。そこで初めて自分が布団に寝ていたことに気づく。普段なら睡眠とは机に突っ伏してパソコンに頭にぶつけることだ。健康的すぎて逆にびっくりする。
「起きた?」
霊夢の声がする。声の方を見ると、霊夢が縁側の隅の方の壁に寄りかかって座っている。隣には大幣が立てかけている。昨日見た光景と同じだ。どうやら霊夢が奏を博麗神社まで運んだらしいというのは、寝起きの奏の頭でも理解できた。
「霊夢…」
奏はそう言いながら、布団からさっと抜け出す。霊夢への警戒は解いていない。身体の前に手を置き、再びシンセを出そうとする。
「やれやれ…もう敵意はないわ、奏。安心しなさい」
霊夢は肩をすくめてそう言い放った。霊夢の周りに陰陽玉はない。札も握っていない。そう確認すると、奏は浮かせた腰を布団に落とす。その時、お尻に何かが当たってびっくりして飛び跳ねる。何があったんだろうと奏は振り返って二度びっくりする。
「ま、魔理沙?!」
超巨大陰陽玉で押し潰されたはずの魔理沙が浴衣姿で奏の隣で寝ている。むにゃむにゃと言いながらゴロンと寝返りを打つ。魔理沙の枕元にはいつもの魔法使いっぽい服と黒い三角帽が折り目正しく置かれていた。当然血は一滴も付いていない。その隣には藍色のジャージが…そこではじめて奏も浴衣姿なのだと気づいた。
「弾幕初心者よりも熟練者であるはずの魔理沙の方が起きるのが遅いなんて…今度魔理沙には直々に修行をつける必要がありそうね、体力面で」
「私も別に体力ある方ではないのだけど…睡眠時間が短いのに慣れてるだけで」
「そう。ならよかったわ。修行の相手するのも面倒だったし」
どっちだよと口の中で呟きつつ、ふと純粋な疑問が奏の心の中に湧いてきた。
「あの…」
「どうしたの?」
「記憶…消さなかったの?」
奏の頭は今までの人生を反芻していた。母さんの死。父さんの転倒。暗黒の作曲活動。ぶっちゃけこんな記憶なら消えてしまってもいいかなと思ってもいた自分もいたりしたのだ。でも、思い出せている。消えていない。机の上にこびりついたアロンアルファのように鮮明に残っている。
「…奏は幻想郷は生きてるって信じる?」
「どういうこと?」
「幻想郷というこの世界自体は妖怪のためのシステムであると同時に、生き物のように意思を持ち、自身の思うように動いているという説があってね」
霊夢が奏の方へ向き直る。霊夢の眼差しは至って真剣だ。奏も布団の上で姿勢を正して霊夢と向き合う。
「なんか…急に壮大な話になったね。それがどう関係するの?」
「奏は確か奇跡的に条件を満たしてしまったから幻想入りしたってことになっていたでしょ。でも…もしあなたの幻想入りが幻想郷の意思によってなされたものだったら?っていう話よ」
「幻想郷の意思…」
「幻想郷が宵崎奏という存在が幻想郷に必要と判断した。例えあなたが幻想郷から出たがっていたとしても…いや、むしろ幻想郷を出ようとするその過程自体を必要とした。ならば、それを止める必要がないと判断したまでよ」
「…なんかよくわからないけど、とりあえず生きるのを許されたっていうこと?」
「生きるのを許されたって…そんなに追い詰めてた?」
霊夢はフクロウのように目をパチクリさせて小首を傾げる。霊夢にとっては圧殺も大怪我も大したことないらしい。
「…霊夢は自分の規格外さをもっと自覚した方がいいよ…」
奏は自分の今までの苦労をぼんやりと思い出して、ため息をついた。
***
朝日が神社の境内を照らす中、霊夢が祠の前で御札を使って、現代入りの術式を組んでいる。あの後起きた魔理沙と奏は縁側でプラプラ足をぶらつかせながら奇っ怪な陣と睨めっこする霊夢を見物している。
「ふーん…そうやって霊夢を止めたのか…すごいな」
魔理沙は奏の霊夢との戦闘の話を聞いて感嘆の声をあげる。
「いや、止めたっていうか…霊夢が攻撃するのを辞めたっていうか…」
「…それよりもいいのか?」
「何が?」
「決まってるだろ、現代入りの話だよ」
魔理沙がずいっと奏の目を見る。急に近づいてきたので奏はドキッとする。
「霊夢の話じゃ、完全に元通りにはならないんだろ?その…家族とか、友達とか大丈夫なのか?」
「それは…」
霊夢によると、奏の外の世界の情報は『セカイ』と幻想郷の通路で消された。だから、現代入りしても外の世界と幻想郷の間にはない奏の情報は戻らない。文字通り奏は天涯孤独になる。むしろ、先人達のように幻想郷の結界同士の反発に押し潰される可能性すらある。もっとも、結界対策はできていて、現実と幻想の中間的存在である『セカイ』と同じ構成成分で作り上げた霊夢の結界を使えばいくらか反発は緩和できる。しかし、『セカイ』そのものは以前のような結界の揺らぎがない以上、霊夢の力を以てしても見つけることはできないとのことだった。
「いいよ。私は外の世界で人を救える曲が作れたらいいから。…それに一人なのは慣れてるし」
奏は口角を上げて笑顔を作ってみる。強がっていたいのだろう。早朝の寒さのせいか、足が小刻みに揺れている。
