年が明けて久しぶりにバンド練の為に に顔を出したひとりは対バン数日前に控えた状態だというのに、ここ半月の記憶がかなり曖昧だった。
(……死にたい)
それと同時にクリスマスライブ後の自分がやったことが尾を引いていて、それから先の冬休みは郁代に初詣やカラオケに連れ回されて記憶がない。
そんな状況のせいで約一ヶ月ほど後悔しつづけている状態での練習なぞ、モチベーションが上がる筈もなく。
(そもそも音楽で決めるって話だから対バンをするわけで、あの人もそういう肉体的な部分で判断しないからってのもあるし、どこまで迷走するんだ私はあばあばばばばばばばば)
ネガティブで思考がオーバーフローしたひとりの身体ぐずぐずに崩れ始める。
その様子を見た郁代と虹夏があー、久しぶりに見た気がすると呑気に数秒放置してから今は自分達が整形しなければいけないことを思い出して、彼女だったものを整えていく。
「こんな大事な時にあの人はどこ行ってるんだか……」
「大体こういう時はご当地グルメ巡りとか行ってるんじゃない?」
最近の男は一人で何処かで何かをしているらしく、連絡が付かないことが多い。元々居ても居なくてもバンドの練習にはあまり影響は無いが、ひとりの介護を押し付けるには丁度いい人材だっただけに居なくなるとそれはそれで困る。
数分後にリョウがスタジオに遅れてやってきた頃に二人が整形を終えて練習が始まる。
「──っ、──……」
持ち直したひとりは何とか練習に集中しようとする。
しかし、雑念がどうにも拭えない。クリスマスでの出来事はあまり関係無い。それより前、下北のSについて彼女なりに色々調べてみたものの、情報の整理が上手くいかない。
どの情報も天才的なセンスを持っているSを中心に下北沢で活動していたバンドがあって、一部でカルト的な人気を誇るも急に活動を永続休止したという情報と一部の現存するCDがどこかで流通しているという噂程度の物しかない。
(そういうこともあるけど、それだけじゃない……やっぱりあの時のことは偶然じゃない)
そんなこともどうでも良い。彼の過去がどうあれ、対バンに勝ってきくりから洗いざらい聴いてしまえばはっきりすることだ。
それよりも今その身に感じている感覚が問題だった。
(やっぱり喜多さん……文化祭ライブの時から思ってたけど、上手くなり過ぎてる。いつも家に帰っても練習してるのは知ってる。それでもこんなに上手くなること、ない。と思う)
自主練で上手くなるには、圧倒的に時間が足りない。独りで練習をし続けて今の領域に居るひとりだからこそわかることだ。
では、何か外部の要因がある筈、ここで重要になるのが彼とのセッション。
(あの時……似てるって思ったのはこれだ。薄々とは気付いてたけど、年が明けた今は前よりそうだって感じる)
あのセッションで感じたものと、結束バンドと、郁代と演奏する時に感じたものは同一のそれである。
無論、郁代と彼の演奏に差はあるし練度も違う。全く同じ演奏をすることが出来る人間なんていない。それでも限りなく似ることはある。要するに──。
(喜多さん……あの人にギターを教えて貰ってる。隠してる。のかな? あの人からもそういうことしてるって聞いたことない……)
何故が止まらない。
こんな状態で明日の対バン本当に大丈夫なのだろうか?
一旦休憩になってひとりはスタジオの隅に座る。虹夏とリョウが買い出しで席を外す。最初はリョウが虹夏のみに行かせようとしたが、普通に怒られて連れ出された。
「後藤さん、今日もしかして調子悪い?」
「えっ……あっ、その……喜多さんは下北のSって知ってますか?」
ひとりの様子を見た郁代が彼女の隣に座って目線の高さを合わせる。
そんな彼女に目線を合わせられずに恐る恐るひとりが口を開く。これで違うと言われたら死ねるどころの話ではない。
「あー、それねー。この前ファンだって人からも聞いたけど、全然そんなの知らないわー。
というかその人と似てたところで何か? って話なのよね。私は私だし、正直知ったこっちゃないっていうか……」
「あ、その……私も似てるなって思って、ごめんなさい」
郁代は男がSであることを知っている様子はない。それどころかその話題は少し嫌そうにしている。
前に無駄だと切り捨てた筈のひとりはどうにも迷いを捨て切れない自分が情けなく思う。
「そんな事より明日の対バンよ。勝っても負けてもなんてことは言わないけど、勝ち前提で来るならそれを負かしてやりたいって思うのよねー」
郁代も郁代で愛子から名前を聞いた後に、色々調べてみたものの個人としての情報はまるで出てこない。
だから放り投げた。ひとりに言った通りにどうでも良かったし、それで何か変わる訳でもない。彼がそうだとしても、彼は彼でしかないのだから関係ない。
「……私は、喜多さんみたいに、割り切れないです……すごいです」
どんどん自分が情けなく思えるひとりは郁代に顔を見せることも恥ずかしくなって顔を伏せる。
郁代はそれを気にする様子もなく、遠い昔を思い出すような表情で語り始める。
「私が凄いなら、後藤さんはもっと凄いわ。だって、あの時私の手を取ってくれたじゃない。
楽器について全然知らない私が今こうして結束バンドで演奏してるのも、あの時帰ろうとした私を止めてくれたから……ううん。それよりもっと前。後藤さんが掃除用具とか置く場所で弾いてたギターがあったから今こうしてると思うの」
