たきなとわらびがお使いを済ませてリコリコに戻ってくる。
閉店後のドアを開けようと手を伸ばしたところで、中から千束の絶叫が。
「どうしたんですか?」
ドアをくぐってたきなが目を見張れば、座敷で千束がヘッドマウントディスプレイを外して地団太を踏んでいた。
「き~! 悔しいぃい!!」
千束の前には小型のモニターとゲーム機が。いま流行りのVRというやつである。
「それはなんですかの?」
首を捻るわらびの肩を掴まえ、千束はディスプレイを装着してやる。
「わ、わ、わ! なんだべこれ~!」
面白いまでに狼狽えるわらびに千束はご満悦。
口で説明するより実際に体験させた方がよほど早い。たちまち千鳥足になるわらびはきっと3D酔いでもしたのだろう。
小さな顔からディスプレイを外してあげて、たきなへと移動装着。
「…これは?」
「おねがい、たきな! これで私の仇を取って!」
「え? え?」
困惑するたきなに、シューティングコントローラーを渡す。
目前のディスプレイの中に表情される仮想現実に一瞬呆気に取られたたきなだったが、表示される銃やパラメーターにたちまち要諦を見抜く。
鋭いフットワークで左右に動き、仮想世界の弾丸を躱す。
すかさず反撃を繰り出しつつ、その場で華麗なバク転を披露。
「うわっとっと!?」
慌ててテーブルを抱えるように千束は座敷の端に避難。
その過程で、たきなのスカートの中身を目の当たりにすることに。
驚愕の表情を浮かべる千束を横に、モニターに表示される『YOU WIN!』の文字。
ヘッドマウントディスプレイを跳ね上げ、ふう、と息を漏らすたきなは、ネットを介して対戦した相手が、かつての相棒であるファーストリコリスなことを知らない。
そしてそのファーストリコリスはゲーム機を前に、あらたな相棒であるセカンドリコリスと二人ならんで椅子に痔主用の座布団を敷いていることなど知りようもなかった。
ゲーム機を箱に入れて押し入れに片付けているクルミに千束は深刻そうな表情で訊ねる。
「ねえ、クルミ。たきなのパンツってみたことある?」
「あるわけないだろ」
などと温度差のあるやり取りを交わしたあと。
何かを決意したように千束は座っていた椅子から立ち上がった。
足早に向かったのは更衣室。
そこでは、今まさにたきなが着替えようと制服の上着に手を掛けているところで。
「…なんですか?」
千束に勢いよくスカートを捲られても、たきなは動じなかった。
履かれている紺色のトランクスに、千束は先ほど自分が目にした光景は間違いじゃなかったと確認している。
「―――事情を詳しく訊かせてもらいましょうか!」
カウンターでミカに千束が詰め寄ったのは、たきながトランクスを履いているのは店主の指定によるものだと語ったから。
「仕事用の制服はこちらで用意するから、下着はそちらで準備しろとは言ったが」
顎を撫でながらミカは語る。ついで、カウンター席にちょこんと腰を下ろしているわらびを見やる。
「わらびの制服は、まもなく注文から仕上がってくるからな」
「ありがとうございます! おら、楽しみで楽しみで~」
喫茶リコリコにあらたな従業員が加わる。それ自体は素晴らしいことだが、今の主題はそれじゃない。
「これは、履いてみると意外と快適で…」
きょとんとした顔で言ってくるたきなに、千束は天を仰ぐ。
「そうじゃない! もう、たきな、明日12時、駅に集合ね!」
勢いそのままに言い捨てて店のドアに手をかけようとした千束だったが、そこで急停止。
「そうだ! わらびちゃんも明日、12時に集合だよ!」
「へ?」
驚くわらび。
「仕事ですか(だべか)?」
たきなとわらびの声がハモる。
「ちゃうわ! パンツ買いにいくの! パ・ン・ツ!」
それからドアをくぐったが、上半身だけ戻ってくると釘を刺す。
「いい? 二人とも制服じゃなくて、私服だよ、私服!」
言われた二人はそろって顔を見合わせた。
千束が嵐のように立ち去ったあと。
「指定の私服ってありますか?」
たきなはミカへと尋ねている。
「替えのパンツならしこだま持ってきてるんだども…」
わらびは戸惑っている。
「う~む…」
ミカは唸るしかなかった。
そして、待ち合わせ当日。
手持ち無沙汰でスマホを弄る千束の前に、まずはたきなが現れた。
「お待たせしました」
「お、おおお、新鮮だな~」
スマホ片手に千束は固まる。
ジャージパンツにTシャツ姿のたきなは、普段のリコリスの制服に比して確かに新鮮だった。
反面、日々女子力の向上に余念がないミズキなどが見たら、怒髪天を衝きそうなほどの野暮ったさ。
「―――貴様、銃を持ってきたな?」
しかも任務でもないのにサッチェルバックまで背負っている。
抜くんじゃねえぞ、と笑顔で釘を刺してから、千束は視線を巡らす。
たきなは来たけれど、もう一人の待ち人であるわらびの姿は…?
