灰色の空からフワフワと、塵みたいな白い物が落ちて来る。
「これが雪」
牧草地の黄色い刈り跡の土手で、タゥトはぼんやりと座り込んでいた。
ファーの具合が回復して最初の暖かい日に、南へ向けて旅立つ予定だ。
「なーんか、思っていたのと違う」
指の上で溶けて水滴になるそれを見て、白い息と共にポソッと呟く。
「どんなのだと思っていた?」
いきなり声を掛けられて振り向くと、青銀の髪の少年がすぐ後ろに立っていた。
「あっ、えっと」
「座っていい?」
「……うん」
カノンは躊躇なく隣に来て座ったが、タゥトは微妙に目を逸らした。
「僕もさっき初めて雪を見て、そう思ったよ」
「えっ?」
「ほら、もっとこう、大きくて、五角形や六角形で」
「そっ、そうです! 花みたいな形で、白くて透き通っていて」
「そんなのが空からポロポロ落ちて来ると思って、凄く楽しみにしていた」
二人は同時に吹き出した。
「ソラの……父の書物の部屋に、スケッチのある写本があってさ」
タゥトが顔を上げると、少年はオレンジの瞳を細めて、自分の袖口を差し出した。
「よーく見ると、そんな形をしているんだよ」
毛糸の袖口に付いた白い粒、じっと見ると本当に幾何学模様の美しい形をしている。
「ホ、ホントだ! うわ――、こんなにちっちゃかったのか!」
「凄いよね」
「うん!」
二人は、袖口の塊が溶けて消えるまで、額を突き合わせて黙って眺めた。
「僕は……絵に描いて教えて貰ったんデス」
「そう……」
少年は、腕を降ろして袖の雪をはらった。
「ねえタゥト、君にお願いがあるんだ」
「あ、はいっ」
タゥトは何でも聞くつもりで、神妙に返事をした。
「西風の僕の部屋に、書物が一杯あるんだ。取り壊した旧棟から運び込んだ奴。それさ、たまに風に当てたり虫干ししたりしてくれないかな」
「??」
「僕、この冬、帰らないんだ」
「ええっ!」
「まだ学ばねばならない事が山とある。長殿が、今ファーが寝かされている暖炉の場所で寝泊まりさせてくれるって。そこで一冬指導を受けるんだ」
「だ、だって、西風の長様が待っているよ!」
「うん……」
風がちょっと吹いて前髪が顔を覆い、少年の表情が分からなくなった。
「学べる時間は限りがあるし、今僕がやるべき事はそれなんだ。ルウシェルもきっとそう言う」
もしかして、あの十字の光がいつか西風にも襲って来る事を考えている? そういう時の為に今、学べる限りの術を習得しておこうと。
ふっとそう思ったが、口に出したら薄っぺらくなる気がして、聞けなかった。
「窓を開けて部屋に風を入れて、気に入った物があったら読んであげて。書物も寂しがるから」
「でも……」
「ん?」
「西風の長様が、僕を嫌かもしれない」
「どうして?」
タゥトは信じられないという顔をして、少年を凝視した。
元婚約者が別の女性との間に作った子供が訪ねて来て、嫌じゃなない方がおかしいだろう。我が兄ながらまさかそこまでド天然なのか?
「ああー、そうか。アデルに聞いていない?」
「何を、デスか?」
「亡くなった君の母上と、ルウシェルと、結構仲良しだった事」
「えええええー―――!!」
「何だよ、カノン、喋っちゃったのか。お喋りだな」
厩に駆け込んで来たタゥトに胸ぐらを掴まれて、アデルは馬装を中断された。
「だって、あっちでは秘密中の秘密だったんだぜ。知っていたのは、海霧のリューズと亡くなった巫女殿、西風では姉者と俺、あと三峰のフウヤ」
「ごめん、タゥトは知っていたかなと」
カノンが呑気な顔で後から入って来た。
アデルは馬装を一旦止めて、腰を据えて話してくれた。
蒼の里が行方知れずになった次の春。
彼の元に、鯨岩に滞在していたフウヤが訪ねて来た。
自分はもうすぐ三峰に帰るから、居なくなった後の連絡係を引き継いでくれと。
「連絡係ぃ?」
タゥトが頓狂な声を出した。
「そう、海霧の予言者アイシャのした予知を、西風のルウシェルの予知として吹聴する係」
「へ? は? はあっ!?」
「大袈裟に驚くなよ。俺だってその時初めて聞いたんだ」
アデルは眉をしかめながら続けた。
元々はアイシャが言い出したらしい。
蒼の里が失せて立場の危うくなった西風の為に、出来る形で助力をしたいと。
事実、当時鯨岩の街を高波が襲ったが、フウヤがルウシェルの名を騙(かた)って皆を避難させ、被害を最小に食い止めた。
それが切っ掛けとなって、砂漠での西風の地位が爆上がりしたのだ。
「その他の西風の長殿の諸々の予言と活躍も、全てアイシャが教えた事だった。アイシャが亡くなってからもシア姉(ねえ)が引き継いでくれたんだ。せめて蒼の里が見つかるまでって」
「うん、自分の母親ながら、いきなりそんな予知能力が備わるなんて、嘘臭いなと思った」
カノンは相変わらず呑気な顔で、馬栓棒に座って笑っている。
「ぜんぜん聞いてないよ! そんな事!」
「言える訳ないだろ、お前みたいな空気の読めなかったお子ちゃまに」
「~~~~!!」
フウヤが三峰に戻った後、アデルが連絡係を引き継いだのだが……
女性達はアデルが飛べるのをいい事に、予言のない時でも手紙のやり取りをし始めた。
どうやら心のどこかの琴線が触れ合って、通じ合う物があったらしい。お互い周囲に弱音をこぼせない孤高の身ゆえ。
「男性の趣味も一緒だしな」
「なんだよ、それ、信じらんない! なんなんだよ、もお!」
タゥトはもう力一杯脱力して、板壁に背中をぶつけた。
「ふて腐れている暇はねえぞ」
「?」
「シア姉は、茶番が終わってもうちの姉者との文通を続ける気満々だ。俺はもう伝書鳩扱いされるのは御免だ。これからはお前がやれ」
「いや、だって」
「だって、何だ?」
「僕、飛べない……」
「なら飛べるようになれ! お前にも西風の妖精の血が入ってるんだろうが」
「・・デモソンナ……・・」
「聞こえねえぞ」
「分かった、分かったよっ!」
「よし!」
「ルウシェルの茶飲み相手も宜しくね~~」
「…‥……」