チャド。チャドー呼吸を極めて鬼滅の茶柱となれ   作:水面波

3 / 3
三話目にしてもうサブタイのつけ方失敗したなあと後悔中


リーフ・フォール・ボーラ

 

 

藤襲山(ふじかさねやま)へ行け。最終選別がそこで行われる」

 

 修行を始めて一年以上が過ぎた頃。師匠(メンター)、ドラゴン・ゲンドーソーは唐突に言った

 

「最終選別とは?」

「鬼殺隊士になるための試しじゃよ」

「待ってくれ。俺は鬼狩りになると答えた覚えはない」

 

 鬼――(ホロウ)と戦うことに異論はない。だがチャドの目標は第一に元の時代に戻ることにある

 そのためにも歴史に干渉しそうなことはできる限り控えてきた。タイムパラドックスを起こして元の歴史に戻れなくなる可能性を減らす為だ

 未来の技術やこれから起きる歴史上の事件も、なるべく伝えずにいる

 師匠の庵に世話になっているのは世間に関わらぬため、その指導を受けているのは戻ってからの戦いに備えてのことである

 すでに何度か話し合い、師匠も納得の上で修行を付けてくれていたはずだ

 改めて確認するとゲンドーソーはあっさりうなずいた

 

「んむ。そのお主の事情を踏まえた上での提案じゃ」

「む?」

「まず第一に、一年待ったが何も起きなんだじゃろう」

「……む」

 

 一護と友人達が、死神・朽木ルキアを助けるのに掛けられる期間は長くて一ヶ月程だろう

 それ以上は現世の生活への影響が大きすぎるし、尸魂界勢力側もそこまで長々と事態を引き伸ばさず、何らかの決着をつけるはずだ

 そのあと浦原にチャドの救助を頼んだとして、手段があるならそれを用意するのにもう一ヶ月ぐらい

 また救出タイミングに何か条件があるとすれば、一番ありそうなのがこちらに来てからちょうど一年経った瞬間

 それらが迎えの来る可能性が高いと想定した期間である

 その間は折につけ最初に目を覚ました場所の様子を確かめに行き、多少ずれても良いよう霊圧による痕跡も残してきた。しかし、これまで誰かが探しに来た様子はない

 気落ちしていないといえば嘘になる

 

「ならばこちらから動かねばならぬ。死神に直接の伝手はないが、鬼殺隊の活動は必ずや彼奴らに監視されておる。死神の記録にお主のことが残れば、未来に残してきた者が気付くやもしれぬ」

「……なるほど」

「加えてお主の暮らしておった時代、鬼も鬼殺隊も知られておらぬのじゃろう?」

「ああ」

 

 少なくとも学校で習う近代史には出てこなかったし、死神と関わるようになってからもそのような事件や存在について耳にしたことはない

 

「ならば鬼と鬼殺隊に関わる一切が、表の歴史に及ぼす影響は極小と立証されておるに等しい。その活動の域を逸脱せぬ限り、ぱらどくすの恐れもまた極小」

「多少の危険はあっても充分に目のある賭けと」

「さよう」

 

 断言する師匠にチャドは深々とうなずいた

 腹を決めるべき頃合だろう。明確な指針が示されたわけではないが、これ以上ただ待つのも面白くない

 

「わかった。それで本音は」

「そろそろ弟子の1人も隊士にせぬと立場がないのう、と」

「……」

「……冗句じゃよ?」

 

 ***

 

 数日後、彼はゲンドーソーにもらった地図を手に藤襲山を目指した

 指定された日時には1日の余裕をもっての出立である

 そしてその用心が当たったことを知った

 

「文字通りの山か」

 

 最終選抜への参加を決めた後、チャドはいくつか質問を重ねた

 試験であることを理由に詳しい内容は伏せられたが、数日間のサバイバルのようだ

 そしておそらく本物の鬼が出る

 

