渡世は鬼ばかりの現代終末記〜食べられて天使になった俺、終わりゆく現代世界に光あれと呟く〜   作:飴玉鉛

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26,TOKYO危機 (下)

 

 

 

 

 

 東京都のシンボルとも言える東京タワーが圧し折れる。

 

 白犬の姿をした悪魔が、口内に溜めた爆炎を圧縮して吐き出し、熱線(レーザー)と化した炎で鉄筋を半ばから溶解させたのだ。果たして自重を支えきれなくなったタワーが音を立て崩壊してしまう。

 東京タワーの重量は約3600トン。単純に考えてもその半分もの質量が倒壊したとなれば、周囲の被害は計り知れないものとなる。だがそれを成した白犬ボーニャには、悪魔らしい破壊行為への愉悦を覚えた様子はない。自らの破壊行為になんら関心を示さず、踏みしめた地面に亀裂を刻むほどの脚力で跳躍し、空中にいた獲物に向けて全力での突撃を敢行していた。

 

「オォォゥッ、ラァァァ――ッ!」

 

 ミチミチと音が鳴るのはトンファーの柄。桁外れの握力が生む異音だ。

 改造修道服の裾をはためかせ、虚空を蹴って熱線を回避したエーリカ・シモンズが、ミサイルも斯くやといった白犬の頭突きに対してトンファーを叩きつけた。

 衝突した打撃点を中心に凄まじい衝撃波が発生する。

 周囲の高層ビルの窓ガラスが全て砕け散るほどの破壊力に、猛々しい気合を口腔から迸らせていた戦闘シスターが顔をしかめる。白犬ボーニャが額から青い血を噴出し地に落ちるのを見届けることなく、更に足場のない虚空を蹴って体勢を整えた後、悪し様に毒吐いた。

 

「便器にしがみつく頑固な汚れめ。一撃で洗い流されていればいいものをッ」

『……下品だわ。【教団】の品性は絶望的ね』

 

 着地した白犬ボーニャの口から響く女の嫌味などエーリカには聞こえない。聞く気がない。一分一秒の遅れが彼女にとっては許し難い屈辱なのだ。元より糞の塊でしかない悪魔やその信仰者の言葉を認識するつもりもない。一点の曇りなき信仰に生きるエーリカにとって、無知ゆえに無神論者であるならともかく、悪魔に魂を売った輩など須らく死ねばいいと思っている。

 地獄の責め苦を負うのが相応の罪人の言葉や個性など、記憶するだけ無駄でしかないというのが猛き信仰の女の志操だ。故に人工的であろうが天然物であろうが、悪魔など消し去るべき汚物でしかないのである。そしてそうであるからこそ、適切に戦術的判断も下せた。

 

「無知な人々の営みの為に。何よりフィフキエル様の御為(おんため)に。私は貴様ら如きに手間取っていられんのだ、速攻で片をつけてくれるッ」

 

 空中に立つエーリカが漲らせたのは膨大な天力。素の力だけで強大な実力を有する【教団】の英雄、ゴスペル・マザーラントとは異なり、副長であるエーリカは天使フィフキエルに気に入られ、10分の1もの天力と加護を授けられた神造戦士である。

 つまり、エーリカの力の源泉は天使フィフキエルであり、誰よりもフィフキエルに尽くす忠実な下僕であるということ。個人的に(・・・・)フィフキエルを至高の存在と信じて疑わないエーリカは、傲慢なフィフキエルの心の琴線に触れて仕方なかったのである。

 だからこそ贔屓された。他の隊員の誰よりも愛された。そしてそうである故に、【下界保護官】直属の精鋭部隊【天罰】にて、若くして副長の座を与えられているのだ。

 

「私はエーリカ・シモンズ! 下界を保護してくださる慈悲深き御方、フィフキエル様より【浄化の追っ手】の号を授かりし使徒である! 糞の掃き溜めを住処とする蛆虫め、本来なら貴様などには拝む資格もない、至尊の光で照らしてやるぞッ! 余りある栄誉に打ち震えたまま消え去るがいいッ! この蝿に集られるのが相応のウ○コ野郎めがッ!」

 

 吼えた戦闘シスターの姿が純白の光に包まれる。

 白犬ボーニャは明確な隙を見つけても動かず、魔力を漲らせて待ち受ける構えだ。空中に足場があるかの如く移動できる戦闘シスターを相手に、空を飛べない白犬が襲い掛かれば、それこそ手痛い逆撃を受けるという判断を下しているのだろう。そしてボーニャには賢者ペトレンコがバックに付いている、彼女の指示通りにしていれば間違いなどないと信頼していた。

