きららMAXの過去編がストロング強いだった。
「また会った」
「まさかとは思うが、タカるために尾行してないだろうな?」
「ちょー偶然」
男は下北沢から離れて渋谷の散策をしているとリョウに出会った。
下北沢、渋谷、御茶ノ水辺りを散策していると彼女と昼時になると出くわす頻度が高い。
偶然だとしても年下の学生と食事をして、奢らないというチョイスは男の中には無かったので毎回奢る羽目にはなっている。回数は数えていない。
「彼氏の人。なんで渋谷に来たの?」
「暇つぶし」
そう、と素っ気ない返事をしたリョウと共に、男はCDショップの中に入って行った。
お互いに一人でブラブラしてるイメージが無いわけではない。が、前々から気になることがあったのでいい加減に聞いてみることにして、ショップ内でCDの試聴をしていた男の方をリョウが指先でつつく。
「こういう時いつも一人で出歩いてるけど、ぼっちは?」
「あー……いや、最初は俺も思ったけど、なぁ」
結構な頻度で遭遇しているのに二人が同時に居るところを見るのは結束バンド絡みでの集まり以外ではまずない。
そのことを尋ねると男は遠い目で宙を見る。余程のことがあったらしい。
「まずな、アイツをこういうトコに連れて来るとな……破裂するか溶けるか崩れるんだ」
「騙さないと連れて来れないのか」
大前提として、ひとりを男女が多そうな場所や家以外で二人きりになれる落ち着いた場所に連れて行こうとすると、最初はまだ耐えられているものの何処かで青春コンプレックスを刺激されて残機を減らすため、その都度修復作業をするのが中々に重労働となる。
それが嫌でひとりを外に連れ出すのを辞めたという経緯がある。
「あと、何かを吟味する時には、個人で楽しみたいというのもある。何故か毎回JKにタカられてるから一人じゃないけど」
「なるほど、じゃあ私も新譜とか見てるから飽きたら連絡する」
「おい、今回もタカる気満々じゃねぇか」
少し皮肉を込めつつやんわりと文句を言ったが、一人の方が楽しめるという部分だけ同意してリョウは何処かに行ってしまった。今回の件含めて虹夏や郁代にバレると面倒なことになりそうな確信がある男は、レシートやSNSという証拠だけは絶対に残さないようにしようと心に誓うのであった。
(ヘッドフォン。やっぱり死ぬほど合わないな……圧迫感が凄まじくて嫌いだ)
流行りのものというのは侮ってはいけないもので、定期的に摂取し続けなければ流行に乗って受けるコンテンツを生み出すこともできなければ、その流行りに逆らったモノすら作れずにただ堕ちていくだけの存在になってしまう。
それは作り手側だけの話ではなく、受け手側でも流行に乗り遅れると周囲の話題に着いて行けず、周回遅れで話が理解出来るようになる頃には次の流行りに移っている。というケースがあると陽のコミュニティに所属している郁代からレッスンの合間に聞いていた男は、そういう哀れな存在にはなりたくなかったこともあり、流行りの曲を漁りに来た。
(流行りは良いけど、何というか民意に染まってしまって受けから逃げられなくなっているのは、悲しくなってくるな……身近で言うとギターヒーローがまさにそれか)
アンテナの高さの重要度は陽キャでも陰キャでも変わらないことを確認した後、男がインディーズのアーティストのコーナーに移動すると、見覚えのある顔が居るバンドのCDが出てきた。
(SICKHACKて……駄洒落かよ。というかジャケでも酔っぱらってんのか)
きくりの顔が写っていたせいで手に取ってしまったが、そういう関係があったらしいだけで、今の男には何も情報がない。そのためスマホでSICKHACKを調べた情報を纏めると、ベースがライブ中でも酔っているせいで客に吐くわ歌詞や演奏が飛ぶわで、評判が良いかと聞かれると何とも言えない口コミが広がっている。
(結局は聴かないとわからんか……ヘッドフォンは嫌だけど)
渋々試聴用の機械を操作して、SICKHACKの曲を再生する。
全員が成人済みで経験年数も場数も足りているおかげか技術面は良い。サイケデリック系の音楽は人を選ぶ上にライブ中のパフォーマンスの件を考えると、かなり厳選されたファンしかいない事が推測出来た。
(感情を理性で制御出来てるギター。叩いてる側からしたら不安になりそうな変拍子を叩き切るドラム、そしてそれをラッピングしているベース……ああ、聴くやつが聴けばハマるのはわかるな……特にベース、くっそこんなに良い演奏するならあん時一回でもセッションしとくんだった)