 鬼を狩る組織なのだから、それを倒す試験であるのは当然といってよい

 問題はサバイバルであること、そして閉鎖空間ではなく野外に鬼がいるという事実だ

 まさかその鬼が周辺に害を及ぼしているのを見逃しているわけではあるまい

 だとすれば何らかの方法で一定範囲に閉じ込めていると考えられる

 物理的にか、あるいは死神の縛道や滅却師滅却師(クインシー)の技のようなものがあるのか

 どちらにせよ逃げ道があってはならない。内から外に通じる道があってはならない

 ――川があってはならない

 

 ゆえに彼は最終選抜の地には水を用意してゆく必要があるのではないかと推測した

 案の定である

 薄紫にけぶる山裾の美しい孤立峰で、四方を平地と谷に囲まれている

 なるほど鬼を閉じ込め監視するには向いているだろうが、大きな川のある地形ではない

 

 ひたすら山野を駆け巡らされた一年の間に、チャドは川のありがたさを思い知っていた

 生で飲める清流があれば最良。そうでなくとも魚などの食料を期待できる

 逆に川がなければ湧き水を探し、穴を掘り、時には草の露で渇きを癒さなければならない

 これが結構な労力だった

 

 なお、清水があったとしてもその水が合うかはまた別問題である

 チャドはこの一年、きれいに見える湧き水や井戸水でも何度か腹を下した

 現代人のおなかは繊細なのだ

 

 ともあれ彼は山を遠目に観察しつつ、その周囲を一周した

 尾根筋と沢筋を見極め、水が湧きそうな場所に目星を付ける

 山の北側にも水の得られそうな深い沢が見て取れるが、ここは罠だろう

 あからさまに日当たりが悪い。日の出てる間に鬼が隠れ潜んでいそうである

 陣取るべきは山の南か東か

 

 その後も地形を読みつつ、道々に農家を尋ねては竹筒や瓢箪を買い求めた

 対価は旅費にと師匠ゲンドーソーがくれた銭と力仕事である

 背嚢には他に干飯と干魚、一塊の味噌、うろ覚えの知識で作った浄水筒、練炭と火打金を詰め込み、防寒具代わりにゴム臭い雨合羽を羽織っている。マッチは何やら危険と聞いて諦めた

 刀は戦い方に合わないので鉈と小刀だけを下げている

 

 準備万端。未来知識の流布は防ぐにしても、この程度の活用はいいだろう

 これで余裕を持って3日は籠もれる

 その自信はすぐに砕かれた

 

 ***

 

「鬼どものおりますこの山中で7日間生き抜く」「それが最終選別の合格条件にございます」

「なん……だと……?」

 

 白い禿(かむろ)髪の童女2人が放った言葉にチャドは絶句した

 7日間。補給もなしに戦い通すにはかなり苛酷な日数である

 周囲に集まった他の候補生達の様子をうかがうが、ほとんど動じた様子もない

 さほど荷物を持っている様子もないが、大丈夫なのだろうか?

 未来知識で有利なはずが過去の日本人のタフさにすでに負けそうだった

 童女たちを少し後ろから見守る、その母親らしき白髪の美女に視線で問うも

 

「では皆様、行ってらっしゃいませ」

 

 女性は眉ひとつ動かすことなく開始を告げた

 なお、その胸は平坦「行ってらっしゃいませ」平凡だった

 

 これ以上何の説明も支援も与える気はないらしい

 酷い話ではあるが、罰則も禁止事項も示されなかったのが救いか。無理だと思ったら途中で山を降りて鍛えなおして来いということだろう

 腹を決めて藤の花に囲まれた山門をくぐる

 この入山口の配置も性格が悪い

 すでに日が落ちたため判りにくいが、山の鬼門、すなわち北東の方角に位置している。そして候補生達の集まった広場はその東側にあった

 したがって何も考えずに門からまっすぐ進めば山の北側斜面、鬼が潜んでいる沢筋へ踏み込むことになる

 好んで罠に掛かる気がなかったチャドは藤の群生を抜けて早々に左へ折れ、南斜面を目指すことにした

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾオラー!」

 

 サンシタ=オニのエントリーだ!