 莫大な天力を費やし、エーリカが成したのは天与の加護。純白の光が二つに増え、四つに倍増し、八つに分かれ、十六、三十二、六十四、百二十八と激増した。

 そしてそれら全てがエーリカと同じ姿に変じる。

 空中に佇むのは全てがオリジナルと比しても遜色のない、単独からなる戦闘シスターの軍勢だ。その内の半数は倒壊していく東京タワーへ向き直り、オリジナルを含めた残り半数が二つのトンファーを重ねて構えた。まるで兵士が肩に担いだロケットランチャーのように。

 果たして音を立ててトンファーが変形し、合体するや、細身の筒の如き形状へと変化した。背中合わせになったエーリカ軍は祝詞を唱えるかの如く宣言する。

 

「『天に在りし御遣いは、天に仕える地の不浄を見下ろし嘆かれた。おお、地に満つる命よ、なにゆえ我らの庭を穢すのか。主の嘆きを受けしは我のみ、我のみが威光を遮る不徳を濯げるのだ。忌まわしき穢れよ、悍しき汚点よ、我はどこまでも清浄なるを求め、あらゆる不徳を糾し主の庭を浄化する』――洗浄せよッ! 清め払えッ! これが私のォ! 授かりし力ァッ! 【天浄】!」

 

 放たれるは光の魔弾。主たるフィフキエルの性質を宿すそれは、対象となるモノを不浄と断定し、あらゆる障害を貫通して対象を消滅させる。浄化とは名ばかりの消滅の天罰、それが本質だ。

 果たして半数の魔弾は東京タワーの上半分が消え去るまで虚空を奔る。その様は、さながら与えられた餌を貪る飢えた犬。斯くして東京に甚大な傷跡を刻みかねなかった、東京タワーの倒壊は防がれて。残り半数の魔弾に狙われた白犬ボーニャもまた同様の末路を――

 

『お生憎様。私達は対天使戦闘を想定していたのよ。そしてボーニャは岩戸さんが造り、私が改造したカウンター装置。徹底したハラスメント行為に特化した人造悪魔なの。肉弾戦、魔術戦、どちらにも対応している現状の傑作個体。容易く始末できると思わないことね』

『舐めるナ、舐めるナ!』

 

 ――辿らない。

 防御すらせずに全ての魔弾を受け止めたボーニャは、浄化の光に灼かれながら嘲笑う。

 喰らったのだ。エーリカの放った光輝の魔弾、その天力を。間髪空けずに後ろ足で立ち上がった白犬が大口をあけ、吸収した天力を全て魔力に変換するや否や口腔に爆炎を発生させた。

 

「なんだとッ!?」

『死ネ、死ネ! 死んデ俺の餌になレ、人間ッ!』

 

 白い悪魔ボーニャの口内に装填された炎が黒く染まる。圧縮された炎は、先程のものとは比較にもならない破滅的な魔力の波動を発していた。空間が歪むほどの膨大な魔力に光に目を見開いたエーリカは、咄嗟に虚空を蹴って退避行動に移り――そして。東京都港区を地獄の様相へと転じさせる熱線が放たれ、破壊の光として辺り一帯を容赦なく蹂躙して――不意にペトレンコが叫ぶ。

 

『……ロイっ!? ボーニャ、北の方角!』

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都港区の中心で、二つの人影が演じる死闘も佳境に入っていた。

 

「シッ!」

「ッ……!」

 

 踏み込みは迅雷の如く。打ち出される拳は土砂の滑落。地面から水平に降り注ぐ雨のように、鉄拳が視界を埋め尽くす弾幕となる。どの一打を取っても必殺の威を孕み、決死の力を宿していた。

 当たれば大地を穿ち、巨峰を抉り、城壁を崩す絶死の拳撃。音を置き去りにする驚異の拳速は、掠めただけで並大抵のものは崩壊するだろう。それは断じて力任せのラッシュではない、技術の粋を集めた怒涛の連撃だ。だというのにそれを悉く捌く麗人は何者なのか。

 黒手袋を嵌めた両手が神父の拳の脇に添え、逸らし。踏み込んで距離を詰められるや僅かに退き、望む間合いを維持し。あるいは逆に踏み込んだと思えば神父の肘に触れ関節を極めようと試み。弾かれるや深追いせず後退、途切れず続くラッシュを正確に捌く。

 

 ――交わされる攻防で夥しい衝撃波が生じ、周辺に台風の如き風圧を巻き起こしている。

 

