風の足跡(あしあと)   作:西風 そら

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いらっしゃいませ
お抹茶をどうぞ

全26話、約9万文字で完結





風の足跡(あしあと)・前
タゥト


   

 

 

 ~プロローグ~

 

 その日・・

 透き通った秋空にいわし雲が浮かぶ、蒼の里の平々凡々な昼下がり。

 

 坂の上の執務室には午後の柔らかい陽が射し込み、奥の大机では、珍しくこんな時間からいるナーガ長が、明日の予定に目を通していた。そのすぐ手前の長椅子で、一仕事終えて集中の切れた長娘のリリが、アクビをしながら伸びていた。

 ――これは、たまたまだった。

 

 この日は仕事が少なく、メンバー全員が午前で帰還し半休状態だった。泊まりや私用で里を離れている者はいなかった。

 ――これも、たまたまだった。

 

 坂下の広場を、修練所の子供達が賑やかに駆け抜けて行く。馬術教練の授業が終わった所だ。

 西風からの留学生レンとカノンは、知り合いの厩係とお喋りをして、集団からちょっと遅れた。それで、普段はあまり通らない坂下の近道に足を踏み入れた。

 ――これも、本当のホントに、たまたまだったのだ。

 

 

 

タイトル:風の足跡

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ~タゥト~ 

 

 白い砂に規則的な影を落として、風紋が地平まで続く。

 

 砂の海原を横切る心許ない足跡があった。

 千鳥足のそれを辿ると、頂点で小さいヒト型が倒れていた。

 ヒト型は十歳位の男の子。癖のある灰色の巻き髪も服装も、ここいらの砂漠の住人とは異なる。

 

 乾いた後頭部を影が覆い、救いの水が垂らされる。

 

「うう・・うぁ?」

「生きていたか」

 

 うつ伏せの身体に腕が回り、子供はあお向けに引っくり返された。

 次の瞬間、命の素みたいな水が、口中に広がる。

 

 時間を掛けて水を与えられ、子供はようよう重い瞼を開けた。

 見上げる救い主は、彼より少し年上の少年だった。

 逆光の黒い影の中に目の白い所だけがやけに浮いて見える。

 真っ黒な大きな瞳が、裏山でとれる黒スグリみたい……と思った。

 

「起きられるか?」

「ん……」

「後は自分で飲め」

 

 水筒を渡され、子供はむしゃぶり着いた。

 

「ゆっくり飲め、慌てると、むせて喉を切るぞ。まぁそれだけ動けるなら大丈夫か」

 

 黒スグリの瞳の少年は、見た事もない濃い褐色の肌をしていた。

 髪も着衣も漆黒で、そんなに身体は大きくないのに、妙に大人びて見える。

 

 子供の身体が安全圏に戻ったのを見て取って、少年は腕組みをして鼻から息を吐いた。

 

「お前、馬鹿か? 馬や駱駝もなく徒歩で砂漠をほっつき歩くなんて。しかも足跡がぐるんと回っていたぞ」

「お、お日様の方を向いて歩けばヒガシなんでしょう?」

 

「いかん、本当の馬鹿だ。あのさ、太陽ってのは動くんだぞ」

「うそ! 太陽を中心に世界は回っているんだし。だから太陽は動かないんだよ」

 さっきまで死にかけていたとは思えない減らず口だ。

 

「なんだそりゃ? だったら夜はどうなんだ、動かない筈の太陽は何処へ行っちまう?」

「よ、夜はこちらの世界が裏返っているんだよっ」

「はあ?」

 

 黒衣の少年は、首を横に振りながら立ち上がった。

「何処から来た? 送って行ってやる。お前みたいなのは砂漠へ出ちゃいかん。子供にそんなデタラメを教える奴にも、一言物申してやる」

 

「教えてくれたの、僕の母様だけれど、いないよ」

「??」

「この間死んじゃったし」

「……」

 

 子供は座ったまま、ぺこりとお辞儀をした。

 

「お水をアリガト。村へは戻らないから、送ってくれなくてもいいの」

「おい?」

「じゃあね、ばいばい」

 

 そう言って立ち上がろうとするが、二歩歩いてペタリと尻餅を付いてしまった。

 

「まったく何を根拠にそんなに自信満々なんだ? どこへ行くにしても、とにかく送って行ってやる。放って置いて砂の上で干からびられても夢見が悪い」

 

 少年はちょっと肩を上げてから、ヒュッと指笛を鳴らした。

 とたん、背後でブルン! と大きな鼻息。

 びっくりした子供が振り返ると、真っ黒い大きな馬の顔があった。

 

「うああっ!」

「そんなに驚くなよ。ていうか今気付いたのか? ずっとお前に日陰を作ってくれていたのに」

「・・・・」

 

 一点の白もない艶やかな漆黒に橙色の額飾りの映える見事な馬。

 どう見たってちょっとした身分のある者の馬だ。

 子供は目を見開いたが、そういう意味とは違う驚き方をしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 少年は鞍の鐙を降ろして、子供に顎で促した。