 

 程なく襲い掛かってきた二体の鬼を前に、チャドはちょっと遠い目になった

 誤算である

 よくよく考えてみれば、他の候補生の多くは素直に真っ直ぐ進んだのだろう。一人だけ別方向に進めばそちら側には鬼が残っていて当然だ

(策士川に流される。地に足をつけて進むのじゃ!)

 師匠の顔が思い浮かび、微妙にイラッとしながら両拳をアップライトに構える

 

 この最終選別中は腕を異形化させてはならぬ、と固く禁じられている

 鬼狩りとして認められる前に問題となることを防ぐため、そして力に頼らず技で戦う経験を積むためだ

 

 スゥーッ!ハァーッ!

 

――チャドー呼吸 壱ノ型 刃拳(ハーケン)――

 

 踏み込みつつ、霊気を込めた拳での鋭いフック

 その一撃で右側の鬼の首が宙を舞った

 研ぎ澄ました霊力を打ち込むことで頸もろとも邪悪な霊力を断ち、囚われた魂魄を開放する。日輪刀と同じ作用であり、滅却師の技を応用しつつ魂を消滅させないチャドーの技である!

 

「リャアッタナコラー!」

 

 残ったもう一体が飛びかかってくる。が

 

――チャドー呼吸 壱ノ型・陰 刀流(カタール)――

 

 先の一撃と交差するように放たれた、返しの一撃がその首を跳ね飛ばした

 

「……よし」

 

 溶けるように消えてゆく肉体と、薄く光って昇天してゆく魂を見送って拳を握る

 純粋な虚ではなく、肉体を持ち人の姿をした鬼を意識して討つことができた

 霊力を放出せず体に留めて戦う技法も彼に合っているようだ。消耗が小さく、連戦の不安がない

 平和に慣れた精神と我流の非効率を徹底的に叩き直された、この一年間の成果を噛みしめる

 

「ナンオラー!」

 

 いかにして嗅ぎつけたのか、すぐに次の鬼が駆け寄ってくる

 落ち着いて霊圧を探ってみれば、かなりの数の鬼が山全体に散っているようだ

 期間は7日間と長い。こうなったら試験後半の疲労した時期を楽にやり過ごす為にも、早いうちに数を減らしておくべきかもしれない

 チャドは鬼へ向かって駆け出した

 

 ***

 

 ばらばらと、水滴が激しく防水布を打つ

 

 順調に進んでいた最終選別は六日目にして最悪のコンディションに陥った

 雨である

 

 冷え込みによって体力を奪われ、濡れた衣服が体に張り付いて動きを阻害し、手元も足下もぬかるみ滑る

 何よりの問題は昼間であっても日が差さないことだ

 鬼が動けてしまう。睡眠を取る余裕がない

 

 まずいと思った彼は霊圧を辿って近くの候補生と合流した

 少なくとも交替で眠ることはできるからだ

 だが代わりに

 

「うまし!」

「準備いいですね茶渡さん」

 

 ここまでわずかずつ食い延ばしてきた保存食を全て放出することになった

 さすがに隠れて1人で食べる気にはなれない。そもそも既に残りは少なく、この天気では湿気って痛む恐れもあったのでいい機会とも言える。のだが

 

「……虫?」

「テッポウムシですよ。食べたことありませんか」

「うまし!」

 

 この雨のなか器用に火を起こした眼鏡の少年が不思議そうな顔をする

 チャドの干飯干魚をベースに、他2人が集めてきた材料で雑炊を作ったのだが

 カブトムシの幼虫に似た何かが入っていた

 桃色の羽織とぺったり撫で付けた髪が特徴的な、もう1人の青年は実に旨そうに口にしている

 山形とか言ったか

 

