いなかっぺリコリス   作:とりなんこつ

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第六話 サカナもウオもウオのうち

 

 

 

「フランボワーズ&ギリシャヨーグルト・リコッタダッチベイビーケークを一つと、ホールグレイン・ハニーコームバター with ジンジャーシロップを一つ、それと季節のフルーツ全部盛りに十勝餡&北海道フレッシュクリーム添えで良かったかな、わらびちゃん?」

 

 下着専門店で会計を終えたあと。

 たきなとわらびは連れていかれたのは、千束御用達のスイーツ店だった。

 

「なんだか読経みたいだべ…」

 

 千束の流れるような注文を耳にしてわらびが呟く。

 

 椅子に座る彼女はどこかソワソワと落ち着かない様子。

 ノースリーブのワンピースを着るなど初めての体験である。

 例のかぼちゃパンツもシンプルなショーツ一枚へと履き替えており、これほど薄着で人前に出るなど、この田舎育ちのリコリスの経験にはなかった。

 加えて、街中のオープンカフェというものも初体験。お洒落な家具や道行く人々に、自身が場違いなところにいるんじゃ? という不安を拭えないでいる。

 

「名前からしてカロリーが高そうですね」

 

 やや溜息交じりのたきな。

 リコリスとして最高のパフォーマンスを維持するために節制を課している彼女としては、栄養過多の食事などあまり口にしたくないところ。

 

「まーまー。女子は甘いものに貪欲で良いのだ。それに、わらびちゃんもこんな店にくるのは初めてじゃないの?」

 

 ニシシと笑う千束に、わらびは背筋を伸ばして答える。

 

「んだっす! リコリコもハイカラだども、こげなお洒落な店さくるだば、一生の思い出になるっす!」

「んな大袈裟な…」

 

 千束は笑い、たきなもつられて微笑む。

 

「わらびちゃんは、普段はどんなスイーツを食べているの?」

「すいーつ? 」

「甘いもの全般だけど、この場合の意味としてはお菓子かな」

「ああ…」

 

 千束の問いかけに、わらびはポシェットから小さな瓶を取り出す。ちなみにこのポシェットも、ワンピースとともに支払いは千束持ちだ。

 

「これ、金平糖?」

「んだっす! 先生が、東京さいく道中のおやつだってくれました!」

「いや、うーん、間違いではないけれど、手作りのお菓子とかさあ」

「手作りだば、わらび餅ですかの。あとは千本松のみたらし団子?」

「ということは、わらびちゃんは和菓子党かー」

 

 リコリコで出されるスイーツも和菓子類が多い。

 わらびがミカを先生と呼んでいる理由に、餌付けされた意味もきっとあるのだろう。

 

 そんな三人の前に、注文した品が運ばれてきた。

 

「うひぇ~!!」

 

 さっそく驚きの声を上げるわらびのリアクションは、清々しいまでに千束の想定通り。

 

「こ、これなんだべ? まるで宝石が載っているみたいだべ!」

「まーまー! とりあえず食べてみて! 千束さんのおススメだよ!」

「んだらば…」

 

 おそるおそる果物ごとスプーンで頬張って、わらびの頬はリスのように膨らむ。

 興奮に鼻をピスピスさせ目を輝かせる様子に、たきなも「糖質の塊ですね」などと水を差すのはさすがに憚られた。

 

「おら、こっだなうまいもの食ったことないっす!」

 

 ワシワシとスプーンを動かす様子を、むしろたきなは微笑ましいものを見るように見守った。

 正面を見れば、千束も自分のケーキを切り分けている。

 口に入れるなり無邪気な笑みを浮かべる様子は、わらびにそっくりだとたきなは思う。

 

 そんな千束の背後から困惑した声。

 見れば外国人らしきカップルはメニュー表片手に頭を悩ませている。

 気づいた千束はフォークとナイフを置いて立ち上がる。

 そのまま後ろの座席に行くと満面の笑みを浮かべて問い掛けた。

 

Je peux vous aider?(何かお困りですか?)

