チャド。チャドー呼吸を極めて鬼滅の茶柱となれ   作:水面波

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皆一度は考えたネタだと思いますが、見当たらなかったので書いてみました


ブレスド・レイン・アフター・ドロウト

 

 

 男が夜の山中を駆けていた

 雨露に重く湿る空気。梢に隠された空は分厚い雲に閉ざされ、星明かりすらない真の闇

 遠く行く手には火の気配があるが、それも彼の足下を照らすには及ばない

 

 鼻をつままれてもわからぬ真っ暗闇

 ぬかるんだ土を踏む重い足音と、幾重にも重なる枝葉の揺れる音だけが響く

 駆けるのは雨上がりの山道で、本来灯りもなしに人の走れる環境ではない

 にもかかわらず、彼の足取りには一切のよどみがなかった

 

「――――!」

 

 行く手から細く声が響く

 明確な意味を持たない誰かの悲鳴

 足音の回転がわずかに上がる。それにともなって呼吸音が激しくなった

 

 スウウゥゥーッ!ハアアァァーッ! 

 

 疾走中にしては長い、深呼吸のような響き

 だが彼にはそれが最適の呼吸だったらしい。肉体が大きく躍動する

 あからさまに上がった速度により、半里近い距離をたちまちのうちに走破する

 

 前方が次第に明るくなり、やがて森が開ける。そこに一軒の家があった

 山小屋としては大きいが、一家族が住むにはやっとであろう、茅葺の日本家屋

 その窓板の隙間からは、ここまで目指してきた灯火が明々と漏れている

 

 彼は勢いのままに森を飛び出そうとした

 だがその瞬間。家の板戸に何かが衝突し、外に向かって弾け飛ぶ

 とっさに足を止めた彼の視線の先で、砕けた戸がカラカラと乾いた音を立てて転がり、その中に黒い人影がドサリと重い音を立てて落ちる

 

「…カハッ、ケホッ……カヒューッ、ヒューッ」

 

 転がった人影はかすれた息を洩らしつつ、それでも即座に立ち上がった

 つややかな黒髪が特徴的な、目立たないなりに整った顔立ちの青年である

 だがその手に刀を握り、血走った眼をすがめて戸口を睨む様子はただごとではない

 果たして。屋内からいささか音程のおかしな声が響いた

 

「――あァ、あァ。ヒトがおとなしィく雨宿りしてットコによォ。いきなり押し込んできてよォ。刃物振り回しゃがってよォ。こっちァなァんもしてねェってのによォ。好き勝手しといて逃げンじゃねェよォ」

 

 異様な人影が戸口に現れる

 六尺近い長身だが、妙に短い脚と捻じくれたようなひょろ長い胴体。焦げたように黒い肌は皺と罅に覆われ、目鼻はその中に埋もれてどこにあるのか判然としない

 しかもそんな見た目でも非力ではないようで、片手に別の若者をぶら下げていた

 

「なァ。戻れよォ。仲良くしようぜェ。トモダチ置いてくのかよォ」

 

 乱暴に振り回される若者の肌は裂け、黒ずみ、骨に張り付くようにしなびていた

 おそらく既に息はない

 

 そこまでを見届け、森を駆け抜けてきた男は羽織を脱いで大きく振り回した

 周囲の枝葉が打ち払われ、ザアッと激しい音を立てる

 

「ヒッ!?」「ンだァ?」

 

 弾かれたように振り向く青年と異形

 そして彼の姿を目にした

 

 大男である

 身の丈六尺半はあろうか。かがまなければ戸口をくぐれるかも怪しい程の体格

 羽織を脱いだことであらわになった、広くがっしりとした肩。骨太で長い手足には鉄線をよじり合わせたような筋肉が盛り上がっている

 肌は浅黒く、高い鼻梁やわずかに赤みがかった癖の強い黒髪は、この土地の――大正日本人の感性では異相に近い

 何より異様なのはその右腕で、色は漆黒に染まり、鎧のような、あるいは刃のような突起が生じていた

 