「どうした!苦手なら私がもらうぞ!」

「いや、いただく」

 

 昆虫食が良質のタンパク源であることは知識として知っている

 命の懸かっている状況で、貴重な栄養をえり好みする愚を犯すつもりもない

 チャドは目をつぶって掻きこんだ

 

「それにしても静かですね」

 

 その様子に苦笑し、一番手に睡眠を取る支度を整えた眼鏡少年が、屋根代わりに張った雨合羽を見上げて呟く

 

「……」

「そうか?」

 

 同じく視線を上に向けて山形は首をかしげた

 どちらかといえば雨音がうるさい

 

「鬼の話ですよ。全然出てこないなと」

「……」

 

 互いの身を守るため集まってはみたものの、その後一体も鬼に遭遇していない

 煮炊きの煙と匂いを立てたので、とっくに鬼が集まってきてもおかしくないのだが

 

「藤の花の香りが強まったためではないかな?」

「うーん。降り始めはそう思ったんですけど」

「……」

 

 花は雨の降り始めにひときわ香りを強くする

 そのため一時は山の中腹近くまでが藤の香りに包まれ、その間にこうして集まることができた

 しかし降り続く雨によってすでに香りは洗い流されている

 

「他に何かあるかな?」

「……日の光かもしれない」

 

 口に含んでいた雑炊をやっと飲み下し、チャドは言った

 なお、テッポウムシとやらは甘味も塩味も加えてないナッツペーストと柔らかいイカを組み合わせたような食味だった。確かに慣れれば美味いかもしれない。慣れれば。

 

「雨の日でも、晴れの一割ほどは陽が届くと聞いた」

「ああ、確かに。雨の日は暗いといっても夜に比べればずっと明るいですよね」

「そのわずかな光も怖れるということか!鬼どもも存外臆病だな!」

「ああ。だからもしも襲ってくるとすれば――」

 

 ざわり

 濁った霊圧を感じ、チャドの背があわ立つ

 

「ある程度強い鬼ということだ。来るぞ」

「えっ」

 

 彼の警告に少し遅れて二人も近付く気配に気付いた

 重い地響き。そして湿った枝葉や下藪を折り砕いて進む破壊音

 それは程なくして彼らの前に姿を現した

 

「なんだありゃあ」

「でかい、な」

 

 その鬼は異形だった。身の丈六尺半のチャドすら上回る巨体。しかもその全身には無数の太い腕が巻きつき覆い尽くし、輪郭を膨れ上がらせている

 最終試練でここまで倒してきた、一山いくらの鬼達とは明らかに違う

 そいつは少し離れて立ち止り、三人の顔をひとしきり見渡した。そして不満そうに呟く

 

「なあんだ。子狐はいねえのか」

「……っ!」

 

 これもまた異常

 藤襲山の鬼は皆、長く藤の花の結界に閉じ込められ飢え切っていた。そしてその飢えを満たす為にほとんど何も考えず、一直線に跳びかかってきた

 なので冷静さを保ち、カウンターを撃ち込めば倒せる。その程度の試練だったのだ

 だがこの鬼はこちらの様子を窺い、言葉を発する余裕がある

 つまり

 

「貴様あ、食ったな!?」

「おい待て穐津!」

「くっ」

 

 共に山へ入った隊士候補の誰かを、既に食った後であろうということだ

 一瞬早くそのことに気付いてしまった少年が日輪刀を構えて飛び出す

 そして間合いのはるか手前で刀を鋭く振り下ろした

 

「シャッ」

 

――風の呼吸 弐ノ型 科戸風――

 

 穐津(あきつ)少年は風の呼吸の鬼殺剣士の子として生まれた。だが剣士としての才も、呼吸の才もあまり高くなかった

 刀を握れる歳より鍛錬を欠かしたことはなかったが、体格も腕力も大きく強くなることはなく、色変わりの刀を握ってもその色はほとんど変わらず、技を揮ってもその斬風に呼吸特有の緑色が乗ることはなかった