「それでも…まぁ、奏がいいならそれでいいんだが…なあ、霊夢ー、本当にどうにもならないのか?」
魔理沙はまだ納得いかない様子だ。頬を膨らませている。
「どうにもならないわよ…私の力だけじゃあね」
霊夢は口に咥えてる何本もの封魔針を陣に突き刺し出した。長いことかかった結界制作もいよいよ完成のようだ。
「そうか…」
「でも、奏が人を救いたいのなら仕方ないじゃない。救済者はどの世界だろうと必要よ」
霊夢がほとんど完成した陣をみて満足気に言った。口にまだ2本残っている。
「「霊夢…」」
魔理沙と奏が霊夢を見上げる。ここまで朗らかな霊夢を見たことがない。
「なんか急に丸くなったな…なんか悪いものでも食べたか?」
「うーん…団子?」
霊夢はニヤッと笑って咥えてた棒を手に持つ。棒にはもう一つも団子はない。
「この貧乏巫女!」
魔理沙がどつきに飛びかかるも霊夢は華麗にかわす。奏は結局団子を食い損ねた。
***
「んで、なんでこんな狭い結界に3人も入らなきゃいけないんだ?私は天に去っていく奏にいつまでも手を振る感動シチュエーションを考えていたんだが」
「そんなこと言ってる時点でもう感動は失われているのよ、愚か者」
今、霊夢の結界に3人が入って、幻想郷と外の世界との境界を移動している。青いが透明な結界でどこまでも見渡すができる。もっとも、同じような光景しか見えないが。
「この結界は長い年月かけてやっと編み出したものでね。私が自ら操らないとすぐに壊れてしまうの。…もう誰にも消えてほしくないからね」
霊夢は結界の外の遠くの闇を見つめる。もしかしたら響子と琴葉のことを思い出していたのかもしれない。だが、闇の道は闇だ。霊夢が何を思っていたかは霊夢にしかわからない。
「…本当に今までありがとう」
奏が改めて礼を言う。
「そんなにかしこまらなくても」
「そうだぜ、こいつなんかお前のことぶちのめそうと思ってたんだろ?」
「うっさい、昔は昔、今は今!」
「昔がなけりゃ今もないんだぜ」
そう魔理沙が霊夢に茶々を入れた瞬間、霊夢の結界が激しく揺れた。魔理沙はうわああという奇声とともにバランスを崩して倒れる。奏は霊夢が手を掴んでくれたおかげでなんとか踏みとどまった。
「いきなり進行方向が変わったわね …まさか結界の反発?」
霊夢が状況を冷静に分析する。すると、奏から音が聞こえた。驚いて霊夢が奏の方を見る。
「きゅ、急に曲が…」
奏が出そうとしたわけでもないのに、奏の前にシンセが顕現し、音楽を奏でている。
「セカイは音楽…だから音楽でセカイへの道を切り拓く、か。ふん、いいじゃない。そのまま続けなさいよ」
霊夢が微笑む。奏は霊夢の微笑むのを確かめて微笑み返す。そしてそのまま奏はシンセを弾き始めた。もちろん、音量は全開だ。手加減はしない。
「なるほど、これが奏の能力の真髄か。霊夢も勝てないはずだ」
立ち上がった魔理沙が珍しく褒める。
「行くわよ、魔理沙、奏。しっかり気合い入れなさい!」
奏の音楽に導かれるままに霊夢は結界を進める。進むにつれてどんどん景色が後ろに流れていく速度が増していく。映るその分反発も大きくなるのか、ついに結界に亀裂が走った。
「まずい…到着する前に私の結界が壊れる、霊力がもたない」
霊夢が両手を前に突き出して霊力を結界に与えているが、追いつかないようだ。青ざめる。
「部分的に結界を開けることってできるか?ちょうど霊夢の真後ろぐらいがいい」
魔理沙が問いかける。
「できるけど危険よ。なんで?」
「時間がない今すぐやってくれ」
「…わかった」
魔理沙に何か策があると見た霊夢は突き出していた両手をクロスさせて結界を開く。魔理沙は奏を中央に霊夢とは反対側に立ち、背を向ける。そして八卦炉を開いていく部分に構える。
「奏、お前を信じるぜ…彗星『ブレイジングスター』!」
結界が一気に加速する。霊夢も魔理沙も、そして奏も必死だ。一瞬の隙も油断も余裕も許されない。魔理沙の前に開けた部分では結界の破壊はもう止められない。とうとう霊夢の前の部分にも風穴が開いた。奏の青い髪がはためく。轟轟と風の音がする。それでも気にせず一心不乱に弾き続ける。
「あそこよ、このまま突っ込むわ!」
霊夢が指差す先に白く光る小さな点が見えた。みるみる大きくなっていく。結界も白い光に包まれていく。
「もう十分ね。いってらっしゃい、奏!」
霊夢が奏の右手首を引っ掴んで光に向かってぶん投げた。
「霊夢、魔理沙!」
奏が呼びかける。結界はもう原型を留めていない。
「私達のことはいい!奏、元気でな!」
「さよなら、奏、また会える日まで」
風の中、霊夢達の声が微かに聞こえる。奏の視界は真っ白になっていった。
今思い返してみると、完全に見切り発車でした。安牌に共通敵を作るかギャグに持っていくかしたらここまで苦しい展開にもならなかったしもっと楽にかけたのかな…そもそもそこまで文章も上手くないし構成も空回りばっかりだからか…と色々後悔していますが、先には立ってくれません。次回の教訓にします。