 

 そんな千束の対応を見て、わらびは頬っぺたにクリームをつけたまま感心の声。

 

「ほえ~、千束ちゃんってフランス語も話せるだが? たいしたもんだべ~」

 

 すると、なぜかたきなはむっとして、

 

「わたしだって話せますよ!」

「たきなちゃんもさすがだな~。おら、先生からしか教わらなかったはげ…」

 

 わらびの賞賛は、今日も変わらず真っすぐにたきなの心を打つ。

 この年上のリコリスほど言動が一致している人間をたきなは知らない。

 

 なぜか照れ臭さくなり頬が熱くなる。

 誤魔化すようにたきなも自分のパンケーキを一口。

 

「…美味しい」

 

 芳醇でこってりとした甘さは、寮で良く食べていたかりんとうとはまた違う美味しさだ。

 

 頬を風が撫で、たきなは空を見上げる。

 良く晴れた空に、日差しも暖かい。

 

 こんな風に空を見上げたのはいつぶりだろう? それに悪くない。

 

 満ち足りた気持ちを抱えるたきなの前に戻ってきた千束が言う。

 

「食べたらいいところに行きま~す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっしえええええ!? みたことねえ魚がしこたま…!」

 

 大声を上げるわらび。

 

「へっへ~、キレイでしょ、ここ?」

 

 満面の笑みで答える千束は、わらびのリアクションを素直に喜んでいる。

 

「すごいっす! たまげたっす!」

 

 興奮のあまりその場でぴょんぴょん飛び跳ねるわらびに、たきなも苦笑を浮かべて声をかけた。

 

「そんなに跳ねるとパンツが見えちゃいますよ」

 

 残念ながら水槽にほっぺたをモチっとくっつけて魚を凝視するわらびには届かない。

 

「いや~、こんだけ喜んでもらえると連れてきた甲斐があったわ~♪」

「千束さんは良く来るんですか?」

「へへーん、年パス。たきなも気に入ったらどうぞ~」

 

 そのまま三人で順繰りに水槽を回る。

 たつのおとしごを見て魚の進化に思いを馳せたり、千束がちんあなごの踊りを披露したり。

 

 たきなもそれなりに楽しめたが、わらびの喜びようは尋常ではなかった。

 水槽に文字通りかぶりついて目を見開く様子は、なんなら軽く引くくらい。

 

 巨大水槽の前でソファーに座って一休み。

 わらびは悠々と泳ぐエイとサメの姿を追って水槽の前で右往左往している。

 その後ろで千束は例のちんあなご踊り。

 

「―――いつからあの弾丸を使っているんですか?」

 

 ゆるっとした空気を感じたきなが千束に質問を投げかけたのは、ちょうどいい機会だと思ったから。

 

「気分が良くない」

 

 隣の席に腰を下ろすと、千束はあっさりと答えてくれた。

 

「誰かの時間を奪うのは、気分が良くない。そんだけだよ」

「気分?」

「そ。悪人にそんな気持ちにさせられるのはもーっとむかつく。だから死なない程度にぶっ飛ばす!」

 

 拳を振り上げる格好で千束は固まる。

 いつの間にか目の前にわらびが立っていた。

 

「ど、どうしたの、わらびちゃん?」

「いや~、千束ちゃんが先生と同じようなことば喋ってたはげ…」

 

 そういってニコニコとしているわらびにたきなが水を向けたのは、興味本位であったことは否めない。

 

「わらびの先生はなんと言っていたんですか?」

「野性の獣は絶対に必要以上の獲物は獲らないし殺すこともないっす。必要がないなら、縄張りに入ってきても追い払うだけだって」

「………」

 

 似ているのだろうか? なんとなく微妙にニュアンスが異なっているような気もする。

 今一つ呑み込めないでいるたきなに対し、千束が声を上げたのは、こちらは完全無欠の興味本位だ。

 

「じゃあ、わらびちゃん。人を襲ったりする野生動物もいるじゃない? あれはどうなるの?」

 

 三毛別羆事件とか! と具体例を出す千束に、わらびの返事は簡潔を極めた。

 

「ああ、それは怪物だなっす」

「!?」

「自然の決まりを破った生き物は、もう怪物だべ。それは人の手で討ち取らねばなんね」

 

 あっさりと言ってのけるわらびに、千束は若干面喰らう。

 そしてたきなにとっては、わらびのこの言葉は含蓄深く意識の中へと落としこまれていた。

 

 この世界のルールを破る犯罪者は社会より怪物扱いされる。

 それを駆除する人間たちが、すなわちわたしたちリコリス…?