「!?」
それを視界に入れた途端、千束はわが目を目を疑った。
続いて、見ている光景から全力で顔を背けたくなった。
しかし、その光景の中心たる人物が、こちらに笑顔で手を振って近づいてくるのを無視するわけにもいかず。
「すんまぜん~、おら、がらがら*1来たんだども…!」
「お、おはようわらびちゃん!」
千束の声が甲高く裏返った。
その隣で、さすがのたきなも口をあんぐりと開けている。
わらびはモンペにゴム長靴を履いていた。
その上に割烹着とゴム手袋をはめ、頭には手拭いを巻いて、かぶっているのはドでかい黄色のサンバイザー。
「? おら、変な格好してるべが」
「へ、変というか独特…?」
千束はカエルを丸のみしてしまったような表情で精一杯言葉を選ぶ。
「んだども、おらの地元だと、農協さ買い物いって、かえりに野良仕事するのが普通ださげ…」
「農協…?」
たきなは首を捻っている。
そんな彼女らの周囲には、いつの間にか通行人が足を止めていた。
失笑が漏れていて、なんならこちらに向けてスマホのカメラを構える人もいる。
「と、とりあえずお店に行こ! ね?」
たきなとわらびの手をそれぞれ掴み、千束は一番近くへのブティックへと逃げ来んだ。
「へ~! いいじゃんいいじゃん!」
試着室で着替えたたきなに、千束は賞賛を惜しまない。
相変わらず無愛想な表情を浮かべているが、黒髪も艶やかなたきなの造詣は間違いなく美少女である。
「それじゃ、こっちも着てみて!」
「はあ…」
次に渡したのはオープンショルダーのフェミニンなブラウスとチェックのスカート。
たきなが着替えてカーテンを開くなり、
「おほ~、すっごく可愛いよ! ねえ、写真とっていい?」
返事もまたずパシャパシャとスマホのシャッター音を響かせる千束に、たきなの表情はますます憮然としたものになっていく。
「あの~…」
隣の試着室から遠慮がちの声。
「あ、わらびちゃんも着替え終わった?」
千束の声に促されるように、おずおずとカーテンが開く。
そこから現れた姿に、千束もたきなも一瞬言葉を失う。
すらりと伸びた手足に、花柄の細身のシルエットのノースリーブのワンピース。
華奢とすら思わせる全身を震わせ、上目遣いのおかっぱ頭でこちらを見てくる幼さの残る顔は、非常に保護欲をそそられる。
…うーん、こっちも逸材かも。
内心で驚く千束。
たきなの表情もぱっと華やぐ。
「可愛いいですよ、わらび!」
「ん、んだべか…?」
わらびは全身を見下ろして、
「おら、こんな肩がスース―するの着るの初めてで…」
「い、いやいやいや! とっても似合っているって!」
千束は手放しで賞賛を惜しまない。
「だっども…」
わらびの表情が翳る。それから彼女はまたおそるおそるの上目遣いで言った。
「このかっこ、まるでワカメちゃんでねえが…?」
「!?」
千束は咄嗟に口を両手で覆う。
たきなは全力で横を向き、唇をきつく噛みしめる。
短めの丈のスカートから例の白いかぼちゃパンツが覗く格好は、まさに日曜の国民的アニメに出て来る登場人物そのままである。
「そッ、そッ、そんなことないと思いますよッ?」
たきなの口からキッレキレのスタッカートの効いた言葉。
「そ、それよりその下着だよ! ちょっと子供っぽいっていうか!」
千束は気合で表情筋を制御しながら指さす。
「…ん?」
ふと思い当たることがあり、千束はわらびへと近づく。
「ちょいと失礼」
ワンピースの胸元へ指を入れ、手前に引っ張る。
そこから現れた光景に、千束は天を仰いでいた。
「OH~、サ・ラ・シ…」
「え? ブラは?」
たきなも覗き込む中、当のわらびはきょとんとしている。
「ブラってなんですかの?」
「あ~! 次の目的地行くよ! ってかそれが本命だった!」
たきなとワカメちゃんのコスプレをしたわらびを引き連れ、千束はランジェリーショップへと突撃。
「どう、好きなのあった?」
「好きなのといわれても…」
「うひゃ~、ヒラヒラピカピカで目がチカチカするっす!」
ある意味好対照の反応をする後輩リコリスの二人に、千束は胸を張る。
「そもそもトランクスもかぼちゃパンツも人に見せられるものじゃないでしょー?」
