中原ミズキがスパダリ男装美女にレズ堕ちする話 作:あんみつ炙りカルビ
「ご注文の品だ。火傷には気をつけてな」
「ありがとうございます、ミカ司令」
「元だよ。椿。元気そうで何よりだ」
既に閉店時間だが、ミカは最後に入ってきたお客様に自慢のコーヒーを振る舞っていた。千束と店を始めた頃には下手だった焙煎や淹れ方も随分と様になって来た。
そして、かつての教え子がわざわざコーヒーを飲みに来てくれる。それだけの時間が経った事ともう時間がない事を暗に示していて。
「ミズキから聞きました。リコリコ喫茶店閉めるんですね」
「ああ。お前が来ている事は知っていたが、いつになったら来るかどうか不安だったよ。まさかこんなギリギリになるなんて思わなかったくらいだ」
「気持ちの整理をつけたくて………でも、何とかなりそうなのです。後は家族にご挨拶をと」
喫茶店を閉める理由は楓から聞いていた。
千束の心臓、それが壊されて20歳までもたない事が原因だと。
「ミズキさんと結婚させていただきます。同性婚になる為、色々と不便なことがあると思いますが………過去に比べたらなんてことはないと笑い飛ばせる気がするのです」
「ああ。いい機会だ。ミズキを引き取ってあげてくれ。ついでにくるみも引き取ってくれたらありがたい」
「新婚生活にいきなり子供はハードルが高いですね………」
リコリコ喫茶店を閉めた後、それぞれの道を歩んでいく事は決まっていた。たきなはDAに復帰、くるみは海外逃亡。そして、ミズキは椿との国際結婚だ。
「式はハワイであげようと思います。ミカ司令も誘いますので時間が合えば是非来てください」
「………ああ、善処するよ」
その言葉に覇気がない。鍛えられた肉の鎧が気持ち萎びているようにも見える。当たり前の日常が失われる。それの恐ろしさを椿は身をもって知っているから、問いかけた。
「やはり、応えますか? 実の娘のようなものですよね」
「だが、わかっていた事だ。決まっていた事だ………揺らいでいるのは私の覚悟だけなんだ」
「揺らぐなんて当然ですよ………貴方は千束さんの父親なんですから」
血が繋がっていなくても、そこには親子の情があった。
でなければ、ここまで悩むはずがないのだから。
血が滲むほどに拳を握りしめて、肩を振るわせる元司令にかけた言葉はそれだけだ。香ばしい香りの酸味が深いコーヒーを飲み終えて、彼女は小銭をカウンターに置く。
「僕は………幸せを掴みました。ミカ司令。貴方は千束さんに何をしてあげたいですか?」
「私は………千束を………」
「それがきっと答えですよ。今までお疲れ様でした。ミカ司令。僕は前へ進みます。気にかけてくださってありがとうございました」
ベルを鳴らして、外に出る。
日本の冬を感じられるのも後少し、もうすぐ椿はアメリカへと帰るのだから。
*
「さて、ミズキ。忘れ物はないかな?」
「大丈夫。くるみは? あのでかいパソコンいいの?」
「構わない。元々アレはウォールナットを動かすための端末だからな。本体はボクが持ってる」
リコリコ喫茶店前に迎えに来た、椿の車にミズキとくるみは荷物を載せて乗り込んでいく。見送りは千束と店長だけだ。
たきなは今頃DAでの最終作戦に臨んでいるだろうから。
「それじゃあ、千束さん。元気で………って言うのはおかしいかな? 後悔なき人生を。僕の恩人、電波塔の英雄さん」
「椿さんもね〜ミズキ泣かせたら、枕元に立ってやるから」
うらめしや〜と手をぷらぷらさせる千束の言葉に、助手席のミズキの顔が曇るのを横目で見たが、どうする事も出来ず、別れの言葉を幾つか交わして、椿は車を発進させる。
空港までは1時間ちょっと、車内の空気は悪くはないが重たいものだ。椿が好きなジャズも雰囲気に合っていないので、消して窓を開ける事、数分。
「椿はさ、千束を助けてあげられないの?」
窓を眺めていたミズキの言葉は諦観が入り混じっていた。わかってはいるけど確認したい。そんな気持ちで。
「無理だよ。僕は医者でなければ研究者でもない。人を笑顔にする事だけしか出来ない人間だ」
