ダメなキミがスキだから   作:効果音

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週一更新ってこんな苦しかったっけ?


触れてほしくない

(珍しいこともあるもんだ)

 

 男は下北沢の郊外の方を散策していた。それだけなら珍しくもないが普段と違うことがあるとすれば、今日はひとりが隣で歩いていることだろう。

 しかも今回はひとりの方から外に出たいと言い出した。男は彼女を外に連れ出すのは諦めていたのもあり、二人が共に出掛ける時は、結束バンド絡みの用事くらいで男はかなり驚いていた。

 

「で、公園なんかに能動的に来るぐらいにアクティブだったっけ?」

「あ、その……虹夏ちゃんと出会った場所で……あなたとも出会った場所なんです」

 

 連れてこられた公園は変わったところはなく、変哲もないただの公園でしかない。

 男にとってこの場に特に記憶はない。

 だけど、ひとりにとっては何度か転機になった出来事が起きた場所でもある。そんな場所に彼を連れてきたのは何か特別な意味はない。

 

(確かに初めて来た気はしないけど……ひとりの親御さんと会ったとことはまた別のとこだし、なんだろうなこの既視感は)

 

 試しに男は滑り台の階段を登って滑らずにその場に座ってみる。

 こんなことをしても傍から見れば大の大人が公園で遊んでるだけのかなりみっともない絵面になるだけだが、確実に彼の身体に何か覚えている自然な動きだった。

 

「ひとり、全力で俺の足を引っ張ったこととかある?」

「えっあ、はい! あ、ないです」

 

 ひとりは陰キャ特有のどもりと「はい」で返してから、ワンクッション挟んでから困惑する。

 最近でこそ郁代に連れ回されたり男とのアレやコレやで多少筋肉が付いてきたとはいえ、非力な女子高生に成人男性の身体を引っ張るというのは無理な話である。

 

(何か引っ掛かるけど……それ以上何もないんだよな)

 

 男の過去を知る人間は複数人居る。一番付き合いが長かったのはきくり、一番最新の彼を知るのはひとり。記憶喪失前の自分を別人とするのであれば、一番理解出来ていないのは彼自身である。

 そして、最近になって関係が判明したのが愛子。下北のSという単語を出したのも彼女だった。

 

(あのアルコール依存に聞いても何も出てくる気配ないし、ひとりは何も知らないだろうし……あんまり昔の自分とか興味無かったけど、知っとかないと面倒くさいことが増えたな……)

 

 十一月も終わりかけで残された時間も折り返しに近づいていく中で、そんなことをやらなければならないのは中々に気合を必要とする行為で、それとは別に対バン後のことを考えると案外自由に何かをする時間は思って頼りないのかもしれない。

 ロイヤルニートには無限に時間と金はあるが、体力とやる気には限りがある。したいことではないやらなければならないことというのは仕事だろうと夏休みの宿題だろうと何だって苦痛なのだ。

 

「あの、この前の……女の人が言ってたこと下北のSって」

「俺は特に知らない。知りたいなら本人に直接聞けば?」

「無理です!」

 

 判断が早い。

 その反応を見た男が脱力してずるずるずるとずり落ちるように滑り台を滑る。

 意外と楽しかった。記憶喪失というのはこういう初歩的な遊びを新鮮に楽しめるのは案外悪くはないと思う男だが、流石にこれではしゃぐのはないと、自分を制することに成功する。

 

「私がたかだか会った回数が一回で、しかもその時ちゃんと会話してない人間が話を聞きたいって連絡するなんて無理です!!」

「あー、うん。そうだな……」

 

 人として、彼女として、少しずつ前進してきたとはいえまだまだ根っこは陰キャコミュ障のひとりにはハードルの高いことだった。

 

「だから……その、代わりに連絡とってください」

 

 それでも彼女が話を聞きたいということには変わりはなく、他人の伝手とはいえ知らない人間に会おうとするそれを一応成長と受け取った男が愛子に連絡を取って数十分後に会うことが決まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「よっ」

「よっ、じゃないっての。用事って……。

 ああ、あの時廣井と居た……こほん、ぽいずん♥やみです! よろしく!」

「今更それは無理だろ」

「あ、ど、どうも後藤ひとりです」

 

 待ち合わせの喫茶店に到着した二人を待っていた愛子がひとりを見てキャラを作り始める。

 プライベートと仕事を使い分けるスイッチにしているようだが、ひとりが見た時の言動もどちらかと言うと佐藤愛子よりだったので隠す意味はあまりない。

 

「え、あっ……あの、すみませんお願いします」

「下北のSについて、ひとりが聞きたいらしいから教えてほしいんだとさ」

「うーん。良いけどー、なんでかなぁ?」

 

 ひとりが男に投げて、愛子がひとりに聞き返す。

 普段猛烈な日差しのように陽キャオーラで焼いてくる郁代とは違う方向性で、きゃぴきゃぴしているぽいずん♥やみモードで無理にきゃぴきゃぴしている感が耐えられないひとりが男の陰に隠れようとする。

 

「座りにくいんだけど?」

「ごめんなさいやっぱ無理です」

「……いつもこんななの?」

 

 ひとりの様子に呆れている愛子に対して男が「まぁ、大体こういう感じ……」と残念そうに返す。一応これでも成長した方なのだと言ってもこれだと話が進まないと感じた彼は席を立つ。