 防御に専念しているとはいえ、格闘の達人を相手取れているこの麗人が、つい先程まで格闘術のイロハも知らない素人だったなどと誰が信じられるのか。

 被弾はある。顔面を撃ち抜かれ、腹部を抉られ、足を踏まれ、太腿に膝蹴りを受け打撲痕を残し、肩から前腕に掛けて青痣になっていない箇所はない。鼻血を垂らし、口の端を切って血を流し、逆流した胃液で口の周りが無惨に汚れている。

 だが全てが致命打となっていない。一手交わすごとに成長――否、進化する麗人の防御技能は、異常な速度で被弾率を低下させていた。そして残像を残すほどの超高速格闘の最中、一分が経過する頃になるや麗人は反撃に打って出たではないか。

 

「ッ……!? チィッ……!」

「ヤハッ。ヤッハハ。ヤァハハハ――!」

 

 拳撃の応酬は常人の動体視力では何一つ見て取れまい。神父の被弾は未だに零。しかしその満面に浮かぶ汗と、苦い表情が内心を如実に物語っている。

 血塗れになりながらも凄惨な笑みを浮かべる麗人とは、まさに対象的な様子だ。

 哄笑する麗人の拳は黒手袋に覆われている。伊達や酔狂で手袋をしたのではない、麗人の有する【浄化】の属性が物質として形成された物であり、神父の魔力を中和して無害化させているのだ。

 故に競われるのは純然たる力と技、速さと思考。一方的に降り注ぐだけだった水平の雨に、鏡合わせのような弾幕が重ねられる。拳と拳が幾度も激突を繰り返し、ソニックブームを発生させ、見えない衝撃が大音響と共にアスファルトの地面を割っていく。

 麗人の技は完璧に神父の技をトレースし、同一人物同士の撃ち合いに等しくなった。だが拮抗したのは僅かに数秒、徐々に、徐々に、麗人の体捌きが洗練され、より高度な次元へと進化する。

 

「がっ……!?」

 

 そして遂に麗人の拳撃が、はじめて神父の顔面にクリーンヒットした。

 浮かべていた汗が散り、鼻血を吹き出し、前歯が半ばから圧し折られ、顔をのけぞらせ。明確な隙を逃さず踏み込んだ麗人が、哄笑したまま次々と神父の上半身に砲弾のような拳を叩き込む。

 のけぞらせた瞬間に、腹部に肝臓撃(レバーブロー)を食らわせて体を畳ませ。下がった頭を両手で抱いて顔面に膝蹴りを叩き込み、咄嗟に片手を滑り込ませて膝蹴りをガードされるや後頭部に肘を落とし。不自然な挙動で瞬時に着地するや右フックで脇腹を抉り、反撃の為に繰り出された拳打に掌を添えて流し様、神父の手首を掴んで捻じり上げ、身を捩って抵抗してしまった神父の下顎を、一歩下がった麗人のハイキックが打ち砕く。――丁寧に人体を破壊する残酷な私刑、情け容赦なく繰り返される追撃と追撃。この時、彼我の実力差は完全に逆転していた。

 

「そぉら、ボーナスタイムだ。右の頬を殴られたら反対の頬も差し出しなさいよォ――ッ!」

 

 報復の時は来た。因果応報、神父はこれまでに麗人に見舞った打撃の全てを返される。全く同じ威力で、全く同じ箇所に、全く同じ手順で拳打の雨が叩き込まれていく。

 朦朧とした意識のまま、サンドバッグにされる神父は、薄れゆく視界の中で残酷に嗤う麗人を見た。

 まさに天災。災害に等しい才気の塊。ほんの僅かな交戦で、異常なほど進化し、挙げ句の果てには神父の技術を吸収した末に高度なものへと進歩させたのだ。敵わない、こんな化け物に人間が敵うわけがない。神父は思い知る、救世主の再来の脅威を。

 

 だが。

 

(――十秒(・・)だ)

 

 意識が完全に途絶える寸前、裏切り者の神父ロイ・アダムスはそう思う。

 

(十秒でいい。エヒムが私を凌駕したのが七秒前。だから十秒で――)

 

 全身の骨という骨が砕かれる、内臓という内臓が破壊されていく。心臓や脳が破壊されないのは、それをすると報復する前にロイが死ぬと思われているからか。事実だが、いい。

 エヒムはやはり、【傲り高ぶる愚考】フィフキエルの後継だ。殺せる時にロイを殺さないのが良い証拠である。その傲慢な復讐心こそが、唯一の付け入る隙だった。

 

 やがて報復が終わりを迎える。受けたダメージの全てをロイの全身へ均等に配ったエヒムが、これで最後だとばかりに見せた、ほんの微かな――刹那の間にも満たない僅かな意識の弛み。

 

(ここだ――ッ!)

