いなかっぺリコリス   作:とりなんこつ

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第四話 山童パンツ

 

 模擬戦が行われる訓練フィールドを見下ろす窓には、多くのリコリスたちが集まっていた。

 

「あれが電波塔の?」

「相棒対決だって!」

 

 いかにマーダーライセンスを所持するエージェントといえど、本質は年頃の女の子たちだ。実に姦しい。

 そんな彼女たちが見下ろすそこには、ファーストリコリスとセカンドリコリスが二組のペアを作っている。

 

「…あれ?」

 

 セカンドリコリスの片割れを見て、エリカは首を捻る。自分のバディであるヒバナに言われて観戦に来たのだが、紺色の制服を着ているのはたきなじゃない。

 

「…あの子、誰?」

 

 エリカの疑問は、そのまま周囲のリコリスたちにも伝播していく。

 誰もが、今日初めてDAを訪れた、杉菜わらびという少女を知るはずもなく。

 

 訓練フィールド内の、もう一人のセカンドリコリスであるサクラが呟く。

 

「マジっスか、あれ…」

 

 彼女の視線の先。

 わらびの両手には銃ではなく、二つの山刀(マチェット)が握られていた。

 ついで、彼女が裸足なことにも半ば呆れている。

 

 リコリスたちの履くローファーは特別性で、爪先にプレートを仕込むことで殺傷力を加え、厚いソールは刃物を通さずある程度の耐衝撃性能もある。

 それでいて運動を妨げないように極限まで軽量化されているそれを脱ぐ意味が理解できないのだ。

 

「…本当にそれでいいの、わらびちゃん?」

 

 疑問に思ったのは、急遽バディを組むことになった千束も同じらしい。

 

「さすけえねえっす*1! これくらいしか使い慣れた武器はなかったさげ!」

 

 マチェットをしごきながらわらびは笑った。

 

「そ、そう…」

 

 珍しく千束の笑顔が引き攣っている。

 DA本部であるから、訓練用としても実に多種多様な武器が揃えられているのだが。

 もちろん各種ナイフもあって全て刃先はゴム製だ。けれど当たれば痣が出来るくらいには痛い。

 

「本当は鉈の方がいがった*2んですけどもの」

 

 実際の鉈は薪を割れるほど刃先が分厚い。比べてマチェットはブレードがスリムである。

 

 

『それでは模擬戦を始めるぞ。双方、準備はいいか?』

 

 天井のコントロールルームから楠木の声。

 

「はいはい、OK~♪」

 

 千束とわらび。

 フキとサクラ。

 

 それぞれが背中を向けて距離を置く。

 

 

『―――訓練開始!』

 

 

 号令を合図に、まずは千束とフキのファーストリコリスたちがぶつかり合う。

 それを横目にサクラが銃を構えて走った。

 

「あんたの相手はあたしっス!」

 

 マチェットを持ったちびっこいセカンドリコリスの後を追い、T字路を曲がってサクラは衝撃を受ける。

 

「うわっと!?」 

 

 辛うじて頭を下げた頭部の先端を掠めるマチェット。頭髪は数本宙に舞う。

 そのまま通路の反対方向へ走るわらび目掛けて、

 

「このッ!」

 

 すかさず態勢を整えて銃を向けるが、その素早さにサクラは目を向く。

 

「ゴキブリッスかッ」

 

 吐き捨てるように引鉄を引くも、彼女が通り過ぎた床にペイント弾が命中するだけ。

 相棒であるフキを見慣れているサクラにしても、異常過ぎるスピードだ。

 

 だけではない。

 

 廊下の壁を蹴って、わらびは軌道変更も行う。

 跳躍力も尋常ではなく、天井を蹴って飛んで来るあまりの身軽さは、さながら四次元殺法の如し。

 

「猿じゃねえかッ!」

 

 大慌ててサクラは通路を後退。

 もちろんリコリスは近接戦闘も習熟しているが、メインアームである銃を失った次点での話。

 銃を使っていて近接武器のみの相手に遅れを取るなど、セカンドとしてあってはならない。

 

「…ここなら!」

 

 サクラが後退したのは通路を抜けた先の開けた広場。

 二階区画へ上るための剥き出しの屋外階段があり、吹晒しのような構造になっている。

 

 ここなら左右上下ともに壁に阻まれてないので、相手の機動力も封じることが出来る。

 