 

 奇妙に納得できる反面、何かしら見落としているような気もする。

 しかし、たきなが口に出した台詞は全く別のもの。

 

「でも千束さん。人を殺さないだけならDAに所属していても出来たのでは?」

「あ、あ~、それか~…」

 

 気を取り直すように千束は答える。

 

「人探し」

「なんです?」

「会いたい人がいるの。大事な、大事な人。その人を探したくて」

 

 千束が胸元からチャームを引っ張り出す。

 フクロウ型のそれに、たきなは目を見張り、わらびはきょとんとした表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「確かに同じですね」

 

 水族館のイートインコーナーへと河岸を変え、たきなはスマホを操作している。

 千束の持っていたチャームは間違いなくアランチルドレンの証だった。

 アラン機関より特別な才能を見出されたものに贈られるもの。

 

「なんの才能があるんですか?」

「わからない~?」

 

 立ち上がり、ポスターのように、うふん♪ とばかりにシナを作る千束。

 

「それじゃないのは判ります」

 

 あっさり塩味の対応をするたきな。

 ともあれ、このチャームを贈ってくれた人物こそ、千束が十年も探し求めている恩人らしいのだが。

 

「あ~、おらも似たようなの持ってるっす!」

「!?」

 

 わらびの申告に、千束もたきなも硬直する。

 

「ちょ! わらびちゃん! あなたもアランチルドレンだったの!?」

「だ、だからあんなに身体能力が高かったんですか!」

 

 左右から肩を掴まれガクガクと揺すられるわらび。

 

「ちょ、ちょっとまってけらっしゃい! いま出すはげ…!」

 

 そういってポシェットを漁り、トンとテーブルの上に置かれたものに千束の目が点になる。

 

「わ、わらびちゃん、これ、なに?」

 

 言うなれば、それは小さな木彫りの鷹の像だった。

 

「おたかぽっぽだっす。可愛いべ?」

「…正確には笹野一刀彫といって、山形県米沢の縁起物らしいです」

 

 スマホを操り、たきなが冷静な解説をしてくれる。

 

「先生がおらの御守りにって手ずからこしゃえて*1くださっての~」

「違う! 違うよわらびちゃん! 全然違う!」

「え? でもほら、フクロウと似てないだが?」

「鳥類しか共通項がねえ!」

 

 そのやりとりを眺め、思わずたきなは笑ってしまった。

 千束は一瞬憮然としたが、こちらも楽しそうに笑いだす。

 一人良く分かっていない風のわらびだったが、彼女も間もなく笑いに唱和する。

 

「ところでわらびちゃんは、海とか行ったことないの?」

 

 笑い過ぎて目尻の涙を拭いながら千束が訊ねた。

 

「海には何回か泳ぎさ行ったけど、もっぱら川だなっす。こさいる魚はぜんぜんしゃね*2やつばかりで…」

 

 そろそろ水族館を出ようと出口に向かう道すがら。

 わらびはキョロキョロと未練げに水槽へと視線を飛ばしている。

 

「わらびちゃん、まだ見足りないものでもあった?」

「いや、おらが知っている魚で見たかったのがいなかったさげ」

「え? 渓流コーナーもありましたよね?」

「んだどもサンショウウオはいなかったんだず」

「……えーと、わらびちゃん、サンショウウオは魚じゃないってゆーか」

「どちらかというとカエルの仲間ですよね?」

「そっだなウオっていったら魚だべ!? んねんだが!?」

「いや、ウオっていってもあれは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 水族館を出て早めの夕食を摂る。

 店を出るころには完全に日が暮れていた。

 三人とも両手に荷物をぶら下げつつ、そろそろ帰ろうかと駅に戻る道すがら。

 

「あ、わらびちゃん、スマホ貸して」

 

 さきほどの夕食の席上で、わらびがスマホのアプリの使い方が良く分からないとぼやいていたことを千束は思い出す。

 

「あ、よろしく頼むっす」

 

 ロックを解除して素直にスマホを渡してくるわらび。

 たきなも足を止めて自身のスマホを取り出す。

 一応、各自の連絡先は登録済みだが、通話アプリなどの共有などの細かい設定を、この際一緒にしてしまうつもりだ。

 

「んー、わらびちゃん。表示アイコンはこれでいい?」

「かまねえっすよ」

「そんじゃ、ここはこうしてこう、と。あ、たきなにも通知は行っている?」

「すみません、なんか設定がおかしいみたいで」

「あれれ? おっかしーなー?」

 

 意外と手間取っていると、突然足元からズン! という大質量が崩れたような音が響く。

 

「え!?」

 

 たちまち二人が緊張を漲らせたのはリコリスとしての習性だ。

 人が騒いでいる方向へ足を向ければ、KEEPOUTの黄色い立ち入り禁止テープの張り巡らせられた北押上駅の地下入口から、盛大に粉塵が飛び出している。

 

「まさか…!」

 

 咄嗟に走り出そうとしたたきなの腕を千束が掴まえた。

 

