DA本部前にて。
迎えの車から三人のリコリスが降り立つ。
赤、紺、紺の制服の組み合わせは珍しくなかったが、セカンドリコリスの一人はサッチェルバッグではなく風呂敷包みを背負っている。
そんな彼女は入口の警備ゲートで止められていた。
「んだから名前は『杉菜わらび』だっす! ここの一番えらい人さ用向きあるさげ…!」
「ですが、あなたの名前は登録されておらず…」
「先生の言いつけだはげ、どうかお願いします。これこの通り!」
頭を下げられて警備員は戸惑っている。
通そうにも彼女の網膜データや全身データが存在しない。なのに、着ている制服は紛れもなく純正だ。
詳しい事情を聴こうにも、『先生の言いつけ』の一点張りではどうにも埒が開かない。
「ねえ、楠木司令を呼んであげたら?」
見兼ねた千束が助け舟を出す。
「しかし…」
「もしかしたら、楠木さんにしか分からない事情があるかもよ?」
荷物や全身スキャンで危険物を所持していないことも確認済みである。
一方的に門前払いするには判断に困り、警備員は叱責覚悟で上司経由で司令に連絡してもらうことにした。
「司令は会議で二時間ほどお戻りになりませんが…」
警備ゲートのことを放って受付に言ったたきなに受付嬢がそう告げられる。
「どうされますか?」
「待ちます!」
間髪入れず答える。
すると、ポンと千束が肩を叩く。
「わらびちゃんと一緒に待ってて上げて貰えるかな?」
正直嫌だなと思ったが、先輩リコリスの心象を少しでも良くしようとたきなは頷く。
千束が体力測定に向かい、更衣室で合流したフキと一通りのメニューを片付け休憩室で寛いでいるころ。
会議を終えた楠木は、警備部の歎願に応じて本部入口へと足を向けた。
「…見たことのない顔だな」
わらびを見た楠木の第一声。ちなみに彼女は本部のリコリスの顔を全て記憶していると言われている。
「本部で一番偉い人間、つまりは司令に言付けがあるとのことですが」
秘書官が言う。
「とりあえず会ってみよう」
楠木は答える。制服の色は違えど、千束と同じで面向かって相手をされないと気がすまないような性格を感じる。
秘書官を従えて歩けば、ゲート向うでわらびと一緒に椅子に座っていたたきなが立ち上がった。
「司令! わたしは銃取引の…!」
近づいてくるたきなを楠木は手で制する。
まずはこちらの話を聞け、順番だ。とのサインであり、リコリスはこれに絶対だ。
「………」
唇を噛んで黙り込むたきなを後に、楠木は椅子に座ったままのわらびへと視線を向けた。
きょとんとした顔のわらびだったが、慌てて立ち上がると、
「あなたがここで一番えらいお方だっすか?」
「ああ、楠木という」
「これはご丁寧に。おらは杉菜わらびと申します」
そういってわらびはモゾモゾと風呂敷を漁り、
「んだらば、これを読んでみてけらっしゃい。先生からだっす」
取り出されたのは一枚の封筒だった。
もっとも手渡そうにも二人の間は特殊強化プラスチックの壁で隔てられていた。
なので秘書が受け取りにいき、念のため封筒の中身も確認して危険がないかを調べる。
楠木は秘書から渡された封筒を見る。
宛名も何も書いていない。
中には、綺麗に折りたたまれた便箋。
広げて一瞥するなり、その顔色は見る見る変化していく。
「…司令?」
秘書が訝し気に思うまで、楠木は便箋を広げたまま硬直していた。
しかし秘書の声で我に返ると矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「千束を呼べ。そしてそこのセカンドリコリスを執務室へと連れてこさせろ」
心なしか青ざめた顔で、楠木は先ほど歎願してきたもう一人のセカンドリコリスを見る。
事態が呑み込めないでいるたきなへ向かうと、いった。
「たきな、おまえも一緒に来るんだ」
しばらくのち。
執務室には、秘書官、楠木、千束とたきな、わらびがいた。
この事態に、実は一番動揺しているのはわらびだった。彼女的には、封筒を渡しはすれど、このような部屋に呼びつけられるのは想定外だった様子。
「まず、杉菜わらびといったな。おまえの言う先生という方に対して教えてもらおう」
司令席で手を組んだ楠木が言う。
「先生は先生だども…」
ソファーのやわらかさにイマイチ腰が落ち着けられないわらびが困惑した声を出す。
「ならば、おまえの先生の名はなんというのだ?」
「ん~? 昔聞いたことあったような…? でも、先生はやっぱり先生だなっす!」
笑顔で答えて来るわらびに、楠木はこめかみを押さえている。
うわ、珍しい~、などとこの光景を喜んで眺めている千束だったが、どうして自分まで呼び出されたのかこちらもイマイチ理解していない。
「ならば私が思い出させてやろう。おまえの先生の名は
「ああ! そういえばそっだな名前だっけなっす!」
ポンと手を叩くわらびに、千束は元気よく挙手。
「はい、司令! それってどこまでが苗字でどこまでが名前?」
楠木はジロリと千束をひと睨みしただけで答えない。むしろ深々と溜息をつくと、