「さあ、こいっス!」

 

 振り返った先に、姿勢を低くしたわらびが迫る。

 まるで弾丸のように突っ込んでくる相手に、サクラは敢えて前に踏み込んで体当たり。

 八極拳の靠撃を意識した肩からの思い切った突撃は、わらびのマチェットの間合いの内側へと潜り込み、彼女の身体を弾き飛ばす。

 

「よしッ!」

 

 いくら身体を鍛えても、体重の差だけはどうしようもない。 

 世間のスポーツが厳しく階級わけされてる所以だ。

 

 サクラの手応え通り、わらびを大きく後方へ吹き飛ばすことに成功。

 ギリギリで二階まで届かない距離だ。あとは着地するしかない。

 着地地点に狙いを定め、銃を構えるサクラだったが、わらびは落ちてこなかった。

 彼女は、足の指で、二階のフロアの細い鉄でできた手すりにぶら下がっていたのだ。

 

「なかなかやるなっす!」

 

 マチェットを両手に、逆さまに海老ぞりになりながらわらびは笑う。

 

 そんな彼女もセカンドリコリスの制服を着ている以上、重力には逆らえない。

 比較的長めの制服の裾は見事に捲れ上がり―――真っ白な下着が露わになる。

 

  

「―――え?」

 

 これにはフキとやり合っていた千束も思わず立ち止まってしまう。

 フキだって銃を下げて、呆然とわらびを注視していた。

 

 なぜなら、彼女の白い下着は、見事なまでのちょうちんタイプ。

 言うなれば、ジ〇リ映画のヒロインがよく履いているあれだ。

 当然、色気などは皆無である。

 

「ど、どこで売っているんスか、それ!?」

 

 サクラの場違いな叫び声からも、いかに彼女が錯乱していたか知れよう。

 

 一方のわらびは、爪先に力を込めて膝を曲げて身体を引き寄せ、そのまま手すりの上にしゃがむ格好に。細い手足から信じられないような筋力だ。

 

「んだらばいくっすよ!」

 

 手すりからわらびが飛ぶ。

 文字通り飛燕のような一撃は一瞬で距離を詰め、獲物を睨う隼のようにサクラの手の銃を弾き飛ばす。

 無防備になったサクラは目前でにたりと笑うわらびに「ひッ!」と喉を引きつらせる。

 すると、またもや小さなリコリスの姿が視界から消えた。

 次の瞬間、すぱーん! と小気味のよい音が木霊する。

 

「あいたーッ!?」

 

 サクラのあられもない悲鳴。

 

「ほら、もういっちょ!」

 

 わらびは、水平にしたマチェットでさらにサクラの尻を叩く。

 

「ちょ、やめ!」

「おしおきだべ~!!」

 

 逃げるサクラのあとを、わらびの追撃は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 たきなは控室の椅子に座り、俯いていた。

 既に装填された銃を持ち、アイシールドも装着している。

 今すぐにでも模擬戦会場へと出撃できる姿にも関わらず、たきなは動かない。

 

 じっと手元に視線を落とす。

 

 楠木の否定。

 サクラの嘲笑。

 フキの拒絶。

 

 全てが彼女の存在意義を揺さぶっている。

 

 DAでリコリスとして活動できないわたしに、価値なんて―――。

 

 思い詰めるだに顔から血の気が引き、涙が零れそうになる。

 

 けれど。

 

 

 

 錦木千束。

 

 あの人は、わたしのことを心配して怒ってくれたな…。

 

 

 

 杉菜わらび。

 

 わたしのことを可愛いっていってくれて、凄い剣幕でフキさんに掴みかかって…。

 

 

 じっとたきなは手を見つめる。

 全てをなくしたと思っていても。

 手に感じた温もりだけは、まだ確かにここにある。

 

 たきなはすくっと席を立つ。

 大股で、模擬戦の行われているフィールドへと向かった。

 

 □□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして模擬戦の行われているフィールドでは、はなはだシュールな光景が展開されていた。

 

「ひーッ! もう勘弁っス!」

 

 悲鳴を上げて逃げ回るサクラ。

 それを延々と追いかけ回すわらび。

 

 観戦するリコリスたちが言葉を失っているのは、傍目にも二人の力量差が隔絶していたから。

 サクラとて伊達にセカンドリコリスになったわけではない。

 そんなサクラが、ここまで一方的に防戦につぐ逃走に晒されているのは、彼女の技量を知る同僚たちにとって笑うに笑えない事態だったのである。

 

 そんな追いかけっこに、ようやく水が差された。

 

「…こンの山猿がッ!」

 

 千束との戦闘を放棄し、フキが駆けつける。

 サクラを逃がして庇うように放たれるペイント弾。

 マチェットで弾き返し、わらびも吠える。

 

「てしょずらしい*3!」

 

 ―――アイツはどうせあくまでこの模擬戦を『遊び』と捉えているだろう?