「鬼がもう一体……!?ケホッ」

 

 刀を握った青年の顔が絶望に染まる

 一方、皴の異形は疑わしげにしながらも緊張を緩めた

 

「なりたてかァ?臭いも全然だし片腕なんてよォ。余所いきなァ。これァ俺ンだァ」

「……ドーモ。センパイ。チャド=デス」

 

 異形は鼻であしらうが、大男――チャドは気にせず片言ぎみにアイサツ

 黒い右手を胸の前に立てて頭を下げる

 

「あァ?おゥ。チャドーなァ。わかったぜェ。もゥ行きなァ」

「ドーモ。センパイ。チャド=デス」

「わかったってンだろォ」

「チャド=デス」

「あァあァもォめんどくせェなァ。おつむなくしちまったかァ?」

 

 名乗りを繰り返す態度に呆れたか、異形はグネグネと準備運動するように肩や首を動かしながら歩み寄った

 

「どォも後輩?俺ァ干鯣(アタリメ)だァ。覚えなくていいぜェ。うぜェから死ねやァ」

 

 言いながら無造作に手を伸ばし、チャドの首をつかもうとする

 その手が突然跳ね上がった

 チャドの、腰の辺りにあった左拳が、鋭く短く突き上げたのだ

 

「あァ?」

 

 思いも寄らぬ反撃に一瞬動きが止まる。その眼前で、伏せられていた大男の顔が上がった

 いつの間にかその鼻から下には、マフラーのように羽織が巻きついていた

 

 スウウゥゥーッ!ハアアァァーッ!

 

「悪鬼、死すべし」

「テメ…」

 

 ワン・インチ距離から放たれたハンマーパンチが、青白い燐光を伴って干鯣の首に叩き込まれる

 凄まじい威力だ!

 しかし、異形の頭部は人外の強度と柔軟性を見せた。大きく歪むも、のけぞるだけに終わる

 そう見えた瞬間。拳に宿った燐光が爆発した

 

「グワ――――――ッ!」

 

 青白い奔流に飲み込まれ、干鯣の首は灰と散った

 

 


 

 チャドと名乗ったこの大男、本名を茶渡泰虎(さどやすとら)という

 21世紀の日本で平和に生きる、ラテンの血が混ざっただけの普通の高校生。のはずだった

 しかしとんでもなく面倒くさい運命に生まれついた少年と親友になり

 死後の世界の住人「死神」と関わって悪霊「(ホロウ)」と戦うようになり

 ついには友になった死神を助けるため死後の世界へ赴くことになった

 普通の高校生はどこに行ったのか

 

 そして、事故はそこで起きた

 本来あるべき歴史であれば、彼らは死後の世界「尸魂界」まで4人と1匹、全員でたどり着くはずだった

 しかし、何の因果か。彼らの突入は本来より千分の一秒、瞬きよりも短い時間だけ遅れたのだ

 対して現世と尸魂界を隔てる断界と呼ばれる場所は、時の流れが現世の二千倍早い

 その結果

 彼らは断界内時間では2秒遅れで踏み込んだ

 

 大した問題ではないように聞こえるだろうか。普通ならその通りである

 だが、断界には7日に1度。侵入者や霊圧の乱れを打ち消すために、拘突と呼ばれる現象が発生する

 これに巻き込まれると時の歪みに囚われて消滅し、運よく脱しても大きく異なる時間に迷い込むことになる

 

 そして、本来の歴史では、これに遭遇しながらも「ギリギリで」逃げ切ったのだ

 ……2秒の遅れはあまりにも致命的だった

 

――なんだよコレ!

――拘突じゃ!とにかく逃げよ!

――ダメだ!もう接触する!

――井上。「盾」は出せるか

――え?…うん。でも

――迷ってる暇はない。頼む

――う、うん。火無菊!梅厳!リリィ!三天結盾。私は拒絶する…っきゃ!?

――茶渡君!?