「阿修羅花氏はご壮健か?」
訊ねられ、わらびは悲し気に首を振った。
「去年の年末あだりだっけなっす。身体のあんばい悪くなってしまって、そんで、その時に、この封筒だば…」
「もう少し詳しくおまえの身の上を聞かせてくれ。おまえは阿修羅花氏に育てられたのか?」
「んだっす! 拾ってくれたのは権蔵ってじさまだけど、年くって育てらんねって先生さ預けたって」
「その時点で氏も相当ご高齢だったはずだが…」
「先生は元気だったすよ? 山小屋で二人て暮らしてだんだけど、熊や鹿をしぇめてきて*1良く喰わせてもらったなっす!」
喜々として語るわらびに、
「う~ん、ワイルド…」
千束は呟く。
「では、最後にもう一つだけ聞かせてくれ」
楠木は秘書官と軽いアイコンタクトを交わす。
「去年の夏、日本海方面へといったか?」
「海、ですかの?」
なんとも漠然とした質問にわらびは首を捻っていたが、
「あ~、そういえば先生の言いつけで、新潟の新発田あたりまで行ったっけなっす!」
「…そうか」
楠木が椅子に背中を持たれた。
その所作が妙に疲れてる風に見えて千束は気になる。だが、もっと気になることがあった。
「で、結局、わらびちゃんの先生の、えーとシュラバさんて何者?」
「阿修羅花、だ」
「有名な人なの?」
「最近のリコリスは知らんだろう。私たちの世代でも、知っている人間は何人いるか…」
額に手を当てて楠木は語り出す。
「戦後の混乱期の話だ。我々DAの前身たる組織に対し、解体が検討された。
時代は銃火器へと移り替わっている。女の細腕で扱うのは困難だろうとな」
そういって楠木は室内のリコリスたちを見回した。
それぞれが女性で、銃火器のエキスパートだ。
だが、今からおよそ80年も昔となれば事情は異なる。
おそらく弾薬も銃器も不足していただろう。
銃弾の補充もままならなければ射撃訓練は困難だ。
第一、銃自体の重量や精度、そして反動は、当時の体格の女性たちには扱いずらかったであろうことは容易に想像できる。
「そんな解体されそうな流れに、真っ向から逆らった若手のリーダーがいた。それが阿修羅花だ。
彼女は銃火器で武装した部下15人を率いて、男性で構成された武装一個中隊を相手に模擬訓練を行い、森に引き込んで壊滅させてみせた。彼女自身は、単身で50人以上を屠ったとも言われている」
「…それって!」
思わずソファから腰を浮かす千束に、楠木は頷く。
「そうだ。近代装備を使いこなした初めての女性エージェント。リコリスの元祖とも言える人物だろう」
「そんな人が、わらびちゃんの育ての親…?」
千束はわらびを見た。きょとんとした兎顔が見返してくる。
「
考え込む楠木だったが、ふと顔を上げた。
室内の視線を一身に集め、喋り過ぎていたことに気づいたがもう遅い。
失態だ、と内心で舌うちをする楠木を前に、千束はなぜ自分がわらびを連れてくるように命じられたのかようやく理解していた。
元祖リコリスが育てたというリコリス。
彼女の実力は分からないが、万が一のときの抑止力として呼ばれたに違いない。きっとたきなも。
「あの~…」
わらびの声に、こちらにも室内の視線が集中する。
ひゃっと小動物のように首を竦めるわらびだったが、おずおずと質問。
「その、先生の昔のことがわかったのは嬉しいんですけどもの、おらはこれからどうすれば…?」
「そうだな。とりあえず健康診断と体力測定を受けてもらいたい。身の振り方はそのあとに考えるとしよう」
楠木が目線で千束に促す。
おまえが責任を持ってエスコートをしろ、との声なきメッセージ。
分かったけどこれって貸しだからね!?
千束も無言で目で訴え返す。
楠木が席を立ち、そのまま解散という雰囲気の中で、たきなが声を張り上げた。
「あの、司令! わたしは銃取引の新情報となる写真を獲得し、提出しました。この成果ではまだDAに復帰できませんか!?」
「復帰?」
「成果を上げればわたしはDAに戻れると…」」
「そんなことを言った覚えはない」
「そんな…」
楠木の声音は、たきなの予想よりずっと冷たく響く。急遽知らされた阿修羅花の件で、楠木もやや動揺していたことも関係しているだろう。
「楠木さん!」
千束の声。
だが、たきなはもう耐えられなかった。
「…くッ!」
執務室を飛び出していくたきな。
千束は一瞬迷う。このまま楠木を問い詰めるか、たきなの後を追うか。
そんな彼女の前を小柄な影が通り過ぎた。
「たきなちゃん!」
杉菜わらびが走り出す。
たきなはDA本部内を疾駆する。
走って走って辿り着いたのはシューティングレンジだ。
ただ闇雲に走った。一人になりたかった。
なのに―――。
「たきなちゃん!」
背中に追いすがってきたのはわらび。
心配そうにこちらの正面に回ってこようとするのを、たきなは怒鳴りつけた。
「来ないで下さい!」
「だっども…」
「なんなんですかあなたは! わたしの事情なんて知らないでしょう!?」
先日あったばかりだ。
なにも知らないくせに。
何があったのかも分からないくせに!