 フキの目論見通り、千束は観戦に回り援護はしてこない。

 かくして事態はフキとわらびの一騎打ちの様相を呈してくる。

 

「そこだッ!」

 

 フキの銃から放たれるペイント弾がわらびを掠めた。

 素早さで拮抗できるフキであるから、サクラの轍は踏まない。

 加えて射撃の技量もサクラより上なので、わらびの四次元軌道にも対処は可能であった。

 洞察力こそ千束には劣るが、わらびの移動先を見越した予測射撃で反撃出来る。

 

 ペイント弾がマチェットの握り手を狙った。

 弾き返すのも間に合わず、迷わずわらびはマチェットを放棄する。

 半瞬遅れて狙いはたがわずマチェットの柄は緑色に染まった。

 

「あんりゃ。なかなかじょんだ*4なっす」

 

 一刀だけになったマチェットを構えて、わらびは驚きの表情を浮かべた。

 

「ふん! ぽっと出のかっぺにやられるほど、ランクファーストは安くねえんだよ!」

 

 油断なく銃を突きつけ怒鳴るフキは、『フキ、それ死亡フラグ…』と呟いた千束に気づくはずもなく。 

 

「んだらば、勝負だべッ!」

 

 わらびが叫ぶ。

 同時に投擲されるマチェット。

 

 無手になるわらびに、フキは油断しない。

 勝敗条件はペイント弾の被弾に加え、ナイフアタックとグラップルもあり。

 

 マチェットを躱す。

 ほぼ同時にこちらへ走ってくるわらびに、フキは勝利の笑みを浮かべて身体を低くする。

 地面を這うように低く、低く。

 相手の目視出来ないほどの低位置からの鋭く早い攻撃が、フキの持ち味にして必勝パターン。

 

 しかし。

 

「!?」

 

 フキは目を剥く。

 走ってくるわらびは、こちらより低く、速い!?

 

 そこでようやくフキは相手が裸足であることのメリットに気づく。

 靴を履いている場合と素足では、爪先の可動範囲が違うのだ。

 そこに、自重を鉄棒にぶら下がって支えられるほどのわらびの脚力が加わったとき―――。

 

「ぐはッ!」

 

 もはや地面すれすれの位置を疾駆するわらびの肩からの体当たり。

 先ほどサクラが見せた靠撃のような一撃に顎を撃たれ、フキの意識が一瞬飛ぶ。

 気づいた時には、腕を固められ、うつ伏せに床に組み伏せられる格好に。

 

 これで勝負あり、なのだが。

 

「うわああああああああッ!」

 

 たきなが叫びながら走ってくる。

 

「ほれ、たきなちゃん、仕返しだべ!」

 

 わらびの声に促され、勢いそのままにたきなの手が翻る。

 

「え、え~い!!」

 

 すぱーん! と、実に小気味の良い音がフキのお尻に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DAからの帰りの電車の中。

 行きと同じでボックス席を占領した三人だったが、千束はおそるおそる対面の黒髪のセカンドリコリスへと話しかける。

 

「え、え~と、たきな。飴食べる?」

 

 しかし、顔を両手で覆って伏せたまま、たきなは反応しようとしない。

 そしてその隣では、わらびは「あ~、おら、こんなうまい飴、くったことないっす!」と暢気にカラコロ飴を頬張っている。

 

 これが天国と地獄か。

 千束は一人呟く。

 

 模擬戦の結果としては、大勝利。

 杉菜わらびという野性のリコリスの存在は、他のリコリスたちにも周知された。

 しかし、この結末はたきなにとって…。

 

「ほ、ほら! 元気だしてよ、たきな! 楠木さんに、たきながDAへ戻れるように条件も取り付けてきたから!」

 

