リコリコの奥の座敷で、メンバー一同が顔を突き合わせている。
とりあえず杉菜わらびと名乗った少女にミカ特製のコーヒーとお茶請けを提供し、カウンター席で待ってもらっていた。
「DAのデータベースにアクセスしてみたが、そんな名前のリコリスは登録されていないぞ?」
襖を開けてウォールナットことクルミが言う。
先日の依頼で助けてからそのままリコリコに転がりこみ、挙句押し入れを改造して自分のプライベートスペースを作ったりとやりたい放題だ。
「やっぱり先生も心当たりはないの?」
「うむ…」
唸るミカ。
どうも杉菜わらびの言う先生は、彼女だけにとっての先生のよう。
「でも、セカンドリコリスの制服を着てましたよね?」
たきなが言う。
さっき何気なく観察させてもらったが間違いなく本物だった。
最新技術を惜しみもなく使用した特別製だ。
簡単にコピーされたり流出したとも考えにくい。
「だからって、あの子、わらびちゃん? 全然悪い子には見えないんだよね」
千束の抱いた印象は『純真無垢』。そして『人畜無害』。
そのイメージは他の面々も共有するところで、だから逆にどう接していいのか悩んでいる。
本来的にリコリスとは、ためらいなく銃の引き金を引ける人間なのだから。
「しかもDAに行きたがっている、か」
ミズキが顎に指を当てて考え込む。
リコリスの本部は人里離れた場所にあり、警備も厳重だ。
テロ目的でそこに潜り込む、という可能性も考えられたが、如何にも田舎から出てきたという純朴な彼女を疑いの目線で見るのは難しかった。たとえ出会いがしらに褒められたことを差し引いたとしても。
「よし、千束。明日、DAに連れてってやりなさい」
「え~? 私が~?」
「ライセンスの更新の最終日でもあるんだ。ちょうど良いだろ?」
「げ。忘れていたかった…!」
ミカと千束のやり取りに、割り込むようにたきなが言った。
「DAに行くんですか!? わたしも連れていってください!」
ミカと千束は顔を見合わせた。
失態ゆえにDAを追い出されたと信じているたきなにとって、DAへの復帰は最優先事項なのだろう。
それを承知して、敢えてミカはこう答える。
「…そうだな。千束一人では手に余るかも知れない。ぜひ同行しなさい」
「ありがとうございます!」
少しだけ嬉しそうに頭を下げるたきな。
「先生、それって…」
小声で言ってくる千束に、
「警戒するにこしたことはないだろう? まあ、あの子が本物か偽物かどちらにせよ、みちみち楠木が対応してくれるだろう。もしかしたら支部までは落とせない情報があるのかも知れない」
分からないことを悩んでも仕方ない。
図らずもそれは千束の主義と一致した。
もっともミカにとっては単なる丸投げとも言えたが。
翌日。
千束たちの姿は列車に揺られて都心から離れつつあった。
「それでわらびちゃん、しばらく東京中を歩き回っていた の?」
「んだっす。おらみたいな色のべべ着ている子はけっこうみたんですけど、千束さんみたいな赤いべべ着ている人はなかなかめっけらんなくて…」
ボックス席を三人で占領。未だ警戒心を解かないたきなをよそに、千束とわらびで盛り上がっている。
昨晩はリコリコに泊まったわらびは、住人たちにそれなりに歓迎されていた。
ミカ曰く『礼儀正しいいい子だぞ。時々何をしゃべっているかわからないが』
ミズキ曰く『あたしの美しさに気づいてくれたんだからいい子に決まってるでしょ! 時々何言ってんのかわかんないけど』
クルミ『翻訳ソフトが機能しない!?』
千束は問題なく会話をしている風で、分からない言葉の節々はニュアンスや勢いでスルーしていた。
屈託なく喋るわらび本人はお喋りが好きらしい。そしてあまり自分の訛りが強いことも意識していないようだ。
会話に交じってこようとしないたきなに話題を振るあたり、気遣いも出来る子なんじゃ? なんて千束は考えている。
「ほんに井ノ上さんの髪は綺麗だなっす」
「…どうも」
「肌も白くて、目も大きくて…口元どうしたんだっす? 怪我したんだっすか?」
「いえ、これはちょっと…」
キラキラと真っすぐした目で見られ、たきなは口元の絆創膏を押さえる。
「錦木さんの髪もキラキラしてとても綺麗っす。もしかして染めたりしているんだべか?」
「ううん、これは自毛だよ。それよか、わらびちゃんって歳幾つなの?」
「おらですか? うーんと、この間に誕生日だったから…19?」
「うっそ、マジ!?」
「あ、すいません。数えで19だはげ、17ですた、17」
申し訳なさそうに笑うわらびに、千束はホッと胸を撫でおろす。
一方のたきなはただ驚いていた。絶対に年下、少なくとも同い年くらいだと思っていたからだ。
それくらい杉菜わらびの容姿は幼く見える。
「わらびちゃんと私、タメじゃん。だったら千束で良いよ、千束って呼んで!」
「そっだな先輩さ対して生意気な口はきけねっす」
抵抗を示していたわらびだったが押し切られ、どうにか千束ちゃん呼びで落ち着く。
「んだら、井ノ上さんのことたきなちゃんって呼んでもいいべが?」
「え、ええ…」
恐る恐る風に行ってくるわらびに、たきなは適当に応じた。
どうせ自分はDAに戻るし、こんな経歴不明のリコリスともう関りあうことはあるまい。
だったら呼び方なんでどうでもいいことだ―――。
そんなたきなの予想は、間もなく盛大に引っ繰り返されることになる。