「ストーカー?」
日付は7月11日。月曜日。
今は学校の掃除時間。親友の小鳥遊華月(たかなしはづき)と2人で、ダラダラと箒を動かす。
私は昨日マンションにいた不審な人について話した。
「こわ〜。…てか誰か待ってたんじゃないの?」
「うーん…」
まああり得る。
「でもマンションの正面玄関に入るときにはいなかったをやだけどな……。話してて気づかなかったかな」
「一回だけじゃなんともねー。…あ、でも前に似たようなこと一回あったっけ?」
「ストーカーに?」
「ほら…レジに来てめっちゃ話しかけてきたり、バイト終わりに外で待ってたやつ」
華月にそう言われて、嫌な事を思い出してしまった。
「うわぁ…やなこと思い出した……」
「あの人、私にもついてきたりしてやばかったなぁ…。もしかして同じ人じゃない?」
「えぇ〜……分かんない。ちゃんと見なかったし…。昨日は一人じゃなかったからまだマシだったけど…」
「ん?誰といたの?お母さん?」
「いや、昨日からバイトで入ってきた人。なんか同じマンションだったんだよね」
「マジ!?凄い偶然じゃん!女の子?」
「……いや男…」
「えぇっ!それでいきなり一緒に帰ることになったわけ!?」
華月は声を上げて驚く。
「いや、いつもみたいに私とかなえで帰ってたんだけど、道が一緒だからなんかついて来てた」
「ついて来てたって、そっちがストーカーみたいじゃん…」
「ぶっちゃけ気まずかったけど…。でもなんかおにぃの友達みたい」
「えぇっっ!?!?」
さっきより大きな声を上げる。
「彼方さんの友達なんだ…。連絡先知ってるかな…」
いやあんたこの前好きな人できたとか言ってたよね…。
ちなみに彼方(かなた)とは兄の下の名前。
「その人も知らなかったよ。てか山田さんはどした…」
「彼方さんいれば彼方さん一択なんですー」
うわっ、開き直ったよ…。
私がドン引きしていると、華月はバツが悪そうに自分の頭を撫でる。
「じ、冗談冗談!でも友達も連絡先知らないって、変だよね…」
確かに。
「まあ私達家族も知らないわけだし…」
おにぃはどこで何やってんだろ…。
「ま…まあそんなことより今はストーカーの方が問題だから!」
思い出して逸れた話題を戻す。
「でもまだなんとも言えないよね。ストーカーじゃないかもだし。まあお母さんには話してみてたら?」
「そうだね…」
とはいえ別に、何回もやられてるっけわけじゃないから本当に困ってるわけじゃないし、さすがに母にまで話すのはなぁ。
「てか華月、山田さんとライン交換できたの?前に聞くって言ってたけど………」
話はまた脱線する。
「できてないの!!」
華月は食い気味に反応する。
「前は気にせず話せてたのにね。好きだなってなったら話せないっていうか……」
「おぉ……恋する乙女だね……。やっぱ接点ないときびしーかな」
あっ、と私はふと昨日のことを思い出す。
「そうだ、早坂さんがみんなでご飯行こうって。山田さんも誘ってるって」
「マジ!?」
華月はパッと目を輝かせる。
「行く行くっ!で、いつ行くの!?」
「分かんない。今日バイトで早坂さんと被ってるなら聞いててほしいんだけど…。私バイトじゃないから」
「分かった。今日入ってるから聞いてみる。ちなみに他の女子は?私達だけ?」
「確か泉さんと野口さんが来るって」
「泉さん来るのーっ!?」
絶望したような声で叫ぶ。
実は、泉さんは山田さんと同じ高校だったらしく、高校時代に付き合っていたという噂がある。
まあ私や華月はバイト初めて長いわけじゃないから、その頃のことはよく知らないからあくまで噂程度だけど。
「あははっ。いつもみたいなさりげないボディタッチすれば勝てるって」
私は笑いながらアドバイスする。
「うぅ…いつもどうやってるか分かんないし……」
この勘違い男子製造機め。
「てか今、泉さんは彼氏いたんじゃなかった?」
私はふと記憶を思い返して言う。
「ほんと?どうだっけ…?あんまり仲良くないからよく分かんないけど…。いるんならチャンスまだあるかな…」
華月は少し嬉しそうに呟く。
「私も曖昧だから保証はないけどね?」
「いてくれーっっ」
華月は箒の先端を両手で祈るように握りしめる。
そうして私達は最初に話してたストーカーの件を忘れたかのように、残りの掃除時間中ずっと女子高生らしく恋バナをした。
※※※※※※※※※※※
放課後。
今日はバイトは無く華月はバイトでいないため、一人でとある花屋に来ていた。
看板には『花屋 フルール』と書かれている。