二人の初対面の会話は珍妙だったのは今でも二人はよく思い出す。
郁代はあの時が自分の始点だったと。ひとりはヒューマンビートボックスと形容された会話の黒歴史として思い出す。
郁代にとって肝心なのはその後のこと、逃げたひとりを追って辿り着いた先で、彼女が弾いていたギターの音色に何かの感情を抱いた。
それが原風景になって、それが喜多郁代の音楽の始まりだったのかもしれない。
それからあのギターを追い続けていても、中々そこに辿り着けずにいる。ひとりが全力で演奏出来ていないことなど、ずぶの素人の郁代だってわかる。
「それに……」
「……なんですか?」
「ううん。やっぱり内緒……いつかその時が来たら教えてあげる」
まだ本気で、あの時の実力で一緒に演奏してくれたことなんてない。その実力を引きずり出すまでは止まれやしない。あの凄いギターの隣に居ても恥ずかしくない自分になりたい。
そんなのは郁代の自分勝手なエゴでしかない。それをひとりに言ったところで実力は上がる筈もない。
「だから、明日の対バン一緒に頑張りましょ!」
今の会話にひとりの悩みを解決する要因は何一つない。でも、不安は和らいだ。
彼女の背中を押すのはいつも郁代なのかもしれない。一度、物理的に背中を押されたこともあるが、それはそれで歌うきっかけになった。
それから買い出しに行った二人が戻ってきて軽くお茶をした後に練習を再開する。
(視野を狭くしよう……あれこれ考えちゃダメだ)
結束バンドの冬のバンド衣装はフードが付いていて、それを被ることで視野をギターの周囲に固定する。演奏の合間に郁代が何度か写真を撮っている気配を感じても特に気にせずにギターを弾くことに集中した。
(ああ……これだ。いつもライブの時は下を見てやり過ごしてたけど、夏のライブみたいな演奏は一回しか出来なかった……今、理解できそうな気がしてる)
あの時のライブではたまたま顔を上げて彼の顔が見えたからギターヒーローをやっている時と同じ演奏が出来た気がした。
今までは要素の解釈を間違えていた。彼が居れば良いと思っていた。だが今回たまたまではあるが、本質に気付けた。
余計な情報をそぎ落とそうとする手順が重要だった。所謂ルーティンというものだ。
それがひとりにとってはそれがそうだったというだけの話だった。
「……すー」
ひとりが細く息を吐く。
周り演奏は聴こえていても、周りの風景は見えていない。こんな状態の彼女をライブでごく稀にしか見ない他のメンバーは珍しいものを見ていると同時に、彼女に引っ張られて演奏のレベルが全体的に上がった気がしている。
それを一番実感しているのは二年生組の二人だった。この二人の担当がベースとドラムというバンドの土台になる楽器だったからこそ暴れるギター二人をどうにか制御するのに手一杯になるということが、その証明だった。
(今まで喜多ちゃんだけだったからまだ何とかなったけど、ぼっちちゃんもってなると滅茶苦茶きっつー。いやぁやり切ったら死ぬほど気持ちいいだろうなぁ)
リョウは何だかんだで終わった後に自分の才能と割り切れる性格をしているが、虹夏は感じたことのない感覚に飲まれかけていた。
初めて星歌のライブを見た時に感じたものとは、また別のものだった。
予定していたセトリを一通り演奏しきった後、全員余韻に浸っているのか十分ほど一言も喋らなかったほど良い演奏が出来たので、そのまま一旦今日の練習を切り上げようという話になった。
(今日の練習、忘れない内に色々やろう)
家に帰ったひとりは押し入れの中で以前から温めていた曲の作詞に取り掛かる。今なら胸の内にある言葉を吐き出せるかもしれない。
いつか忘れられてしまうなら、この歌を聴く誰かに残せるような。そんなことも忘れられないような気持ちをノートに綴っていく。
(……これを目の前で歌えるようになりたいな)
ラブレターなど書いたこともなければ受け取ったこともないひとりは、実際に書く時はこういう気持ちなのかもしれないと思った瞬間、ギターヒーローはラブレター書いたことある設定だったのを思い出して吐きそうになった。
(あんなコッテコテな設定にするんじゃなかった……書きたいけど書きたくなくなってきた)
軽いメッセージのやり取りですらアレコレ無駄に考えるひとりにそういう文章を書けというのは土台無理な話だった。
というか書けるのなら、結束バンドの曲の歌詞はネガティブ寄りになっていない。
(でも、これは絶対形にしないと……)
身体を丸めてのたうち回っていたひとりは何とか気持ちを落ち着けて、もう一度歌詞のメモ用ノートに向き合う。
書きたい内容は色々ある。もっとストレートに書いた方が伝わるかもしれない。でも、流石にそれは厳しいし、陳腐になり下がってしまう。修正を繰り返し続ける。
(……もっとこう、初期衝動強めで──)
そこから筆が面白い程に乗る。深夜のテンションに任せずにここまで書けるのは初めてだった。
早くバンドでお披露目したいだとか、早くライブで演奏したいだとか色々思うことはあれど最終的に行きつくものは決まっていた。
「早く、あの人に聴いてほしいな……」
ただ、それだけだった。
生ゴミなら元カノ二号に金返してもらいに行ってたよ。それ以外特に何もしてないですが。
感想とか評価があると作者の中の承認欲求モンスターが喜びます(原点回帰)