チャド。チャドー呼吸を極めて鬼滅の茶柱となれ   作:水面波

2 / 3
逆行転移した日に戻ります


クリムゾン・フラワー・ローブ

 

 

 カア、カア、カア

 

 遠く、カラスの声

 土と夏草の少し埃っぽくて青臭い匂い

 赤みの差した薄暗い空。それを半ば隠すこれは芋の葉だろうか

 

 拘突に巻き込まれ、意識を失ったチャドが次に目覚めたのは、夕刻の田園風景の中だった

 

 仰向けに倒れたまま、手足の感覚をゆっくり確認する

 動く。酷い痛みもない

 霊力は……一割も戻ってないようだが、こちらも異常はない

 

「の、の。うごきょっぞ」

「いきちよるでんか」

「む?」

 

 少し離れた場所から複数人のざわめきと足音が近付いてきた

 体を起こすとどよめきが起きる

 10人以上は居るか。日に焼けた、厳しい顔つきの男の集団

 手に手に鍬や鎌などを握っているところを見るに農家なのだろう

 畑に入ったことに腹を立てているならば少々まずい

 

「すまない。わざとではないんだ」

 

 なるべく穏便にと地面に座ったまま頭を下げる

 ところが一瞬目を丸くした男達は、逆に激しく怒りだした

 

「こん、まちもんぐちききよっど」

「いじんでねえんけ」

「やっぱおめさがひとさらいけ!」

「おらんげばよめさもどせ!」

「うっとこさしたぬわらしもじゃ!」

「……む」

 

 いささか方言がきつい上に、一斉にわめかれてほとんど聞き取れない。だが「人攫い」の一言だけは耳に入った

 仕方ない。相手が激発してしまう前におさめようと立ち上がる

 彼の人生ではよくあったことだ

 言葉が通じにくいことも、理不尽な言いがかりを付けられることも

 

 幼い頃は暴力に訴えていたが、祖父(アブウェロ)に諭されて以来自分のための拳は振るっていない

 代わりに黙ってじっと見下ろせば相手が態度を変えることを覚えた

 善性の人間なら対話しようとする方向へ、悪意のある相手なら捨て台詞をはいて去る方向へ

 

「ひい」

「ばけもんじゃあ」

 

 案の定、農民達の腰が引ける

 チャドの背丈は197㎝。背筋を伸ばせば男達より頭ふたつ分近く大きい。見上げるような大男である

 加えて時刻と立ち位置。ちょうど西側に立つチャドは緋色に染まった空を背負い、顔が影となっている

 控えめに言っても地獄の獄卒と見まごう姿だった

 

 問題は彼らがチンピラではなく、土地と家族を守ろうとやって来た農民であることだ

 

「や、やってまえ!」

「あわああああ!」

「こんでれすけぇ!」

「む。待ってくれ、おい」

 

 人は何かを守るとき大きな勇気を得るが、同時に理屈が通じにくくなる

 恐怖に突き動かされ、集団性の興奮状態におちいった農民達には言葉が届かない

 チャドは素人数人に殴られるぐらいなら平気だが、刃物を含んだ凶器で袋叩きにされるのはさすがにまずかった

 すぐさま身を翻して逃げだす

 

 幸いにして脚力も体力も、チャドと村人達とでは圧倒的な差があった

 慣れない土地という不利を差し引いても、彼らを振り切るのにさほどの苦労はなかった

 1kmも走らないうちに全員を置き去りにし、人目がなくなったところで木立に入って身を潜める

 

(夜になったら道沿いに警察でも探すか)

 

 山歩きは怖いので、家々の見える場所で木の根に腰を下ろした

 外見はワイルドなチャドだが、案外都会っ子なのである

 

 ***

 

(おかしい。それに困った)

 

 とっぷりと日も暮れ、星が瞬きだしておそらく二時間以上

 未だに彼を捜索しているらしく、眼下を()()()()とおぼしき明かりが行ったり来たりしている

 

(いまどきライトではなく松明だと?)

 

 冷静になって思い返してみれば、電線を見ていない

 彼を追ってきた男達の衣服も、野良着にしたって随分と継ぎはぎの多い着古しだった

 21世紀日本の農家さんはそこまで貧しくない

 これは、もしや

 

尸魂界(ソウルソサエティ)なのか?)

