「何を・・する、つもり?」
青年の声。押し潰されたみたいに苦しそうだ。
「知れた事、風露の財が欲しい」
「財って…… そんなに蓄えがあるように見える?」
「ふん、目に見える財ではないわ」
タゥトはそっと身体を反転させて、声の方を向いた。
蹴散らされた焚き火と、数人の風体の悪い男達。
二人掛かりで岩壁に押さえ付けられる青年。腕が逆手にねじられ、口が切れて腫れ上がっている。
その前に、上役っぽい大小二人の男が立っている。大きい方の黒ヒゲたっぷりの男は腕組みをしてふんぞり返り、小さい方の頭頂部がスダレになっている男が、さっきからペラペラと喋っている。
「お前ら能天気な風露の者どもには分かっていないだろうが、あの集落の産物は世間でプレミアが付いている。お前らが惜し気もなく交換している価格の何倍もの値段で欲しがる金持ちがワンサといるのだ。風露を支配下に置いて旨い汁を吸いたい輩は、そこいらにごまんといる」
「うむ」
喋るのはスダレ禿げの役割のようで、黒ヒゲは偉そうに頷くだけだ。
「蒼の一族が消えちまってからそれを考える奴は多かったんだが、あそこには蒼の長の息子がいるって噂で、皆二の足を踏んでいたんだ。俺らはまあ、ガキを拐って楽器の二つ三つブン盗ってやる位のつもりでこの山に来たのだが。笛の音を頼りに忍んで来たら、とんでもなく美味しいエサが転がっていた、って話だ」
「それ程美味しくもないよ」
青年は冷たい岩壁に押し付けられながら、ぶっきらぼうに言った。
「僕は落ちこぼれだもの。職人に成れない者は、あの部族では価値がない」
タゥトの隣で、ファーの肩がブルッと震えた。
「蒼の長の息子だろうが?」
「うん、それもあのヒト達にとっては無価値だ。貴方達が蒼の長の息子なんてどうなったっていいと思っているのと同じに、あのヒト達もそう思っている」
「へっ! 苦しい言い訳しやがって。そんな訳ねぇだろが」
一瞬怯んだ男達だったが、スダレ禿げが大きな声で否定すると、すぐに皆そうだそうだと態度を戻した。
「口先だけならどうとでも言える。どうだ、このベッコウのボタンに宝貝の飾り。お前が大事にされている証拠だ」
「そんな物、楽器の端材で幾らでも出るんだよ」
「ほほぉ!」
男達はよだれを垂らしそうなイヤらしい顔をした。
「よぉし! そこまで言うのなら今すぐ風露の関に乗り込んで、お前の喉に刃物を当てて試してやろうではないか!」
「ガキ共はどうする?」
「風露の者じゃないだろう。いらん、いらん、川に放り込んじまえ」
えっ・・!?
タゥトは、今のは冗談か聞き間違えか? 一瞬思考が停止して、それから頭の中が芯まで凍り付いた。
「待って! その子達は関係ないだろ!」
青年が初めて大声を上げて抵抗したが、男達に乱暴に押さえられた。
「おい、何も放り込まずとも」
黒ヒゲが言ったが、スダレ禿げは肩を竦めて彼を見上げた。
「今の話を聞かせて放てる訳がないだろう。同じ汁を吸おうって輩が群がって来ちまう」
「うむ、なるほど」
「やめてってば! 何でもあんたらの言う通りにするから!」
「兄ちゃん、自分の立場が分かっていないな。これから嫌でも言う通りにするしかないんだぞ。おい、ガキども早く放り込んで来い」
タゥトの胸が早鐘のように鳴る。
この大人達はそんな恐ろしい事を、朝御飯でも食べるみたいに簡単にやろうとしている。村の大人が威しで言う冗談とは違う、本気なんだ。
あのお兄さんの腕っぷしは期待出来ない。
隣のファーは?
怪我をしている上に、自分よりもガッチリ厳重に、後ろ手に縛られている。
考えなくちゃ! 縛られて動けないファー、頼りにならないネガティブなお兄さん、三人を助けられるのは自分しかいない!
「イヤな仕事は、みぃんな俺かよ」
大柄だが風体の冴えない男が、ぶつぶつ言いながら二人の子供をまとめて肩に担ぎ上げた。
「ギャア!」
男の悲鳴と共に、タゥトは地面に落とされた。
転がりながら目に入ったのは、今まさにファーを踏みつけようとしている大男。
「こいつ、また噛み付きやがった」
「だめっ!」
タゥトは渾身の力で、手足を縛られたままバッタみたいに飛んで、ファーに覆い被さった。
男の踵が脇腹に入る。
「ぐうう・・」
「ほおほお」
男達がニヤニヤしながら口笛を吹いた。
「大したナイト振りだな、ガキの癖に色気付きやがって」
「そんなんじゃない!」
タゥトはもう一度ファーに被さり、噛まないように細心の注意を払いながら一気に喋った。
「西風の長様と約束したんだ! 『蒼の姫君』を『約束の殿方』の元に送り届けるまで、全身全霊お護りすると!」
***
身体の下で、ファーが放心するのが分かった。
壁際で押さえ付けられている青年も、目を真ん丸にしている。
「ほお?」
スダレ禿げが近寄って来た。
タゥトは崇高なナイト然と、人相の悪い赤ら顔を睨み付けた。
「西風の長って、山の向こうの砂漠の……か? 蒼の一族とは友好族だっけ。この娘は何なのだ?」
「この方は……」
言葉を止めたタゥトを、スダレ禿げは胡散臭さそうにねめつけた。
青年も、早く何でもいいから言うんだ! という顔で、タゥトを凝視している。ぐずぐずしていたら面倒がられて川に放り込まれてしまう。
しかしタゥトは、目に真剣さを湛えて口をギュッと結んだ。
男達が待ちきれなくなるギリギリで、その口はやっと開く。
「ダメだ、お前なんかに言えるもんか!」
「何だと! クソガキが!」
男達は鬼の形相になったが、青年も呆気に取られた。
命乞いを聞いて貰える折角のチャンスだったのに!