――チャド!?

――おおおぉぉぉぉおぉぉぉぉ!飛んで行けっ!

――チャドォォォ!

――必ず朽木を助けろ。一護

――チャドォォォォォォ!

 

 1日に放てる2度の霊力放出。そのすべてを井上織姫の作り出した盾へ叩きつけ、盾もろとも友人達を出口へ向け吹き飛ばした

 その後、彼らがどうなったかはわからない

 だが彼らの悪運強さをチャドはよく知っている。きっと尸魂界にたどり着いてくれたはずだ

 そしておそらくチャドの身を案じ、助けようとしていることだろう。親友である一護などは大騒ぎをし、すぐにでも引き返そうとしたはずだ

 それでも事の順序は間違えているまい。いつも冷静な石田がいるし、妙な老練さを感じさせる猫の夜一さんもついている

 どこに飛ばされたかも分からない泰虎ではなく、居場所のわかっている朽木ルキアをまずは助け、その後に彼を探し出す算段を立てる。それでいい

 

 

 問題は、彼の飛ばされた先が100年近くも昔、大正時代の日本であったことか

 


 

 

「無事か。先輩」

 

 干鯣の頭部を吹き飛ばしたチャドは、いまだ刀を構えたままの青年に話しかけた

 青年は顔に戸惑いを浮かべる

 

「先輩?」

「俺も隊士だ。一応」

 

 チャドは右の拳を掲げて力を込める。が、何も変わる様子はない

 

「……えっと?」

「む」

 

 赤い帯の入った真っ黒な拳を見下ろしてチャドは唸った

 この色自体が彼の力の象徴である。手の甲に何があろうと、その下に隠れて見えるはずもない

 

「解こう」

「待て!だめだ!ケホッ」

 

 戦闘態勢を解こうとする彼を青年が止める

 直後、足下から迫る殺気。チャドは反射的に飛びのいた

 地面すれすれを伸びてきた手が足首をかすめ、ピリリと引き攣れたような痛みが走る

 もう一歩後退。地面から跳ね上がり顔面を狙ってきた手をかわす

 さらにバック転。左右からしなり挟み打つ、鞭のごとき連打をまとめて避ける

 着地。そして構える

 不意打ちは避け切った。だが距離をとらされた

 

その鬼(アタリメ)は、頸を、斬っても、死なない」

「……面倒な」

 

 ブッダシット!

 舌打ちをこらえ、チャドは掴まれかけた足を踏ん張ってみる。動きに支障はない

 彼は駆け付けた時点でこの鬼の能力がかなり厄介と見て取り、不意打ちで一気に仕留めようとしたのだ。だが思ったよりさらにもう一段面倒な相手だったらしい

 倒れたまま触手状の腕だけを伸ばしてきていた鬼が、ゆらりと立ち上がる

 

「あァあァあァやってくれたなァ」

 

 ぱりぱりと乾いた音を立て、見る間に首が生えた

 

「嘘ォつきやがってよォ。鬼殺隊の癖によォ。鬼のフリしてよォ。悪ィ奴だなァ。お仕置きしねェとなァ」

「いいや。俺が挨拶したのはこちらの先輩だ。貴様が勘違いしたに過ぎん」

 

 粘つく声で責めたてる鬼を鼻で笑い、そして踏み込む

 

「そして時間稼ぎに付き合うつもりもない」

「かァ、つまンねェ野郎だァ!」

 

 見た目よりはるかに長く、蛇のように伸びてくる腕を半身で回避

 腕を引き戻しながら首を刈りに来るのをかがんで回避

 逆の腕で払いのけるように打ってくるのを前転回避

 細い腕が突然生まれて腹を突き上げる。その隠し腕はさっき見た。左腕で回し受け

 四本目の腕が真正面から、左右の腕が横から、囲むように振るわれる。右のショートアッパーでこじ開けた隙間へ滑り込むように側転回避

 回避、回避、回避――

 