 

 こんな所だとは思わなかったが、ある程度現世と似た社会があるとは聞いた。気がする

 ならば一護たちを探さなくては

 人攫いというワードが気にかかるが、もしかしたら朽木ルキアの奪還に成功したという意味かもしれない

 

 さすがに無理があるだろう、と脳内雨竜がツッコミを入れるが、現況についての手掛かりには違いない

 知らず張り詰めていた気がゆるみ、少し楽になった。しかしそのとき

 

(――!)

 

 ゾワリ、と総毛立つ

 最近おなじみになっていた、(ホロウ)が近くにいる感覚

 少し違う気もするが、そもそも個体によって霊圧に差があるのでその範囲だろう

 

 チャドは木立の中を早足に移動しだした

 さほど強くはなさそうだが、近辺には死神の気配もない

 戦えるのが己だけなら行かねばなるまい

 

 ただ、月明かりしかない夜の林は勝手が悪すぎた。人の手は入っているが、障害物は多い

 そして慣れてないためにどうしても、下草や藪、枝をかき分ける音が立つ

 比較的近くの松明が止まり、次第に集まってくるのが見える

 実によろしくない

 それでも彼はまっすぐに虚の霊圧を辿った

 

 やがて行手に小屋の影が目に入る

 林から飛び出し、小屋のまわりを半周。農機具小屋だろうか。窓がなく錠前が外についている

 そして感じる少し変わった虚の霊圧。間違いない、この中だ

 しかし踏み込もうとする前に、背後からばらばらと足音が押し寄せる

 

「めっけたど!」

「てえかけさせよってえ」

「もうのがさんべえ」

「こっちじゃあ!はよう!」

 

 口々にわめきたてる男達。

 幸いにして人数が揃うのを待つつもりらしく、いきなり打ちかかってはこない

 できる限り素早く虚を倒して逃げよう

 そう考えたとき、小屋の戸が音もなく錠前ごと開いた

 

「なしてじゃ」

 

 女の白い貌が闇に浮かぶ

 そこそこ美人の部類といってもいいだろう

 暗く澱んだ眼つきと妙に目立つ歯、そして戸口の上から逆さまに顔を出している事に目をつぶれば

 

「んあ?」

「よささよめじゃねえけ」

 

 チャドの背後にいた男達も一瞬あっけに取られる

 

「なしてばれた」

「いや、え?」

「なしてややできん」

「ああそらあ」

「なしてせめられなならん。なしてはりしごとさせん。なしてのらさせる。なしてぜぜことる。なしてままへらす。なしてべべうった。なしてほんうった。なしてよんだ。なしてほめん。なしておこる。なしてたたく。なしてだめか。なしてだ。なして。なしてなしてなしテなシてナシてナシテなシナシナシシシシシシ」

「ひぃっ」

 

 恨み言らしき言葉がやがて歯軋りのような音の連なりに変わり、男達も本能的に気付く

 本当に危険なのは目の前の大男ではなくこの女だ

 きっと、人攫いも

 

「シシシシシャアアアァァァァッ」

 

 腰を抜かした彼らの前で、女の口が耳まで裂けてかぱりと丸く開く

 そして円周上にきれいに並んだ三角の歯が、きりきりと王冠歯車のように回転した

 その異様な口を突き出し、男達の肉を抉り取らんと飛びかかる

 

「――知らん」

「ジャギャッ」

 

 チャドはそれをあっさり叩き落とした

 重さはあるが、力も速度も並の虚だ。回転する歯に触れなければどうということはない

 

「どんな事情があろうと、余所の子を殺す理由にはならない」

 

 彼は誰かの取り落とした松明を物置小屋に蹴り込んだ

 奥へ飛んだ松明が土間にうずくまる小さな人影に当たり――その首が落ちてごろりと転がる

 体はバサリと乾いた音を立てて倒れた

 藁の燃える匂い。そして血の臭い

 

「ジャアアァァッ」

「ふっ」

 

 歯に加え、両手に針のような爪をのばして飛びかかってきた虚を再び叩き伏せる

 相手にならない。が、少々困った

 通常、虚は白い仮面をかぶったような姿をしている。そしてそれを砕くことで倒せる

 その仮面が見当たらないのだ

 

