Цена 0章「題名のない表紙」【先行公開版】   作:姊園 理違

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1985年【2】

 ここは、母なる大地の上。

 メインセンサーが血みどろで見れたものじゃないが、サブセンサーで今の状況を確認することができた。

 俺に向かって振り下ろされた前腕触角はかすることもなく、下品な顔を失った要撃級は音を立て地面へと倒れ込んだ。

 神が与えた偶然? 違う、そんなものはない。

 これは誰かが与えてくれた必然。

 機体の頭部を必然の送り主に向け、その姿を確認する。

 銃口から硝煙を舞わせ、こちらの安否を伺っているニータのMiG-21の姿がそこにあった。

「あいつ……」

 彼が自分を助けた事にイワンは驚きを隠せなかった。

 教育施設にいた時は一度も話したことが無く、寧ろ避けられているのかとすら思っていた。

「どうし……」

 

「危ない!」

 彼等は安心する隙を決して与えてくれない。

 立ち止まっていたイワンへと、他の要撃級が前腕触角を勢い任せに振り降ろしたのだ。

 されど当たらない。

 イワンは軽やかにかわし、その攻撃は虚空を裂いただけで終わった。

 そして背後へと回り込む。──ここで射撃攻撃を食らわせれば、撃破できる。

 だが、その主腕には突撃砲がない。先程持っていた突撃砲は地面に捨てられていて、残りは兵装担架へとマウントされているままだった。

 ──まずい。とニータは援護体制に入ろうとする。

 要撃級が体を回そうとした瞬間。イワンのMiG-21の右主腕部に装備したナイフが後ろ首を突き刺した。

 ナイフは徐々に首肉を駆け抜け、刃先が顔を出す。

 そのまま持ち上げようにも要撃級の重量がかかり、中々持ち上がらない。

 しかし、そんな行為を遂げようとせずとも敵の死は確定している。

 故に無意味な行動。だがイワンの手は止まらない。

 ──『絶命させてやる』。その信念が彼をこの行動へと導いていた。

 復讐相手(BETA)をグシャグシャに壊してやるのだ。

 要撃級の尾節()が引き吊り上げると、その隙間から血液が溢れ出し、感覚器の砕ける音が早鐘の如く音の波紋を拡げる。

 

「うぅぅぅぁああぁあぁあっああアアアアアアああああああッ‼」

 

 イワンの咆哮と共に気味の悪い音を鳴らしながら、尾節が縦へ真っ二つに斬られていった。

 斬られた箇所からは大量の赫が零れ、地面に飛び散っていく。

 イワンの叫びは到底人のものとは思えないものであった。

 惨劇のように見えるが、彼にとっては讐劇の叫び。

 怒りの反吐を吐き捨て、あの時の少年は今や復讐の鬼形となっていた。

 その姿にニータは圧倒されていた。

 俊敏な操作に、殺意が薄らと見えるその腕前。

 同じ初陣とは思えない程の気迫だった。

「す、すごい……」

 圧巻の末に思わず言葉を漏らす。

 するとイワン機は兵装担架(ガンマウント)を空へ上げ、後方射撃で弾を撃ちだした。

 唐突な射撃にどういうことかと戸惑っていると、突然接近警報が鳴り響き、肩を確認すると戦車級がこちらと目が合うようにして乗っかっていた。

 咄嗟の事に慌てながら振り掃うと、抵抗の無い事を妙に感じた。

 よく見ると戦車級には既に撃たれた痕跡があり、来た角度からしてイワンが射撃したものであった。

 一瞬のことだが、自分を助けてくれたようだ。

 すると突然通信が入る。

「ミェーチ6よりミェーチ8、思ったより数が多い。ここでは二機連携(エレメント)で行くぞ。俺が先頭、お前は後方で残った奴らを撃ち落とせ」

「み……、ミェーチ8、了解!」

 少々上がり気味の返事をすると、両主腕部に突撃砲を装備する。

 その返事に相槌をうち、イワンも左主腕部に突撃砲を装備させた。

 準備が整うと両機は跳踊ユニットを走らせた。

 次々と目の前に映るBETA群を撃ち潰し、擦り潰し、侵寇の限りを尽くす。

 

 ──イワンと共に駆け抜けていくニータの活力は生存欲。

 被支配民族の出身故、親の顔も知らない。

 彼はそこで出会い、兄弟のように育った同じ被支配民族達と共に兵士を目指し続けた。

 だが、いざ戦場となるとどうしたものか。

 自分から前に出る事が出来ない。怖いのだ、死ぬことが。

 訓練兵時代。人間がBETAに食われる資料映像を見た時、誰よりも真っ先に吐いて外へと出て行った。

なんでロシア人じゃないってだけで、あんな目に合わされるんだ。

 あぁ、ロシア人が憎い。あいつらは安全な街に住んで、暖かい場所で味のある料理を食べて、ふかふかなベッドで好きなやつ抱いて寝てるんだ。

 許せない、許せない、許せない。

 お前らはそんなに偉いのか?