 風が乾いている

 避けきれない攻撃をいなすたびに、むき出しの腕の皮が突っ張るのを感じる

 戸口に転がる隊士の死体はもうミイラのようだ

 間違いない。この鬼は周囲を乾燥させる力を持っている

 

 攻撃をかいくぐり、打ち払い、ついにチャドの攻撃が届く距離に踏み込む

 刹那、干鯣の胴体が爆発したように見えた

 全身を覆う皺に紛れていた細い腕がさらに四本、弾けるように突き出されたのだ

 

「おらァッ!」

「グワーッ!」

 

 干鯣(アタリメ)とはスルメのことである。その名から腕が沢山あることは警戒していた

 だがこちらの間合いに捕らえ、攻めに意識を切り替えた、その隙を突かれた

 咄嗟のバックステップが遅れたら腹を貫かれていたかもしれない

 息が詰まり、動きの乱れたチャドの眼前に干鯣の腕が迫る

 

 ―― 水の呼吸 弐の型・水車 ――

 

 ワザマエ!

 先輩隊士が刀ごと宙返りしながら飛び込み、鬼の腕を切り落とした!

 しかし無理に使ったためか、着地が乱れて尻餅をつきそうになる

 泰虎はその襟首をつかんで跳び退った

 

「どうも、髪ツヤ先輩。助かった」

「髪ツ……村田だよ、チャド君。これ、いいな」

 

 村田は濡らした手ぬぐいで作った覆面を指さす

 泰虎の羽織の真似である

 

 干鯣は周囲を乾燥させる能力により、打ち合う者の体から急激に水分を奪う

 さらにその状況下で乾いた空気を勢いよく吸うと、あっという間に気管が乾いてゆく

 結果、咳が出る。戦闘中に咳き込むのはただでさえ致命的だが、特に鬼殺隊士は命綱である全集中の呼吸を妨げられてしまうのだ

 

 泰虎は突入前にそれを察し、羽織を振り回して雨露で湿らせマスクにした

 こう見えて結構クレバーな男である

 

「ただ、全力は出しにくいな。専用の防面が欲しいよ」

面頬(メンポ)は実際、大事」

「……隊士装備として提案しようか」

 

 湿った布越しでは当然息苦しい

 戦えなくなるより千倍もマシだが、厳しいのは確かだ

 しかも

 

「その程度すゥぐ乾かしてやんよォ」

 

 腕の再生を終えた干鯣がわめく

 忌々しいがその通りだ

 即席のマスクからはこの瞬間も水分が失われつつあり、時間が経てば効果は失われる

 そうなったらもう1度作り直す余裕は与えてくれまい

 

「ここで決めよう」

 スウウゥゥゥーッ!ハアアァァァーッ!

「ああ。けど頸を斬っても駄目な奴をどうする?」

 ヒュウウゥゥゥーッ!

 

 村田の問いに泰虎は小さく笑った

 

「……問題ない。こいつは只のイカ野郎だ」

 

 彼は呼吸を整え、師匠の言葉を思い出した

 

 


 

『インストラクション・ワン!』

『惑うなかれ。姿に囚わるるなかれ。邪悪なるソウルの存在を感じ取るのだ!』

 

 凄まじい勢いで跳びまわりながら、師匠、ドラゴン・ゲンドーソーは言った

 目で追ったのでは到底間に合わないほどに速い

 

――万物に宿る霊気を観じよ。お主にはそれができるはずじゃ!

――観えたならばその流れを捉え、支配する。それがチャドーの真髄!

――鬼と対しても同じ。迅き鬼、潜む鬼、偽る鬼。目で探しては間に合わぬ!

――邪気の流れを感じとり、これを断つのじゃ!