 両親は失望するでもなく、むしろ安心すらしたようだった

 我が子に刀を振る以外の戦い方もあると説き、隠となる道を勧め、医術・化学・経営学など剣士を補佐するための教育を受けさせた

 

 しかし彼は剣士となることを諦めなかった

 勉強の合間合間に刀を振り続け、ついに風の呼吸の弐ノ型を習得するに至った

 そして己の弱点を逆手に取り、ひとつの技に練り上げた

 

 一条の、()()()()()()風の刃が鬼の頸を狙う

 

 才がない故に呼吸の色が斬撃に乗らない。力がない故に周囲を薙ぎ払う突風は生み出せない。だが、だからこそその風刃は察知不能の奇襲となりうる

 呼吸の音も短く、小さく。風の剣技の特徴である手数も捨て、とぼしい力の全てを一閃に注ぎ込む

 不可知にして先手必勝、一撃必殺の暗殺剣。それが彼のたどり着いた答えだった

 

 あるいは環境が異なればその目論見は成功し、この大鬼を斃していたかもしれない

 落ち着いていれば仲間2人に前衛を任せ、影からの奇襲を成功させたかもしれない

 しかし彼は怒りから先行してしまい、加えて天候が仇となった

 雨中の森の空中を漂う細かい水滴が斬風に巻き込まれ、不可視の刃の輪郭を浮き上がらせる

 

「おっとあぶねえ」

 

 異形の鬼は何本もの腕を顔の正面に立て、ぐっと力を込めた

 直後、鋭い音をたててその腕に深い傷が刻まれる。が、完全に斬り落とせた腕はわずか一本。頸にはそよ風すら届いていない

 鬼は無傷だった太い腕を頸に巻きつけて守りを固め、同時に残りの腕を思い切り振り回した

 

「穐津!」

 

 半ばまで切断されていた腕が千切れて穐津少年へ飛ぶ

 全力を振り絞ったばかりの少年は回避が間に合わない。血しぶきが上がり、刀が折れ飛んだ

 

「ぅぐ……」

「チィッ」

「この野郎!」

 

 チャドと山形が割って入り、追い討ちに伸ばされる腕を切り弾く

 その様を見て鬼は哄笑した

 

「ハハハ!お前たち剣士はバカで助かるな!」

 

 腕から腕を生やすようにして無理矢理伸ばされた攻撃が大きく弧を描いて穐津を狙う

 それを山形の一刀が迎え撃つ

 

――炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天――

 

「弱い奴を狙えば強い奴が盾になって死ぬ!すごく簡単だ!」

 

 何本もの腕が正面から雪崩のように叩きつけられる

 それをチャドの連打によって生み出された拳の壁が弾き返す

 

――チャドー呼吸 参ノ型 死流怒(シールド)――

 

「がんばるなあ?じゃあこれはどうだ」

 

 足下の土が盛り上がり、そこから鬼の手が飛び出す

 

「ちっ」

 

――チャドー呼吸 影弐ノ型 打牙(ダガー)――

――チャドー呼吸 壱ノ型 刃拳(ハーケン)――

 

 蹴りで上に弾いたそれを、霊圧を纏わせた拳で吹き飛ばす

 チャドは蹴り技がいまいち得意ではない。一手の迎撃に二手を使わされた。そしてそれを見逃す敵ではない

 

「ハハハハ!さあどうする!」

 

 横たわる穐津少年とチャドを囲むように地面が何箇所も盛り上がった

 攻撃が来る。防ごうにも彼の蹴りでは手数が足りない。拳では届かない

 

「おおおおおっ!」

 

――チャドー呼吸 影壱ノ型 爪刀(ソード)――

 

