Цена 0章「題名のない表紙」【先行公開版】   作:姊園 理違

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1985年【1】

□1985年

 

 イワン・アーニノフ少尉(・・)は、網膜投影によって映りだされた光景を凝視する。

 周辺には彼の部隊が運用する型落ちの『MiG-21(バラライカ)』11機が並び立ち、連隊規模の戦術機甲部隊や火砲、攻撃ヘリ、T-80、BM-21が配備され、地平線の先からこちらのステージ(陣地)へとやって来る“お客様“のご到着を兵器共々待ち構えている。

 イワンの所属する『ミェーチ中隊』は、彼含め補充されたばかりの新兵8名と3回程度しか戦闘経験のない衛士4名たちによる不安しか残らない部隊であった。

「CPより作戦展開中の各部隊へ──振動波、徐々に増大。音紋照合ネガティヴ。コード991発生──繰り返す、コード991発生」

 警報を聞くなり兵士たちに緊迫感が走る。

 イワンら新兵達は、カメラ越しで目にすることとなるステージ(戦場)に胸が締め付けられていく。

 今日この日、生存の彼方にある歿を初めて目の当たりにし、命を死守する事となる。

 数分前まで恐怖紛れに雑談をしていたというのに、今となっては全員が沈黙を保っている。それが逆に、死への恐怖を増長させる事となった。

 一呼吸。二呼吸。三呼吸目に通信が割り込んでくる。

「“BETA”郡前方約6000、尚も接近。戦車部隊、砲撃開始まで残り30秒」

 CPがその名と共に到達を予告する。そして各戦車はお客様(来訪者)の来る方角に主砲を構え、お出迎えの用意を済ませる。

 来る、訪れる(来る)来てしまう(来る)

 此方へとやって来るは、恐怖の象徴。

 ヒトに関心など無く、道を塞ぐものを蹂躙し、全て踏みにじる宇宙からの侵略者(インベーダー)

「…………4、3、2、1、0!」

 

 ──莫大な爆発音と共に、イワンの初陣は幕を開けた。

 

 125mm滑空砲が一斉に火を噴き、周囲に砲撃音が残響する。

 これが第一部。迫力のある舞台には大量の火薬が必要なのだ。

 次に其処ら中に散りばめられた地雷の起爆音が激しく地を駆ける。

 品性も無ければ、知性も無い。走る事しか知らないケモノ共の多くは、ここで足止めを食らうだろう。

 だが恐怖を知らぬ輩の中には砲撃も地雷原も乗り越え、こちらへと突破するもの達もいる。

「ミェーチ1より各機、残り約20秒後に奴らがお見えとなる。主機を戦闘出力に上げ、戦闘体勢に移れ。新米共はその青くせぇケツを叩き起こして気を引き締めろ。雑魚はすぐに死ぬぞ!」

 ミェーチ1(隊長)から通信が入り、隊の全員が次々とMiG-21を立ち上がらせ、辺り一面に地鳴りを発生させる。

 第二部の準備だ。ここからは衛士の駆る戦術歩行戦闘機──『戦術機』の独壇場である。

 MiG-21の両肩部センサーやメインセンサーが深奥の敵を睨みつけるかのように発光する。

 他部隊のMiG-23(チボラシュカ)MiG-27(アリゲートル)も共に起動し、戦闘態勢へと移行した。

 イワンは操縦桿を強く握り、一層気を引き締めると双眸を凝らす。

 戦車や地雷の掃い溢しを出迎えだ。

「突撃砲を構えろ。──これより、零れ出たBETA共を掃討する。全機進めぇ!」

 跳踊ユニットに噴射炎が棚引き、ミェーチ中隊はBETA目掛け強襲を仕掛けに行く。

 他の戦術機甲部隊も攻撃を始める。

 振動と加速で体に負荷がかかるが、それは訓練でとうに慣れたこと。

 マップ上に敵の数が表示されていき、イワンは息を呑む。

 網膜投映でその姿が確認できるほど接近し、操縦桿を握る手の力が更に強まっていく。

 映像や資料でその姿を見た時は、こんなデタラメな見た目をしたやつに人類は敗北を続けているのかと衝撃を受けたが、そんな考えを吹き飛ばすくらい、直に見た異形の衆は博愛主義者ですらも悪心を抱く程の神秘だった。

 

「あれが“BETA”……」

 その名を呟いたイワンの脳裏には両親がいた。

 そうだ、あんなデタラメな姿をした奴らに全てを壊されたんだ。

 人の住んでいた証全てが瓦礫と化そうとしているこの街で、我らの防衛(パート)が始まる。

 イワンは陣形を取りつつも、跳踊ユニットの出力を微速ながら上げていった。

 これは復讐だ。俺から大切な宝物(もの)を奪った“恐怖の元凶”をこの手で叩き潰す。

 