「千束はさ、まだやりたい事あるはずなのよ。リコリス終わっても、あの性格なら人生謳歌して生きていくでしょうし、まだ知らない世界だってあるもの」
「だけど本人が納得してしまってる。ああいう人物を変えるのは難しい。もっと生きたいじゃなくて、限りある人生を。の精神だからね。僕達が騒ぎたてても諦めから受け入れてる」
「結局、私たちには無理だってことか………」
「後はたきな次第だな。たきなが説得して………千束が折れるのか?」
「それこそ不可能だろう。たきなさんは千束さんに生きていてほしいけど、彼女の説得で折れるならミカ司令の説得で折れるから」
ああでもない、こーでもないと机上の空論、取らぬ狸の皮算用とばかりの会話を重ねてまともな解決策もなく、空港に着いてしまう。
もうここまで来たら、自分達に出来る事はないと気持ちを切り替えるしかないのだから。
「飛行機のチケットあんがとね〜くるみ」
「椿からの前払いのおかげだな。じゃなきゃ、ミズキだけはエコノミーだった」
「やーん、ダーリン大好き〜!」
受付ロビーで飛行機を待つ時間さえも千束を救う手立てを考える中で、椿の携帯が震える。開いてみれば、それはショーの予約に内容の打ち合わせ。
「何それ。悪戯?」
「ショーの打ち合わせだよ。復帰予定日が近づいて来たからって気が早い人達だ」
帰ってから、まだ猶予があるとはいえ既に彼女の復帰を待ち望んでいる人が多くいるようで。椿が適当に返事しながら、スケジュール調整をしていると、アナウンスが入り、くるみが立ち上がる。
「それじゃあ、元気でな。ミズキと椿。結婚式には行けないが贈答品は送るよ」
「くるみもね〜海外で捕まるんじゃないわよ〜」
「またね、くるみさん。良かったら、いつか僕のショーに来てほしいな」
「………気が向いたらな」
今生の別れになるかもしれないが、あっさりした別れに少し拍子抜けした椿にもアナウンスが入る。ミズキと共に飛行機へ向かい、ファーストクラスの席に歓喜するミズキを見て、切り出すべきではないかもしれないと考えていた言葉を口にする。
「ミズキ、本当にいいのかい?」
「………何が?」
「千束さんのことだよ。僕と一緒に来てくれるのは凄く嬉しいし、正直なところ浮かれてる気持ちもある。でも、後悔はしないのかい?」
「………今、ここで長年連れ添った妹分選んだら、憧れてた夢を捨てた後悔に苛まれるわよ。どっちにしろ、後悔するなら諦めざるをえない選択肢を選ぶに決まってんでしょう」
話は終わりだとばかりにアイマスクをつけて、睡眠体制に入るミズキに椿は不満がありげだが、ミズキと千束の関係性に口を出すほど無粋でもない。
本人達がそれでいいならばと、何とか呑み込んで納得して、CAにドリンクを頼み、快適なフライトを楽しもうとシートを──
「あ、あのう………お客様? お外にパパとママに捨てられた娘を名乗る人物が………」
「パパ?」
「………ママ?」
ミズキもその声に起きて窓を開ければ、そこには金髪の美少女がスケブ片手に必死になって訴えかける姿。
それを見た椿とミズキは顔を見合わせて笑って、
「「人違いです」」
窓を閉じたが、今度はスマホをハックされて、無言のスタンプ爆撃が発動する。どちらにしろ、うざったらしいことこの上ないのでミズキが電話をかけて、文句を言うが、暫くして、彼女は目を見開いた。
「千束の心臓が!? そう、わかったわ。で、私はどうしたらいい? うん………分かった。要請をかけるわ。ただ行く前にちょっと待って」
「千束さんの心臓がどうかしたのかい?」
「………吉松が人工心臓を持ってるらしいわ。今ならそれを取り返して千束を助けられる! だから………椿、私は」
ミズキの言葉が詰まる。彼女の目は苦渋の決断に葛藤が見えた。
だからこそ、椿は笑った。彼女の選択が誰かを傷つけたわけではないと教えるように。
「行っておいで、ミズキ。大事な妹なんだろう? それじゃあ、結婚式には呼ばなきゃね」
「〜〜っ! ありがとう! 椿! 行ってくる!」
触れるだけのキスをして、ミズキは息を切らして外に出て行った。
残された彼女はドリンクを一口飲んで、ゆっくりとシートに体を預ける。
何も間違いではない。優先順位が違っただけのこと。