「おっ、いらっしゃい」
店の中に入るといつもの渋い声で出迎えられる。
私は「こんにちは」と挨拶を返す。
「いつも会いに来てくれて嬉しいよ〜!」
「はいはい奥さん見てますよー」
「えっ…………って見てないじゃん!麗奈ちゃん酷いなぁ〜」
笑いながら目の前の男性は私に近づいてくる。
「おや?また可愛くなった?彼氏でも出来た?」
「なってないですし出来てません。先週会ったばっかじゃないですか」
「いやいや可愛くなってるよ。JK三日会わざれば刮目して見よって言うからね」
「はぁ」
「リアクション冷たいなぁ。麗奈ちゃんは美人だから変な男がつかないか心配なんだよ〜」
「はぁ」
この男性は見た通りこの花屋の店長の加藤さん。
夫婦で花屋を経営している。
こんな感じでいつも軽口を叩いては奥さんに怒られてるのをよく見る。
「あっ、れなお姉ちゃんっ!」
お店の奥から元気のいい声と共にタタタッと足音が近づいてくる。
「はなちゃ…きゃっ…!!」
ガバッと私に飛びつき抱きついてくる。
「元気だね…はなちゃん」
「えへへ…。…ねぇ、今度いつ泊まり行っていいー?」
少女は加藤花(かとうはな)ちゃん。小学3年生で、加藤さんの娘さん。
花ちゃんは掴んだ私の腕をブンブン振りながら尋ねてくる。
「んー、今週の金曜か土曜ならいいよ〜」
「ほんと?ねぇおとうさん、行っていい?」
「今週はばあちゃんちに行くから無理だぞ」
加藤さんは花束を片手に持ちながら応える。
「あ、そっか!じゃあ来週!」
「私はどっちでもいいよ」
そう言いながら、私は花ちゃんの後ろに回って、花ちゃんの腰まで伸びた長い髪の毛をいじる。
相変わらずサラサラ…。
「来週ならいいぞ」
「ほんと!?やった!」
花ちゃんは私に大人しく髪をいじられながら喜んでいる。
相変わらず天真爛漫を絵に描いたような、太陽のような子だなぁ。
「あの…有香さんは中にいますか?」
私は加藤さんに尋ねる。
有香(ゆか)さんはとは加藤さんの奥さんの名前だ。
「今は買い物に出かけてるよ。待つなら中で待ってていいよ?」
「ああいや、大丈夫です」
「えぇーっ。中で待とうよ〜」
「待とうよ〜」
私が断わると花ちゃんが体を揺らしながらとめてきて、加藤さんも真似る。
「おとうさんマネしないで!キモイ」
「ほんとにね〜キモイね〜」
「キっ…キモイ…?」
私達の言葉にショックを受けている加藤さん。
「ごめんね、今日はすぐ行かなきゃだから」
「そっかぁ。れなお姉ちゃん、バイトしてからあんまり来てくれないからさみしいなぁ」
「ごっ…ごめんね〜っ」
キュンときて思わず後ろから抱きつく。
「あ…暑い…」
「えへへ…」
抱き心地ええのぅ…。
「そういや麗奈ちゃんのお父さんは最近元気?」
「さあ…仕事ばっかりであんまり会わないので…」
「そっか。お母さんの方は?」
「基本元気ですね」
「そっか。元気なら良かった。最近はあんまり花咲夫婦と会ったりしないからね。うちにも来なくなったし」
「そうですね…」
「あ、ほら、今日入ったこのお花。綺麗で麗奈ちゃんにピッタリでしょ?良かったらお家に飾らない?」
急に加藤さんはテーブルに並べられた鉢を1つ両手に持って掲げて私に見せてくる。。
「いや、要らないです」
「ああそう。残念」
加藤さんは言葉とは逆に、あまり残念そうじゃない態度で鉢を元に戻す。
「この花知ってる?」
「いや……うーん…。なんか見たことあります。名前は知らないですけど」
「ルピナスって花だよ。暑いのが駄目だからそろそろ終わりだけどね」
「へぇ…」
なんか聞いたことある名前だなぁ。
「っ………」
記憶を辿りながら花を眺めていると、軽い頭痛がする。
「?れなお姉ちゃん?」
「………ん?なんもないよ?」
「?」
花ちゃんは不思議そうにこっちを見るけど、私は笑顔を見せて平気なふりをする。
その後すぐに痛みは治まらなかったので、加藤さんにお水だけ貰うようにお願いしてこっそりお薬を飲み、痛みを治めてから用を済ませる。
「じゃあまた」
「はい。ありがとうございました」
加藤さんにお辞儀をする。
「れなお姉ちゃん、ばいば〜い」
「うん、ばいばい」
手を振る花ちゃんに手を振り返し、お店をあとにした。
※※※※※※※※※
家に帰る頃には外はすっかり暗くなっていた。
電車で家から少し離れた街に出てた私は、駅から歩いて帰宅した。
マンションのに入りレベーターで上がって自分の部屋までスマホをいじりながら辿り着く。
玄関を開けると見慣れない靴があった。
誰か来てる?
