リンリンのお兄ちゃん 作:U.N.
ロックス海賊団の海賊船マーリンズ・ビック号は軍艦を二隻積めるほどの巨大な船である。
その中には、食堂、拷問室、図書室、宝物庫、武器庫など様々な用途の部屋が複数あり、浴室だけで三つ。寝室に至っては58も存在する。その内18は幹部室であり、現在シキ、白ひげ、クリム、リンリン、王直、銀斧、キャプテン・ジョン、ロックスを含む12人が所有し、四つは空き部屋である。数が合わないのは、ロックスは三部屋独占してるからである。
そして、残りの40の寝室を300人近い一般海賊や海賊見習いが共有して使っている。
もっとも荒くれ者揃いかつ仲間意識皆無かつ仲間殺し上等のこの船で、仲良く一緒に寝るなんて事が出来るわけもなく、毎夜のごとく殴り合い殺し合いが絶えない。
ちなみに、その内の四割にカイドウが関係していた。
彼は生まれもった巨体さと寝相の悪さ、そして頭にある一対の逆巻く角があり、よく周りにいる海賊達を角でブスブスとさしている。
気持ちよく寝ていたところ尻や腕や腹を突かれ叩き起こされた海賊は、それだけで死ぬことはないが、怒り狂い下手人であるカイドウに殴りかかったり、あるいは寝惚けて全く違う相手に殴りかかったりする。今回は後者だった。
理不尽にもカイドウと間違われ殴られた海賊が怒り声を上げる。
「うごおぇ!?ケホッ!?ケホッ!?─────ッ!………テ、テメェ突然何しやがんだ!?」
「おお悪い悪い!紛らわしい所に寝てるテメエが悪いんだぜ!?」
「そ、それで謝ってるつもりかテメエ!?」
「あァン?謝ってるわけねえだろバカ!?テメエが悪いって言ってんだろうが!?」
「ッ!?ぶっ殺す!?」
「上等だ!? カイドウの前にお前をやってやるよ!?」
「ラハハハ、煩い奴等だよ!? 静かに眠ることも出来ないのかい? 私の眠りを妨げるとどうグボエ!?」
二人の喧嘩に近くに寝ていた酒臭い大男が面倒そうに起き上がる。
その男は大物感たっぷりに諌めていたが、騒ぎに目を覚ましたカイドウに後頭部を殴られた。
「────ウォロロロロロロ!!喧嘩か?!喧嘩だな!?面白れえ!!俺もまぜろ!?」
「ッ!誰のせいだと思ってやがんだ!」
「いい加減その角引っこ抜くぞ」
「毎日毎日ブスブスブスブス!俺の尻に恨みでもあるのかちくしょう!頭きたぜ!もうルールなんて関係ねえ!海賊見習いだろうがぶっ殺してやるよ!」
頭をかきむしり怒鳴る男が血走った目でペンダント型のナイフを抜く。
「殺し合いか?!面白れえ!!受けてたつ」
「───てなことが毎日あるんすよ!助けてくださいっす!」
そう弱音を吐くのは運悪くもカイドウと同じ部屋で寝ているアルビダである。彼女は自分が女であることを一般に隠しているので、男部屋で寝ている。それ自体は問題ない。アルビダが女であることに気づいているのはロックスとクリムくらいで、性的に危険にさらされることはまずないからだ。しかし、一方で物理的な危険には絶えず曝されている。主にカイドウのせいで。
「カイドウは毎日騒ぎを起こすし、他の海賊達も只でさえ希薄な理性が睡魔でほぼゼロになっているんすよ!そんな野獣の群れの中で、この一年間身を震わせながら寝ているんす!」
彼女は温泉に浸かりながら、獅子の石製の湯出し口の近くで、声と体を震わせながらブー垂れた。
一年も経った今になってこんな話をするのは、それだけクリムと打ち解けたからであり、昨日の夜本当に死にかけたからである。
喧騒により叩き起こされるのは何時もの事だった。こんな物騒な起き方に慣れてしまった自分の状況に諦観の念を抱きながら、騒ぎのする方に目をやれば案の定カイドウと他数人が殴りあっている。カイドウは驚異的な打たれ強さを持ち、大器を感じさせる才能も持つ特大の原石だ。しかし、未だ若く覇気も戦闘技能はお粗末なものである。あのまま続けば何れは袋叩きにされるのは目に見えている。巻き込まれては堪らない。
その日は尿意もあったのでトイレに行くついでにしばらく立て籠ってようと考え、扉に向かった。
そして、扉からひっそり出ようとしたところで、唐突にカイドウの巨体が目の前に飛んできた。
「ふひゃあ!」
カイドウの厳つい顔なんて夜中に見るものじゃない。夢に見たらどうしてくれるんだ、まったく。
と、内心でぶつぶつ文句を言いながらもこのくらいなら何時ものことなので余裕のある態度でカイドウを避けて扉に向かおうとする、と───複数の刃物が飛来した。
「へあ?」
その刃物は自分の目の前ギリギリを通過し、自身の衣服に複数の切れ込みを入れた後、カイドウに直撃。刃物の追撃を受けたカイドウ自体は怪我もないし、特別気にした風もないが、巻き込まれたアルビダはたまったものではない。あと数センチ的がずれていたら自分が串刺しになっていたのだ。今自分が生死をさ迷っていたと言う恐怖と生き残ったことによる安堵。それにより体から力が抜け、床にへたりこむ。股から暖かい液体が流れ出る。近くにいたカイドウの頭を濡らした。しかし、直後に投げ飛ばされた酒によりカイドウ共々酒浸しになり、カイドウにも他の海賊にも漏らしたことは気づかれることは無かった。不幸中の幸いである。