 見兼ねた千束が切り札を切る。

 杉菜わらびの処遇について、楠木は千束に直々に依頼していた。

 

『とりあえずリコリコで面倒を見てくれ』

『…分かった。その替わりといっちゃなんだけど、たきなをDAに復帰させくれない?』

『前向きに検討しよう』

 

 官僚答弁だけど、言質は取れたと思う

 DA復帰はたきなの悲願だ。これで少しでも機嫌は良くなるはず…。

 

「わたしは、どんな顔してDAに戻ればいいんですか!?」

 

 両手から顔を上げ、たきなは叫ぶ。

 

「元相棒のフキさんの、ランクファーストのお尻をみんなの前で思い切り引っ叩いちゃうなんて…!!」

 

 しかも一発では済まなかった。おまけに叩いているうちに、「あ、少し気持ちいいかも」なんて思ったことは口が裂けても言えない。

 

「う~ん…」

 

 千束は腕を組む。

 ここでさすがに自業自得じゃないの? なんて突き放せるほど無慈悲じゃあない。

 

 そんな中、今回の件の立役者であるわらびはと言うと、ひたすらニコニコしている。

 

「いや~、なかなか面白かったなっす」

 

 あまりにも能天気な様子に、現在のDA本部でもトップクラスのファーストセカンドリコリスのバディを一人で翻弄した片鱗もうかがえない。

 

 結果として、落ち込むたきな、悩む千束、喜ぶわらびという、良く言えば三者三様、悪く言えばカオスな光景が現出していた。

 

 不意に、千束のスマホが着信のメロディを奏でる。

 

「ん?」 

 

 通話アプリを展開すればリコリコからの通知だった。添付された写真と、ボードゲームへの参加を促すメッセージが。

 

「おお! そういや今日はボドゲ大会か!」

 

 千束は努めて明るい声を出す。

 するとわらびが注意を向けた。

 

「ぼどげ?」

「ボードゲーム…つまり、机の上でするゲームだね。将棋とか」

「ああ、なるほど」

「わらびちゃんは、どう? したことある?」

「あるども、おら、花札とか…」

「花札? コイコイとかオイチョカブとか?」

「そうそう。よく先生の相手をしたなっす」

「へー、じゃあ他には?」

「うーんと…手本引き?」

「手本引き?」

 

 初耳の単語に、すかさず千束はスマホで検索。

 

「…渋ッ!」

 

 唸る千束を前に、わらびはたきなへと話しかける。

 

「もしかして、おら、いらしくねえ*5ことしてしまったけかの?」

 

 顔を伏せたままのたきながビクっと震える。

 

「だったら申し訳ねえっす。んだども、おら、たきなちゃんを馬鹿にしたあいつらのこと許せなくて…」

「………」

 

 しょんぼりとするわらびに、たきなとて分かっているのだ。

 イマイチ喋っている意味は分からないけれど、わらびの行動はきっと自分を思い遣ってのこと。

 やり方に多少問題があり、やり過ぎたことは自分に問題があった話。

 

 だいたい励されたわたしが、励ましてくれた彼女を悲しませるなんて…。

 

 たきなは再び顔を上げる。

 それからグシグシと顔の涙を拭った。

 

「たきなちゃん…」

「たきな、でいいですよ」

「え?」

 

 戸惑った顔をするわらび。

 その手を握って、たきなの浮かべた笑顔はぎこちない。

 それから、珍しく上擦った声で言う。

 

「替わりに、わらびって呼んでもいいですか…?」

 

 わらびの顔がぱーっと華やいだ。

 

「わかったっす! こっちこそ改めてよろしくだば、たきなちゃん!」

「たきな、ですって」

 

 二人の様子に、千束は一瞬呆気に取られたが、それからたちまちニマニマとした笑顔になる。

 

「はい、はいはーい! 私のことも千束って呼んでほしいな!」

 

 すると、たきなはぎこちない笑顔を張り付けたまま千束の方を向くと言った。

 

「わたしもボドゲ会に参加しますので、連絡をお願いしますね、千束さん」

 

「ええ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、リコリコで行われたコイコイ総当たり戦で、わらびは全勝した模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
さすけえねえっす=問題ない

*2
良かった

*3
邪魔。鬱陶しい。つまりはウザい

*4
上手

*5
腹が立つ。可愛げのない

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