 

「おい! 戦車級3、頼んだぞ!」

 その言葉で我に返り、目の前を確認するニータ。

 こちらの方に近づいていた敵を目視し、突撃砲による射撃で掃討した。

 安心して一息溢すと、前進を続けるイワン機を見て機体を急がせた。

 ──ロシア人が憎いというのに、前を任せているのはそのロシア人だ。

 イワンは訓練施設に途中から入ってきたやつで、なんか気に食わなかった。だってロシア人だし、ロシア人は自分が偉いと思っている屑の集まりだ。

 だけど、今は違う。

 まるで戦闘の為だけに作られた機械のよう。正確に敵を殺め、必要以上に残酷に斬る。

 そうか、これが戦場での彼なんだ。とニータは感心しつつも、周りに群がるBETAの中を押し通していく。

 

 ──少年兵イワンの活力は復讐(しん)

 9年前の記憶は未だ消えず、彼の奥深くに刻み込まれている。

 両親がまだどこかで生きていて、俺の事を探しているのかもしれないと希望を抱いていた。

 この日までは。

 鋭い突起の下で微小に蠢く肉。悍ましいその姿を実際に見て、気付いてしまった。

 両親はもういない。と。

 希望は戦場(ここ)で砕け散った。

 じゃあ、どうする。

 この場で無様に怯えて、BETAに食われるのを待つか? 自ら命を投げ出すか?

 この二者択一は、どちらも否である。

 正解は闘争。殉じた同胞(はらから)達の悲願を晴らすため、未来(さき)へと繋ぐ戦いを。

 舞台で台詞を忘れ、何もできずに立ち竦む役者よりも、アドリブでその場を乗り切る者こそ真の演者。という言葉を耳にしたことがある。

 台本(願い)は失った。ならばもう、イワン・アーニノフとして生きる事に意味はない。

 それなら、これからの生涯を軍人としてのイワン・アーニノフとして生きる他無い。

 どうせ後戻りはできないのだから。

 

 誰かの日常(故郷)だった街で、鉄の巨躯は銃を撃つ。

 皆が見上げ、この世の広さを知った青空(そら)の中に鉄の翼を広げ、飛翔する。

 掛け替えのない“普通”を宇宙からの来訪者に破壊され、人々は泣き、嘆き、喚き、そして死んでいった。

 色んな気持ちが生まれ育った数々の街の上に広がるのは、人類の剣先(きっさき)と称された鉄の塊と異生物の紅い水。

 この敵は決して神様などではない。

 神は、当の果てに絶命している。

 果てなき戦闘の中、仲間の悲痛の叫びと共に味方マーカーが消失していく。

 それは一度ではなく何度も。味方がまた1人、また1人と。

「──こ、こちらミェーチ5! た、助けてください‼  BETAが私の機体に‼」

 ミェーチ中隊全機に女の声が入る、それは悲惨なる救援要請だった。

 ミェーチ5のMiG-21には数体もの戦車級がへばりつき、装甲を剝がそうとしていた。

「ちょ、ちょっと! 誰か、誰かって──」

 重さに耐えきれず、機体を横転させてしまうミェーチ5。

 他のミェーチ中隊全機は無数のBETAを相手に、手を出せずにいた。

 女であっても戦場は変わらない。

 生物に生死を問う場。そこに性は無関係だ。

 心臓(管制ユニット)に群がる戦車級。

 (装甲)は剥ぎ取られ、人の作り上げられた物は全て無価値なものへと壊されていく。

 加減知らずに掴み上げられると、程よく鍛え上げられた腕から奇妙な音が鳴った。

「あぁぁぁぁあああああああ、いっっだぁああいいいいぃぃっっっあああああああああ」

 その身を守る為の装備すらも、肉骨と共に引き千切られる。

 命が赤く染まるにつれ絶叫は静寂し、最後には管制ユニットの中で咲き散った。

 声を聴き、ミェーチ10が彼女の元へと機体を傾ける。

ミェーチ5(タチアナ)……お前らぁああああああ」

 ミェーチ5に群がる戦車級を撃退し、絶望の表情を浮かべながらミェーチ10は跪く。

「タチアナ……痛かったな、辛かったな…………ごめんな、今、連れてかえ」

 気密装甲兜を装着し、彼女を回収しようと管制ユニットを開いた瞬間。

「バカ! ヴィタリー! そこからすぐに離れろ‼」

 ニータが叫ぶ。だが彼には聞こえなかった。厳密にはもう聞ける体が存在しないのだ。

 突撃級の激突にミェーチ10(ヴィタリー)の管制ユニットが一撃で凹み、そのまま宙を舞うと地面に叩きつけられた。

 ──物語に必要な刺激ではあるが、戦場では愛は無用の感情となる。

「あぁ……、タチアナ、ヴァタリー…………。──ッ‼」

 ニータは怒りを静かに表し、弾丸に籠めていく。

 兄弟同然の仲間を殺された。こいつらを赦す事は出来ない。

 彼の心境を機体行動で感じ取ったイワンは、ニータ機から遠ざかるように加速を始めた。

「ミェーチ6からミェーチ8。──俺が単機で半径300m圏内にいるBETAを片付ける。お前は他のやつの援護に回れ」

「ッ⁉ 1人じゃ危険だ! 俺も」

「大丈夫だ、これくらいの数だったら俺1人でも何とかなる。──それに、ロシア人の俺がいたらやりづらいだろ」

「…………」

「じゃあ、頼んだ」

 無言を了解と受け取り、単独行動へとシフトした。

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