「何で…鉄骨が浮いてるの?ただでは死ななかったってどういうこと?」
瑞希は今目の前で起こっていることを理解出来ずにMEIKOに尋ねる。今、MEIKOは鉄骨を軽々と浮かせて瑞希達を見ていたからだ。MEIKOは説明を始める。
「ミクには『セカイ』を支配する能力があった。ミクはそれを使ってあなた達が来た時は居心地がいいように『セカイ』に存在する、あらゆるものを操っていたのよ。地面の材質、鉄骨の座り心地…『セカイ』のものならなんでもね」
「ミクに『セカイ』を支配する能力…?それがどうしたの?」
「今、私は鉄骨を浮かせてる。でも元々は私は何の能力も持ってなかったわ。つまり、ミクは…」
「死に際に私達に能力を分け与えた、ってこと?」
まふゆがため息を吐くように呟いた。MEIKOが頷く。
「そういうこと」
「でも、与えられた能力なんてどうやってわかるのよ?」
絵名が首を傾げる。
「そこはもう戦いながら理解するしかないでしょ…もう来たみたいだし」
MEIKOが右手を額に当てて遠くを見る。オリジナルミクが大量に落ちて出来た鉄骨の間を掻い潜って出てきた。あっという間に宙に浮いてまふゆ達を見下す。
「誰かと戦うのはあんまり好きじゃないけど…やるしかないね、まふゆ」
オリジナルミクに気づいた瑞希がまふゆを振り返る。
「うん。ミクがくれたチャンス…あいつを倒して、『K』に会いに行く!」
まふゆが叫んだ。オリジナルミクはもう左手を銃の形にしてまふゆの方向に向けていた。
「作戦会議は済んだ?じゃあ、先手必勝でこっちから行くよ」
左手からさっきの衝撃波攻撃が出た。その瞬間、まふゆの前に地面に突き刺さった鉄骨が出現し、攻撃を遮る。
(鉄骨…?!)
攻撃を受け、真っ二つに折れて崩れる鉄骨を見てオリジナルミクは驚く。折れたところから狙ったはずのまふゆが顔を出す。
(これが私の能力…かな。名付けるなら『鉄骨を作る能力』…いや、鉄骨だって『セカイ』のものなんだから…『セカイを作る能力』…ふふ、悪くないね)
まふゆは自分の能力を理解して少し微笑む。瑞希が浮かんでいる鉄骨を見上げる。
(そういえば、さっきこれが落ちてきた時、急に速度が落ちたからMEIKOは受け止められたんだよね…あの時、私は確か…)
瑞希が手を浮かんでいる鉄骨に手を伸ばす。
「あれ?鉄骨が…!」
浮かんでいる鉄骨が落ちてこないように浮かせ続けていたMEIKOが違和感に気づいた。鉄骨がビリビリと今にも動き出しそうにしている。瑞希がMEIKOに向かって言った。
「MEIKO、一旦浮かすのを解除して!」
「わかった!」
その刹那、鉄骨は新幹線のような速度でオリジナルミクに突っ込んでいった。
「なっ!」
オリジナルミクは慌てて左手を鉄骨に向ける。もう既に鉄骨はオリジナルミクの『セカイ』と『誰もいないセカイ』の境界を突破していた。
「クソッ、もうここまで!」
今度は右手を鉄骨に向けてビーム攻撃を繰り出す。鉄骨は真ん中より少し前のところが一瞬ウニみたいな形に変形したかと思うと爆発した。進行方向に向かって前と後ろの二つに分離して統制を失う。しかし、前の部分は後ろを切り離すことで推進力を得る多段式ロケットのようにむしろ速度を増して飛び続け、ついにオリジナルミクの目の前にまで到達した。
「チイッ…」
オリジナルミクは前のめりになって鉄骨を躱す。鉄骨はそのまま落ちていく。
(躱した?!)
絵名はオリジナルミクを見て驚く。
(恐らく、瑞希に与えられた能力は『速度を操る能力』。私の能力はまだわからないけど…今のあっちのミクの防御の方法は今までとは明らかに異なるものだった。あのミクの能力は一体…?)
「よそ見してる場合?」
今度はオリジナルミクが攻勢に出た。左手が既にまふゆ達に向けられていた。今すぐにも撃ちそうだ。まふゆはさっきのように鉄骨を出現させて守る。
パン
鉄骨に攻撃が当たって真っ二つに折れる。オリジナルミクはまだまふゆに照準を定めている。
パン
(連射出来たの?!)