 

「ちょっとお花摘みに行ってくるわ。花束作れるくらい」

「やかましいわ」

「あ、ちょっ……あ、あ」

 

 そのまま男はひとりを置き去りにして手洗いがある方に向かって行った。

 男が居ると彼を通してでしかひとりが会話が出来なくなりそうだったのもあり離席してしまった。

 

(一応センパイも知りたかっただろうに……まぁいっか……色々教えられるけど、どこまで教えてやろうかなぁ)

 

 取り残されて何か喋らないと場の空気が死ぬと思い込んでいるひとりをよそに愛子がどの情報を切るかを考える。

 下北のSというバンドマンについて語る分には良い。だが、その正体については本人が居ない場で語ることはしたくない。問題はどこまで今目の前でおどおどしている女子高生が知っているかにもよる上に、自分が彼の元カノであるというのを明かすのも愛子の好きなやり方でも無い。

 

(あー、面倒くさ。センパイも変なオンナ捕まえたなぁ。センパイの頼みだから来たけどさぁ)

 

「ひとりさんは下北のSの何が知りたいんです? 音楽性? それともバンドメンバー?」

「あ、あの……あの人の元カノさんが、まだ未練があるらしくて……それが原因で対バンライブすることになったんですけど、今思えばその下北のSってこともよく知らないので、知ってるらしい人にお話しを聞きたいなって思って……」

「なるほどねー、別に知ってても知らなくてもいいんじゃないかなー?」

 

 愛子はおおよその理由は理解した。

 つまるところ、ひとりは彼氏を奪いに来た女が何故固執するのかを知りたいのであろうことを察する。

 そういうことなら愛子にしてやれることは特にない。下北のSが活動していた頃は既に男と愛子が付き合っていたし、その頃にきくりは既にSICKHACKを結成していた。

 だから下北のSを知ったところで廣井きくりというオンナの感情なんて一ミリも理解できる筈がない。

 

「えっ……?」

 

(とは言え何も教えないのもねぇ。センパイのその手の領域に踏み込むのは相当勇気いるもんなぁ。あたしだって当時アレだったし)

 

 教えて貰えるものと考えていたひとりが動揺している前で愛子は彼女に聞こえない程度の溜息を吐く。

 

「下北のSって女性ファンはある程度居たけど、そういう話聞かなかったし異性とかに興味ないんじゃないかなぁ」

「……多分今でもそうじゃないかなって思います」

 

(おい! 女子高生捕まえておいてそこはそうなのかい! ……というかあの着痩せしてそうな年頃の女子に手出してないのか逆に凄いわ!)

 

 愛子が心の中で大きな声でツッコミを入れる。

 しかし、彼女が知らないだけでひとりとそういうことをしていない訳ではない。何ならある程度ひとりの承認欲求モンスターが暴れそうになるとそういうことを求められているので、思いっきりそういうことはしている。

 

「……でも、お姉さん──元カノさんが諦めきれないなら、それだけの人じゃないって思うんです」

「そっか……そうだねぇ」

 

 何かを逡巡した愛子が一つだけひとりに情報を与えることにした。

 

「当時のバンドメンバーさんの話を聞くに、彼女さんが居たのは高校時代くらいって言ってたから下北のS時代には何も無かったと思うよ」

 

 半分以上は嘘である。

 当時きくりではないが彼女は居たし、バンドメンバーの話など聞くまでもなく自分で調べ上げたことである。関係のない話を掘り続けて徒労に終わるよりは次の行動に促した方がマシだと愛子は思う。

 

「じゃ、じゃあ……もう一つ聞きたいです……」

「何かな?」

「……その頃のあの人は音楽って好きだったんでしょうか?」

「──さぁ? 私は知らないや」

 

 知っている。だけど、彼が音楽を愛していたかどうかの答えは本人に聞かれるまでは、墓まで持っていくと決めていた愛子は自分からは語るまいと決めていた。

 それで彼が死ぬのであればいっそのこと死ねた方がマシだとも思う以上、ひとりに教える理由もなく、適当にはぐらかす。

 

「ところでさ、そのピンクのジャージ……どっかで見たことあるんだけど、もしかしてギターヒーローさんのこと──」

「あ、いや……それは」

 

(いや、無いか……センパイああいうのは好きそうじゃないし、好きだったとしたら……もう一度苦しむんだろうな)

 

 愛子はきくりがどれだけ男のことを知っているか、ひとりが男のことをあまり知らないことを今知った。

 そんな二人があの男を巡って、決着を着けた先に何が待っているのかは知らない。だけども、これだけは言える。

 

「ってそんな訳ないかー。ギターヒーローって同じ学校に彼氏さん居るんですもんね」

 

(やっぱりセンパイは音楽に関わらない方が幸せだと、あたしは思うよ……)

 

 当時、音楽の才能が無いから彼には相応しくないと言っていた自分が、今になって彼の今カノと元カノの痴話喧嘩に巻き込まれて、その二人に対して彼を幸せに出来ないのだろうという確信があると皮肉だと思う愛子であった。

 




この佐藤愛子好きだけど多分原作の佐藤愛子じゃないよ。

カンソウ、コウヒョウカ、ココスキ、オイシイ、オイ、シイ……ニンゲンオイシイ(承認欲求の果てにロボット改造された獣)
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