 チャドは苦手な蹴りを放った

 地面ではなく、傍らに立つ木の幹。自身の首ほどの高さに

 鋭さも霊力の練りも足りないそれは幹を蹴り折るには至らず、樹皮を抉り、突き刺さって止まる

 片足が樹に食い込んだことにより、姿勢が崩れ上体が大きく傾く

 

 


 

『インストラクション・スリー!』

『いかなる場所、いかなる態勢でも同じように技を揮えるようにせよ!さすれば窮地は地の利(チノ=リ)へと転ずる!』

 

 枝から逆さ吊りになり(ブラ=サガリ)、揺れる綱そのものを足場に正拳突きを放ちながら師匠ゲンドーソーは言った

 同じように吊り下げられたチャドはまともに振り向くことすらままならず、それを腹に受けた

 その日以来、チャドは何度も朝飯を無駄にすることになった

 


 

 

――チャドー呼吸 参ノ型 死流怒(シールド)――

 

 垂直の幹を足場として踏みしめる

 横ざまに傾いた姿勢のまま、上から下へ、降り注ぐ拳の雨

 それが地面から飛び出す鬼の腕をひとつ残らず押しつぶした

 

「山形さん!」

「応!」

 

 多数の腕を地面に埋めた大鬼は逃げられない。また、身を守る腕の数も大きく減っている

 その好機に山形が斬り込む

 

 彼には剣士としての才能があった

 体格に優れ、それでいて柔軟で素早く動く肉体を持っていた

 教えを乞うた炎の呼吸と剣技も身体に合い、訓練開始から半年を経ずして基礎を体得するに至った

 戦う手段を得た彼は早々に最終選抜への参加を願い、師もしぶしぶそれを許した

 

 理由は年齢である

 彼はすでに二十代の半ばを過ぎていた

 元々小説家として豊かではなくとも平穏に暮らしており、妻と何人もの子に恵まれていたのだ

 そしてその小さな幸せを鬼の手によって突然奪われた

 復讐のため鬼殺隊士を志しても、肉体の最盛期は過ぎようとしている。戦える期間、滅することのできる鬼の数は刻々と減ってゆく。それゆえの焦りだった

 

 ただ、このため山形は実戦経験があまりに乏しかった

 

「かぁっ!」

 

 退くことも防ぐこともできない異形の鬼は、逆に大きく一歩を踏み込んだ

 巨体の鬼の頚を狙うため、やや上を向いていた山形の意識がほんの一瞬、迫る切り株のような足へと向かう

 当たらぬと判断して目を上げたときには鬼の頭が振り下ろされるところだった

 

 通常、鬼は頭突きを攻撃手段に用いない

 強靭な武器となる手足があるのに、数少ない弱点である頚を差し出すような姿勢をとる意味がないからである

 この大鬼の場合は頚を守る腕の硬さに自信があったからこそであるが、実のところ山形の膂力と炎の呼吸の攻撃力であればたやすく跳ね飛ばすことができる範囲であった

 しかし、ありえない行動に対する一瞬の躊躇が刀を振る余地を奪った

 

 固い石同士のぶつかるような音がして山形が大きくのけぞる

 額がぱっくりと裂け、ふらふらと数歩後退ってしりもちをつく

 

「ハハ、ハハハ!さあどっちを選ぶ!」

 

 切られた腕、潰された腕を再生させながら鬼が嗤った

 穐津は倒れたまま、まだ意識を取り戻していない

 山形は意識こそあるものの、体を支える腕は震え、立ち上がれそうにない

 2人を同時に攻撃されれば守りきれない

 拳の届く距離でもない

 

スウウゥゥゥーッ!ハアアァァァーッ!