それでもちょっと悔しいのが、無くした乙女心で。
「待つのは慣れてるさ、ミズキ。君が帰ってくるのを心から待ってるよ」
そう言って、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「………あのう、お客様。今度は貴方の元妻が、空港で騒いでるらしいのですが、心当たりは?」
「ないです」
*
「君、頼むからああいうのだけはやめてくれないか………マジシャンがスキャンダルで消失マジックは笑えないって」
「そうは言うけど、降りてくれて感謝するわ。椿。あっちもいよいよ大詰めなの。私たちをサポートに引っ張り出すくらいにはね」
「サポート?」
「貴方が見て、私が撃つ」
「つまりはいつもの黄金パターンって訳だね。OK。やろうか」
空港で騒いでいたのは元パートナーの楓で。
説明もほどほどに高速道路を飛ばす椿の車の後部座席では狙撃銃のメンテナンスをしている相棒がいて。
「貴方、爆弾は?」
「後部座席のシートの中だよ。火気厳禁だから、煙草吸わないでくれよ」
「吸ったことないでしょうが。それと椿、貴方にやって欲しいことがあるのよ。万が一の為にね」
運転中に語られたのは最悪を想定したリカバリーの手段。合理的だが、椿の名誉に少しヒビが入りそうなその立案はミカ司令と楠木司令によるもので。
「それ、僕が断るかもしれないこと考えてる?」
「断る訳ないでしょう? 貴方だもの。断ればリコリスの地位はあの頃に逆戻り。貴方と同じ人が生まれるかもしれないと考えたら………貴方は絶対断らないわ」
頭をハンドルにぶつけて停止。確実にこちらの地雷を理解して、椿にそれをやらせる為の方法を考えている。合理的だが、あまりにも人の心に理解がない。
「嫌な性格をしてるよね、リコリスは」
「だから日本は平和神話を維持できているのよ。椿。地図上の貸しビルに向かって。準備は全て整えてあるわ」
「了解、相棒」
アクセルを踏み、目的地へかっ飛ばす。
過去の自分では出来ないことを、今の自分なら出来る。その活力が彼女を支える原動力になっていた。
だからこそ、その案を彼女は未来を賭けて遂行する。
過去に囚われるのは自分たけで充分だから。
*
『レディースアンドジェントルメン! 素晴らしい青空の下、よくぞ集まってくださいました。我が子猫達』
延空木のタワーのテレビジョンに映し出されていたのは血塗れの男達が倒れていた姿と、赤と青の制服に身を包んでいた銃を持つ女子高生達。
これこそが真島の目的であったリコリスの公表。それが達成された事に加えて、すぐ近くでサードリコリス相手に拳銃を打つなどが勃発。
結果としては、真島による作戦は成功したと言えるだろう。
──テレビジョンに映った魔術師さえいなければ
『ゲリラマジックショーはいかがだったかな? 延空木によるサプライズパーティーの主賓として呼ばれて光栄だとも。おや? 不安かな? 演者達が巻き込まれていないかって? それでは子猫達、stands up!』
テレビジョンに映し出されていたのは、先程爆破に巻き込まれていた空間に佇む魔術師。周りには夥しい血痕と汚れた制服に身を包んでいた女子高生にがたいのいい男達。
その魔術師が呼びかけ、指を鳴らすとまるで死者が蘇るように立ち上がっていくではないか。現実では間違いなくあり得ない光景にテレビジョン放送を見ているもの達は目を疑う。
『ソーサラー・カメリアに協力してくれた我が優秀な子猫達さ。僕の復活前夜としていかがだったろうか? 無論、僕が復帰した暁には延空木でのマジックショーも控えている。さあ、皆、締めの挨拶といこう!』
立ち上がった者達は血糊や傷跡シールで作り出された制服を見せびらかして、生きてる事を証明させる。ガタイのいい男たちも歯を見せて笑いながら肩を組むくらいには元気そうだ。
『この後、延空木でのマジックショーの割引優待券を配布する予定だ。それではまたの機会にお会いしよう、BYE thank you!』
テレビジョンの向こう側で笑い合ってる姿を見て、誰もが思った。
これはゲリラマジックショーであって、現実で起きているわけではないのだと。先程の男も助手か何かだったのだと。