「制服を着ないで銃を抜いたら捕まっちゃうよ」

 

 冷静な声が、幾分たきなの頭を冷ましてくれる。

 夕方に駅前を通ったとき、なぜか多くのリコリスたちの姿を見かけた。

 何かしらの作戦行動とその結果などであれば、今、わたしたちがするべきことは―――。

 

「取り合えず、リコリコに戻ろうか」

 

 千束の提案に、たきなは一も二もなく頷く。

 

「それじゃ、わらびちゃんも…」

 

 そういって首を巡らして、千束は絶句。

 小柄なおかっぱ頭の少女の姿は、影も形もなかった。

 

「わ、わらびちゃん!? どこいったの!?」

 

 たきなも血相を変えて周囲を見回してから叫ぶ。

 

「そうだッ! 千束さん! わらびのスマホを…!」

「それ、今、私が預かっているんだってばー!」

「…えええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 千束とわらびが荷物を引きずるようにリコリコへと辿り着く。

 

「ただいま~…」

 

 ほとんど身体で扉を押し開けるようにして、千束はさっそく座敷へとひっくり返った。

 

「店長、わらびから連絡は!?」

 

 黒髪を振り乱すたきなに迫られ、ミカは首を振る。

 

 ありていに言えば、わらびは行方不明になっていた。

 千束たちが疲弊しまくっているのは、駅前周辺を走り回って探したから。

 なんなら閉店時間を迎えた水族館の前まで足を延ばしたけれど、あの純朴な田舎少女は見つかっていない。

 

「こういうときは、意外と家の近くにいてじっとしているもんよ!」

 

 ミズキは言う。実際に彼女も社用車でリコリコ周辺を流してきたばかり。

 

「そんな猫の家出じゃないんだからさー」

 

 仰向けのまま唇を尖らす千束だったが、クルミの声で跳ね起きる。

 

「いや、あながちミズキの予想も外れてなかったみたいだぞ?」

「!?」

 

 たきなと一緒に駆けつけたクルミの手元のタブレット。そこには、ドローンから中継された映像が映っていた。

 

 

 

「わーらびちゃん!」

 

 千束の声に、リコリコからほど近い路地裏で膝を抱えていた華奢な身体がビクっと震える。

 続いて、たきながその身体を抱きしめる。

 

「もう! 心配しましたよ! どこに行っていたんですか!」

「お、おら、申し訳なくて…!」

 

 わらびはべそをかいていた。

 その理由は、彼女が明るい場所へと移動してすぐに判明。

 

「せ、せっかく千束ちゃんに買ってもらったのに…!!」

 

 ぐずぐずと鼻をすするわらびのワンピースは、土と泥に塗れてボロボロだった。

 剥き出しの手足に擦り傷も多くみられ、ほとんど下着まで見えそうなほどスカートの裾は破れている。

 

「わらびちゃん―――!」

 

 千束とたきなの表情が一気に引き締まる。

 この格好はまるで集団暴行でも受けたような。

 

「いやいやいや! そういうことじゃないっす!」

 

 わらびはぶんぶん左右に手を振る。

 

「じゃあ、何をしたらそんな格好になるのさ?」

 

 キツイ目線で訊いてくる千束に、わらびは珍しく細い腕を組んで考え込んでから答えた。

 

「…芋ほり?」

「なんで!? どこで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<あるリコリスの報告>

 

 

 天井が爆破された時、正直、もう駄目だと思いました。

 仲間の何人かは崩落に巻き込まれ、私自身も衝撃に吹き飛ばされて、ああ、これで死ぬんだって観念しましたね。

 

 その時でした。

 もの凄い勢いで飛び込んできた小柄な人が、次々と私と近くにいた仲間を突き飛ばしたり放り投げたんです。

  

 おかげで、どうにかこうやって私は生きています。

 もちろん助からなかった仲間がたくさんいたことは承知してますけど、私が助かったのは運だけじゃありません。

 

 私たちを助けてくれたのは、杉菜わらびさんでした。

 あの日、DAの模擬戦で、私は彼女を見ていたから間違いありません。

 とても人間とは思えない動きでしたけれど…ごほん、命の恩人に対してこれは失礼ですね。

 

 身体が治って任務に復帰できる時が来たら、会わせていただけませんか?

 会って直接お礼がいいたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下鉄のテロ活動から命からがら帰還したリコリスの報告を聞き、楠木は一人執務室で溜息をつく。

 

 

 

「…一番借りを作りたくないやつに作ってしまったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
作って

*2
知らない

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