ダメなキミがスキだから   作:効果音

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おかさーん!!! この作者また見切り発車してるーー!!


気の小さい、メンドーなオンナ

 この日の一番最初の記憶は女子高生の乱れた姿だった。

 息も上がっていて、髪の毛がいくつか唇に張り付いていて誰がどう見てもそういう事だ。

 

「……あっ、お、おおっおおっ、起きた?」

 

 女子高生は余裕のあるクールな女を演じるために微笑もうとしているが、ただのコミュ障根暗特有の必要以上に上がった口角と吃音と言っても良いレベルの返事だったせいか、男は嘆息をした後に舌打ちをする。

 本当にそういう女であるなら男の好みではあるし、朝起きたら見知らぬ美女が……。というロマンに溢れる朝を迎えてその日一日は人生でクライマックスだったかもしれないが、そうでないなら朝から気が落ち込むというものだ。

 

「……シャワー浴びてこい」

 

 男はタンスから見覚えの無い予備のバスタオルを女子高生に投げつけて給湯器を操作しながら、身体にセットされたタイマーが鳴るようにメモ帳を捲り始める。

 女子高生が脱衣場に入った事を確認してから電子レンジのトースター機能を使って、冷凍庫から取り出した冷凍ピザを焼いていく。

 

「朝ピザ止めらんねーな……」

 

 体感としては初めてだが、身体に悪い食事ほど早朝や深夜に食べる際の快感は増すことだけは、不衛生に晒されたその身体こそが一番理解している。

 

「ま、初めてやるけど」

 

 毒という物は、薬にしても食にしても人をダメにする。しかし、毒は同時に快楽を与えてくれる。要は違法ドラッグと同じだ。何故ダメなものとされているのか、何故それを知りながらも止められないのか。

 結局のところ快楽を忘れられないことに尽きる。辛くて苦しい経験だけは、喉元過ぎれば熱さを忘れる癖に、良かったことだけは忘れないのが心の弱い人間だ。

 

「あぁ~これだ。これ」

 

 徐々に焼けてくる生地とチーズが鼻腔に入り込む。

 男としては、冷凍食品故にトマトソースとチーズしか乗っていないことが不満だったが、低血圧で朝は胃の動きがよろしくない体質の彼が朝にピザを食す分にはコスト的にも胃袋的にもこれで十分だった。

 

「汁欲しいな……コンポタあったかな」

 

 冷蔵庫を開けた男は本日二度目の落胆した。一口にコーンポタージュと言っても種類がある。コーン缶に牛乳を加えて煮込んだモノ、逆にそれを使わずにとうもろこしから剥がした粒をミキサーで粉々にしたモノを使うモノ。

 しかし、彼の好みはコーンポタージュは自販機やコンビニに並んでいて、かつフタがキャップタイプのモノを一度冷ましてから湯煎するという手間の割に無駄の多いモノが好みだが、今は冷蔵庫にそれがない。

 

「しゃあね」

 

 無いなら買えば良い。

 買ってすぐに冷やして湯煎するのは手間は手間だが、背に腹は代えられない。

 男はすぐに寝間着の上に軽くジャンパーを羽織ってスマートフォンだけ持って外に出る。

 

「二桁階はなげぇよ」

 

 目的の一階まで下る時間の長さが暇でエレベーター内をうろうろする。とはいえエレベーター内はそこまで広くないのでうろうろというよりはゆらゆらに近い。

 マンションの外に出ると早速自販機が二台並んでいたが、目当てのコーンポタージュは無かった。あるにはあるが、プルタブタイプのコーンポタージュだった。プルタブタイプはコーンが取り出しにくいので男は嫌いだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「しにたいしにたいしにたいしにたい──あ゛あ゛っ゛ー゛ー゛!!」

 

 先程男が風呂に入らせた女子高生、後藤ひとりはシャワーを浴びながら目が覚めた彼の反応を思い出しながら壁に頭を打ち付けていた。

 ゴミを見る目で舌打ちされ、はよ帰れと言わんばかりに身体を洗うことを促されたのは『穏やかな朝を邪魔したで賞』で死刑になる自分にせめて禊を済ませてくれているだけなのだろう。とひとりは懺悔する。

 

(内臓売ってお金渡したら許してくれるかな……)

 

 しっかり身体を洗って身体を拭いたら売って大丈夫そうな内臓と値段を検索しよう。と決意してシャワーを止める。

 

(そもそも私の内臓とか欲しがる人とか居るんだろうか?)

 

 ネガティブ思考で脳みそを漬けるひとりの鼻に程よく香ばしい匂いを捉えた。

 匂いの元を辿ると電子レンジの中でこんがりと焼けているピザがあり、それを見たひとりの思考は飛躍する。

 

(禊→晩餐→処刑……死刑までのプロセスが手厚すぎる!!)