 だがそう言えば、この虚はまだ人の要素を色濃く残している

 獣じみた姿になっていないし、胸に穴もあいていない

 

(まだ半虚(デミ・ホロウ)なのか)

 

 (プラス)から(ホロウ)へと堕ちかかっている段階ならこういうこともある

 奇妙な霊圧も整虚双方が入り混じっているためだろう

 このまま戦い続ければいずれ完全な虚に落ち、仮面が現れるだろうが……

 

(その前に倒す)

 

 なりかけ(デミ・ホロウ)で止まっているということは、当人が虚に堕ちまいと必死でこらえているということだ

 ならば、助けてやらねばなるまい

 

「ジャアッ」

「おおぉっ」

 

 三度飛びかかってくる女。今度はその首をつかんで地面に組み伏せる

 技では圧倒していたが、力比べとなるととんでもない怪力だった。激しく暴れ、押さえ込む腕や足に鋭い爪が突き刺さる

 その痛みを無視して掌の感覚に集中

 虚の冷たい霊圧の中に、整の霊圧が隠れているはずだ

 

 難しい。虚の気配が強すぎる

 チャドは叫んだ

 

「答えろ。あんたはどこにいる!」

「ジャアアアァッ!」

「あんたは本当はどうしたかった。どうなりたかった。あんたの心はどこにある!」

「シャ」

 

 瞬間、回転していた歯列の円形が乱れ、何かを言おうとするように開閉した

 

 


 

 女は貧農の、小作の家に生まれた

 そして十を過ぎた頃、売られるようにして製糸工場の女工となった

 何が楽しいということもない生活だったが、二食しっかり与えられるだけ生家よりマシだった

 年嵩の女工に教えられやらされた、小遣い稼ぎの刺繡も性には合っていた

 たとえその大半を巻き上げられたにしても。

 

 五年ほど経ったある日、年季が明けた

 給金をもらえるようになり、しかしさほど経たずして小遣い稼ぎを理由に馘になった

 給金を払わないで済む新人を連れてきた方が安いからだ

 生家に戻った女は近所の、土地持ちの家のせがれに見初められた

 女工暮らしとはいえ五年を街で過ごした女は、田舎ではひときわ垢抜けて見えたのだ

 

 女は喜んだ。幸運を自覚して頑張ったし、周囲も邪魔しなかった

 ただ、少しだけ掛け違えた

 嫁ぎ先をより豊かにしようと製糸工場で覚えた知識で試行錯誤するも、養蚕や服飾に必要な投資や流通については何も知らなかったため、ほとんど貯めた金を浪費するだけに終わった

 また年頃の五年を女工の集団生活で送ったため、農家における家事では上手くいかないことがちょくちょくあった

 そうこうしているうちに一年近くが過ぎた

 

 困った嫁ぎ先は女を強く りつけ、残った金を取り上げた

 酷いようだがこの時代、特に田舎では当たり前のことだった

 個人の財産という観念は薄く、家の誰かが稼いだ金は家の財産なのだ

 また一年近くも子ができず、家業とは別の事をして失敗を重ねる嫁など、むしろ追い出そうとしないのが手ぬるいと非難されるぐらいだった

 十まで村で育った女にとってもそれらは理解できる範囲で、却って気を取り直し、農家の嫁として穏当に生きるきっかけになるはずだった

 

 だから、それは本当に運が悪かったのだ

 貯蓄と買い集めたあれこれを取り上げられた、その数日後

 唯一残った、夫にも褒められた、丹念な刺繡を施したお気に入りを着て。これを最後と決めた気晴らしに村を散策した道の途中

 綺麗な刺繍に目を奪われた幼子が裾を掴み

 引かれた裾を何気なく払った拍子にその子が道を転げ落ち、首を折ってしまったのは

 


 

 

 女の目が燃える小さな人型を見た

 頭以外を藁で形作られたその人形は、よく見れば女物の着物を着せられていた

 その裾には鴛鴦と雛が、単色の糸で、にもかかわらず鮮やかな色合いを想像させる巧みさで縫い取られていた

 女がそこに意識を向けていたのはほんのわずかな間で、すぐに歯を回転させ暴れ出す

 しかしその隙で充分だった

 

「……頭か」

 