 

 樹から足を引き剥がし、深くチャドー呼吸

 迷う時間はない。その必要もない

 失敗を怖れている時ではない

 するべきことをするだけだ

 集中。

 

――チャドー呼吸 ()ノ型 火断亡(カタナ)――

 

 次の瞬間、予備動作すらなく、距離を無にして左の手刀が鬼の胸元に突き立った

 鬼を討つ刀の名を冠したその技は、チャドー呼吸最速の突きである

 刹那、突き刺した手刀から霊力が爆発するように吹き出す

 

「あ、ガ、アァァアァァァァーッ!」

 

 霊力の奔流に飲み込まれ、天高く吹き飛ばされながら鬼が絶叫する

 頚を守る腕は千切れ飛び、再生中だった腕も全て霊圧に灼かれた

 ばらばらと肉体の破片をこぼしながら、胸に大穴をあけた鬼の姿が霧と木立の奥に消えてゆく

 悲鳴はすぐに聞こえなくなった

 

「……ふう」

「すごいじゃないか、やったな!」

 

 息をつくチャドへ、額から流れ落ちる血をぬぐいつつ山形が歩み寄った

 しかしチャドの表情はすぐれない

 

「いや。失敗だ」

「うん?何がだ?」

「頚を落としそこねた。倒せていない」

 

 彼の火断亡は未完成だった。本来の火断亡は霊力放出で鬼を吹き飛ばすようなものではなく、霊力放出を自身の高速移動に利用しながら手刀に集中させた霊力で鬼の頚を斬断するものである

 それが集中が甘くて刃を成すに至らず、あろうことか自身の速度を制御しきれず狙いすら逸れてしまった。霊力も大きく損耗している

 苦手だからこそ追い込まれるまで使用を躊躇していたのだが、失敗は失敗である

 

 やはり滅却師の血を引いていない彼にはチャドーの技の完全習得は難しいのだろう

 向いていない技を無理に使おうとするより、自身のやり方で同様の結果を実現する方がいいのかもしれない

 自戒する彼の肩を山形が力強く叩く

 

「いいさ!奴の力はわかった。また襲ってきたならその時こそ倒す!」

「ゴホッ。そう……ですね」

「穐津君!」

 

 明るい山形の声に、苦しげな言葉が返った

 少年が眼鏡にひびの入った顔を上げようとしていた

 

「無理をするな」

「だ、大丈夫ですよ。ギリギリ刀で受けました」

 

 彼は半分ほどになってしまった刀を見せて苦笑いをこぼす

 鬼の腕を受け止めたからこそ刀が折れたのだ。飛び散った血も大部分は鬼の物だった

 なのに意識を失ったのはそれだけ体が弱い証左であり、そのことを自覚している少年は努めて明るく振舞う

 

「足引っ張っちゃいましたし、見張りは僕が頑張りますね」

「心配させやがってこのう」

 

 カラ元気を見せる穐津少年に山形が肩を貸し、立ち上がる

 雨も上がろうとしていた

 

 ***

 

 その後の一昼夜、彼らは交代で番をしながらほとんど場所を動かずに過ごした

 そして七度目の日の出と共に山を降りた

 沢山の手を持つあの鬼が再びやってくることはなかった

 

 

 

 

 

 

 

 藤に囲まれた山の奥。地の底から怨嗟の声が響く

「ぐぐ、ぐぐぐ。痛い。熱い」

 虚を滅ぼす霊圧に灼かれた傷口はなかなか再生しようとしない

「殺してやる。無手の剣士めえ」

 鬼は恨みを向ける鬼殺剣士を新たに増やしていた

「傷が癒えたら。みていろ」

 しかし鬼がその相手に会うことは二度とない

「ぐぐぐぐぐ」

 耳飾りの少年にその妄念を断たれるまで、あと一年

 

 




**チャドー呼吸の型についてよくわからないモータルは影技――SHADOWSKILL――という漫画を見る。これは宣伝**
**なおSHADOWSKILLの劇中描写と違うとか言ってはいけない**
**これはシャドウスキルではなくてチャドースキル。いいね?**
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。