モンクス・フッド   作:全智一皆

5 / 5
時間だけが花を散らすのではない。お前を殺すのが時間だけだと思うな。


毒花、そして死神

■  ■

 アラン機関。それは100年前から存在するとされている謎の支援機関であり、スポーツ、文学、芸能、科学などあらゆる分野の天才を探し出し、無償の支援を行っている機関。

 『匿名支援の代名詞』と言われるアラン機関のトップ「アラン・アダマズ」とそのメンバーによる才能の探索は無差別。その才能が殺人のものであろうが戦争のものであろうが、それが神からのギフトであると信じて疑わずに支援する危険な組織でもある。

 冒頭から何故アラン機関について話しだしたのか?

 それは―――

「どんな手を使ってでも、私は君の才能が活かせるように支援する。だからどうか、まだ生きるのを諦めないでくれ。」

 今現在、兜のセーフハウスにそのアラン機関の人間がやって来ているからである。

 事には発端などなく、眠っていた所に突如としてインターホンが鳴り、その音の所為で目を覚まして、武装をしてドアを開いてみた所、スーツを着こなす男性が居た。

 何か? と言えば、アラン機関の者だと言われ、君の才能は云々と玄関前で長々と説明されて、敵ではないし流石に玄関前で話すのは失礼だと思い家に上げたのだ。

「…はぁ。いやまぁ、生きる事を諦めるつもりはないし、どうにか出来るのであればどうにかしてもらいたいですけど…」

 少し困惑しながらも、まぁ助けてもらえるならば助けてもらいたいと兜は言う。

 自分が死ぬ事を気にしていないとはいえ、生きられるのであれば生きていたいとも思う。何故なら千束やミカといった友人も出来たのだから。

 遊べるならば遊びたいし、働けるならば働きたい。まだ生きられるのであれば、まだ生きたい。だが出来ないならば仕方ないと割り切る心でいる。

 とはいえ、兜は内心では

(まぁ、出来る訳も無いだろうけどな。千束と違って、俺のは複雑だから。)と、自身の生存時間が限られていく事はどうにもならないと諦観していた。

 千束は心臓丸々がアラン機関の傑作、機械で出来ているが、兜の場合は脳。しかも脳全体に異常がある訳ではなく、ほんの一寸部分だ。

 脳という、人間という生物の構造の中で最も面倒くさい構造をしている部分を機械でどうにか出来るかと言われれば、それは難しい。

 脳の手術に限らず、大抵の手術は難しいものが多いが、しかし脳の手術の難易度の高さはその他の手術とは一線を画すものだ。

 少しの間違いで更なる異常を及ぼし、よくても後遺症が残る。成功したとしても代償がない訳ではなく、最悪の場合は後遺症だ。

 手術の間違いで死ぬよりも後遺症が残るのがまだマシだが、しかし成功したとしても後遺症が残る可能性も含まれている。それ程までに、脳の手術とは難しいものなのだ。

 外側の傷は時間が経てば治る。だが、内側の傷というのは時間が経てば治るものではなく、寧ろ悪化するものばかりだ。心臓の傷を治す事なんてそう簡単に出来るものではないのと同じで、脳の傷も簡単には治せない。

 機械を使った所で、それが成功するかどうかなど分からない。中枢神経系の活動を休ませた所で、せめて時間を伸ばす事ぐらいしか出来ぬだろう。

 何より、何十年も動き続けていた中枢神経系の活動が通常のものになれば、それまでの負荷が一気に襲い掛かるという事だ。

 そんな事になれば、それこそ死ぬ。死ななくても植物状態になるだけだ。もう二度と目を覚ます事はないだろう。

 諦観を止める事もなく、ソファに体を預けて兜は目を瞑った。

 その瞬間、インターホンが鳴った。

『郵便でーす』

 そんな定番な言葉が、ドアの向こうから聞こえた。少しばかりイントネーションが可笑しいようにも思えた。

 普通であれば、大抵の人間はそのまま玄関へと向かう。それこそが、普通な事。

 だが―――兜だけは、違った。

 瞑った目を見開き、ソファから即座に立ち上がると同時に懐へと収めた「GLOCK18C」を取り出して、眼の前の男性に「動かず待っていてくれ。すぐに終わらせる。」と言って、静かに、されど颯爽と玄関へと駆ける。

 並べていたシルエットシューズを履き、ドアノブに手を掛け、そして蹴破るが如く勢いよくドアを開く。

 直後、強い衝撃が扉に伸し掛かる。視界に写るのは、黒鉄を握ったまま尻餅をついた宅急便姿の男。

 やはり、『業者』だった。

「Shit! Why is it so! How did you find out!?」

 黒鉄を構え、そして放たれる言葉は英語。どうやら外国人のようだ。先程の日本語のイントネーションが可笑しかったのはそういう事か、と理解する。

(まさか海外から業者が来るとはな…予想外だ。遂に海外にまで命を狙われる破目になるとはな。)

