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活動時間が縛られている兜は、基本的に任務以外は動く事がなく、家でのんびりとしている。
何故、彼がDA所属の戦闘者でありながら自宅を持っているのか? という疑問は尤もである。
そも、彼はDA本部に所属している身であると同時に、リコリコ所属でもあるのだ。そういった意味でも、彼は自身の介護者でもある錦木千束のように異端であるとも言える。
「…暇だな。」
そして、それ故に彼は暇を持て余している。
起きていられる時間は制限され、その所為で仕事すら碌に出来ない。何なら『休日を過ごす』という常人であれば誰しも送る事が出来る事すら彼は出来ないのだ。
だからこそ、彼は暇なのだ。任務も無い日は暇も暇、やる事も無ければ出来る事も無い。
読書をすれば、時間が過ぎて次の日になっていて昼食は愚か晩飯も摂れない。摂ろうにも細かい時間の調整が必要である。
スマホを見てもそれは同じ。しかも、横になればそれだけで睡魔が襲ってくるという厄介極まりない異常すら付き纏う。
要約すれば、啼鳥兜は、非常に生き難い人間なのだ。
「…そう言えば、井ノ上がリコリコに左遷されたんだったか。」
元DA京都支部所属、現リコリコ支部所属のセカンドリコリス「井ノ上たきな」。
腕の立つ非常に優秀なリコリスであり、射撃訓練でもその才能は開花していた。だが、感情が豊かではなく乏しい上にリアリストのような合理的思考を持っている為に仲間との協力性は高いとは言えない。
そんな彼女は、ある任務の際に人質に取られた仲間を助ける為に命令違反をし、そしてその結果として仲間を助ける事が出来た代わりに喫茶店リコリコへと左遷されてしまったのである。
DA本部時代から、ちょくちょく関わっていたし、何なら偶にだが訓練をして指導すらしていた教え子のような彼女の事を思い出し、兜は睡魔を叩き出してベッドから倒していた体を引き起こした。
「行くか。」
残り、一時間程度の活動時間だが、十分に話す事は出来るだろう。そう思い、兜は部屋着姿(良い値のジャージ)から私服へと着替え、リコリコへと赴く為に玄関へと向かう。
ホワイトカラーのカットソーの上にブラックのミリタリージャケット、下はコーン色のデニムパンツを着こなして、愛用のスニーカーをしっかりと履いて兜は家の鍵と車の鍵を取って、ドアを開き、ドアを閉めた後に鍵も締めて、車を置いてある場所へと向かう。
そして待っているは、勿論の事、兜の愛車―――独特なフロント、低い車高、全体的なグレーカラーにフロントフェンダーに刻まれたブルーのラインが特徴的なスポーツカー『BMW i8ロードスター』である。
ドイツの自動車メーカーであるBMWが製造し、販売したスポーツカーの一つであるそれは、パワートレインというプラグインハイブリッドシステムが搭載されたおり、それに6速ATが組み合わさることによって、システムトータルは出力362ps、トルク58.1kgmを発生、ロードスターは4.6秒で100km/hに達する。また、最高速は250km/hにもなるのだ。
スポーツカーということもあって値段も高く、その値段は何と22760000円である。
そこ、ランボルギーニやフェラーリなどといった有名な高級車と比べるな。あれはあれで桁違いだ。
「さて…行くか。」
ドアを開き、中へと入り込んできっちりとドアを手動で閉める。自動で閉められなくもないが、手動で閉めた方がすっきりするのは兜だけではない筈だ。きっと、いや絶対。
鍵を差し込み、そして回せばブォンッ!! と派手なエンジンの音が鳴り響く。これが良いのだ。
ちなみに、このi8だがエンジンのみならず足回りといった所まで、隅から隅まで改造してある。何故なら、この車は愛車であると同時に急ぎ戦場へ赴く為の足でもあるからだ。
今でも忘れられない。この愛車を以て某アウトローレースゲームの如くドリフトして現場に到着した時、それを目の当たりにした千束が目を輝かせて乗りたい乗りたいとはしゃいだ時の事は。
『めっっっちゃかっっこイイじゃん! ね、乗せて乗せてスポーツカー! 何なら運転させてー!』
目を夜空に浮かぶ星々の如く輝かせ、ぴょんぴょんと跳ねながらそう言っていた千束は、実に年相応であった。
まぁ、それはさておいて。
時間も惜しい(物理的な意味で本当に活動時間が惜しい。それならブラックジョークにも当てはまるだろう。)ので、兜は早々に車を出し、リコリコへと向かうのだった。