 

 エヒムの意識の弛みは、既にロイは指一本動かせないと見切っているが故の判断に起因する。

 それは正しい。しかしロイには敢えて切っていなかった手札がまだある。

 大悪魔メギニトスに授かりし加護。それこそは時間系(・・・)魔術だ。

 

【全遡行・対象・エヒム】【限定遡行・対象・ロイ】

 

 行使される強大な魔術に、ロイの魔力の九割が削がれる。心身を削り、神経を刺激される激痛がロイの総身を舐め上げ、知らず絶叫していた。

 瞬間。エヒムを見えない檻が囲む。ロイを透明な檻が囚える。瞠目したエヒムに、ロイは薄く笑いながら離別を告げた。

 

「さよ、ならだ……またすぐ、会おう」

「………」

 

 瞬間、エヒムの周りの時間が巻き戻る(・・・・・・・)。ロイもだ。

 この時に起こった理不尽な現象を正確に把握していたのは術者のみ。ロイはエヒムの時間を十秒巻き戻して、その身が蓄積した記憶や経験を十秒前のそれへと回帰させたのである。

 エヒムからしてみれば、突然十秒後の未来に放り出されたようなもの。そしてロイは、自身の肉体だけを限定的に巻き戻した為、十秒前の無傷の状態に置き換えられている。

 ――この一瞬こそがロイの賭けた唯一の勝機。

 現在と過去を置換させることで生じる、認識の空白期間。現状を把握される前に動き、一気に決着をつける。果たしてエヒムは目を白黒させていた。ここにいるのは十秒前のエヒムだからだ、自身に猛攻を仕掛けるロイの拳打を捌き切る為に防御姿勢のままである。

 

 これで決める。魔術を行使する為の時間を稼ぐ攻防は終えた。

 ここから先は、本当の意味で全ての力を投入した決戦だ。

 

【時間加速・対象・ロイ】

 

「ウッ、ォォォ――ッ、ウオオオオオ――!」

「なっ……!?」

 

 雄叫びを上げたロイの時間だけが加速する。一秒を十秒に、十秒を百秒に。時間の流れを切り刻みながら突貫したロイは、正常な時間軸に身を置くエヒムへ、渾身の拳打を力と魔力が続く限り叩き込み続ける。痛みに反応するまでの動作すら止まって見えた。ロイは魔力を枯渇させ、さらなる魔力を捻出する為に己の血肉を削りながら、血反吐を吐きつつ天使が死ぬまで攻撃した。

 

「ハァッ……はぁ、ハぁ……はァ……ハ……ァ……」

 

 仕留めた。

 完全に殺した。

 頭部を粉砕し、心臓も、それ以外の臓器も破裂させ、残骸を手刀で割いた腹から引きずり出した。

 最後に殴り飛ばし、吹き飛んだエヒムを見届け、魔術【時間操作】を解除したロイは、全身を自傷による鮮血で濡らしたまま息を切らす。気を抜けばそのまま倒れ、死んでしまいそうになりながらも、ロイは確かな勝利に酔いしれた。

 

「は……ははは……」

 

 殺せた。あの、化け物を。人間である自分が……上位者である救世主の再来を殺したのだ。

 乾いた笑いの理由は、失意(・・)にあった。

 ロイは泣きそうな顔で呟く。

 

「……私程度に殺されるとは。これは、買い被りだったかな」

そうか(・・・)? ご期待(・・・)に沿え(・・・)ず申(・・)し訳な(・・・)いな(・・)

「――――」

 

 聞こえるはずのない、声が、した。

 背後から。

 後ろに振り向いたロイの首を、黒手袋に覆われた手が掴み上げる。ロイの足が地面から浮いた。

 ロイを片手で持ち上げたのは、エヒム。麗しき無性の化け物。

 驚愕の余り瞠目したロイは、その人外の美貌を阿呆のように見詰めた。

 

「ガッ……ば、馬鹿、な……お前は、今……」

「さよならって言われたし、久しぶり(・・・・)って返そうか? ちょっと驚いたよ。大した魔術だ。大掛かりな陣も、詠唱もなく、俺に通用する規模の魔術を出してきたのには感心した」

「………」

「代償はなんだ? 死の寸前まで痛めつけられるのを条件に設定し、自らの死と引き換えに俺を殺す、といったところかな。未来の自分と契約するパラドックス的な変則契約は、時間系魔術の使い手だけが成し得る裏技らしいが……それが成立しなかったからお前が死なずに済んでいるわけだから、ある意味俺は命の恩人になるか。……ああ、安心しろ。その()はすぐ返してもらう」