 考え始めた瞬間、引き金が引かれると共に撃鉄が引き起こされる。火花と共に、弾丸が兜の額へと放たれる。

 だが、世界は緩やかに変わる。素速い弾丸が、自分を死に追いやる死神の鎌が、一気に遅くなっていく。

 景色が、ゆっくりになっていく。段々と、動かなくなっていく。時間の進みが、遅くなっているような感覚に潜り込む。

 常人の30倍の集中力を、更に研ぎ澄ます事によって入り込む完全なる集中状態であるそれは、一種のフロー状態である。

 それによって得られるは、目に見える物体全てがスローモーションに見えるという視覚能力と、空気の揺らぎすら感じ取る機敏な反射能力。更には、人間が無意識の内に力を加減してしまう『容赦』や『躊躇』といった感情が真の意味で消え失せる。

 兜は、その常人を遥かに越えた超人的身体能力を駆使し、兜は放たれた弾丸を素速く躱し、再び引き金を引かんとする業者を見切り銃口を爪先で蹴り上げる。

 容赦も躊躇も無い蹴りは、引き金に掛けていた指の骨を折ると共に腕を強制的に振り上げ、銃を彼方の方へと投げ捨てる。

「Aaaaaaa!!!!!!!!!!!!」

 鈍い音と共に、銃が地面に叩きつけられ、悲鳴が上げられる。

 だが、それで終わり。

「I'll go later. wait in hell」

 そう言い放ち、兜は引き金を引いた。

 

□  □

 ある暗闇の中、アサルトライフルを構えた部隊が周囲を警戒しながら息を殺して歩いてる。

 其処は蔦すら絡まり、罅の間から雑草すら生えている見事な廃墟。廃れてしまったビルの中であり、その中で動いているのはDAに所属するエージェントにして実働部隊である『リリベル』である。

 彼らは『任務遂行中のリリベル十数名を暗殺した殺し屋の抹殺』を任務とし、その殺し名の隠れ家であるとされている廃墟へと侵入し、今も殺し名を探している最中

「…」

 だった筈だった。

 突如、ライトという小さな明かりが灯る暗闇の中で、リリベルの首から血潮が吹いた。

 全員の動きが止まり、そしてその瞬間に銀が再び首を切り裂き血潮を吐き捨てる。

 轟音が火花と共に暗闇を照らす。数多の弾丸が、誰も居ない暗闇へと叩き込まれるが血潮は見えない。明かりも誰も映す事はない。

 だが、次々と死んでいく。鉤爪のように曲がった銀が、一瞬の内にリリベルの動脈を切り裂いて殺していく。

 殺気は一切として放たれておらず、死神の姿も見えなければ足音すら彼らには聞こえない。

 ただ、銃が落ちる音と仲間達が冷たいコンクリートの床に斃れていく音ばかりが虚しく響くばかり。

「な、こんな、ことが」

 もはや、生き残りはファーストのみだった。彼は唖然としたまま、その惨状を目にするのみだった。

 だが、自分もそうなる。

 ざしゅ、と腕の関節が切り裂かれ力が抜け、持っていた銃が落とされると共に力強く口を掴まれ、首元にひんやりと冷たい物が押し当てられ、痛みが奔る。

「っ、」

 声は出せない。だが、相手が誰なのかをファーストは死ぬ瞬間に知り、そして理解した。

 あぁ、リリベルは終わるのだ―――と。

 リリベルは敵に回してはいけない人間を敵に回してしまったのだ、と。敵は最悪の存在を味方に付けているのだ、と。

(殺し屋――し)

 言切る前に。それ以上、喋る事は許さないと言われたかのように。

 ごきり、と骨が鳴った次の瞬間、ファーストはその喉を切り裂かれた。

「……」

 死神は静かに屍を見下げる。ただ血を垂れ流すだけの肉塊を、軽蔑するでもなく、ただ只管に闇が広がる黒い瞳で、何の感情も込めることもなく静かに見るだけ。

 風が吹く。冷めている心を更に冷ます、冷徹な風が死神の頬を撫でる。

「うわ、圧倒的だな。相変わらず桁違いな強さだ。そうは思わないか? 葡萄。」

「あぁ、その通りだな、西瓜。俺たちが居る必要、無かったんじゃないか…?」

 ただ立ち尽くす死神の元に、死神と同じ『仕事』に就いている『同業者』が登場する。

 死神は二人の方を振り返り、爪の如き銀――「カランビットナイフ」と呼ばれる種類のナイフを納め、「……仕事は終えた。一度、此処から去るぞ。」と、落ち着いた声で言って二人を通り過ぎるように歩いていく。

 葡萄は思う。やはり俺たちは要らなかったんじゃないか、と。

 西瓜は思う。俺たちじゃなくて「兜」を呼んだ方が良かったんじゃないか、と。

 

 冷たい風は、未だ止まない。




数多の物が、貴様を散らそうと尽力する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。