鉄骨は既に折られている。まふゆはもう何にも守られていない。まふゆは死を覚悟してぎゅっと目を瞑る。その時だった。
「危ない!」
絵名がまふゆの前に飛び出す。絵名の手が折れてしまった鉄骨に当たる。すると、折れたはずの鉄骨が薄くドーム状に広がり、絵名とまふゆを包む。
(なるほど…あれが絵名の能力か)
オリジナルミクがドーム状になった鉄骨に攻撃が当たり、崩れるのを見ながら状況を把握する。
(まふゆは「鉄骨を作る能力」。MEIKOは「鉄骨を浮かせる能力」。瑞希は「鉄骨を飛ばす能力」。絵名は「鉄骨を変形する能力」。『誰もいないセカイ』は鉄骨が構成要素…向こうの「私」の「『セカイ』を支配する能力」とも合致する。なるほど…)
「大丈夫?まふゆ」
「うん…」
まふゆと絵名が攻撃でドームに開いた穴から出てくる。
「…ちょっとこのままじゃ危ないわね。どうする?」
MEIKOがまふゆに近づいて尋ねる。
「何か作戦を立てないと負けるね」
瑞希が攻撃に備えてオリジナルミクとはドームの反対側に隠れるよう手招きしながら座り、答える。
「あっちのミクの能力はわからないけど…あの両手からの攻撃を封じればなんとかなるじゃないかな」
ドームの反対側に座ったまふゆが提案する。
「封じるって…どうやって?」
絵名がまふゆに問う。
「それは…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(…やっぱり最初から派手にいって心をへし折った方がよかったかな)
空中で浮きながらオリジナルミクがドームの反対側の様子を伺いながら思う。
その瞬間、ドームの向こう側からまふゆが飛び出した。続いて絵名も追いかけるように出てきた。
(そろそろ来るかなとは思っていたけど…ここまで堂々と出て来るとはね)
オリジナルミクが左手をまふゆに向ける。
鉄骨がまふゆの前に出現し、絵名が触れて盾に変形する。
「同じ芸を何度も…!この攻撃は連発可能なのをお忘れかな?!」
左手から攻撃を撃ち込む。
「そんなの承知の上よ!」
絵名が叫び返す。鉄骨は撃たれて穴が開いては絵名が触れて埋めるのを繰り返す。その度に鉄骨は薄くなっていく。
「そう!でも、そろそろ限界じゃない?盾が悲鳴をあげるまで後何発かな!?そーれ、いーち!」
オリジナルミクが左手から攻撃を一発撃ち込む。鉄骨に再び穴が開く。絵名が直した刹那、盾の右下の隅にヒビが走る。
(まずい…盾の形状を保てないほどにまで消耗してる!)
絵名が焦る。
「にー!」
盾の右下のヒビが太く、そして真ん中まで達した。
「さーん!これで終わり!」
オリジナルミクはヒビに向かって攻撃を撃ち込む。ヒビが盾全体に広がって盾が砕ける。
「キャッ!」
絵名に攻撃でぶっ飛んだ盾の破片がぶつける。絵名は勢いよく吹き飛ばされる。
「…あれ?」
オリジナルミクが異変に気づく。まふゆがいない。盾の向こう側にいたのは絵名だけだった。
「…まふゆはどこ?」
「敵に聞かれて正直に答えるやつがいると思う?」
絵名が起き上がりながら答える。左腕から血ならぬキラキラが出ている。
「ふん、どこかに逃げたのね?どの方向かだけでも聞き出してやる!」
オリジナルミクが絵名に近づこうとした瞬間…
「私はここにいるよ」
まふゆの声が聞こえた。ドームの裏側にいるようだ。
「何だ、そこにいるの…せっかく絵名が逃げる時間稼ぎをしてくれたっていうのに無駄だったみたいだね」
オリジナルミクは左手をドームに向ける。
「いいや…私はもう逃げないって決めたの」
まふゆが再び姿を現す。
「まふゆ…もういいのね?」
「ええ…時は満ちた」
まふゆが腕を上げる。オリジナルミクが身構える。まふゆが腕を振り下ろす。その瞬間、ドームの後ろから灰色が広がっていった。
「あれは…まさか!」
オリジナルミクは冷や汗をかいて驚愕する。灰色の動きが止まる。それはただの灰色ではなかった。大量の鉄骨が空中に浮いてるのだ。絵名はまふゆから聞いた作戦内容を思い出す。
{「さっきからの行動を見ると、あっちのミクは鉄骨に当たることそのものを恐れている。かすったり、ぶつかることだけでも十分な攻撃になり得るんだと思う。だから、大量の鉄骨をぶつける。向こうの反撃で捌ききれないほどぶつければ、きっと…」}
(あれは流石に全ては撃ち落とせない…!どうする…どうする?!)
