Цена 0章「題名のない表紙」【先行公開版】   作:姊園 理違

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1985年【3】

 俺はここにいる。

 隣にいた誰かが死んでいる。

 下には機械と異生物の音響を轟かせる大地があり、上には惨劇を楽しみにしながら天気を着飾っている空がある。

 ──父の大きな手を捥いだかもしれない戦車級を撃ち殺す。

 ──母の美しい髪を頭ごと潰したかもしれない要撃級にナイフを刺し込む。

 ──二人を踏み殺したかもしれない突撃級を背後から狙い撃つ。

 全てを奪い、蹂躙し、理由もなしに俺の大事な人達を奪い取ったBETAたちを片っ端から殺していく。

「……全部、全部元に戻せぇぇぇ‼」

 あの街も、何でも知っている父さんも、愛してくれた母さんも、全て元に戻せ。

 まだ足りないのか? まだ絞り足りないのか? これ以上何を望む?

 これ以上、また何か奪うのか?

 奴らは容赦なしに「死ね」と突き付けてくる。じゃあ──。

 

「お前らが死ねえぇえええエえエエええェえッっえぇえエエええ‼」

 正面から何発も120mmを突撃級に喰らわせる。

 硬い装甲殻が割れ、血と臓物をまき散らし突撃級は寂滅する。

 だが、絶命した事にも気付かぬままイワンはスイッチを押し続けていた。

「──ミェーチ6! ──もう──戦──ただ──」

 けたたましく鳴り響く通信の声すらイワンの耳には届かない。

 BETAを殺す。全部全部全部。俺が死ぬ時はBETAを殺して死ぬ。死ぬ時はお前らも一緒だ。嬉しいか、楽しいか、死なんて感情の無いお前らにはわからないだろう。

 死ぬ時は──。

 

 突如、イワンの体に鎮静剤が投与された。

 イワンはレバーからそっと手を離し、徐々に冷静さを取り戻すと、赤く焼けている銃口をじっと見つめた。

 酷く脱力し、小さく一呼吸置いた瞬間、左肩部を触れる感覚に思わずナイフを握りしめた。

「ま、待て待て! ミェーチ6! 俺だ! ミェーチ8!」

 咄嗟に向けたナイフの刃先には、一緒に戦っていたニータの機体がいた。

 ナイフシースに戻し辺りを見渡すと其処ら一帯は血に塗れ、BETAの死骸と血肉の華となった戦術機が転がっている散々とした状態だった。

 もう街と呼べる光景はここに残っていない。

「作戦は成功した……。俺達も帰投するぞ……」

 通信越しに映るニータの表情はどこか窶れていた。

「……ミェーチ6、了解。……どうかしてた」

 イワン・アーニノフ少尉の初舞台(初陣)は、狂劇として終幕した。

 

 MiG-21を野外格納庫(ハンガー)へ戻し、整備パレットに足を付けると突然の目眩に襲われ、イワンは手すりに体を預けた。

 手の震えを感じ取り、自分を情けなく感じた。

 手すりに捕まったまま下にいた同期の衛士達をジッと見つめると、疲れ果てた様子で座りながら何かを話し合っている。

 イワンは何となくだが内容を察した。

 今回の被害は比較的少なめだったようだが、一緒に配属された残り4人は、先の初陣で戦死してしまったのだ。

 8人の新兵がたった一度の戦闘で半分も。割に合わない。

 だがしかし、これも現実だ。──最悪中隊全滅だってあり得たのだから。

 目眩が治まると、イワンは下にいる3人の方へと向かう。

 「よぉ」と声をかけると3人はイワンの方へゆっくりと目をやり、虚ろげな表情で少し戸惑いを見せた。

 どう話しかけたら良いのか、と歩きながら悩んだ末の話。

「昨日の夜さ、賭けてたろ。俺が8分で死ぬか死なないかって」

 ついさっき彼らを見て、ふと思い出したことだ。

 イワン以外の同期達が金を出し合って、イワンが8分以内に死ぬかの賭けをしているのを見てしまったのだ。

 すると3人共下を向き、更に黙り込んでしまった。

「俺は8分以内に生き残って帰ってきたが、誰がその金を受け取るんだ?」

 それでも尚続けるイワンにニータが口を開く。

「お、お前が生きる方に賭けた奴らは全員死んだよ……駆け金もミェーチ10(ヴィタリー)が持っていたから、どこにあるかわからない……」

 ヴィタリー……。タチアナの遺体を回収しようとして、突撃級に管制ユニットごと潰されたやつだ。

 あいつが持っていたのか……ますます場の空気を悪くしてしまった気がする。

「じゃあ、お前ら賭け損じゃんか」

 3人は何も言い返せずに項垂れてしまい、イワンは溜息をついた。

「ニータ」

 イワンは静かに名を呼ぶと、ニータは驚いた表情を見せつつ覚束ない足取りで体を起こした。

 彼に名前を呼ばれたのは初めてのことだった。

「ありがとな、お前が背中を守ってくれなきゃ……死んでた。──それだけ」

 イワンは背を向け、早足にその場を後にした。

 誰かに感謝することなんて久方ぶりだった為、少々照れ臭かったのだ。

 そんな彼の背中をニータは呆気にとられた様子で、棒立ちのまま視線で見送る事しか出来なかった。

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