 何となく胸の奥を探っていたが、そこに感じたのは濁りきった霊圧のみ。わずかに澄んだ気配を感じるのは首の上からだった

 ならば

 

「眠れ」

 

 首をつかんだ右手を放し、なけなしの霊力を集める

 そして飛び起きようとする女の首へカウンターを叩き込んだ

 

 死神と違い、彼には魂を尸魂界へ送る刀はない

 滅却師と違い、彼には魂を霊子に返す技はない

 だがその右腕は彼の意思を形にする

 

 拳から打ち込まれた霊力が、胸から頭へ向かう濁った霊力の流れを断ち切り、解放された魂魄を肉体から弾き飛ばした

 

「――」

 

 驚いたような女の顔が、かすかに光って宙へと消える

 

 成功したか。安堵の息を吐くチャド

 そのすぐ後ろから老人の声がした

 

「ふむ。まあ見事なお手前と言っておこう、かの」

「な……」

 

 戦闘中も周囲に気は配っていた。すぐ近くには誰もいなかったはず

 弾かれたように振り返る彼の頬をクナイ型の青い光がかすめた

 ビクン!

 足下で女の死体が大きく1度身をのけぞらせる

 反射的に身構えるが、死体はクナイの突き立った傷口から多量の血をほとばしらせ、力を失った

 

「じゃが肉体が滅びるまで気を抜いてはならぬぞ」

「あ、ああ……」

 

 どうやら彼の見落としをフォローをしてくれたらしい

 その点は理解したものの、脳裏が別の疑問で埋め尽くされる

 何者だ?いつのまに?なぜ対処法を知ってる?農民達とは雰囲気が違うが?

 疑問を顔に浮かべる彼を押さえるように老人は手のひらを立てた

 

「色々と話すべきことはあるが、まずはお主の腕についてじゃの」

 

 霊力を込めて殴った際にチャドの右腕は変貌していた

 手首と肩に板状の突起が生え、色も赤い帯の入った黒に変じている

 老人の瞳に剣呑な光がともる

 

「逃げられてはかなわぬゆえ、ちと寝てもらうぞ」

「っ!」

 

 霊力切れの倦怠感はあるが、まだ戦えないわけではない

 咄嗟にファイティングポーズをとり、間合いを取る

 が、老人がいない

 

 殺気に反応して腹に力を込める。いつの間にか飛び込まれていた

 衝撃が胃に響く。水月だ

 膝をつくのは辛うじてこらえ、左ショートフック。かわした先へ右ストレート

 当たらない。かすりもしない

 それどころかパンチの引き際にあわせて再び飛び込まれた

 思わず背を丸め、両腕でガード

 それをあざ笑うように顎、こめかみへ拳が食い込む。一瞬間をおいて逆の首筋に手刀

 ブラックアウト。平衡感覚を失い膝が落ちた。左手で体を支え、気配頼りに右手を振り払う

 当然のように空を切る

 

「ほう、耐えるか。丈夫じゃの」

 

 声と共に額へ掌があてがわれた

 霊圧を感じ――

 

 ***

 

 どうやら意識を失っていたらしい。本日二度目だ

 気付くと全身見事なまでのぐるぐる巻きに縛られ、高い木の梢に吊るされていた

 それも人里からだいぶ分け入った、山の頂に近い大木にである

 

 そんな周囲の様子が分かるぐらいには、夜空もすでに白み始めていた

 おかげで見晴らしだけはいい。などと現実逃避したくなる

 梢の枝は細く、チャドの体重を支えるにはあまりにも心もとない

 実際わずかな風にゆらゆらと揺れていた

 

「誰かいないか」

 

 地上へ呼びかける

 

「ご老人。俺は虚ではない。下ろしてくれ」

 

 声が空に吸い込まれてゆく

 しばらく待ってみるが反応はない

 聞こえるのは目を覚ました小鳥の囀りのみ

 

 その後も二度三度と呼びかけてみたが、返事どころか人の気配すらなかった

 これは日が昇るのを待つしかないと腹を決めて東の空を睨む

 わざわざ運んで吊るす手間を掛けたからには、どうなったか確認しにくるだろう

 

 待つ時間は長いと言うが、危険な状態で身動きもとれずに待つ時間は本当に長かった

 一護に誘われて初日の出を見に行ったときも長く感じたが、今回はその比ではない

 日が昇るのをじりじりとして待つ

 

