風の足跡(あしあと)   作:西風 そら

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君影~明日の君に~・Ⅳ

 

 

   

 

 ――聖(きよら)なる西風の空に幸多かれ

 

 ファーが唄いながら、抱えたカゴの中から花飾りを投げ上げた。

 西風の婚礼の儀式の時に唄う、無垢なる子供達の歌だ。

 

「お、お前達、悪ふざけが過ぎるぞ。それは、ふざけてやっちゃダメなやつだ」

 ルウがあたふたしながら言った。

 

「大真面目だぞ、姉者。俺だって恥ずかしくて死にそうなんだ」

「アディ、真面目に唄いなさい!」

「アディって呼ぶな!」

 

 言い争いをしながら花を投げ合う二人を背に、タゥトが一歩前に出て、抱えていた包みをスルスルとほどいた。

 

「そ、それ・・!」

 

 ルウは真っ赤になり、ソラは目を見開いた。

 広げられたそれは、襟に白絹刺繍の、青磁色の長衣。

 十数年前、少女だったルウが、手を絆創膏だらけにしながら縫った、新郎の衣装。

 

「そ、それ、誰にも見付からない所に隠してあった筈……」

 声を上ずらせるルウに、タゥトがシレッと言った。

「いいえ、めっちゃ真ん中にありましたよ。見付けるなって方が無理です」

 

 衣装に釘付けになって黙ってしまっているソラに、タウトはそれを目の高さに掲げて近付いた。

 

「書物は読んであげないと寂しがるし、衣装も袖を通してあげないと寂しいよ、父様」

 

「……タゥト、それとこれとは……」

 

「この衣装は長様と一緒に、ずうっと着てくれるヒトを待っていたんだ。本当は僕が着てあげたいんだけれど、残念な事に寸法が合わない。仕方がないから父様に譲ってあげる」

 

 後ろで掴み合いをしていたファーとアデルは同時に振り向いて、吹き出す寸前の頬を膨らませた。

 

「ナーガ、ちょっと命令して来いよ。あいつお前には逆らわないだろ」

 柵にもたれて、ハトゥンがじれったそうに言った。

 

「自分の意志で袖を通さなきゃ意味がないです」

 エノシラに言われて、泣く子も黙る漆黒のハトゥンは黙らされた。

 昔から、この手の女性に、彼は勝てた試しがない。

 

「ねえ父様、着たくないの? じゃあやっぱり僕が着ちゃうよ。今はブカブカだけれどあと十年もすれば、この衣装にも長様にもピッタリの、最高の男になる予定なんだ」

 

 タゥトが本当に袖を通しそうになって、ルウは眉を八の字にしてアワアワと喉から声を絞り出す。

 ソラが思わず叫んだ。

「や、やめなさい!」

 

「なあに、父様」

 

「それを着る者を決めるのは、心を入れて縫った女性だ。お前じゃない」

 

「うん、その答えはさっき長様が言ったよね。けっこう勇気を振り絞った感じで言ったよね。父様、聞いていなかったの? 聞こえていたけれど、聞かなかった振りをしているの?」

 

 柵の所のシドが、ナーガと顔を見合わせて口の端をぷるぷる震わせた。

 誰かさんの若い頃をそのまんま見ているようだ。

 

 焦然と黙っていたソラが、やっと声を出した。

「タゥト、立たせておくれ」

 

 少年は慣れた感じで父親の懐の下に潜りこんで、背中で彼を押し上げた。

 

「彼は足がきかない」

 アデルがルウにそっと耳打ちして、タゥトを手伝いに行った。

 

 傾きながら立ち上がった男性は、ルウが目を見開いて凝視しているのに気付いて、慌てて訂正した。

「大した事はありません。杖を使えば不自由なく歩けますし。それより……」

 

「カノンを助けた時の怪我か!」

 

(やはり勘の良いヒトだ……)

 男性は一瞬目を閉じた後ピシリと言った。

「これは私が自分で負った怪我です」

 

 ルウは言葉を止められて、肩を震わせて黙った。

 

「私はソラを名乗れる者ではありません。昔、貴女の手を取って駆けたソラはもうおりません」

 

 座り込んだまま、ルウは雷に打たれたみたいに震えた。

 そう……このヒトならそう言う。

 その言葉を聞きたくなかったから、会うのが嫌だったんだ。

 

 しかし、ソラだったらそこで終わらせる言葉を、この男性は先を続けた。

 

「けれど、その衣装を他人が着るのは絶対に嫌です。それは僕の物だ!」

 

「……!?」

 

 目を見張って顔を上げるルウシェルの前に、あの時と同じ手が差し出された。

 

「僕はある人物に、『忘れられた者に対する思いやり』を教わりました。だから恥ずかしながらもう真の心を吐露します。もし…… もし、今の私、海霧のリューズとして前に立つ事を許して頂けるのならば、本日この衣装を賜る事も、重ねて許しを請いとうございます」

