早朝の新宿。
到着した夜行バスから降りてくる小柄な人影があった。
野暮ったい半纏に着られているような小さな身体で、運転手に手伝って出してもらった荷物を受け取り、やたらペコペコと頭を下げている。
「よっこらせっと」
珍妙なイントネーションの甲高い少女の声。
彼女が背負ったのが大きな唐草模様の風呂敷包みというのも、なんとも時代錯誤だ。
「ありがどさんでした~」
これまた珍妙な、というよりかなり訛った声で運転手にもう一度元気よく頭を下げ、少女は歩き出す。
まだ街が動き出す前の、空白のような時間。
昼間なら人が溢れているであろう歩道をゆっくりと歩き出す。
重そうな荷物に関わらず、不思議とその足取りは力強い。
やがって街が目覚め始める。
視界に延々と続く高層物に、巨大な建築物。
そこから次々と吐き出されるように人が続々と出てくる様子に、少女は目を見張る。
「…いや~、都会ってのは、本当に人がいるもんだなっす!」
その数を数えようとして少女は諦めた。
しばらく歩いた先。
「ほ~、都会にも緑があるんだっすな~」
少女が感心しているのは新宿御苑。
あいにくと開館前の時間だったので、彼女は名残惜しげに踵を返す。
それからも物珍しい光景にいちいち驚きながら、少女は歩き続ける。
歩きながらも、大きく目を見開き、周囲を見回している。
少女は何かを探し求めるようにして歩き続ける。
さらにどれくらい歩いただろう?
ふと見上げた視線の先には旧電波塔。さらに延空木も望める。
「うひゃー、おらほの山よりずーっと高いんでねが?」
少女はあんぐりと口を開けた。
歩道の真ん中で首が反り返るほどの角度で電波塔を見上げ続けている姿は完全におのぼりさんだ。
そんな風に立ち尽くす少女の背後でサイレンが響いた。
走っていた他の車が緩やかに停車して道を開けた。
その間を一台の救急車が駆け抜けていく。
「なんともせわしないの」
呟いて見送ってから、少女は安心するように口元を綻ばせた。
「なんぼ都会でも、救急車の音は田舎と変わらねえべさ」
彼女は知らない。
その救急車は、実は偽物であることを。
運転手が大柄な黒人で、背後では血まみれの着ぐるみを来た女性がビールを呷り、それを二人の少女が驚愕の目で眺めていることを。
あげく、巨大なトランクスの中から、やたらおでこの広い少女が出てきたことを。
誰にも知られない、気づかれない、静かな邂逅。
この日、東京に1本のリコリスが加わった。
彼女がどのような花を咲かせるのか、それはまだ誰にも分からない。