 やがて太陽が完全にその姿を見せ、日光が彼の全身を照らす

 体がじわりと暖まる。実は結構冷えていたようだ

 それに思い至った瞬間、差し迫る危機に気付いてしまった

 

「ご老人!おられないか!下ろしてくれ!」

 

 ひときわ必死の声を張り上げる

 昨日から何も飲み食いしていないので逼迫してはいない

 だが、破滅のときはそれほど遠くないはずだ

 

「頼む!このままでは早晩漏らす!」

 

 チャド、高校生にして失禁のピンチであった

 いや。吊るされ続ければいずれ小のみでは済まなくなる

 彼はこの上なく真剣だった

 

 助けを求めてあちこち見渡し、ふと気付くと隣の樹上に小柄な影が立っていた

 昨夜の老人だ

 

「ご老――」

 

 呼びかけようとするのと同時、老人はその手の内に青白い光のクナイを生み出した

 即座に投げ放たれたそれは狙い過たずチャドを吊るした枝に突き刺さる

 

「なっ」

 

 元々あまり余裕のなかった枝はその傷からあっさり折れた

 下の枝にわずかに引っ掛かるものの、彼を支えるほどの力はなく、却って体が回転し頭から落ちる形になってしまった

 両手両足は縛られて使えない。頭からの落下では受身も取れない。縄を引き千切れるぐらいなら助けを待っていない

 

 死ぬ

 目前に迫った命の危機に右腕が反応し、成長の兆しを見せる

 だが間に合わない

 

 全身に衝撃が走った

 墜落はしていない。彼を吊っていた縄が引かれ、急ブレーキがかかったのだ

 鞭打ちになりそうだった。むしろ体勢次第ではなっていた

 

 苦痛をこらえつつ見上げれば縄はいつの間にか長く伸び、かなり上から彼を吊り下げていた

 その縄の途中、彼から近い位置に折れた枝が結びつけられている

 少し遅れて気付く。この折れた枝は彼が吊り下げられていると思っていた枝だ

 短い縄で梢に吊っているように見えたのは見せかけで、ずっと長い縄の途中を梢に結んであっただけ。反対側の端は彼に見えないよう太い枝か幹に結び、命綱にしてあったのだ

 

 何のためにそんな面倒くさい真似を?

 決まっている。命の危機を感じさせることでチャドの本性を確かめようとしたのだ

 目覚めてからずっと見られていたに違いあるまい

 

 性格が悪い

 ひょいひょいと枝伝いに跳び降りてきた老人を思わず睨む

 

「ふむ。どうやら鬼ではなさそうじゃな」

「……鬼はあんただろう」

 

 そう言い返したのは仕方ないと思う

 縄を解く前に殴られたが。

 

 ***

 

「大正?」

 

 汁物の椀を受け取りながら聞かされた話に思わず耳を疑う

 

 無事に解放され用を足した後、飯を食いながら説明しようと言われ、山中の庵へ導かれた

 ……山をいくつか越えて。

 

 途中で今度は体力を確かめられていると気付いたが、逃げようにも人里の方向などわからない

 サバイバル経験などない彼では遭難するのがオチなので、必死について行くしかなかった

 見失わないギリギリの速度で延々走らされ、いまも足はガクガクである

 

「ほう。そこに驚くか」

 

 ドラゴン・ゲンドーソーと名乗った謎の老人が怪しく目を光らせる

 しかしその名も驚きの原因のひとつである

 ドラゴンなどと名乗る日本人が大正時代にいるとは思わなかった

 

「む……」

「ああお主の話は後でいいわい。まずは腹いっぱい食え」

 

 どう説明したものかと悩む彼に茶碗山盛りの飯が押し付けられた

 麦交じりで粘り甘味の足りない米だが、空腹は最高の調味料である。言われるままに掻き込む

 

「鬼については大凡(おおよそ)気付いてそうじゃの。あれは血を介して人に取り憑く改造(うつほ)よ」

「……」

「倒したことを気に病むでないぞ。虚にされた時点で死んでおる」

 

 そこではない。改造とは何だ。(うつほ)とは(ホロウ)のことでいいのか

 むしろ疑問が増えた彼の表情を読み取り、老人は片眉を上げる

 

