(今…何が…?)
ニーゴミクは自分の身に起こったことをまだ理解していない。視界がゆっくり上に登っていく。身体が沈む。もたれかかっていた何かからずり落ちて、地面に当たる。目は開いているのに見えているものが白い世界でなくなって『誰もいないセカイ』に変わっていく。
まふゆが楽譜を広げて一生懸命に考えている。絵名が白いキャンパスに向かって、描いては消してを繰り返している。瑞希がパソコン画面のMVを見せてミクの助言を求めるようにこっちを見ている。
(ああ、そうか…)
ニーゴミクは気づいた。
(これが…『走馬灯』…)
走馬灯。人生の終焉で見られると言われる、幻のエンドロール。知識としてはまふゆから聞いていて知っていたが、まさかこんなに早く見られるとは思わなかった。
(もう…死ぬんだ…私…)
シーンがぼやける。そこから別のシーンが出てくる。『セカイ』に落ちていたパソコンの周りに座ってまふゆ、絵名、瑞希が流れてくる曲に聞き入っている。そのパソコンの側にちょこんと体育座りしてみんなの様子を窺っている青髪でジャージの女の子が1人。
(この子は…)
青髪の子がふと顔を上げてミクの方を見る。ニコッと寂しく笑って立ち上がる。まふゆ達もパソコンもいつのまにかいなくなっている。宙に浮かぶ。ミクを見下ろす。くるっと後ろを向いて空へと飛んでいく。
「ま、待って!」
ミクは駆け出す。しかし、すぐに足が絡まってしまい、転んでしまう。青髪の子はそのまま行ってしまった。
(…ああ、そうだった)
ミクは顔を上げる。青髪の子はもう見えない。ミクの目から涙が溢れている。無機質な『セカイ』のあちこちにヒビが入っていく。
(…あなたが一番見失っていたはずなのに…あなたを見つけられなくて、ごめん…奏…)
ミクは拳を握りしめる。
(でも、まだ諦めないから。絶対…きっと見つけるから…!)
ミクは突っ伏したまま動かなくなる。『セカイ』のヒビが繋がり、白く輝いていった。
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「ミ、ミクーッ!」
絵名が倒れたニーゴミクの側に駆け寄り、抱き寄せ、叫ぶ。ニーゴミクの胸の穴からは血の代わりにキラキラが噴き出す。
「ミクが…ミクが!まふゆ!ど、どうしよう!」
「どうしようって…何を?」
まふゆは自分の前で起きた惨劇に呆然としている。
「攻撃が来るわ!一旦向こうの私達の『セカイ』に逃げましょう!あそこには物陰くらいならあるから!」
MEIKO がまふゆと絵名の腕を引っ掴んでいう。オリジナルミクは指先を既にまふゆ達に向けようとしていた。
「で、でもミクが!」
絵名がMEIKO の手を振り払い、ニーゴミクの身体を持ち上げて言う。
「絵名、ミクの遺体は置いていこう!攻撃を避けるのが先だ!」
「遺体…ってどういうこと?」
逃げるように提案した瑞希をまふゆが虚な目で見つめる。
「ミクはまだいるじゃないの。ほら、まだここに…」
「何言っているんだ、まふゆ!しっかりしてよ!」
瑞希がまふゆの肩を揺さぶる。オリジナルミクが指先を見て狙いを定める。
「まずい…来る!」
MEIKO がまふゆ達を庇うように両手を広げて覆う。その刹那、
まふゆ達の『セカイ』の1本の鉄骨がまふゆ達の頭上にまるで意思を持っているかのように上から降ってきた。
「危ない!」
瑞希が受け止められるはずもない鉄骨を受け止めようと手を伸ばす。突然鉄骨の落ちるスピードが遅くなる。オリジナルミクが出した衝撃波攻撃が鉄骨にかすって軌道がずれる。
「チッ…」
オリジナルミクが舌打ちする。
(あの『私』は死んでいる…だからもうあの『セカイ』は支配者を失い、消えるはず…でも、『セカイ』が消えない…なぜ?)