 

 ひとりは涙ぐみながらピザを取り出して、皿に盛ってついでに先日買っておいたコーラを添えて最後の晩餐もとい朝食を摂る。

 

(所詮一枚356円のピザが私の最後の晩餐にはお似合いなんだ……)

 

 ひとりは手で四つ折りにしてサクサクになったピザの耳から割いて一口齧る。

 口の中に広がるトマトソースの酸味、チーズのほんのりとした甘さが味蕾を刺激する。冷凍食品の進化に驚いたと同時に後悔もした。

 

(冷凍食品って侮ってごめんなさい……冷凍食品ですら美味しいというセールスポイントがあるのに、それに比べて私は……あ゛あ゛ー゛っ゛)

 

 モチモチとした感触も味わった後は耳のサクサクを楽しむ。

 パサパサになった口の中にコーラを流し込んでリセットを掛ける。

 

(嗚呼……あと三枚で最後の晩餐も終わりか……)

 

 コーラの残量も500ml中400ml位しか残されていない。そう思うとひとりの目にはコーラの残りが自分の命の残りに見えてくる。

 そうは言ってもゆっくり食べてピザの味を損なうのも勿体ない気がした彼女は最後の晩餐をしっかり味わうことにした。

 

 そして、ひとりが最後の晩餐を終えてから一時間後、未だに男が帰ってくる気配もなく、もしかして物凄く長いトイレかと思い確認しても、ベランダに出てみても彼の姿はなかった。

 

(流石に心配になってきた……)

 

 連絡先は持っていないため、現在地を確認することもできない。開きっぱなしのクローゼットを見てもジャンパーが無造作に引っこ抜かれた痕が見られるくらいで、おそらく寝間着ONジャンパーで外に出たことしかわからない。

 かと言って今自分が探しに行っても入れ違いか途中で野垂れ死にするかの二択なのでバンドの練習時間が来るまでは待っていようと、自分のギターのメンテナンスを始めた。

 

 

 一方その頃、コーンポタージュを求めて彷徨い続けて男が辿り着いたのは下北沢にあるSTARRYというライブハウスにいた。自分のマンションがオートロックであることを忘れて鍵を持ち出し忘れて、戻ろうにもインターホンを鳴らしても誰も出なかったので辺りを彷徨って、迷子になって行き倒れているところを近隣の女子高生伊地知虹夏に発見され、一時的に保護されていた。

 

「へー、楽器やってるんですねー! 私もドラムやってるんですよー」

「ベースとドラムとキーボードと……カホンも出来る。多分」

 

 一応家に人が居る筈だと言うが連絡先を持ってない上に名前も分からないと言うので流石に何かおかしいと思ったが、この不審者を引き取ってくれるなら何でも良いと思い、特徴を探る。

 

「そういえば、家に人が居るって言ってましたけど、どんな見た目の人なんです?」

 

 男が額に指を当てて思い出しながらひとりの特徴を口にする。

 

「髪が伸びっぱなしでー」

(ぼっちちゃん位かな?)

 

 バンドメンバーの顔が過った虹夏はこっちから提示することで対象の人物の輪郭を具体的にしていく、別にひとりなら変な男にハマって道を踏み外すことが容易に想像できた訳ではないと、伊地知虹夏ネイターは心の中で言い訳した。

 

「目元が前髪で隠れていて濁った眼をしている?」

「たぶんそう」

(ぼっちちゃんか?)

 

 虹夏ネイターは訝しんだ。

 

「滅茶苦茶挙動不審のコミュ障?」

「はい」

(ぼっちちゃんだなぁ)

 

「ピンクジャージを着ている?」

「はい」

(うーん、黒!)

 

 虹夏は心当たりがあり過ぎる特徴を聞いて、ひとりの連絡先に電話を掛けて5コール以上待ったが彼女が出る事は無かった。

 確実にこの男がひとりと何か関係があるのは明らかなのに、あと一歩のところで関係性が掴めない。

 

「うーん、どうしたものかなぁ……あ、練習あるんだったな」

 

 その時にひとりと顔を合わせるだろう。今はここに置く方がすれ違わない可能性が高いので、そのまま雑談を続けながら他のバンドメンバーを待つことにする。

 それが後々変な事になると予想だにしなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(結局、戻ってこなかったな……)

 

 ひとりは男を待ってる間に一度寝落ちしてしまって、虹夏の電話に出れなかったが掛け直そうにも、それではバンド練習に遅刻してしまうのでこれ以上カルマ値を溜めないためにSTARRYに向かった。

 

『……普通に上手い』

「いや、私の方が上手い」

「!?」

 

 開始時間よりかなり早くに着いた筈なのにひとりを除いたメンバーが集まって楽器を演奏する音が聞こえる。それだけならちょっと早いけど、少しやってるのはまだ分かる。

 問題は音の数だ。ひとりの所属しているバンドの結束バンドはドラム兼リーダーの伊地知虹夏、ベースの山田リョウ、ギターボーカルの喜多郁代、そしてリードギターの後藤ひとりで構成されている。

 今、ひとりの耳に聞こえてきたのは。

 郁代の歌声とギターの音。

 虹夏のドラムの音。

 リョウのベースの音。

 それに加えて聞き覚えのないリードギターの音。

 

