渡世は鬼ばかりの現代終末記〜食べられて天使になった俺、終わりゆく現代世界に光あれと呟く〜   作:飴玉鉛

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お待たせ()


27,曼荼羅の狂人ども

 

 

 

 

 

『――以上、現場からの中継でした』

 

『正直に申し上げましょう。私も視聴者の皆様と同じ気持ちです。信じ難いですが、たった今ご覧頂いた映像と、現場からの中継でお送りした被害状況の一部始終はノンフィクションです。繰り返します、先程のものは一切がノンフィクションです。当局が放送いたしました映像には、全く加工や修正など施されておりません。あるがままを皆様にお送りさせていただきました』

 

『本日午後1時頃、東京都港区にある六本木交差点北で、港区を壊滅状態に陥らせる未曾有のテロ事件が発生しました。一般の方が撮影された映像もネット上に拡散しているようで、多くの人が同様の出来事を目撃していたようです。東京タワーは上半分が消滅、港区西から北に掛けて3階以上の高さの物が切断され、倒壊して地面に残骸の山が積み重なってます。被害総額はまだ不明ですが、とんでもない事態なのは確かでしょう』

 

『死傷者の数もはっきりしていませんね。少なくとも1000人以上の方が重軽傷を負い、100人以上の方がお亡くなりになっている……これは、なんと言えばいいのでしょう。ほんとうに現実に起こった事件、いや事故……? 失礼しました、仮にこれを事件と称しますが、この事件は本当に現実で起こったものなのでしょうか?』

 

『いやぁ……流石にこれはナイでしょぉ? CGとか集団幻覚か何かでしょうこれは。いくらなんでも有り得ませんって。まずあの……なに? テレビでこの発言が適当かは分かりませんが、グロテスクな黒い化け物からして有り得ませんよ』

 

『悪魔みたい、でしたね』

 

『空想上の悪魔そのものですよ。2メートルから3メートルほどの巨体、蝙蝠のような頭と翼。はっきり申し上げまして、あんなのを生き物だなんて言えないでしょうよ。だいたい生物学上の見地から見ましてもね、あんな化け物がこの世に存在するわけがない』

 

『まあ……そうですね』

 

『というかあんなにデカいのに、普通に浮いてる……いや飛んでる? うん……飛んでますね。あんな巨体で飛べる訳がない。おまけになんですかあれ。天使って奴ですか? 10代後半から20歳前半の女性が、神父のコスプレ? みたいな格好の外国人男性と殴り合っていたり、無数の悪魔と神父達が戦っていたり……アニメじゃないんですよ? あんなものが現実だって言うなら、なんで今までそれらしい目撃情報が上がってなかったんですか?』

 

『ええ。随分と手の込んだ映像ですね……嘆かわしい限りですよ。いいですか? これは明確なテロ行為です、しかも日本史上でも類を見ない規模の、直接的なテロだ! 個人的な意見ですがネットに動画をあげてる人も疑わしいもんですよ、凶悪なテロ事件を悪質極まる手法で煙に巻こうとしているんじゃないですか!?』

 

『……あのな、あんたは何を言ってるんだ? これは現実のもんでしょう。現に多くの目撃者が出てる上に、六本木交差点前は実際に被害が出てる! 道路は陥没したり罅割れてるし、付近のガラスは全滅してるんだ。CGとか集団幻覚で片付けられる問題じゃない!』

 

『だからテロか何かなんじゃないですか、って言ったじゃないですか? 集団幻覚を引き起こしつつ爆弾でも使ったんでしょう』

 

『馬鹿げてる! もっと真面目に考えたらどうなんだ?』

 

『はぁ。あなたは馬鹿げてると言いますがね、こんなものを現実のものだと思えって言うんですか? お約束の議論なんかできる余地はないでしょ』

 

『幻覚が映像に残るわけないだろう!?』

 

『だから撮影者もグルじゃないかってことですよ。映像を自前で加工でもなんでもして、それっぽくしてるだけに決まってます。現実的にものを考えれば誰だってそう思いますって』

 

『撮影者に無駄な疑いを掛けるなんてどうかしてるぞ、無責任に喋ってんじゃない!』

 