 

 シドとナーガが、今度は思い切り肩を竦(すく)ませた。

「長いっ! もっと普通に着られないのかっ」

「頑固がバージョンアップされていますね。何だか安心しました」

 

 

 ルウは、差し出された手に指先だけ触れて立ち上がった。

「……えっと…… ああ――……  それ、あんまり近くで見ないでくれ。あの褒め上手なエノシラですら言葉を失くしていたんだ」

 

「着てしまえば見えないから大丈夫です」

 

 ソラはそう言って、タゥトから衣装を受け取ると、本当に見ないようにしながら素早く袖を通した。

 もうちょっと感動的に着て貰いたかったルウは、小さく口をパクパクさせる。

 

 後ろでファーが、

「タゥトのお父さんって、軽く天然入ってる?」

 と聞くのに、アデルが眉間に縦線を入れて何度も頷(うなず)いた。

 

 次の瞬間、ルウは、自分の頭上の青空に白い円がばっと広がるのを見た。

 

「??」

 

 三人の子供が、大きな丸いレースを広げ、息を合わせてルウの上に投げ上げたのだ。

 彼女を包んでファサリと落ちたそれは、山紫陽花(やまあじさい)の刺繍見事な、真っ白なヴェール。

 アデルが抱えていた荷物だ。

 

「三峰のカーリが編んだんだ、姉者」

「カーリ? あのカーリが?」

 

「ヤンとフウヤが手伝った所は悲惨だけれどな」

 レース編みの所々に、変なコブと大穴がある。

 

 

「準備OKだよ!」

 ファーの叫びを皮切りに、どこに隠れていたのか、ミィを先頭に里の子供達が一斉に駆けて来た。手に手に花かごを持っている。

 

「サチオオカレ!」

 

 小さな手が優しい色の花飾りを投げ上げる。

 

「幸多かれ、幸多かれ!」

 

 他の子供達も一斉に唄いながら花びらを投げ上げた。

 いつの間にか、紅を塗った娘や里人達も混ざっている。

 キラキラ舞う花吹雪の中、ルウがやっと口を開いた。

 

「き、今日は、砂の民との同盟式じゃなかったのか……?」

 まるで子供が泣き出す寸前みたいな声だった。

 

「そんなの『ついで』に決まってるだろ。この状況でまだそんな事言ってんのか? どんだけ空気読めないんだ、姉者」

 

 

 花を投げ終わった里人達が、腕まくりをしながら話し合っている。

 

「さてさて準備をしなきゃ。婚礼の宴ってやるの? 同盟式の酒宴と込みでいいの? あ、料理は寿(ことほぎ)の盛り付けに変更よ」

 

「あらら、貴方達は、この計画、聞かされていたのじゃないの?」

 エノシラが不思議そうに聞いた。

 

「いえ、私は聞いていないわ。誰か聞いていた?」

 先程釜戸の前でキャラキャラ笑っていた娘達も、同様に首を横に振った。

 

「何日か前から妙な噂は流れていたけれどね。同盟式の日に、ハトゥン様が凄いサプライズを運んで来るとか。どこで聞いたんだっけ」

「あら、貴女が言ったんじゃなかった?」

「え、私は貴女に聞いたと思っていたわ」

 

 皆が口々にさざめき、最初の娘が取りまとめるように言った。

「とにかく皆ウキウキして張り切っちゃって。今朝もお料理しながら盛り上がっていたのよね。そしたら長様のご登場!」

 

「へ?」

 ソラと二人、離れた階段に腰掛けて、何気なく会話を聞いていたルウシェルが、ポカンと口を開いた。

 

「一目で分かったわよね」

「そうそう、あっ、今日ってもしかして? って」

 

 ルウは、自分の格好を見下ろした。祭りの時にしょっちゅう着ている祭祀用の衣装なのだが。(既にズタボロ)

 

「違いますよ、衣装じゃなくて、その花」

 

「花?」

 髪に編み込まれた白い花……? に、手をやる。

 

「だってその花、『とっておきの幸せが貴方に訪れる』って意味があるんですよ。私達の間では、いざという時にお友達にあげる、最上のお祝い品だわ。だから女の子ならぜったいにピンと来ます」

 

「…………」

 

「その後ファー達が、里中を駆け回って、空を指したの。ハトゥン様が『誰か』を簀巻きにしてこちらに降りるのが見えて。よし、いまだ! って」

 

「一斉に花カゴを掴んで駆け出したよね。早かったわぁ、皆」

 

「…………」

 

 ハトゥンがズカズカと歩いて来て、ルウの顔を覗き込んだ。

 

「まことに素晴らしき里衆だな、娘よ」

 

 

 





挿し絵:花飾り
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