まさか、日本ではそんな事起きるはずがないと皆が思っているからこその視線誘導。テレビジョンの放送が終わった後、続々と先程の画面に写っていたベージュの制服の子達が段ボールを持って、集まってくる。
「皆様、延空木のサプライズパーティーはいかがだったでしょうか。それでは今からチケットをお配りいたします。慌てずにお受け取りくださいませ」
アナウンスが入って、集まっていた皆はチケットを受け取って解散する。日付自体は半年後だが、それまで頑張る楽しみが出来たとほくほくしながら。
*
「はい、カット!! ありがと! 椿! 何とかなりそう!?」
「ラジアータに加えて何故かウォールナットの協力も入ったので、かろうじてですが!」
「楓さん! 楠木司令から電話が入っています! お繋ぎしますか!?」
「繋いで! スピーカーで! リコリス達! 即刻撤収! チケット入りのティッシュ持ってね!」
真島によるリコリス公表と同時刻、貸しビルのワンフロア。延空木に似せた部屋にグリーンバックを仕込んだ空間にて、椿は仕事着に身を包んで、放送用のシーンを撮っていた。
いつリコリスの存在が明らかにされてもいいように彼女を起点としたフェイクニュース。まさかそれが使われる日が来るなんて本人達も思っていなかったが。
『椿、楓。聞こえているな? ご苦労だった。迅速に撤収しろ』
「楠木司令、僕のスポンサー達には上手くごまかしをお願いしますよ? これで僕の地位が落ちたらこの手段は2度と使えなくなるので」
『最大限の礼は尽くす事を約束しよう。感謝する、ソーサラー・カメリア。貴様をマジシャンとして表舞台に立たせた事は間違っていなかった』
スピーカーから聞こえた楠木司令の言葉はいつものようにぶっきらぼうだったが、それでも何処か安堵を浮かべたまま通信を切る。
ガタイのいい男たち(椿の部下)に荷物を運ばせて、楓達も即刻離脱し、引っ越し業者に扮して離脱する。
「これで何とかなるかい?」
「何とかするわよ。助かったわ。本当にありがとう」
「いいさ、リコリスの地位が揺らがないならそれでいい」
引っ越しトラックの中で会話する2人を割く電話の音。宛先は椿にとって愛しい人で。
『椿!? アレ何!?』
「DAの隠蔽工作に協力しただけさ。なんてことはないよ。そっちは? 千束さんの心臓はどうなった?」
『私は無事。心臓は………千束が逃したわ』
「………そうか。分かったよ」
電話を切って、深く息を吐く。
恩のある組織に報いる事はできたが、恩人は救われなかったその事実が酷く重くのしかかって来た。
マジシャンとしての影響力を得た事で、何かが変わった気がした。
大好きな人と結ばれて、何かを変えられた気がした。
それでも助けられない人達がいる。笑顔にできない人がいる。
それが何より、エンターテイナーの自分を苦しめる。
「楓。結局、僕らはあの頃に比べたら変わったのかな」
ぼんやりと呟いたその言葉はトラックが揺れる音に紛れていたが、対面にいた楓にはしっかり聞こえていて。
「変わったでしょ。だから、昔よりはたくさんの人を助けることが出来るようになった。だけどね、所詮一人が救える人なんて限られてるものよ」
リコリスが2人組が基本なのは、互いに足りない箇所を補う為だとミカ司令に教わったことがある。事実、楓と椿は互いに足りない箇所を補ってここまで死ぬことなく、生きて来られた。
「だから、仲間が友がいるんでしょう? 最強のリコリスであろうとそれは同じ筈。彼女にも優秀な相棒が仲間がいるはずよ。だから貴方が心配なんてしなくても何とかなるものよ」
最強のリコリス、それを救う姿は確かに相棒の彼女に重なっていて。椿は押し殺した声で笑ってしまう。
いつから自分はそんなに傲慢になったのかと、調子に乗りすぎな自分がおかしくて笑ってしまう。
彼女は、自分の恩人には自分以上に優れた仲間たちがいる。
自分が無理に何かをしなくてもきっと何とかするくらいに。
「そうだね、楓。なら僕は招待状を書いて、待つだけだ」
ハッピーエンドの知らせ、その幸福の調べを。
次回最終回。