「???????」

 

 ひとりの脳裏に浮かぶ文字列は『結束バンドクビ』の一文。

 これ以上はネガティブ思考に被害妄想なので割愛するが、恐る恐る中に入らず扉をちょっとだけ開けて様子を見る。

 その中には今朝家を出て行ったっきり帰ってこなかった男が居た。

 

「何してんの?」

 

 一瞬スタジオから目を離して、扉に背中を預けた瞬間。目の前に男が居た。

 

「ミ゜」

「あっ、死んじゃった……」

 

 女の子がしていい顔ではない形状しがたき何かに変形させながらひとりが泡を吐いたので、男は扱いに慣れてそうなバンドメンバーの四人に任せて、借りていたギターを軽くチェックして少し離れた所に丸椅子を置いて見るだけに徹する。

 しばらくすると今にも死にそうな顔で復活したひとりと何故か紙やすりを持っている他の三人を見た男は何も見なかったことにして朝昼と何も食べなかったことを思い出す。

 

「な……なんでここで演奏してたんですか?」

「ん、そーだなぁ……女の子に頼まれたから?」

 

 ひとりがのそりのそりと男の前まで近づいてきて、俯いてぼそぼそとした声で問う。

 それに彼もあっけらかんと答える。傍から見ても良い雰囲気ではなかったので、結束バンドのメンバーが間に割って入った。

 

「やっぱりぼっちちゃんの関係者だった訳ですけど、説明してくれます?」

「♂と♀?」

「リョウ先輩そんなダイレクトな……」

 

 明らかに三人の視線が鋭くなったのを男は感じ取っていても、それに動じることなく面倒になったなぁと首をガリガリと掻きむしる。

 

「良いけど。そんな話信じられないってのはナシで頼むな。

 俺さ、年一位で記憶飛ぶんだよね。

 で、今朝がちょうどその日で起きたら家にぼっちちゃんが居たわけよ?

 OK?」

 

 男に注がれていた鋭い目線が今度はひとりに注がれていた。

 嘘を吐いているかは彼女の発言で決めるらしい。そうであるならひとりの名前と家のオートロックと、家の住所を知らないことの辻褄が合わないことはないが、それでも怪しさは拭えない。

 

「……あっ、えと、その人の言ってることは、本当です。……一応」

「え、じゃあぼっちちゃん、ぼっちじゃないじゃん」

「そうよ後藤さん! こんな年上カレピゲットしてたなんて!」

「あ、私より下手な人。コーヒーオナシャス」

 

 リョウだけナチュラルに集りに来ていたが、彼はジャンパーの両ポケットを引っ張って素寒貧であることを白状する。

 そういうプライドはない彼だったが、無性に虚しくなった気がした。

 

「彼氏ではないです……というか今朝お別れのピザ出されました……」

「は? それ俺が朝食うために焼いたピザだが!?」

「えっ……?」

 

 ピザ一枚で暴れそうだった男を鎮めるのと誤解を解くのに小一時間。

 

「うへ、へへ……カレピです」

(ちょ、ちょろ過ぎる……)

 

 誤解を解いた後にコロっとカレピ認定しだしたひとりを見て、その場に居た全員の心が一致する。

 

「そういえば、後藤さんとはどうやって出会ったの?」

「あっ、えっと……それはちょっと、内緒にしたいです」

 

 郁代が陽キャ女子特有のオーラを出しながらひとりから恋バナを引き出そうとしていたが、特に情報を引き出せないまま練習時間を食いそうだったので、辞めさせて改めて結束バンドの併せ練習を始める。

 特にアドバイスをする訳でも無く、ヤジを飛ばす訳でも無く、ただただそっと目を瞑って音だけを聞いていた男が気にならなかった訳ではないが、それがパフォーマンスに悪影響与える様子もない。

 

(聴くだけの音は気楽で良い。特に考えなくても感じるだけで良いものな。特にリードギター)

 

 男は目を瞑っているが、それをBGMにして寝ようとしている訳ではない。

 深く潜るように、意識を研いで、結束バンドの演奏を聴いていた。

 何時か聞いた気がするギターの劣化ではあるが、音が、肌が、男の感性はこっちの方が好きだと言っている。

 

「あ、終わりましたよー」

 

 虹夏に声を掛けられて男は目を開ける。寝た感覚もないし、実際聴き洩らした音は無いが気が付かない内に時間が経っていたらしい。

 彼は軽く虹夏に礼を言ってから、帰り際に一言ひとりに言っておくかと彼女に声を掛ける。

 

「あー、ひとり? ぼっち? まぁどっちでも良いか、前に言ったかもしれないけど、お前が出す音。好きだわ」

「あっ……あ、ありがとうございます、へっへへ……」

(あぁ、やっぱりこれはドラッグ()だ……私をダメにする)

 

 初めて会った時の事を思い出しながらひとりの頬がだるんだるんになるが、彼女本人が良くないと思いつつこれを忘れることは出来ないのだろうと一番理解していた。

 

 




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