視点は変わり、リコリコの面々へと。
「千束、どうやら兜が来るらしいぞ。」
ウォールナットという天才ハッカーを救う任務を終えて一日が経った頃の事だ。
いつもの如くコーヒーを淹れていた、リコリコの店長である「ミカ」が休憩している千束へと彼女にとって嬉しい事実を告げた。
「え、兜来るの!?」
驚きもあったが、しかしそれよりも彼女は喜々とした。
罪悪感は未だ完全には拭い去れないが、しかし彼女にとって兜がリコリコへ来るという事は嬉しい事なのだ。
生きる時間が限られている自分よりも、起きていられる時間も生きる時間も限られ続けていくという残酷な人生を歩む兜。
彼はあまり気にしていないと、いつも言うが、しかしそれでも生きる時間が狭まっているという事実へのストレスというのは無意識の内に貯まるものである筈だ。
そんな彼が、リコリコに来てくれる。それは彼が、生きる時間も起きていられる時間も限られている彼がリコリコは安心出来る場所であると思ってくれるからだと、千束は思っている。
というか事実、彼は過去に『自分の家よりも安心する場所だな』と零している。まぁ、彼女には聞こえていなかったが。
「たきな、兜って誰だ?」
千束が喜ぶ中、ウォールナットこと「クルミ」がたきなへと兜という人物とは誰なのかを問う。
「啼鳥兜さん。DA所属の“モンクス”で、私が知る限りでは千束さん以上の実力者です。」
「最強のリコリスと名高い千束以上の実力者だと…? だが、私でも聞いた事が無いぞ。兜って名前も、モンクスって名前も。」
天才ハッカーと名高きウォールナット。DAが誇る最高の人口知能たるラジアータすらハッキングしてみせたクルミですら、『モンクス』という名前も、啼鳥兜という人間の事も聞いた事は無いという。
千束以上の実力者であるならば、最強以上の力を持っているのであるならば、良くも悪くも噂になる筈であるにも関わらず、しかしクルミは聞いた事が無いのだ。
疑問に思うクルミに対し、「それはそうです。当たり前ですよ。」と、たきなは平然と答えを出した。
「兜さんは、戸籍上も事実上も“死んでいる”んですから。」
「…は?」
心底、理解出来ないという感情が、クルミを支配した。
戸籍上死んでいるというだけならまだしも、事実上も死んでいる? それは、どういう意味だろうか? そんな疑問が、クルミの脳裏に浮かび上がっていた。
だが、それも見抜いたように、たきなが続ける。
「兜さんは、ある事件で脳に深いダメージを負ってしまったんです。その所為で、兜は起きていられる時間…一日の活動時間が短いんです。それは今も短くなっているようで、聞いた所によると、今では活動時間はたった“2時間”になったと。」
「活動時間が、たった2時間だと? よく生きていられるな。…まさか、千束以上の実力というのもそれが関係しているのか?」
「はい。脳に深いダメージを負ってしまった影響なのか、中枢神経系の活動が常に劇的なんです。それが作用して、思考能力や判断力といった部分が常人の30倍になっているんです。そして、その中枢神経系が常に劇的に活動している負荷で、活動時間が短くなっているんです。」
たきなの言葉を聞いて、クルミは考え込む。
中枢神経系の活動が常に劇的になっているというそれが、脳にどれ程の負荷を掛けるものなのか。
博識であるクルミには、それが簡単に理解出来た。そして、それ故に―――クルミは、啼鳥兜という人間をとても恐ろしい奴だという事も理解した。
常人であれば、そもそも生きる事すらままならぬであろう時間を過ごし、あまつさえそれを利用して戦うという。
狂っている。ただ、それだけの言葉で十分だ。異常である事を説明するには、それだけで事足りるというものだ。
だからこそ、
「そいつは、随分と―――」狂っている。そう言おうとした、その時。
ちりーん…と、ドアの鐘が鳴った。
「いらっしゃい、兜!」
「おう。」
黒い髪。それは凡人と変わらない。
黒い瞳。それも凡人と変わらない。
服装を見ても、それは何の変哲もないファッションで、何か武器が隠されているという訳でもない。
傍から見れば、ただの青年。だが、その中身は自身の死を自覚しながらも、それを気にせず生きて、そして死の原因を利用して戦う立派な狂人。
「初めまして、ウォールナット。『モンクス』の啼鳥兜だ。」
クルミは初めて、現実にて狂人と対面した。
散る花は、一輪だけで十分だ。一輪の毒花が散るだけで、彼女達が輝く。