 

「乗れるか?」

「……」

「どうした、手伝いが要るか?」

「……やだ、怖い」

 

「怖いって? 男の癖に弱虫だな」

「だ、だって、空を飛ぶんでしょう? この動物」

「!?」

 少年の目が一瞬見開いた。

 

「前に空から降りて来たのを見た事あるもの」

「あ、ああ…… それは風の民の馬だろ。飛ぶのは奴等の馬だけだよ」

「飛ばないウマもいるの?」

「……」

 

 少年はまじまじと子供を見た。

「馬を知らないのか?」

「僕の村、こんな大きい動物いないし」

 子供の声は大真面目で、嘘をついている風には見えない。

 

「こんなのいなくても普通に生活しているし。村の外に出掛ける事なんかないもん。やっぱり外なんかロクでもなかった。ただ広いだけで、どこまで行っても砂ばっかりだし」

 

 少年は呆れ顔のまま、鐙革を引っ張って、二穴分伸ばしてやった。

「とにかく世の中の概(おおむ)ねの馬は飛んだりしないから、乗れ。ほら、こっちの膝曲げて」

 子供の足を持って、鞍上に押し上げてやる。

 それから自分は鞍を掴んで反動を付けて、身軽に子供の前に跨がった。

 

 馬をぐるんと回しただけで、子供は石みたいにしがみ付いて来た。

 

「力を抜かないと、かえって落っこちるぞ」

「だだだって、怖い」

「まあ最初は何でも怖い。一度経験しちまえば怖くなくなる」

「そうなの?」

 

「そうやって、世の中から怖いモノをなくして行くんだとさ」

「へえ、誰が言ったの?」

「俺の父者(ててじゃ)」

 

 少年は馬を駆けさせず、ゆっくりと進めてやった。

 

「で、お前はどこへ行きたいんだ?」

「ああ、んと…… ニシカゼのサト」

 

 褐色のうなじがピクリと緊張する。

「西風の、風の民の住処(すみか)か?」

 さっきまでと違って、急に声が険しくなった。

 

「うん、そう。ニシカゼのオササマってヒトに、会いたいの」

「何の用事だ?」

「……」

「言えないのか?」

 

 詰問するような口調に、子供はしどろもどろした。

 

「えっと、風…… 村に吹く悪い風を治めて下さいって」

「悪い風……」

「うん、ニシカゼのオササマって、そうい事が出来るんでしょう? 村に来る商人のおじさんが言ってた。風を思うままに操って、皆を助けたり。あと先読みの力もあって、鯨岩の街の高波を知らせて、沢山のヒトを命拾いさせたって。ホントに凄いヒトだって。だから会ってお願いしたいの」

 

「やめておけ」

「ええっ!?」

 

 少年は硬い声のまま続けた。

「確かに西風の長はそういう事が出来る。だけれど、あそこは今ちょっとややこしいんだ。結界をうんと強くして、外界に対して閉ざしている。行ったって入り口を見つける事すら出来ないぞ」

 

「そんなぁ……」

「だからやめておけ。ほら、お前の村に送ってやる。家族が心配しているだろう」

 

 子供はいきなり手を突き放して、馬から飛び降りた。

 尻餅を突いたがすぐに立ち上がり、砂の上をフラフラと歩き出す。

 

「お、おい」

 少年は馬を止めて、馬上から叫んだ。

「待てったら」

 

「僕、行くんだ」

「意地っ張りだな、お前には辿り着けないって言っているだろ」

「でも行くの」

 

「もう助けてやらんぞ、死ぬぞ」

「いいの、死ぬもん」

「バカヤロウ!」

「家族は心配なんかしないもん、僕の事なんか・・」

 

「?? ……おい?」

 

 子供がいきなりゼンマイが切れたみたいにパッタリ倒れたので、少年は下馬して駆け寄って、顔色をなくした。

 子供のふくらはぎを、地元の砂の民の間でも『ヤバイ』って恐れられている奴が、カサカサと這っていたのだ。

 

 

 

 

 子供が重い意識を戻すと、そこはさっきの馬の鞍の上だった。身体中熱くて目の奥がグルグル回る。

 うつ伏せに鞍に乗せられているのだが、馬のガフガフ言う息づかいから、きっと走っているんだと思った。だけれど振動が全然ない。

 うっすら目を開けたが景色は見えず、白い靄(もや)みたいなのが、凄い早さで飛んで行く。

 

「起きたか? 頑張れ、すぐ医者に看せてやる」

「ぼ、僕、村に帰らない……」

「まだそんな事言っているのか、意地っ張り」

「い・や・だ……」

 

「話だけは通してやる」

「??」

「西風に知り合いがいる。でも話を通すだけだぞ。だから寝ていろ」

「ホ、ホン……ト?」

 

「お前、名前は?」

「タゥト…… 海霧(かいむ)の村の、タゥト」

 

 

 

 





挿し絵:リングワンデリング
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