 

 周囲の霊気を把握し、視覚に頼らず戦えるようになるまで一週間

 師匠の動きを霊力の流れで捉え、予測できるようになるまではさらに一ヶ月かかった

 それでもついに組手で一本は取れなかった

 


 

 

 泰虎は干鯣の内部に意識を集中する

 干鯣の、歪み、捻じくれ、濁りきった霊圧は探るまでもなく感じた

 だが今度はそこで止めずにより深く解読する

 

「隙ありィ」

「ないよっ」

 

 ―― 水の呼吸 参ノ型・流流舞い ――

 

 集中する後輩を護らんと、一歩前に出た村田が踊るように剣を振る

 もはや副腕を隠すつもりもない鬼の、嵐のように繰り出される腕と辛うじて打ち合う

 

「そリゃア見飽きたなァ!」

 

 最初から見せていた二本の主椀に比べ、隠していた六本の副腕は細く、短い

 それで数手は何とかなった

 しかしぐねぐね自在に曲がるくせに強靭で、弾くことはできてもなかなか切り落とすに至らない

 わずかでも気を抜けば刀を持っていかれそうな勢いに、一手ごとに追い込まれてゆく

 

 その暴風の中へ、ゆるりと泰虎が踏み込む

 無造作で無防備な動きに見えるが、既に気の流れは捉えていた

 外へ向けて放たれる暴力的な邪気ではなく、それに隠された根元を

 元の人間としての魂魄のありかと、そこへ絡みつく鬼の霊力の流れを

 

「観えた」

 

 間違いない。推測とも一致する

 急所は掴んだ。気の流れも把握した

 村田に任せていた攻撃を避け、捌き、流し、弾く。全部観えている

 このまま距離を詰め、必殺の一撃を急所へ打ち込めば倒せる

 しかし

 

「あァもォしゃァねェかァ」

 

 ―― 血鬼術・墨怪童(ぼっかいどう) ――

 

 鬼の腕ではなく、足から地面へおかしな霊力が迸った

 こちらへの攻撃ではない。だが悪意に満ちた霊力だった

 不審に思う間もなく村田が悲痛な声を上げる

 

「加藤!?」

「なん…だと…」

 

 転がっていた隊士の、焦げたような皮膚が裂け、真っ黒に変色した体液が噴き出す

 それは瞬く間に遺体の全身を覆い、干鯣そっくりの人型をなした

 そしてズルリ、と動き出す

 さらに別の足音に視線をやれば、家の中からも大小三体ばかりの同じ姿が見えた

 

「あァあ、やっちまったァ。こォすっと旨み抜けっちまうンだよなァ」

「……邪悪な」

「……チャド、本体を頼む!」

 

 一転して守勢となった二人はあっという間に追い込まれる

 死体で作られた分身は、本体に比べれば速度も力も一段も二段も劣るが、いかんせん手数が多い

 村田が必死の防戦を図る中、本体を仕留めようと奮闘する泰虎の背にもたまに手が伸びる

 霊力を読んで背中からの攻撃にも対応できるものの、その分あと一歩が詰められない

 そして

 

「ぐぉっ」

「ヒやはァ、油断したなァ?」

 

 突如。干鯣の右主腕が細い二本の触手に分離し、上下に分かれて顔と腹を狙ったのだ

 顔への攻撃はダッキングで避けたものの、下段の一撃は左腕を挟むのが精一杯だった

 ミシリと嫌な音が響いただけでなく、腕に鞭のように巻きつき引っぱられる

 

「知ってっかァ?烏賊ってなァ、足ィ千切れっと、たまァにそっから二本生えんだぜェ」

「チャド君!……うわぁっ!」

「ぬうぅっ」

 

 干鯣が自慢げに言う隙に、素早く一回転した村田がチャドを捕らえる触手を満身の力で切り離す

 だがそれはあまりにも大きな隙だった

 干鯣の副腕と、分身すべての腕が村田1人を打ち倒すべく殺到する

 彼は最後の瞬間に奇跡のような反応で跳躍し、一体を避けつつ別の一体を唐竹割りにした

 倒した分身を盾にもう一体を食い止め、本体の腕は泰虎が全て叩き落とした

 それでも残った一体が彼をしたたかに打ち据えた

 