オリジナルミクが首を傾げる。
(まあ、いい。今の事故で『セカイ』の住民諸共死んだならそれでいい。念のため確認しておくか…)
オリジナルミクは落下した鉄骨にゆっくり近づく。
「だ、大丈夫?」
鉄骨の下で瑞希がMEIKO を気遣って言う。なんとMEIKO が片手でなんとか鉄骨を支えているようだ。
「ええ…」
MEIKO 自身も自分の腕を見て驚いている。自分にこんな力があったとは思っていなかったようだ。
「…ミクは無事?」
まふゆはまだ魂が身体にないみたいな言葉を呟く。
「…もうミクは死んだよ、まふゆ」
瑞希が少しきつい口調で答える。
「もう、助からないの?バーチャルだから治るとかはないの?」
やや冷静さを取り戻した絵名が聞き返す。
「流石にバーチャルでも心臓を失えば死ぬわよ」
MEIKO がわざとなのかそっけなく返事する。
「そっか…」
絵名が悲しく呟いた。
「何言ってるの、ミクならそこで寝ているじゃない。そのうち起きるから…」
パシッ
まふゆがぼんやりした顔をしているのを絵名が平手打ちする。
「現実を見なさいよ、まふゆ!」
絵名がまふゆに怒鳴る。
「ミクは死んだの!あんたが『K』に会いたいなんて言うから!もう一度言うわ。あんたのわがままのせいでミクは死んだの!」
まふゆは痛む頬を抑えてハッとした様子で絵名を見る。絵名の目からは絶え間なく涙がこぼれ落ちている。ミクの方に視線が移る。その時初めてまふゆの目はミクの胸の中のぽっかりと空いた穴を認識した。
「わ、私がわがままなんて言うから…?」
激しく後悔の念にかられてまふゆは手で顔を覆う。
「ええそうよ。あんたがわがままを言わなきゃこんなことにはならなかった。でも、もう引き返せない」
「何で?私がわがままを言ったのが悪いんでしょ?もう、これ以上は…」
「それじゃ何のためにミクが死んだのかわからないじゃない!…あんたのわがままはもうあんただけのものじゃあないのよ。ここまで来てしまったからにはもう後には引けない。だったら、あんたのわがままを最後まで…例え最期になったとしても…押し通すって言うのが筋ってものじゃあないの?!」
まふゆは手を顔からどける。ミクの遺体が視界に写る。ミクは目を閉じて微かに微笑んでいる。
「そんなのって…えぐっ…そんなのって…!」
まふゆは泣き崩れた。絵名と瑞希は黙って抱きしめる。涙で頬を濡らしながら。
まふゆは今まで「いい子」であり続けた。自分のわがままなんて通したら「いい子」でなくなると怯え、わがままを通してこなかった。わがままから逃げてしまっていた。わがままという自由には責任を伴う。まふゆにとって人生で数少ないわがままを通そうとしている今、その責任の重さを実感したのだった。
「…わかった。絶対に『K』を見つける。私のためにも…ミクのためにも!」
まふゆは顔の涙を拭う。まふゆの目に光が戻る。
「そうだよ、まふゆ。そうこなくっちゃ!」
瑞希が涙ながらも嬉しそうに答える。その時だった。
上から次々と鉄骨が降ってくる。まふゆ達の周りに落ちていく。それは近づいていたオリジナルミクの上にも同様に落ちて来た。
「なっ…!」
オリジナルミクは慌てて鉄骨の雨を回避する。
(馬鹿な…これはあっちの『私』の能力…!まさか…そんなことが!)