「ど……やっ……て」

「ん?」

「どう、やって……?」

「どうやって? フン……」

 

 どうやって、凌いだ。エヒムは絶対に死んだはずだ。絶対に殺したはずだ。自身の手に残る手応えがその事実を訴えている。

 故に心の底から疑問だった。どうやって、あの覆せないはずの結末から抜け出したのだ。

 掠れた声で、なんとか問いを投げるロイに、エヒムは嗜虐心を滲ませた笑みを湛える。

 

「お前がメギニトスの使徒で、時間系魔術を使うのには勘付いていた。なのに正面から使ってこない時点で気楽に連発できるものじゃないと判断し、最後の最後に使う切り札だろうと想定した」

「………」

「時間を操るならどうするのが効果的か数パターン計算し、どのパターンでも俺が殺されるだろうと想像がついた。だから(・・・)躱した(・・・)。俺の能力はな、制御し易くする為に言葉にしているだけで、別に言葉にしないと使えないわけじゃないんだ。後は簡単だな? 魔術の気配を感じた瞬間、お前の目の前に俺の分身を置いて、本体の俺はお前の後ろに転移したわけだ」

 

 つまり。

 

 ロイが切り札を行使した瞬間に、エヒムもまた能力を行使したということ。結論だけを言えばそれだけだ。だがそれをあの一瞬で、ロイに気づかれない次元で成し遂げたというのか。

 口角が歪む。力尽きた故に笑い声一つ漏れてこない。

 辺りには破壊の騒音が響いている。悪魔の群れと人間の部隊が交戦し、夥しい火球が飛び交い、天使の加護を受けている超人達が悪魔を次々と仕留め、掃討していっていた。

 ロイはエヒムに笑いかける。

 

「殺……せ……」

「もちろんだ。約束通り、楽には死ねなかっただろう?」

 

 あっさりと言って、エヒムは躊躇う素振りすらなく、掴んでいたロイの首に力を込める。

 意識が白濁する。ゆっくりと絞め殺していく様はやはり化け物のそれで。慈悲深く一思いに死なせてくれないのは、化け物らしい残酷さだったが。同時に化け物らしからぬエゴの強さもある。

 ロイはそれだけを確信し、穏やかに微笑んだ。悔いはない、役目は果たせたから。懸念もない、この化け物がただの化け物ではないと理解したから。

 そうして死の闇にロイの意識が溶ける寸前。

 

「ん?」

 

 ピカッ、と何処かから強烈な閃光が迸り。

 横薙に振るわれた魔力による黒い熱線が、ロイの首を掴むエヒムの腕を切り落とそうと迫る。

 だが理外の反射神経を見せたエヒムが、熱線に反対の手を翳して容易く受け止めた。

 

「お約束みたいに逃がすわけないじゃないか」

 

 そう言って、グギッ、とロイの首を握り締めて粉砕した。絶命したロイの遺体を受け止めていた熱線に翳して蒸発させると、どこかから悔しげに歯を食いしばる気配を感じる。

 熱線が消える。ロイが存在した痕跡が消え去ると、エヒムは辺りをぐるりと見渡した。

 炎の海に沈む東京都港区を見て、エヒムは嘆息する。死者0人とはいかなさそうだなと嘆いて。

 

「『消えろ』」

 

 言霊を用いて、とりあえず街を嘗める火の手だけは消し去った。

 元通りの町並みに戻したいところだったが、生憎とそれをするには天力が足りない。今は応急処置的な手しか打てないのが残念だ。

 

「さぁて……お次の面倒事は」

 

 エヒムは自身の負ったダメージを消し、衣服も修復し、汚れを無かったものとする。手を翳して脱ぎ捨てていた上着を引き寄せると袖を通し、そうして辺りに被害を出しながらも悪魔の群れを掃討した人間達が、こちらに向かってくるのを見て額を抑えた。

 

「……【教団】か。見た顔もある。どうしたもんかな、これは」

 

 一応は味方として来てくれたのだろうとは思う。だからこそ対応に困るわけだ。

 彼らがいなければ東京の被害は更に拡大していただろうし、人造悪魔がこちらに来ていればどうなっていたかも分からない。剣呑な姿勢で相対するのにはどうにも躊躇いを覚える。

 

 まあいいかとエヒムは割り切った。事ここに至ればやむを得まい、場当たり的にいこう、と。

 

 ――こうして、唐突に迎えた東京の危機にはひとまずの区切りがついた。

 

 隠し通せない大規模な破壊の痕跡を残して。

 

 

 

 

 

 




おもしろい、つづきがきになるとおもっていただけたなら、かんそうひょうかよろしくおねがいします。

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