「あばっ」

「村田さん!」

 

 刀が弾き飛ばされ、体はその場で横ざまにぶっ倒れる

 よくない倒れ方だ。衝撃がほとんど逃がせてない

 武器も失い、何より顔から手ぬぐいが落ちてしまった。もう長くはもたない

 

 泰虎も状態はよくない。左腕は骨にひびが入り、短時間とは言え干鯣の触手に拘束された

 その跡は圧搾と脱水で溝状に凹んでしまっている。数日はまともに動くまい

 加えて分身がまだ三体残っている

 

「あァあ、終わったなァおィ」

「……ああ」

 

 彼は嘲りに短く同意した

 終わりである

 

「貴様がな」

 

 右足を前に出し、構えを右半身(はんみ)に変える

 わずかに半歩距離が近づいただけ。しかしそこはもう射程である

 地道に詰めていた数歩。触手に引き寄せられた距離。村田を殺そうとした干鯣の踏み込み。加えてこの半歩

 すでに必殺の間合いだった

 

 スウウウゥゥゥーッ!ハアアアァァァーッ!

 呼吸と共に、黒い右腕がさらに姿を変える

 黒地に赤い髑髏模様の浮かぶ大きな騎士盾の形へ

 上辺から細長い突起が伸びているそれは、逆さまになったスペードのマークにも見えた

 

「てめェっ!?」

 

 干鯣は彼を捕らえようと九本の腕を投網のように絡み合わせた。打ち払う余地のない面攻撃を正面からあびせかける

 しかし泰虎はその攻撃の中へ真っ直ぐ踏み込んだ

 網の中央へ、体ごと突き込むように渾身の一撃

 

 ―― 巨人の一撃(エル・ディレクト) ――

 

 突き出された剛拳は網の目を引き裂き、炸裂する霊力によって千々に吹き飛ばした

 拳はそのまま干鯣の下腹に突き刺さる

 重く、固い手ごたえ

 

「くぺっ」

 

 奇妙な声が、拳の当たった()()()()()()()から漏れた

 鬼の全身を覆う乾いた墨がばらばらと剥がれ落ち、逆立ちをした小柄な男の姿があらわになる

 その口元を圧し潰すようにチャドの拳がめり込んでいた

 

「ぐぞ、ぎづがれだが」

 

 そう。これこそ干鯣が頸を斬っても死なないように見えたからくりである

 烏賊は頭足類。本物の頭は体の上端ではなく胴体と足の間にあったのだ

 

「だども、ごいで」

 

 干鯣は千切れた腕……足指から延びる糸を再生しながらチャドに絡みつかせる

 泰虎の拳は網を突き破る際に威力を殺され、倒しきるには至らなかった

 密着したためにパンチを打つ余地もない

 服越しに脱水が始まる

 

おめばこごでがわいでげ(お前はここで乾いていけ)

 

 しかし泰虎の心は凪いでいた

 

 


 

『インストラクション・ツー!』

『心を細くせよ。雨垂れのみが巖に穴を穿つ!』

 

 真っ直ぐ突き出したキセルの吸い口で泰虎の拳を受け止め、師匠は言った

 己の力が一点に返り、骨がきしむ。その苦痛に腕を振りぬけない

 

――お主の力は大きいが、散漫じゃ!

――激流は石を押し流すことはあっても、板に穴を開けることはかなわぬ!

――考えてもみよ。何故死神も、滅却師も、鬼殺隊士も刃を用いるか!

――力で上回る大敵を、研ぎ澄ました一撃を以って貫くためじゃ!