鉄骨が再び落ちて来て身を屈めたまふゆ達が恐る恐る目を開ける。
「何…?今のはオリジナルミクの攻撃なの?」
「いいえ…それなら自身も巻き込むような攻撃はしないはずよ。それにこれは私達のミクが持っていた力…」
MEIKO が鉄骨を持っている手をじっと見る。鉄骨を持っているのではなかった。浮いていたのだ。腕を伸ばす。鉄骨はどんどん上昇していった。
「…ミクはただでは死ななかった!」
MEIKOが叫んだ。
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場面は変わって幻想郷。
「何で奏は元の世界に戻っちゃいけないんだ?!」
魔理沙が八卦炉の射出口を霊夢に向けて言う。霊夢が大幣をくるくる回しながら答える。
「奏が大事だからに決まってるじゃない。幻想郷に受け入れられるというのは神の祝福みたいなものなのよ。黙って受け入れていればいいの。」
「神は死んでいるし、助けてくれるなんて考えたことはないよ」
奏が震える足をなんとか抑えて言い返した。
「ほーん、神職相手に言いたい放題ね。もう少し大人しい子かと思ってたわ」
霊夢は半分馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「言いたい放題は霊夢の方だろ!何が奏が大事だ!嘘ついてんじゃないぜ!」
魔理沙は少し怒っている。
「奏が大事なのは本当よ。いや、むしろ大事だからこそ元の世界に帰さないのよ」
「どういうこと?」
奏が目をぱちくりさせて尋ねる。
「…世界と世界が交錯する時、必ず片方のみならず、両方の世界に破綻が生まれる。交錯を繰り返せば繰り返すほど広がっていき、いずれは世界全体に広がってしまう」
霊夢は目を閉じて語った。
「…?」
「破綻が世界に広がりきったら世界の終焉なのは自明。そこで終焉を迎えないために、交錯が起こった時は片方の世界にしか破綻が生まれないようにした。つまり交錯をなかったことにすればいいの」
(霊夢は何を言ってるんだ?交錯が起こっているのに交錯をなかったことにする?支離滅裂だぜ!こいつ…本当に霊夢か?)
魔理沙はいつもと違う霊夢の様子に驚く。
「破綻を無理矢理もう片方に顕現しようとなんてしたら世界の終焉か、あるいは破綻の終焉か…どう転んでも悲劇しか待ってないわ。私はその悲劇を止めたいだけよ」
「…霊夢がその悲劇を見るわけでもないのに?」
奏が聞き返す。
「私は博麗の巫女よ?人を守るのが義務なの。あんたみたいな外の世界の人を守ろうが私の勝手でしょ?」
霊夢もつっけんどんに言い返す。
「そう…でも私にも義務がある。私の曲で世界を救わなければならない。例え私が死ぬことになったとしても外の世界で苦しむ人を救わなくてはならないの!」
奏が珍しく激昂する。霊夢は肩をすくめる。
「はあ…じゃ、ここは幻想郷なんだから幻想郷らしく弾幕でやり合いましょう」
「弾幕…?どういうこと?」
奏が首を傾げる。魔理沙が説明する。
「幻想郷では他人と揉めて解決策が見出せない時、弾幕をぶつけることで決着をつけるんだぜ」
「なるほど…確かに便利だね」
「これなら、負傷することなく安全に決着する…」
「殺傷率は70%でいかせてもらうわよ」
霊夢が安全性を根底からひっくり返すようなことを言う。
「殺傷率70%?!3、4発当たったら死んでしまうじゃねえか!奏はついさっき弾幕を知ったばかりなんだぜ!そんなの危険すぎる!」
「危険もなにも、奏にトラウマを植え付ける程度なんだからちょうどいいでしょ」
霊夢が冷酷な視線を奏に向ける。
「ハンデとして私に一発でも当てられたなら外の世界に帰してやるわ」
「ハンデになってないぜ、幻想郷最強のくせに!せめてかすったらとかにしろ!」
「…幻想郷で最強ってことは逆に霊夢さえ倒してしまえばもう私を止めるものはいないってことだね」
奏が目の前の空間をなぞるようにさっと手をスライドする。今はもう霊器となっているシンセサイザーが出現する。霊夢と同じくらいの冷酷な視線で霊夢を睨み返す。
「ふん…戦うのね、奏。戦わずに幻想郷に残るという選択肢もあるというのに!」
霊夢は空へと高く飛ぶ。奏の頭上を通り越し、さっきまでいた居間とは反対側で止まり、奏を見下す。奏は後ろを振り返り、霊夢を見上げる。
「そんな甘えの選択肢は私の中にはもうないよ、霊夢」
奏が勢いよく空に飛び上がる。霊夢と同じ高度まで一気に到達する。
「ほう…ならば十分霊力を溜めるといいわ」
霊夢と奏は弾幕を放つべくゆっくりと距離をとり、間合いを測る。
「さあ、私の霊力は全開よ、奏。覚悟はいいかしら?!」
「もちろん!私と霊夢、どちらがこの狂った物語の主人公か…見せつけてくれる!」
なかなか展開が思いつかなくて、ここまで遅くなっちゃいました。なんかいつ間にかJOJO要素が入っているような気がするけど…まあ、それはそれでよし!
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