オリジナルミクが必死になって考える。空中の大量の鉄骨がオリジナルミクに狙いを定めて一気に加速した。下を向いたオリジナルミクの視界にさっき大量の鉄骨が落ちて林みたいになっているのが映る。
(あそこに逃げ込むか?…いや、それしかない!)
オリジナルミクは急降下して林に隠れようとする。
{「きっと、あの鉄骨の林に逃げ込む。あそこなら鉄骨が邪魔になって攻撃が通らないからね。だから…」}
オリジナルミクが降り立った瞬間、何者かの気配を感じた。
「…誰?」
その時、周りの鉄骨が一斉に宙に浮いた。
「なっ…?!」
オリジナルミクが驚く。さっきまで地面に転がっていた鉄骨は既に全てがオリジナルミクの方向を向いている。鉄骨が宙に浮いたことで鉄骨の影に隠れていた2人が現れる。
「あなた達だったのね…してやられたわ」
{「だから、今度は林の鉄骨を逆に攻撃に使う。…瑞希とMEIKOの能力で!」}
そこにいたのは瑞希とMEIKOだった。
「さあ…もうチェックメイトだよ、オリジナルミク」
瑞希が手を高く掲げる。今にも鉄骨はオリジナルミクに向かって動き出そうとしていた。
「…そうみたいだね」
オリジナルミクは肩を落とす。
「大人しく幻想郷への道を開いてくれたら、私達はこれ以上何もしないわ。あなたも死にたくはないでしょう?」
MEIKOがオリジナルミクに問う。
「出来ることなら穏便に済ませたかったのになあ…」
オリジナルミクが見上げる。
「穏便に?どういうこと?」
絵名が尋ねる。
「ここまで私を追い詰めたんだ…穏便にはいかない。これ以上死人が出ても問題ないよね?」
オリジナルミクがは不敵に笑う。まふゆがオリジナルミクの笑みを睨み返す。
「あなたがどんな攻撃をしてこようと無駄よ。あなたが手を1センチでもあげたらこの鉄骨群があなたに突き刺さるから」
「ふん…そんなの関係ないね、既に攻撃は始まっているのだから」
「え?」
「私の『セカイ』を操る能力を舐めないでもらいたいね。君達は私の左手からの攻撃にばかり気を取られて、いかに消されないかを考えていたのだろうが…左と右の違いに気づかなかったようだね」
「何が違うっていうの?」
「左は『セカイ』の破壊を司る。そして、右は『セカイ』の創造を司る。確かに左手の方はキラキラをものにぶつけてキラキラになる前のエネルギーに戻すだけだから、使い勝手はいいが…こういう時は右手の方が良い」
オリジナルミクは右手を前に出す。瑞希が即座に手を下ろして鉄骨をオリジナルミクめがけて撃ち込む。
(どんな能力かはわからないけど…こんだけあれば大丈夫でしょ!)
「右手の方はキラキラになる前のエネルギーをものにぶつけることでキラキラにする。キラキラは『セカイ』の構成物質…どんなものにだってなれる!」
オリジナルミクは左手の衝撃波攻撃で鉄骨を撃墜しつつ、右手のビーム攻撃を鉄骨に浴びせる。しかし、オリジナルミクの背後からは鉄骨が迫っていた。そして、オリジナルミクに鉄骨が突き刺さった。
「そんな…嘘でしょ?!」
叫んだのはオリジナルミクではなく、絵名だった。確かにオリジナルミクに刺さっていた。しかし、それは自分の能力を自慢げに話しているオリジナルミクとは別のオリジナルミクだった。両手を広げて本体を庇い、キラキラとなって霧散していく。鉄骨もキラキラと化して消えていく。
「だからどんなものでも作れるって言ったでしょ?例え自分自身でさえもね!」
オリジナルミクが勝ち誇って言う。ビーム攻撃を受けた鉄骨が次々とオリジナルミクの分身になって本体を守るべく駆けつける。
「このチート能力者が…!」
瑞希が怒りながら、さらに鉄骨を加速させる。しかし、初めは分身の体当たりが多かったが、徐々に分身からの攻撃による撃墜が増えてきた。まふゆが頭を抱える。
(あの分身、本体と性能がおんなじなんて…これはまずい…ねずみ算式に分身が増えてしまう!)