 

 彼のスタイルと噛み合わないその修行は難航した

 一年以上を掛けてついに解を得た日、師匠は絶句し、その孫娘は笑い転げた

 


 

 

 ―― 穿心(ランサ・デ・ベスティア) ――

 

 カシュン、と場違いなほど軽い音が響く

 泰虎の盾の、肘側から伸びていた突起が須臾の間に盾の内へと吸い込まれ

 逆端、拳の上から飛び出した(パイル)が干鯣の頸を貫いていた

 

「ァ……」

 

 干鯣はただ、ため息のような声を洩らした

 

 


 

――おれはもうダメだ。おめぇはおれを食ってでも生きろ

 

 それが■■の最期の言葉だった

 容赦ない日射しの下、漂う漁船の上

 船体は歪み傾ぎ、折れた帆柱には帆代わりに半纏が結わえられていた

 太陽と潮風に灼かれ、萎びるように瘦せ細った彼は独り海へ糸を垂らす

 その背後に横たわる■■の遺体

 それは不自然に片脚の肉が欠けていた

 

 幾日過ぎただろうか。ついに助けの手が届いた。故郷の仲間の船だった

 だが向けられたのは恐怖と嫌悪の眼。激しく浴びせられる罵声

 彼は乱暴に押さえつけられ、縛られ、港へ連れ戻された

 引きずられて行かれた家の戸が細く開かれ、誰かの眼が恐る恐る覗く

 その誰かへ男達は口々に事実と憶測を語った

 戸は音を立てて閉ざされた

 

――誤解だ。俺は■■を食ったりしてねえ

 

 その言葉が発せられることはなかった

 実際彼が口にしたのは魚だけだった

 しかし、その魚をどうやって釣ったのか。その引け目が口を封じた

 沈黙する彼は散々に暴力を振るわれ、浜に打ち捨てられた

 渇く体と心に耐えきれず、彼は何者かの差し出した液体を飲み干した

 

――ああ。俺はあれだけ耐えたのに

――結局、人食いになっちまったのか

 


 

 

 渦巻いていた暴力的な霊気が干鯣の体から消えうせる

 その間際

 

――サ・ヨ・ナ・ラ・・・…

 

 誰への言葉か。音にならない心の声が霊気に溶けた

 

 一瞬遅れ、杭の駆動に使われた圧縮霊力がその体内で解放される

 しめやかに爆発四散!

 胸から肩にかけてを失った鬼の下半身が大地に落ち、ぼろぼろと崩れだす

 背後に迫っていた分身達も、死体を覆っていた墨が流れ落ちて次々と倒れた

 

「……ナムアミダブツ」

 

 泰虎は片手を立てて祈る

 彼自身はブッディストではないが、クリスチャンの祈り(アーメン)では彼らに届くまい

 どのみちあの世(S.S.)はブッダの世界でもジーザスの世界でもないらしい。罰は当たらないだろう

 

 わずかな黙祷の後に踵を返す

 取り急ぎ、村田の容態が心配だった。急いで隠を呼ばなければならない

 彼は鋭く指笛を吹いた

 

 

 ***

 

 

 余談であるが、真っ先に到着したのは桜色と若草色のツートンという珍妙な髪色の少女だった

 そして誤解により斬りかかられ、鬼による以上の命の危険を感じることとなった

 なお、そのバストは豊満であった

 

 




Q:パイルバンカーじゃねーか!
A:パイルバンカーです。チャドのアレは絶対こうなると思ってたんです
Q:穿心が色々間違ってね?あと「水滴のみが板に穴を」じゃなかった?
A:うしとら世界とはクロスオーバーしてないので(目そらし)
Q:アタリメ強すぎね?劣化教主じゃん
A:強いです。明記しませんでしたが下弦です。誰かさんの柱就任功績になるはずでした
Q:最後の蜜璃ちゃん必要?豊満であった書きたかっただけじゃね?
A:書きたかった(真顔)。あとミツリ=サンとは書いてない(建前)。冗談はさておき、正史で村田が生き残った理由付けのための登場です。他の柱だとチャド殺されそう
Q:あれ?でもチャドいないと蜜璃ちゃん到着までに村田パイセン死なね?
A:うっすら匂わせましたが干鯣は雨と溜水が嫌いです。水を探して逃げ回っていれば蜜璃が間に合います。なので実は正史村田の方が軽傷です(酷)
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