気になったけど、とりあえず自分の部屋に入って鞄を置き、私服に着替えてからリビングに行く。
「おかえり」
キッチンから母の声。
私はただいまーと気の抜けた声で返す。
「あれ?」
リビングに人影。
やっぱり誰か来てる。
その人はソファーに座っていた。
「よっ、久しぶり〜」
私に気付いて手をひらひらさせて挨拶してくる。
「花凛叔母さん!?」
私は驚いて声を上げた。
花凛(かりん)叔母さんは母の姉。結婚してなくて子供もいない。
小さい頃、たまにこうやってうちに来て私の相手をしてくれていた記憶がうっすらある。
「えっ、めちゃ久しぶりじゃん!どうしたの?」
「ひと仕事済ませたから、遊び来ちゃったっ」
花凛叔母さんはウインクしながら答える。
確か叔母は母とは歳が離れているからもう40を超えてるはずなんだけど、雰囲気や言動が若いせいで母と変わらないか、母より若く感じることがある。
「遊び来たのは良いけど、あんまり呑み過ぎないでよ?」
母が叔母をたしなめる。
よく見ると叔母は右手には缶ビールを持っている。
「いやぁ、次の日休みのお酒はうまいのよ〜」
「麗奈、これは悪い例だからね?絶対こうなったら駄目よ?」
「篠恵ちゃーん、それは全国の社会人を敵に回すわよー」
叔母は酔っ払ってるのか、半目で母を睨みつけながら反撃する。
ちなみに篠恵(しのえ)とは私の母の名前だ。
「ほら麗奈ちゃん!一緒に飲もーぜーっ!」
「飲む飲むーっ!」
私は叔母に手招きされて近寄っていく。
「ちょっと姉さん!麗奈も駄目に決まってるでしょ!?」
「相変わらず堅い妹……。ちょっとくらいいいじゃん?」
「だめ。麗奈?飲んだらお小遣いが無くなるからね?」
「えぇ〜〜っ!けちー!」
「けちばばあ〜!」
私の反抗に叔母も乗っかる。
母は頭を押さえながら溜め息を吐く。
「まあまあ冗談は置いといて、麗奈ちゃんおいでー」
「冗談?姉さんは高校生の私にお酒飲ませた前科があるでしょ?」
母は叔母を睨みつけて指摘するが、叔母はスルーして缶ビールを煽る。
私は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、キッチンの棚からコップを持って叔母の隣に座る。
ソファーの正面には普段折りたたんで片付けている簡易テーブルがあり、その上にはお菓子やおつまみ、缶ビールが散乱している。
「今から晩御飯だからね?」
「大丈夫大丈夫っ」
私は母の注意を軽く流してテーブルにあるお菓子をつまむ。
「花凛叔母さんはいつまでいるの?」
「んー、14日まで休みだから、それまでいようかなー」
「そんなにいるの!?」
私が反応する前に母が声を上げる。
「いいでしょっ?お願いっ!」
キッチンにいる母に向かって手を合わせて拝む叔母。
「別にいいけど……。実家には帰らないわけ?」
「うん。実家は去年帰ってるし。こっちは3年振りだし?」
「ふぅん。姉さんがそう言うなら構わないけど」
「やったっ。ねえ、叔母さんはまだ前と同じ仕事してるの?」
「ん?そうよ」
「雑誌の編集者だっけ?」
「そそっ」
前に叔母が家に来たときは、『最近の女子中学生を取材させて〜』とか言われて、結構根掘り葉掘り聞かれた。
その時は写真も取られて使われて、雑誌に顔が載って学校で騒がれた。
「もしかして麗奈ちゃん、モデルに興味出た?」
「え?う~ん………。ちょっとはあるかも…」
「ほんと!?その気ならどっかの事務所紹介しよっか?」
「マジ?」
「あんたの顔なら人気間違いないよ〜」
確かに顔は多少自信あるけど…そんな簡単じゃない気がするんだけどな…。
「そんな簡単な世界じゃないでしょ?」
料理をしている母が私が考えてたことと同じことを指摘する。
「お?さすが元モデルは厳しいね〜」
「あ、そっか。お母さん、モデルやってたんだっけ?」
「モデルなんて止めなさい。男のおかずになるだけよ?」
「うっ…。それは確かに嫌…」
「勿体ないなぁ〜〜」
叔母はそう言いながらお酒をグイッと煽る。
「花凛叔母さん。今はどんな雑誌を作ってるの?」
「んー?今?えっとねぇ、人気俳優の日常ってやつと、天才少年を追え!ってやつ。他にも細いのはあるけど…」