まふゆが顔を上げて叫んだ。
「瑞希、MEIKO!それ以上鉄骨は当てないで!分身にされてしまう!」
瑞希がハッと手を止める。既に何十人というオリジナルミクの分身が本体を囲んでいたのだ。
「手を止めたね?ではこちらから行かせてもらう!」
オリジナルミクの本体が高らかにそう言い放つと分身が一斉に飛び上がり、まふゆ達に狙いを定める。
「撃て、『幸福委員会』!」
オリジナルミクの分身達である「幸福委員会」が左手から攻撃を同時に放つ。
「鉄骨に乗って!一旦引きましょう、みんな!」
MEIKOが残った鉄骨を引き寄せて呼んだ。
「う、うん…」
まふゆは乗るのに手間取っているようだ。
「早く!もう出発するよ!」
まふゆはなんとかして乗る。凄まじい速度で巧みに攻撃をかわしながら『誰もいないセカイ』の奥へとすっ飛んでいき、あっという間に見えなくなった。
「ふん…行ったか。でも、もう遅いんだよねえ」
オリジナルミクが笑う。
「何?あの黒いの…?」
絵名が『セカイ』の奥の方を見て言った。
「『セカイ』がもうあれより先にない…?もう『セカイ』の端に到達したのかな?」
瑞希が鉄骨を止めて注意深く観察する。
「そんなわけがない…これもまさか、あのミクの…?!」
MEIKOが愕然とする。
(『六兆一日の大制約』…『セカイ』を操る能力の技の一種。『セカイ』に条件をつける…条件の内容が厳しければ厳しいほどその分自身の制約も厳しくなるけど、かなり強力な術式。さっきは向こうの『私』にこれでやられたけども…今度はこっちからだ)
オリジナルミクがゆっくりと浮上する。分身達も本体を守りやすいように避ける。
(条件は『セカイのキラキラ生成停止』。両方の『セカイ』に課すことで私自身へのダメージは避けた。私はこの左手さえ有れば、いくらでもキラキラは生成出来るから、何も問題はない。でも、『誰もいないセカイ』の鉄骨はキラキラを元に生成している。馬鹿みたいに鉄骨を撃ってくれたから、首を締め上げるのにはそこまで時間はかからないだろう)
オリジナルミクが奥の方がかすかに黒くなっている『誰もいないセカイ』を見つめる。
(さあ、世界の…いや、『セカイ』の終焉も近い。これこそチェックメイトね、ふふふ)
オリジナルミクと幸福委員会は『誰もいないセカイ』へと飛んでいった。
オリジナルミクの能力の補足説明〜
キラキラはセカイに固有のものです。つまり、オリジナルミクがいる世界のキラキラと『誰もいないセカイ』のキラキラは完全に別物。もし、異なるキラキラが出会った場合にはセカイ同士の交錯を避けるためにキラキラになる前の状態のエネルギーに戻ります。いわば、粒子と反粒子がぶつかって消滅する、対消滅という現象に近いです。したがって、オリジナルミクが『誰もいないセカイ』のものに触れるとその部分が消滅してしまいます。だからオリジナルミクは極度に鉄骨に触れることを恐れていました。逆にまふゆ達がオリジナルミクのセカイのものに触れても同様です。左手の攻撃はそれを応用したもので、超高速でキラキラを飛ばして対象に衝突させ、対象を消滅させます。さらにそのエネルギーはなんらかの物質にある一定以上の速度で衝突するとキラキラになります。つまりエネルギーが物質になる、対生成という現象に近いです。右手の攻撃はこれにあたり、しかもオリジナルミクは作り出せる物質をも指定出来るようです。ちなみに、オリジナルミクは左手の攻撃のことを「コスモの消失点」、右手の攻撃のことを「天地開闢」と名づけているみたいですが、厨二っぽいと後で気づいて自分から攻撃名を言うことは無さそうです。他の攻撃も厨二っぽいのに。
師走に近くなってきているので、もしかしたら新年まで失踪するかもしれません、ご了承下さい。