「いや待て、ふうーむ、ふむふむ」
男達の激昂と裏腹に、スダレ禿げは逆に落ち着いて、下敷きになったファーに松明を近付けた。
「やっぱりこの娘、蒼の妖精か? ふむ、蒼の里が消えても、他所に嫁いだりした血縁者が何人か生き残っていると聞いたな。成る程成る程」
「どういう事だ?」
黒ヒゲも覗き込みながら聞いた。
「西風にいた蒼の妖精の血筋の姫を、『約束の殿方』即ち、この兄ちゃんと娶(めあわ)せて、蒼の一族を再興しようって計画だぜ。え、図星だろ、坊主?」
「なんですってぇえ――!?」
タゥトが返事をする前に、下敷きになっていた娘が雄叫びを上げた。
「あんた、あの時、長さまと屋根の上で、そんな話をしていたの!?」
――ブチブチブチ!!
戒めの縄が一気に引きちぎられ、女の子は跳ねるように立ち上がった。
ええっ? こんな女の子にそんな力が? 周囲の男達は意外性に呆気に取られて、取り押さえる手が遅れた。蒼の妖精は何だか凄い力があるという前知識がビビらせたのだ。
被さっていたタゥトは吹っ飛ばされて、後ずさったスダレ禿げの方に転がった。
「お、おいおい」
男の子の顔が血にまみれているのを見て、スダレ禿げの顔色が変わる。
「いかん、その娘ヤバイぞ!」
皆がビビって退いた隙間を、怒りのオーラで奮い立った女の子が一足飛びし、這いずって逃げるタゥトを追い掛けた。
「許さない! ヒトを騙して、バカにしてえぇえ!」
「ひぃい、姫君、許してっ」
「たあああ―――ー!!」
ファーが気合いと共に蹴り上げると、男の子はエビみたいに跳ね上がって、今度は青年の方に吹っ飛んだ。やっぱり蒼の妖精、何がどうなったか分からんが凄い力だ。
「だっ大丈夫か」
「お兄さん逃げて…… 姫は怒り狂うと術が暴走して見境が……」
女の子の指の先は今度は青年に向いた。
「あんたもよ! 自分には価値が無いですって? 価値なんて他人に決めて貰うモンじゃないわ! あああ――っっ、腹立つうぅう!!」
「お兄さん危ない!」
男の子は、押さえ付けていた男ごと青年に体当たりした。
次の瞬間女の子の攻撃が当たって、全身感電したみたいに飛び上がって倒れた。
「お、おい、坊主」
突き飛ばされた男は振り向いてギョッとした。
男の子の身体が、曲がっちゃいけない方向に捻れている。
「た、助けて、おじさん、痛い・・あ・ああ、姫様、それだけは勘弁してえ――!!」
「え、え、え??」
「うごおおおお――!!」
女の子は野太い声を上げ、頭上に掲げた両手から物凄そうな術を放とうとしている。
「ひぇえ!」
スダレ禿げが逃げ出した。
彼が逃げると、黒ヒゲも他の男達も弾かれたように八方に逃げた。
――バサバサザザザ!!
次の瞬間、上空から急降下して来た馬が女の子をさらった。
「あっ!」
男達が息を飲む間に、馬は次の一歩で男の子と青年も引っ掛けて、素早く上昇、空の闇に溶けた。
「やられた、馬鹿者ども!」
黒ヒゲが地団駄踏んだ。
「そんなに凄い攻撃力なんか無いんだ。あったら最初に簡単に捕まるものか」
「ああ、俺には分かっていたさ!」
スダレ禿げが、この期に及んで強がって叫ぶ。
「三人乗りの馬でそう遠くまで行けるもんか。その辺を探せ、あの軟弱な兄ちゃんだけを拐うんだ!」
――空が歪んだ
―――――ゴゴゴゴゴゴ
真上から地鳴りが近付き、稲妻のように降って来た銀の光が地面に刺さった。
男達は身構える暇もなくその場で放り上げられる。
足元の堅い岩盤が砕け、破片がスローモーションのように舞い上がる。
「ひぃぃいっ!」
男達は腰を抜かして這いつくばるしかなかった。
「や、やっぱり、すげえ攻撃力持っていやがるんじゃねえか! あんなの相手に出来るか!」
もう誰が音頭を取るでもなしに、男達は暗闇の山を、方々の体で逃げ出した。