女性の尊厳は守られ、酒を投げた誰かに感謝し、カイドウとナイフを投げたアンチクショーに怒りながらも、生きてることにホッと安堵したのもつかの間、酒が口に入り、酔ったカイドウが突然怒りだした。
(あ、これ怒り城戸っす)
カイドウは酒に酔うと理性が崩壊する。笑い上戸、泣き上戸、など様々あるが、一番ヤバイの怒り上戸である。この状態になると、見境なく近くにいるものに怒りを振り撒き、例え相手が血を分けた親兄弟や無二の親友だったとしても、一切の容赦ない攻撃により殺しに来る。
そして、現在怒るカイドウのもっとも近くにいるのはアルビダである。翻って、もっとも危険なのは自分である。
(あ、これ死んだっす)
アルビダの頭にカイドウの巨大な手が向けられる。ゴツゴツと肉ばった一目で怪力と分かる手だ。あんな手で頭を握られたら、熟れた果実を潰すようにアッサリと、体液も脳もなにもかも絞り出されて死ぬだろう。考える限り最低な死にかたである。
早く逃げなければと理性が警鐘を鳴らす。しかし、腰が抜けた体は言うことを聞いてくれない。立ち上がろうと手足に力を入れてもただカタカタと震えるだけである。
スローモーションになったような世界で、途切れ途切れのフィルムのように手が近づいてくる。パシャリパシャリとフィルムが変わるたびに絶望を纏った死が近づいてくる。
いやだ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!
そう心の中で思うが、体はピクリとも動いてくれない。誰か助けてくれればと言う淡い期待も打ち捨てられる。誰も助けようなどとはしない。面白そうに笑っているものもいる。カイドウを殺そうとするものもいるので、結果的に助けられる可能性はゼロではないが、あまりにも低い。むしろまとめて殺される可能性の方が高かった。
「い、いや」
体は動かないが声は何とか出すことができた。カイドウとは仲の悪い相手ではない。もしかしたら止まってくれるかもしれない。
しかし、理性の飛んだカイドウにその声は届かない。無慈悲に向けられる手は既に目の前まで迫っていた。
もうダメだと思った時、カイドウの手が唐突に止まった。いや、止められた。
止めたのはカイドウのデカイ手とは比べ物にならない小さい手だ。だが、不思議とカイドウは腕をピクリとも動かすことが出来ずにいた。
「クリムゥ」
恐らく今もっとも頼りになって、最も会いたかった相手が来た。
燃えるような逆立つ赤い髪、強い怒気を含む血色の瞳、獅子をも怯ませる凶悪なオーラで身を包み、腕は武装色により黒ずんでいる。
子供が見たら悪鬼羅刹を連想し、大の大人をも号泣させるような姿だが、今のアルビダには物語に出てくる英雄達のように光輝いて見えた。
クリムは安心させるようにアルビダに優しい笑顔を向けると、冷酷な瞳をカイドウに向ける。
「怒り上戸か?お前やっぱりリンリンに似てるよ。だから殺すのは勘弁してやる。少し寝てろ」
カイドウの怒りの矛先は既に乱入者であるクリムに移っていた。
話など聞く気はないと、捕まれていない方の手で殴り飛ばそうと拳を振るう。酔っているので単調な攻撃しか出来ず、避けるのも防ぐのも簡単だ。
クリムは腕を振るい迫り来る拳を殴り飛ばした。
───ぐおん!
殴られた勢いで吹き飛びそうになるカイドウだが、腕を捕まれてるので吹き飛ぶことは出来ない。よろめくカイドウ。クリムは腕を引っ張ると、自身の方へとカイドウを倒し、その鳩尾に強烈な蹴りを入れた。
ドゴン!?
およそ蹴りとは思えない音が響く。カイドウは呻き声と共に吐瀉物を撒き散らす。その蹴りの衝撃は全身を駆け巡り、立っていられなくなったのか半分白目を向きながら土下座をするように崩れ落ちる。普通の海賊なら死ぬくらいの威力で蹴った。だが、カイドウのタフネスは異常であり、この程度では気絶しないことは分かっている。クリムは落ちてくるカイドウの顎に標準を合わせ、首をネジ切らん勢いでやや上方へ向け裏拳を当てる。カイドウの巨体が宙を浮く。そのまま回る勢いを利用して柔道の一本投げの要領で地面に背中から叩き落とす。それにより完全に意識を手放したカイドウは大の字になって倒れた。
「ようやく気絶したか。相変わらずアホみたいに頑丈だな」
カイドウを担いで大部屋の中に投げ入れる。
部屋の中は依然煩かった。殴り合い殺し合いが続いている。だが、それもクリムの怒気を孕んだ言葉で鎮静した。
「───二階にまで響いてくんだよ!寝ろ!」
海賊達は思うところはあったが、原因であるカイドウが無惨に気絶してると言うこと、そしてクリムとやるのはヤバいという泣けなしの理性が働いて、一人また一人と布団の中へ入っていった。
クリムの髪が逆立っていたのは寝癖です。