「下着って人に見せるものなんですか?」
「いざって時困るでしょー?」
「いざって時ってどんな時です?」
「そりゃ…」
赤面して口ごもる千束。
そこに珍しくわらびが口を挟んできた。
「ありゃ、たきなちゃんは知らないだが?」
「わらびは知っているんですか?」
「昔から人は命がけの合戦だば挑むとき、新しい下着を身に着けるのが習わしだって先生がいってだっす。んだべ、千束ちゃん?」
これまた珍しくドヤ顔のような表情を見せるわらびに、千束は冷めた表情で答える。
「言っていることは分からんこともないけど、知るかッ! …とッ」
たきなに腕を掴まれる。そのまま試着室へと連れ込まれた。
「な、なに?」
「千束さんのを見せてください」
「え? え?」
「見られて大丈夫なパンツかどうか知りたいんです」
「うひぇ!? …え? ええ~…」
「早く!」
迫られ、自身のベルトを外し、ズボンを降ろす千束。
露わになった下着に、しゃがんだ格好でたきなはじーっと視線を注ぐ。
「これがわたしに似合うっていうと違いますよね?」
その横で、わらびも神妙な表情を浮かべていた。
「こっだなおへそまで出して寒くないんだが? へなべら*2は腹ば冷やすとんまぐね*3と先生も言ってだげども…」
千束は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「二人ともその通りだよ! なんで下着見せた私ぃッ!」
その後、複数のショーツにわらびのブラも購入する。
その際、サラシの下から現れた胸は、たきなより大きいことが判明したり。
そんな乙女の諸々を購入していざ会計の時。
「そういやわらびちゃん、カードってもう作ったっけ?」
リコリス用のスマホは既にわらびに渡されていた。電子決済アプリと活動資金がチャージしてある一方、プライベートのキャッシュカードや現金を所持しているのかどうか千束は気にしている。
「ミカ先生に教えてもらっだとも、どうもおら良くわがらねぐて…」
どうやらわらびはミカのことをミカ先生と呼ぶことで、自身の先生と区別しているらしい。
それはともかく、彼女が懐から取り出したものに千束か軽く驚く。
いまや若者の大半が所持していないであろう古典的財布―――いわゆるガマグチ財布というやつである。
「んだども、お小遣いはしっかりと先生から頂いてきましたからの!」
自信満々でわらびはお会計場へと。
告げられた金額は、福沢諭吉翁が数枚分、
「こんでお願いします」
ガマグチから彼女が取り出したのは一枚の硬貨。
丸めた高額紙幣でも出て来ると思っていた千束は、笑いながらそれじゃ足りないよ、わらびちゃん、と声を掛けようとして固まってしまった。
「わ、わらびちゃん、これって…!?」
「え? ひょっとして足りないべが?」
不安そうな顔つきになるわらびの頬に、金色の光が反射する。
彼女が財布から出したのは金貨だった。
それも、
「天皇陛下即位記念の金貨じゃない!」
千束が驚きの声を上げたのもむべなるかな。
DAの源流が古来からの政府組織であることは語るまでもないが、現代に至っても国体と国防の意味と意義を語る上で、かの現人神の系譜の話は欠かせない。
当然、リコリスにもその存在と威容は徹底的に教え込まれている。
彼女らの寮に、元宮内庁の料理人が任官されていることも無関係ではないのだ。
「先生は問題なく使えるっていってだども…」
「そりゃ問題なく使えるよ! でも、そうじゃなくて…!」
熱烈な尊崇の念まで抱いていないが、千束はその金貨の価値が理解出来てしまう。
確かに市井で利用できる一方、額面以上の価値がその硬貨に存在するはずだ。
「いい、わらびちゃん? いまや金は値上がりしていてね?」
「お金には替わりねえんだべ? んだらば…」
「だからそれじゃ勿体ないんだってば! …ええーい! ここは私がカードで支払います!」
「ほっだな、そこまで千束ちゃんさ甘えらんねべ! ここはおらが絶対に払うはげ」
「いや、だからね!?」
さわぐ二人を横に、たきなはそっとわらびのガマグチを覗き込む。
中では同じ10万円金貨が数枚煌めいていた。