ダメなキミがスキだから   作:効果音

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喜多ちゃんにBボタンが無かった世界線


オキシジェン・D

「2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83、89、97……」

 

 STARRYのドリンクカウンターでひとりは人間がしてはならない表情をしながら棒立ちしていた。

 しかも、素数を小声かつ早口で唱えているせいで気味が悪い。

 

「ぼっちちゃんが壊れてるんだけど、皆は心当たりある?」

「ない」

「流石にこんなになっちゃうような出来事に覚えはないですけど、学校からここに来るまでずっとこんな調子で……」

 

 虹夏がひとりの様子にドン引きしつつ他のメンバーに事情を知らないか訊ねる。

 学校内で起きたことが原因ならば、郁代が知っているはずであるがそういう訳でもなかった。

 

「もぅマヂ無理。彼氏とゎかれた。ちょぉ大好きだったのに、ゥチのことゎもぅどぉでもぃぃんだって。どぉせゥチゎ遊ばれてたってコト、ぃま手首切った、血が流れてる。もぅ生きていけないって思うのに、血は流れ続けてる、ウチゎ大地に生かされてる……」

「普段絶対言わないようなこと言ってるし……こうなると可能性は一つしかないよね」

 

 スマホを取り出した虹夏は男に電話を掛けた。

 

「あの人も何やってんだか……」

 

 数回コール音を聞いた後に通話が繋がり、男の声が虹夏の耳に届く。外に居るのか、環境音と多数の会話が混ざった雑音も聞こえる。

 

『もしもし? ずずっ、今取り込み中なんだけど』

「今どこに居ます?」

『横浜』

「横浜中華街のストローで肉汁を吸う大籠包!?」

 

 スマホから耳を離して通話をスピーカーモードにした虹夏は男のSNSアカウントの最新の投稿が『肉汁で火傷した』という文言を見ただけで、今彼が食べているものを言い当てる。

 

『そうそう。最近の女子高生も最近中国系のタピオカ啜ってるし、何かしら啜るの流行ってる?』

「それが出た頃にはもう流行り終わって……ってそうじゃなくてぼっちちゃんと何かありました?」

 

 危うく男の食べ歩き道中に、話の方向性を持っていかれそうになったが、何とか本題を聞き出す。彼の声が聞こえてきたせいかひとりが呟いている素数が二ずつ足されたり引かれたりされる。その変化に何かあったことをその場の全員が察する。

 

『ないけど? 文化祭ライブの件は俺が口出す案件じゃないし』

「いや、それ!! 今その件でぼっちちゃんが使い物にならなくなってるんですけど!」

『はー? ソロで活動するならまだしもバンドとして活動するなら無関係でしょうが。お土産は台湾カステラで良い?』

 

 ブツっと通話が一方的に切られ、どうすんのこれ? という空気が場を支配する。

 先日ひとりが通っている高校の文化祭ライブに出るかどうかを悩んでいることを聞いた結束バンド一同はその場ではひとりの好きにすれば良いとやんわりと背中を押した。

 その場で彼女は一晩考えた。考えて自分では処理しきれなくなって男を頼った結果がこれである。

 

「……ぁ……ぁぁ、文化祭ライブ、自分で立つステージを決められないギタリストに興味はないって言われて。アネ゙デパミ゙……」

「あぁ、途中まで正気だったのにまたバグってる……」

 

 美的感覚のない人間が作ったキャラ弁のような顔のパーツをしたひとりが最後の力を振り絞って先日言われたらしいことを途中まで伝えるものの、結局はセレクトBB顔になって会話不能になってしまった。

 

「バグってるのはともかくとして、あの人が言うことも正論では? やりたいこともやれないロックバンドって価値あります?」

「郁代?」

 

 突然郁代が常時放っている陽キャ特有のオーラが別のモノに変質する。多少ロックバンドについての理解が深まっているにしては、そちら側の人間らしからぬセリフに珍しくリョウが一瞬眉をぴくりと動かし、彼女の様子に驚く。

 

「なんですか? 先輩」

「いや、ロックについて勉強してえらい」

「キャー!? 先輩に褒められちゃった! 私もっと勉強しますね?」

 

(アレ? 喜多ちゃん今雰囲気変わらなかった? 気のせい、じゃないよね)

 

 少なくとも虹夏ですら郁代の一瞬の変質に違和感を持ったが、すぐリョウ狂いのいつもの彼女に戻ってしまったせいで、上書きされてしまう。

 それもリョウの言う通り、郁代なりにロックについて勉強している。ということで今この場で気にすることでもないと虹夏は結論付けた。

 

「問題はぼっちちゃんだよねぇ。このままじゃギターじゃなくてホラー演出担当としてステージに立ってもらうことになっちゃいそうだし……」

「それはそれでロック……」

 

 そうじゃないでしょうが。虹夏が頭を抱える案件が増えたところで本日のSTARRYの業務が始まる。ひとりは使い物にならなかったため、隅に避けておいた。

 バイトが終わり意識の無いまま何とか帰宅したひとりは自室の押入れの中で、ようやく意識を取り戻す。

 

「あっ、この見覚えのある薄暗さと狭さ、家か……」

 

 昨晩から今までの記憶が曖昧であるひとりは今日あったことではなく、男の言葉を思い出す。

 

(自分で立つステージを決められないギタリスト……今の私は多分どうかしてる)

 