 木賊色に紫の斑点を乗せた仮面の怪物が、先頭を一心不乱に疾駆する。

 それと共に、隙間から紅色に膨らんだ眇々たる虫のような大群が現れた。

「奴らのお待ちかねだ! こちらは戦車級を優先して攻撃する。全機、巡航飛行(クルーズファイト)のまま36mmをぶちかませぇ!」

「「了解ッ‼」」

 突撃砲を構え、虫の大群(戦車級)に36mm弾をおみまいしていく。

 イワンも上席らの背に続いて戦車級を捉えると、操縦桿のスイッチをカチッと力強く押した。

「──砕けろっ!」

 震える手を必死に抑え込みながら撃った弾丸は見事命中し、臓物が文字通り弾け飛ぶ。ここまでは訓練通りの流れだが、現場の緊張感とホンモノの感覚に少し目眩がする。

 自らの手で死骸に変えた戦車級からは生物と同じ白い骨が見え、臓器が剥き出し、血も溢れていた。

 だけど、──こいつらは生きものなどではない。

 イワンはそれから、何度も操縦桿のスイッチを押し続けた。

 その度に砕け、無機物な肉片となったBETAは二度と起き上がらない。

 

 ──嗚呼、これはあの時と何か似ている。

 総戦技演習で、分隊の食糧が底をついたことがあった。

 全員が空腹で、ゴールを目指すどころではないくらい我慢の限界がきていた。

 その時、俺らの目の前に一体の小鹿が迷い込んできた。

 地面へと顔を近づけ草を食べる小鹿を皆が凝視し、合図も無しに皆が意のまま駆け出した。

 それに気づき逃げる小鹿を追い込むと、俺がナイフで首を何度も叩き切って止めを刺したのだ。

 火を起こす道具も無いので、そのまま頭にかぶりつく。

 脳味噌の周りの膜を引き千切り、ようやく辿り着く。舌の上で潰れる感触や、舌にゆっくりと八重歯を刺し込んだ時の血管がブチブチと切れる感触が口の中に広がって、鉄の味に胃もたれを起こす。

 ふと、食べてしまった小鹿に母親がいたんじゃないかと思い、『そっち食べたかったな』と欲深い事を考えてしまった。

 

 いつかの記憶に脳を浸らせないと平静でいられない。

 戦場で生き残るのは、真面目に狂う事の出来る狂人だけ。

 そんな彼にお似合いの敵は、何度も(まだ)来る。

 鉄仮面(突撃級)目標(こちら)を目掛け加速を続けている。

 しかし、今回は幸いにも未だ要塞級も光線級すらも確認されておらず、空中からの攻撃は問題ない。

 大海のように広がる青空へと跳踊ユニットを噴かせ、BETAを持て成す用意を整わせる。

 地上では戦車級にバラされていく戦車や、突撃級の突進に巻き込まれた戦術機が大破していくのが見えた。

 この一分一秒の中で味方が何人も命を落としている。そんなことが目の前で平然と起こるのだ。

 後退中の戦車部隊へと襲撃をかける突撃級達の背後に機体を廻すと、上空から弾丸を撃ち込み次々と絶命させていく。

 

 イワンはマップを確認し、後方に映っていた味方マーカーを妙に感じた。

 ミェーチ8……同期の眼鏡をかけている……。たしか名前は、ニータ・フルチョフだったか。

 先程から俺の背後を付いて回っている。

 俺のおこぼれでスコア稼ぎか? とも思ったが、それは違うと感じた。

 生き残ることと殺すことに必死な兵士が、初陣でそんな余裕を持てるはずがない。

 『気にしている暇は無いな』と切り捨てると、推進剤残量が60を切っていることに気付いた。

 使いすぎると後々面倒になる。仕方なしに一旦地上に降り、戦車級を迎え撃つ。

 ──これなら余裕で行ける。

 三門同時射撃で戦車級を撃ち落としていくその最中(さなか)

 接近警報が耳を刺す。──しかし、それに気付いた頃には既に遅かった。

 空から降ってきた影は陽を隠し、厖大なサイズの剛腕をこちらに振り下ろしていた。

 歯を剥き出しにした永久の闘士であり、粗暴な襲撃者。

 低劣な闘争者(要撃級)の前腕触角に殴られたら最後。無造作に弊履に潰されていき、最後には屍の華を作り上げる。

 素晴らしかった。と、花束を渡して退場を願うかのように。

 だが、イワンはこんなところでの退場()など望んではいない。

 始まったばかりなのにこんなところで終わる? もう終わり? こんな早く?

 だけど皆、こうやって死んでいった。

 その機械(衣装)は君に似合わないと、薄ら笑いで言いたげに。

 違う、俺はまだ戦える。ここで満足できるほどちっぽけな憎しみで終われない。

 父さんや母さんを殺し、故郷を奪った時以上の苦しみをまだ与えられていない。

 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、こんな死に方は…………絶対に違うッ‼

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