『だったらどうやったら説明がつくか教えてもらいたいですねぇ。ええ? どうなんですか――』

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 バリボリと硬い煎餅を噛み砕きつつ、短髪の赤毛が目立つ美女が呑気に言った。

 

「こりゃ大変な(どえらい)ことになってんなぁ。明日にゃ世界中が注目しかねん」

 

 他人事じみた態度である。茶の間を賑わす珍事件を眺めているだけといった調子だ。

 だが他人事として流せないのは自明である。本来ならもっと深刻に受け止めて、真剣に対応するべく知恵を絞るべき案件だろう。しかし女神アグラカトラにはまるで危機感がなかった。

 むしろ気のない台詞とは裏腹に、その目はキラキラと輝いていて、楽しいイベントを前にした子供のような無邪気さを醸し出している。それを見咎めた訳ではないだろう、逆に同調するかのように翁が歯を剥いて笑った。まるで悪鬼のような笑みだ。

 

「ヒヒ……おいおいどうするんだ神さんよ。情報社会の弊害って奴がもろに出てるやねぇのよ」

 

 死装束の如き白い着流しを纏い、片膝を立てて畳の間に座り込んでいる為、締めている白い褌まで露わにした老人だ。しかし老いていても精力は絶倫、丸太の如き手脚は筋肉に覆われている。

 老いてなお盛んだ。195cmの恵体は衰え知らずの筋骨により支えられ、剥げ上がった頭には側頭部に白髪がしがみついているのみ。それが却って古の侍を想起させる有様で、老人の傍らに立て掛けられている大小の刀がその印象を助長させていた。

 

「これから裏に表に大騒ぎ。切った張ったの馬鹿騒ぎよ。問題はどこまでを切り、どこまでを許容するかだ。半端でお仕舞いにはできねぇ、下手すりゃ国の一つや二つは消し飛ぶかね?」

 

 老人の名は坂之上信綱。隠居していたところをアグラカトラに勧誘されて、【曼荼羅】に招かれた豪傑である。面白いことをするから気が向けば遊んで行けとの誘い文句に乗った酔狂者だ。

 喜悦を滲ませて嘯く信綱の傍らで、背筋を伸ばして正座しているのは小柄な老婆。使い古された安物の着物を着込み、纏め上げた白い髪には簪を差して、閉ざされた双眸と深い皺が相俟り穏やかな印象を醸している。柔和な弧を描いた口元には品があり、膝の前に置かれた短刀さえなければ、猫でも可愛がって暮らしていそうな長閑さがあった。

 老婆は勅使河原誾という。信綱の昔からの知己であり、裏世界でも生き抜いてきた古人だ。であるなら当然見た目通りの老婆であるはずもなく、人のよさそうな誾は窘めるように信綱へ言った。枯れ木の如き様でありながら、見応えのある花のような声で。

 

「甘いねぇ。昔から事を軽く見るのはアンタの悪癖さ」

「あん?」

「国の一つや二つで済むもんかい。徹底的にやるのを好む連中なら、日ノ本を海底に沈めてネット環境とかいうものを人から取り上げるよ。文明の初期化が想定される中で最悪の結末さね」

 

 物騒である。だが真に迫った確信が誾の口ぶりからは感じられた。

 文明の初期化。石器時代への逆行。人という種が積み上げた歴史の積み木を蹴散らす神の所業。事が事とはいえ、たかがあれ(・・)だけのことでそこまでするかと疑うのは人の価値観だ。

 しかし、やる(・・)

 やりかねない存在を彼女達は知っている。

 人の文明になんら価値を見いださず、ただのマモ製造器としか思っていない連中なら。

 アグラカトラは相変わらず呑気に煎餅を齧っていた。バリボリ、バリボリ。咀嚼して飲み込み、熱い茶の湯で口を潤した。そうして赤毛の女神はテレビから目を逸らし、視線を天井に上げる。

 

「婆さんが言う通りの仕置きは充分有り得る。なんせ人の世界は半端に育っちまってんかんな。変に情報が拡散するのが早いんで、記憶を消したり痕跡を潰すのに手が追いつかん。こんだけの規模で馬鹿騒ぎされちまったら、いっそ消し去った方が楽っちゅう奴もおるよ」