 一年前まではギターを弾くことに理由はいらなかった。弾きたい時に弾いて、それを動画にしてネットにアップロードしているだけだった。動画サイトの評価は心地良く、評価されやすいように流行りの曲を練習して、動画を虚飾まみれにした。

 

(それでも、満足出来てたのに、あの人が来てからそうじゃなくて……何かドロッとしたナニかが私を変えた気がする)

 

 あの日あの時、路地裏から出てきた不審者が、音も聴いてないのに後藤ひとりという人間を見つけてしまった。不幸な出会いで始まった関係は確かにひとりを満たしていた。

 だからこそ、あの男の言葉が彼女を満たしていたナニかを腐らせてしまう。

 

(ダメだ……何考えても上手く転ぶ気がしない……一応生徒会室前までは行ってみよう。それでダメなら文化祭ライブに出るのは諦めよう)

 

 最低限やるべきことをやった後に、布団をいつもより深く被ってひとりは眠りにつく。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(やっぱり無理だあああ!! あの人が聴かないなら褒めてもらえないだろうし、そうなるとライブ出ても物足りなくなるし……お姉さんの言ってた幸せスパイラルってこれのことなのかなぁ)

 

 翌日の放課後、生徒会室前に設置されている投書箱の前でビビッて固まっているひとりの横から、文化祭の申請用紙を投書箱に入れる生徒の姿があった。

 というよりそれはひとりも見たこともある喜多郁代の姿そのものだった。

 

「えっ、あっ、喜多さん何か文化祭でやるんですか?」

「もちろん。結束バンドでライブするわよ?」

 

(あっ、そっかー。結束バンドでライブしなくても喜多さん人気者だし他の人とライブやったり──)

 

 郁代の言葉がひとりの耳に入り、脳で言葉の意味を咀嚼できた時には既に申請用紙は投書箱から取り出すには手遅れだった。あまりにも自然な投函だったため、動体視力が悪い部類である彼女に防げるわけもないが。

 

「け、結束バンドぉぉぉぉぉ!?」

「後藤さんってそんなに大きい声出せたのね!? ってそれどころじゃない!」

 

 今まで無駄にはつらつとしていた時以上に大きな声で断末魔をあげながら、ひとりは砂になった。それを見た郁代は急いで近くの掃除用具入れから塵取りと箒を持ち出し、文化祭の出し物で使うらしい棺桶を借り、その中にひとりだった砂を詰めてSTARRYまで運ぶ。

 郁代は少し前のレッスンの休憩中に、男が古めの携帯ゲーム機で紫外線を活用するゲームを遊んでいて、その画面の中の主人公が倒した敵を封印した棺桶を引きずっていたのを見て、大変そうだと呑気に思っていたことを思い出す。実際に体験した郁代はちょっとしたシンパシーを感じる。

 

「喜多ちゃんおはよーってどったのその棺桶!?」

「後藤さんの……死骸……レジン液とUVライトお願いします」

 

 カラオケで全力シャウトをした時以上に息切れを起こしながら、ヴァンパイアハンターめいた状態でSTARRYにやってきた太陽少女もとい、郁代を見た虹夏が仰天しつつもレジン液とUVライトの準備を始める。

 粗方作業が終わった後に、リョウもバイトのためにやってきて今回の経緯を郁代が説明する。

 

「大したことはではないんですけど、私は結束バンドの皆で文化祭でライブに出たかったですし……あと、何かムカついたので出ようかなって」

「ムカついたって何に?」

 

 郁代の言葉の圧が強くなる。

 今まで彼女のバンドに対する姿勢は皆で楽しく仲良くやっていければ良いというものだったが、文化祭ライブに関してはその姿勢を完全に捨てていた。

 

「文化祭ってSTARRYより確実に観客の数も多くて、ただライブハウスで演奏するより確実にデカいイベントじゃないですか?」

「まぁ、そうだね。だからぼっちちゃんも悩んでた訳だしね」

「そうなんですよ。そんな大事なライブなのにあの人は来ないとか言い出したんで──」

 

 虹夏もリョウも、いつものキラキラした郁代の目が澄んでいるのに底なしの沼を思わせるようなキマった目になるのを見て、息を吞む。

 今まで皆でキラキラしたいだとか、皆で女子高生らしいことをしようだとか言っていた人間と同一人物だとは到底思えないような目であると二人は後に語ることになる。

 

「良いライブをして来なかったことを悔しがる姿見たくないですか?」

『ちょっと見たい』

 

 これで腹が決まり切っていないひとり以外が文化祭ライブに出ることを決めた。こうなった場合同調圧力には逆らえない彼女は逃げ道を封じられた。

 それとは別に郁代の中でメラメラと炎が燃え滾る。それは今まで男のレッスンを受けている中で芽生えたエゴか彼女の中に元々根付いていたものかは、彼女本人にも分からない。

 

(結束バンドの中にある後藤さんでもなく、後藤さんの居る結束バンドでもなく、結束バンドそのものを気に入ってる訳じゃないのが、私の中のバンドマンの部分が気に食わないと言ってるのよね)

 

 もちろん、そんなエゴどうこうは知ったことではない。今はただ、結束バンドの音楽を叩きつけるために自身を磨き上げることだけを考えていた。

 

 




アニメ最終回良かったですね。
なんだかんでこの作品は続いていくので、週刊更新からは逃れられませんが、いつかするかも知れないゴールまでお付き合いいただきつつも、感想や評価いただけると、俺達の承認欲求はこれからだなので、お願いいたします。
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