「お主、存外智が先に立つ性質か。これは歴史から話した方が良いかの」

 

 その後に語られた「歴史」にチャドは頭を抱えそうになった

 霊や死神と関わる以前の彼なら確実に馬鹿にされたと考えただろう

 

 およそ千年前、死神と滅却師の間に大きな争いがあった

 このとき滅却師に深い恨みを抱き、根本から滅ぼさねばならないと考えた研究者がいた

 その死神はよりにもよって虚の改造に手を出し、虚抗体のない人間を好む性質をつけた

 さらに血液を媒介に感染する性質を持たせ、現世の肉体を持つことで死神による直接介入を難しくしようとした

 その研究は完成する前に発覚したが、すんでのところで取り逃がし現世に下りられた

 そして鬼舞辻無惨なる人物に改造虚を取り憑かせ、最初の鬼に変えた。らしい

 

「それであんた達滅却師がその鬼と戦ってるのか」

「残念じゃが否じゃ」

「む?」

 

 改造虚は滅却師だけを襲ったりはしなかった

 むしろ全ての人間にとって共通の脅威となった

 そのため朝廷はたびたび鬼の追討を命じ、無限に近い再生力を持つ鬼に止めを刺せる滅却師は陰陽師として召し抱えられた

 それがあだとなった

 慎重に身を隠していた彼らが、表に出てしまったのだ

 改造されたとは言え鬼も虚の一種である。加えて国に雇われた以上、ありとあらゆる霊的事象の解決に駆り出された。いわゆる加持調伏である

 迷信も多かったが、確かに虚による事件もあり、それを組織的大々的に狩る滅却師は再び死神に目の敵にされるようになった

 先の抗争の記憶も新しい頃の話であり、地上に残った滅却師が掃討されるまで時間は掛からなかった

 残ったのはあくまで表に出るのを嫌った純血主義者と、左道(さどう)使いと呼ばれる異端だけだった

 彼ら左道使いは、当時流行し始めていた茶の湯の流派「茶道(さどう)」を興すことで身を隠した

 

「待ってくれ。茶道は千利休が創始したと」

「おお、サウザンド・リキューか。茶道の名を世に広めた本朝滅却師史上最高のカチグミじゃの。おかげで死神に目を付けられ当人はセプクする羽目になり、他の者は茶道(さどう)ならぬ茶道(チャドー)使いを名乗らねばならなんだが」

「……」

 

 **セプクすべきは筆者な**

 

 ともあれチャドー使いは再び影に潜みニンジャとなった。しかし鬼の害を見過ごすこともできなかった

 そこで人の身で鬼に対抗しようとする者たちに接触し、わずかな霊力でも鬼に抗し得る技を教えることにした

 それがチャドー呼吸とカラテである

 時を同じくして死神の中にも鬼を座視できず、掟に反しないぎりぎりの範囲で手を貸す者が出た

 その最たるものが日輪刀――斬魄刀のように鬼を斬れる武器の、素材を与えたことである。より正確には地上でそのような素材を生み出す実験をし、失敗したことにして放棄した土地を現世の者に「発見」させた

 これらの協力によって鬼に対抗する力をつけた組織、鬼殺隊は後に一人の天才を生み、そこからの反撃によって少なくとも歴史の表舞台からは鬼が消えた

 

「ではその鬼殺隊は皆チャドーを使うのか」

「うんにゃ。最初の天才がより効率よく作り変え、全集中の呼吸と呼ばれておる」

 

 話の終わりを示すように、老人は茶碗を差し出した

 ちょうど食事を終えたチャドはそれを受け取り一服する

 すっきりした苦味とほのかな甘味に気分が落ち着く。茶道も名だけではないようだ

 

「そこでの」

 

 老人の瞳に力がこもった

 チャドも自然と居住まいを正す

 

「泰虎よ。お主、チャドー呼吸を修めデイモンスレイヤーとなれ」

 

 チャドは茶を吹き出した

 

 




Q:お手前?お手並みでは?
A:チャドーなので。
Q:無惨が大正の千年前、YHVHが平成の千年前だから百年近くズレてない?
A:無惨の方は千年ちょうどとは明言されてなかったと思うので鯖読んだことにしてくだされ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。