「相変わらず始末に負えん話だ。老い先短い儂は別に構わんが、神さんはどうするつもりだ?」

「そうなぁ。あたしとしちゃ、面白けりゃなんでもええんじゃけど……」

 

 茫洋とした視線で虚空を見詰めたまま思案するアグラカトラだったが、やおら愉快犯的に呟いた。

 

「……どうせ遊ぶなら楽しまんと損よ、損。そう思うじゃろ、オマエらも」

「ヒヒ、そらそうよ。儂らはその為に神さんのとこに来てんだ。なぁ、お誾」

「一緒にしてほしくないね。ウチは傍迷惑な老害が、迷惑振り撒いてくたばる様を見届けるだけさ」

「ギャヒャヒャヒャ! 儂より性悪な糞婆め! 細かいとこ抜かしたら儂と同類よ!」

 

 バンバンと膝を叩いて呵々大笑した老骨は、愉快そうに目を細めながら女神に言った。

 

「神さんよ、揃いも揃って儂らは屑だ。己が死んだ後のことなんざどうだっていい、儂らが(・・・)楽しけりゃいいんだ。これ以上儂らの顔色なんざ窺わんでいいぞ、神さんも楽しめ」

「言われるまでもねぇな。オマエらの顔色も知らん。あたしの腹は決まってんのよ。――人間は何も知らん方が美味い、そう言うんが多い、じゃからと言って簡単に片付けさせるんも二番煎じで薄味展開よね? ここいらで一つ、(かぶ)いてみるんも面白いんかもしれんってあたしは思ってんのよ」

 

 人は愚かである方が楽しい。無知である方が美味い。それは真理だ。神の一角としてアグラカトラも否定できない真実である。だがしかし、アグラカトラは愉快犯的な面が強い神格だった。

 マモの味とは無垢の味、無知の味とは罪の味。どれだけ貪っても味は落ちないが、それはそれとして過去何度かあった文明の初期化もつまらない。どのみちマモを大量に欲する欲はなく、さりとて少量の質に拘る性分でもないのだ。ならばこの時代、この世界の節目で遊ぶのが吉だと言える。――言えてしまえるのが【曼荼羅】の面々であり、【曼荼羅】の主神アグラカトラなのである。

 

 赤毛の女神は退屈しない明るい前途を想って笑みを溢しつつ、事の元凶に関わっている存在に思いを馳せた。

 

「そういやぁ爺、それと婆。うちの新顔とはもう会った?」

「新顔?」

「お誾も知ってるはずやが。中身人間のオモシロ天使のことだぞ」

「中身が人間だって? 話には聞いてたが……あれはマジなんかい? けったくそわるい笑い話として聞き流してたんだがねぇ」

「何が『気分が悪い(けったくそわるい)』んだか。儂以上にツボっとったのはバレてるぞ」

 

 呆れる信綱に、誾は都合の悪いことは聞こえないふりをしつつアグラカトラに問いを投げた。

 

「主神殿。其奴(そやつ)の名は? 今どこで何をしておる?」

「名ぁはエヒムよ。今どこにいるんかは……」

 

 室内であるにも関わらず、遠くを眺めるように片手を額の上に翳したアグラカトラは、話題の人物の居所を視認して破顔した。ほんとうに退屈させん奴やんなぁと、心底楽しそうに。

 

「――おいおい。【教団】の手勢を率いて、埼玉にあったらしい【曙光】の拠点に殴り込んどるぞ」

 

 アグラカトラの台詞を聞いて、一瞬押し黙った爺と婆は顔を見合わせた。

 

 それからすぐに声を上げて爆笑する。

 

 奇人変人の巣窟【曼荼羅】で、最古参二人の狂人に大層気に入られてしまったとは、さしものエヒムも想像だにしていないだろう。

 アグラカトラとしては数少ない仲間と、共に笑っていけそうで大変結構なことだと思う。無論その笑顔の裏に邪念は微塵もない。面倒臭い性質のモノを好む女神は馬鹿騒ぎが大好物だから。

 赤毛の女神はワクワクとしながら、遠く離れたシニヤス荘の一室で、推しの天使の活躍を観戦する。爺と婆がうるさいから、実況などもしてやろう。

 

「さあ始まりました、エヒム選手の渾身のキックで……プレイボールです!」

 

 

 

 

 

 

 

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