Цена 0章「題名のない表紙」【先行公開版】 作:姊園 理違
□1976年
・ロシア連邦 モスクワ
僕はここにいる。
隣に誰かいる。
下には質量の差で多彩な
それは誰もが知っている当然。6歳の俺は、その普通が好きで堪らなかった。
当時の俺は、家の窓から夜空を眺めることが好きだった。
煌く星たちが移り変わって、月が俺達を照らしてくれている。
最初に光った一番星から順番に光った五番星までを繋げて、カシオペヤ座と決め付けた。
本来のカシオペヤ座とは形も場所も全く合っていないが、そんなのは関係ない。
今日のカシオペヤ座はあそこで、昨日のアンドロメダ座はもう見えないし、明日のオリオン座はどこかにあるのだ。
「あの五つの星が、カシオペヤ座!」
自慢げに指を指すと、母さんは微笑んで俺の指先に浮かんでいる星を見据える。
「へぇ、そうなんだ! 綺麗だね!」
父さんは目を細めながら俺のカシオペヤ座を追いかけると、「ふふっ、違うよ」と薄笑いを浮かべて、「星もバラバラだ、えーっと……ほら、あそこの星があるだろ? で、近くで輝いている星を繋いだらカシオペヤ座だ」と、指を指す。
なんだか自分の考えを否定されたかのようで、俺は不貞腐れた。
「ふーん、でもお母さんはイワンのカシオペヤ座の方が好きだな」
不正解の星座を母さんはいつも褒めてくれる。
「答えに頼らないで、自分なりの答えを探そうとするのは良い子の証」といつも言ってくれていた。
「でも……お父さんが言ったカシオペヤ座が正しいし……それに綺麗」
この世は、正解が一番正しいのだ。
父さんの星座の知識が豊富で、何より星を語る姿がとても様になっている人だった。
「確かにカシオペヤ座は既存の星だからイワンが見つけたものとは違うけど、星や宇宙に正しい事なんてないんだ」
夜空を見つめながら語り続けた父さんの横顔は、今でも記憶の中に刻み込まれている。
「それは地球もそうだ。人間は宇宙に出たけど、まだ地球の事すら完全にはわかっていない。星座も誰かが勝手に作った口伝えみたいなものだし、それらが正解のようになっているけど、実はそうじゃない可能性も幾らでもあるんだ」
熱意だけは伝わったが言葉の意味がいまいち理解できず、助けを求めるかのようにこてんと首を傾げた。
「まだわかんなくて良いわよ、お父さんの話は難し過ぎるの」
「そ、そうか……確かに難しすぎたな……」
母さんに言われ、父さんは少し項垂れる。
「あの星がそうなら、そう。イワンの考えた通りのもので私はいいわ。イワンも、イワンの思った通りのものになりなさい」
母さんは微笑みかけ、俺をそっと抱きしめてくれた。
大人になったら、かつて大人たちの言っていた言葉やしつけの意味を理解してくるものだろう。
しかし、その言葉の意味を俺は今でも理解できていない。
「できれば、カシチェイに出てくる王子様の様な素敵な人になってほしいわ」
母さんは昔からオペラが好きで、何よりも「不死身のカシチェイ」という作品が大好きだった。
男の子だったら「イワン」。女の子だったら「カシチェエヴナ」と名付ける予定だったらしい。
イワン王子のようになってほしいって言ってたけど、その王子は王女を助けに行っている途中でカシチェエヴナに惚れ薬のようなものを盛られて、虜になった末に酔って寝ちゃうんだよな。
なんか……その王子、少し間抜けな気もするんだが、そう思うのは俺だけだろうか。
「……今の戦争が終わったら、空が見えやすい所へまた夜のお出かけに行きましょうね」
母さんの言葉はとても淑やかで、でもどこか哀しげだった。
父さんが母さんと俺の背中をそっと抱き寄せる。
両親は星を愛し、音に恋している。
こんなどこにでもありそうな日常が、俺にとっての宝物だった。