「へぇ!俳優は誰!?」
人気俳優と言われて興味を持った私は質問を掘り下げる。
「斎藤一(さいとうはじめ)くん」
「ええぇっ!!??すごっっ!!」
「昨日取材したけど、生の斎藤一…かなりイケメンだったなぁ〜」
叔母はつまみを口に入れながら思い出すように言う。
「叔母さんずるい!私も会いたいなぁ…」
「ちなみに天才少年くんもかなりイケメンだったなー。年は18で麗奈ちゃんと同じくらいで子供だけどね。やっぱ若い子は良いわ〜」
「叔母さん…おっさんみたい…」
ちょっと引いた。
「しかも間違いなく天才ねー」
私の言葉を気にせず叔母は続ける。
「なんか人がゲームの中に完全に入れるんだって。あれ、なんだっけ?」
「えっと…VR?」
「そうそう!没入型だっけ?それを高校卒業してすぐ会社立ち上げて開発してるらしいんだけど…。最近の子は凄いわねぇ」
「そうなんだ…」
「私もゲーム体験したけど、凄すぎてよく分からなかったよ」
「ふふっ…花凛叔母さんにゲームは似合わないね」
叔母がVRゴーグル付けてアタフタしてるのを想像して吹き出した。
「今はゲームの世界だけで稼いでる人もいるみたいよ〜」
「ゲームで?どうやって?」
「なんだっけな。私には難しくて分かんなかったけど、確かゲームの中の土地を買うとか、家を買うとか」
「ゲームの中の家を買っても住めないじゃん。なんでそれを買うの?」
「それが良く分かんなかった。けど実際に買う人がいるから商売になるんだって」
すごい世界もあるんだなぁ。
「私あんまりゲームしないから想像付かないなぁ」
「そっか。麗奈ちゃんはリア充だからね〜。そういえば他にドローンとかタイムマシンとか色々開発してるって言ってたっけ」
「すご」
「その天才少年くん、面白いこと言ってたよ。タイムマシンが出来たら何しますか?って聞いたらね、『第二次世界大戦を止めます』って」
「意識たかっ」
「でも、タイムマシンは出来ないかもしれないって言ってた」
「へぇ」
「そもそも未来でタイムマシン出来てるなら、誰か未来人がタイムマシンに乗って今の時代に来ててもおかしくないのに来てないから、誰も来ないってことは未来永劫タイムマシンは出来ないんだってー。だからドラえもんは来ないのよ」
「ふぅん」
「私も過去に行けるならハタチ……いや、高校か中学に戻りたいなぁ」
「なんで?」
「大人になるとね、勉強しとけば良かったとか、告白しとけば良かったとか色々気づいて後悔することばっかなのよー」
叔母はそう言って笑いながら、缶ビールの顔の上に掲げ逆さにし、最後の一滴を口に落とす。
「麗奈ちゃんは無いの?初恋の人に告白しとけば良かったとか」
「私は………」
私は両手で持ったコップの中身を見つめながら中学の頃を思い出す。
「私は逆かも……」
「逆?」
「ほら。もうご飯できたから、食べるよー」
母の声がする方を見ると、普段使ってる方のテーブルにはすでに料理が並んでいた。
「久々に篠恵ちゃんの手料理が食べれるわー」
叔母は簡易テーブルに置いてある缶ビールを持って立ち上がり、料理の方へ歩く。
私も同様にそちらのテーブルの、いつものとこに座る。
なんだかいつもより気合が入った料理が並べられていて、自分の母は素直じゃないんだなと思った。
叔母のいるのでいつもより賑やかで楽しい夜を過ごした。
前に叔母が来たときより私が成長したからなのか、また違った叔母の一面が見れたような気がした。
※※※※※※※※※※※
『言葉は使い過ぎると軽くなるからね』
誰かからそんなことを言われた記憶がある。
『好きとか愛してるって、言われ過ぎると萎えるでしょ?』
確かにそれは分かりやすい例えかも。
でも定期的に言われないと不安になるし…。
てかこれは誰から言われたんだっけ。
いつ言われたんだっけ。
なんか思い出せない。言葉だけが頭に浮かんでくる。
『それは本当の気持ち?それとも恋してる状態を楽しんでるだけ?』
『愛したいの?それとも愛されたいの?』
なんかよく聞く問いな気がするし、大事な場面で聞かれた気もする。
記憶のどこかにあるのに、引っ張り出せない感じだ。
夢だから?嫌な記憶だから?
答えは出そうにないから諦めよう。
多分夢だから。