風の足跡(あしあと)   作:西風 そら

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春霞

 

 

 

「嬢ちゃん達、本当に一緒に来ないかい?」

 

 草が立ち上がったばかりの、ひんやりした草原。

 今越えて来た山が後方で春霞に埋もれている。

 

「はい。ファー達には、やらなければならない使命があるの。おじさん達とお別れするのはとても寂しいけれど」

 

 ファーとタゥトは、旅のテキ屋の一団に囲まれていた。

 山向こうの街の市場で働かせてもらい、そのまま世話になって、一緒に山越えをして来たのだ。

 

 本当はファーが馬を飛ばせれば、こんな山ひとっ飛びだ。

 でもファーが強く希望して、彼女の馬は旅の一座のお年寄りと大きな荷物を運ぶ役割を担った。

 お陰で一座は、いつもの半分の労力で山を越える事が出来た。

 

 タゥトはブーたれるかと思いきや、自ら馬で運ばれるのを断って、荷物を担いで険しい山道を歩いた。

 何でだかそうしたかったし、山越えを終わるとマメだらけの足の違う自分になれた気がして、物凄く嬉しかった。

 

「これを持って行きなさい」

 一座の長の男性が取り出したのは、数日前に二人が取り上げられた銅貨の袋。

 

「貰えないわ。お仕事の報酬だったらもう食料で貰ったもの」

「旅をするなら現金が必要だぞ」

「おじさん達だって旅をしているじゃない」

 

 一座の大人達は苦笑した。

 この風変わりな娘の頑固な理屈の通し方は、ここ数日でよく分かっている。

 それにしても、彼らの世間知らずの度合いはかなり心配なのだ。

 

「じゃ、坊主にやる。このお嬢ちゃんに女っ気のある装飾品の一つでも買ってやれ」

 

 タゥトは差し出された袋の前で、眉を八の字にした。

「僕達本当に要らない。だったら、笛吹きさんが踊り子のお姉さんに買ってあげればいい」

 

「!! ばっ!!」

 

 一同、一瞬止まって、堪えきれない含み笑いを頬に溜めた。

 笛吹きは一座で一番大人しい若者で、鼻っ柱の強い踊り子をそっと想い続けている。

 周知の事実だが、皆頑張って触れないようにしていたのに。

 

 座長は観念して銅貨の袋を引っ込めた。

 

「じゃあ、これを持って行かないか?」

 

 気の弱そうな笛吹きがそっと進み出た。

 手には赤ん坊の拳位の丸笛。小さいが造りは凝っていて、花や鳥が美しい螺鈿細工であしらわれている。

 

 ファーは目を見開いた。実は笛吹きの胸にかけられたそれに、いつも目を奪われていたのだ。

 

「でも、笛がなくなったら笛吹きさんは困るわ」

「いや、この間新しいのを手に入れたのでこれはもう使わないんだ」

「本当に?」

「ああ、これなら荷物にならないし、いざという時売ればちょっとはお金になる」

「売ったりなんかするもんですか!」

 

 楽士に笛の革紐を掛けられて、女の子は弾ける果実のような笑顔になった。

 

 

 馬上で手を振る二人の子供が見えなくなってから、踊り子が笛吹きに話し掛けた。

「あんた、よかったの? あんな貴重なプレミア物。売って欲しいって金持ち一杯いたでしょう?」

「う、うん、ごめん……」

「何で謝んのよ、責めてんじゃないわよ」

 

 座長が割って入った。

「まあまあ。あの子達の向かっている北の草原は、風の民が姿を消してから治安が悪い。野宿などは避けた方がいいからな。あれならいざという時に売れば相当な額になる。何せマニアの間で垂涎(すいぜん)の、風露ブランドの箔入りだ」

 

「でも売らないですよ、あの二人は」

 

 楽士の声は小さかったが、何故か隅々の者にまで聞こえた。

 それから、いつの間にか隣に来た踊り子と皆ともう一度、子供達の去った薄紫の空を眺めた。

 

 

 ***

 

 

《 どうした、誰か来るのか? 》

 

 まだ冬枯れに覆われる湿った草原。

 カタカゴ咲き誇るハイマツの丘に、二つの人影があった。

 

 地面に耳を付けていた子供がゆっくりと起き上がる。

 カタカゴの花びらの付いた頬は片エクボを作って微笑んでいた。

 彼の背中には斜めに閉じた緋い片羽根がある。

 

 

 もう片方の影は、実態を明確にせずユラユラと揺れている。

 

《 お前が笑っているのなら、来るのは『良きモノ』であろう 》

 

 そう言って影は揺らめきながら、周囲の草原を見渡した。

 蒼の里があった筈の、広い広い、何もない草原。

 

《 本当に、きれいさっぱり消えてしまう物なのだな・・ 》

 

 

 

 

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