「でも、たきなちゃんみたいなめんごい子が泣くと、おらめじょけね*2くて…」
ぼそぼそとわらびが言うが、たきなには何を言っているか理解できない。ゆえに心に響かない。
「たきなッ!」
遅れて千束が到着。
「別にDAに復帰しなくてもいいじゃない。失ってから得られるものもきっとあるって!」
「放っておいてくださいッ!」
千束の声にも怒鳴り返す。
誰にもわたしの気持ちなんて分からない。
DAに戻れないわたしには何の価値もない。
そうなったら、わたしなんか誰も―――。
歯を食いしばり、零れそうな涙を堪える。
その時、正面から近づいてくるセカンドリコリスの姿が。
「あ~、アンタが噂の味方殺しのリコリスっすか!」
挑発的な声を、たきなは無言で受け止めた。
初対面にも関わらず、更におちょくるような言葉を重ねられるも、今のたきなにはまるで響かない。
その様子に詰まらなそうな表情を浮かべ、セカンドリコリスは名乗る。
「あ、あたしの名前は乙女サクラっす! 今、フキさんのパートナーはあたしっすから!」
たきなの目に動揺が走った。
ファーストの相棒となるセカンドリコリスの後任が決まった?
なら、もう本格的にわたしがDAに戻る可能性が…!
「あんたの席はもうないっすよ?」
トドメを刺すように思いきり勝ち誇った笑みを浮かべるサクラ。
「ちょっと。黙れ小僧」
千束がその襟首を掴み上げる。
「あんた、誰っすか?」
「そいつが千束だ」
「フキ先輩!」
いつの間にか春川フキが立っていた。腕組みをしてこちらを睥睨している。
「へ~、こいつが電波塔の…」
しみじみとサクラが千束を見ている横を、たきなは通り過ぎる。
フキの前に行くと、震える声を出す。
「わたしは…」
震える手をフキへ伸ばす。跳ね除けられた。
「ぶん殴られてもまだ懲りてねえのか? もう、おまえはDAには必要ないんだよ。なんなら今から模擬戦でもして思い知らせて…」
フキがその台詞を言い終えることはなかった。
すぐ目前の彼女より小柄な影。
おかっぱ頭の少女の両手がギリギリとフキの胸元を掴み上げている。
「な、なんだぁ!?」
フキが掛け値のない驚きの声を上げる。
「おめえがたきなちゃんをぶん殴ったんだがす!?」
「お、おう?」
「顔は女子の命だっす! それば殴って一生ものの傷でも出来だらどうすんだ!? おどげでねえぞ*3!?」
「お、おまえも女だろうが!」
「おらみたいなへちゃむくれの顔だば何ぼでも殴らっしゃい! んだどもたきなちゃんの綺麗な顔ば殴るだ、おら絶対に勘弁ならねぇ!!」
「うるせえ! 何いってんだが全然わかんねえよ! せめて日本語でしゃべれ!」
「このへな*4…!!」
「ちょ、ちょっと落ち着こうよわらびちゃん!?」
「フキ先輩も落ち着いてくださいって!」
もはや取っ組み合いに発展しそうな勢いの二人に、慌てて割って入る千束とサクラ。
両名がそれぞれを抱きかかえる中で、わらびはピスピスと鼻を鳴らす。
「いま模擬戦っていったべ!? なら、模擬戦でいっちょお仕置きしてやっからよ!」
人畜無害と思われた少女は激怒していた。
その豹変っぷりに千束がドン引きするも、振り返ってくる顔は無邪気そのもの。
「そういうわけだもんで千束ちゃん。模擬戦でケジメつけるってのはどうだべ?」
「お、うん」
目を白黒させる千束から解放されると、わらびは立ち尽くすたきなの前へと足を運んだ。
フキに振り払われた格好のまま硬直していたたきなだったが、そっとその手を小さな手で包まれる。
「たきなちゃんの替わりに、おらがあのへなどもばとっちめてやるからの!」
「あ、たきなも参加しようよ」
ひょいとわらびの肩越しに言ってくる千束。
杉菜わらびは破顔した。
「たきなちゃんも混ざるんだが? んだらば、殴らったおかえしばガツンとしてやらねどな!」
相変わらず言っている言葉は半分も理解できなかったが、しかしその底抜けに陽性の声はたきなをして頷かせてしまう不思議な魅力があった。
「でも、相手も女子だはげ、顔ば殴るのは勘弁してやっべよ」