二、三曲聴いた頃にリョウから連絡が来たため、試聴を切り上げてショップを出る。
(結束バンドに対して厳しいことは星歌店長が言うから、俺はなるべく褒めるようにしていたけど、SICKHACKと比べるとジャンル違いだけど格が違い過ぎるな……)
CDでの試聴の割に頭の中に残るSICKHACKの音楽の余韻に浸りながらリョウを待っていると、ビニール袋を持った彼女がショップの中から出てきた。
「来た、今日は最近グルメ系の動画投稿者が評価してたオムライス屋に行こう」
「最近本当に遠慮ないなお前!」
お金が掛からないけどジメジメしてるのがひとり、お金をせびるがカラっとしているのがリョウ。そんな比較が男の中でされていた。
もっとも、リョウの胃袋が与える懐へのダメージより、ひとりの承認欲求を満たすための作業や多少のメンタルヘルスに付き合う方が男にはダメージを与えている。
労力や苦痛を許容する程に彼が彼女を愛している証左なのかもしれない。彼にその事を言っても表面上ではそういうことではない、と否定するだろうが。
「ここ、スイートピクルスとチーズが売りらしい」
「下調べも万全なこって……」
オムライス屋に二人で入ると食券機があり、そこからメニューを選び卓に着いて水を持って来た店員に食券を渡して調理を待つ。
食券式ならば、ひとりを連れて来れるかと思ったが、他の卓に座っている客の会話を聞くにSNSでインフルエンサーが話題にしたり、それを見たカップルが来店している空気感の店だと察して連れて来ることを諦めた。
(一応、そういう関係ならそれなりにそういうことをしてやるのもやぶさかではないが、こういうの向いてないわな、ひとりは)
「今日は久しぶりに聴きたくなった曲を集めてきた」
待ち時間にただ喋らないのも暇だったのか、リョウの方から口を開いて雑談を始める。この二人は別にコミュ力が無いわけではない。ただ話す内容が金絡みか音楽に偏るだけで仲は悪くない。
互いに性質が近しいこと自体は分かるため、むしろ仲は良い方なのかもしれない。
「サブスクとかMVじゃなくて、わざわざCDって随分熱心なのな」
「サブスクも動画も世に出てないし、昔一回ライブに行ったきりだったから今回買った」
なるほど、と相槌を打って水を一口飲みこむと同時にわざわざライブにまで行って、時間が経ったとはいえ曲が聴きたくなるのなら当時から持っていそうなモノなのに珍しいとも男は思った。
「昔見に行ったそのバンドのパフォーマンスは今でもよく覚えてる。まずメンバーの一人が楽器どころかマイクすら持ってない状態で立っている」
「なんだそりゃ」
「でも、曲が始まるとその人はドラムから席を強奪して演奏を代わったと思ったら、ドラムから離れてギターボーカルからギターだけ奪ったりで滅茶苦茶だった。けど、メンバー全員楽しそうだった」
話だけ聞いてると、本当に滅茶苦茶なバンドだったことがわかる。ライブで見る分には映えるのだろうが、メンバーに理解が無いと成立しないことは確かなのでかなり仲の良いバンドでもあったのだろう。
「アドリブに強いメンバーで全員が楽器シャッフルしても上手かったから、個性が出るアドリブが見れるライブが原曲とか言われてた」
「バンドとしては幸せだろ、仲良くしてるその様子が一番受けてるなら良いじゃんか」
男は他人ごとながら、そういうバンドがあることが何となく嬉しくなって気分が良くなっていたものの、そんな彼の気持ちとは裏腹に窓の外から雨が降り出しているのが見える。傘を持ってきていないこともありしばらくは外に出れそうにない。こういう時のために車と免許の用意だけはしておくことを思考の片隅に放り投げる。
「で、そのバンド今何してんの?」
「解散してる。滅茶苦茶やってた人が音信不通になったって噂」
「そりゃ残念」
当時学生のバンドだとしても現在も活動していたのなら、経験も積み技術も向上して良いバンドになっていたかもしれないので、そのバンドのライブは見たかった男は寂しさを覚えた。
雑談もそこそこに注文したオムライスが届き、食事を始める。
「……ウマ」
「人の金で食う飯はうまいか?」
「間違いなくウマい」
このクソガキめ、と心の中で毒づきながらスプーンでソースを絡めた卵にケチャップライスを咀嚼すると確かに味は良い。それをちゃんと美味しそうに食べるているのなら良いことにしておいた。
たかだがオムライス一つ、食べ終わるのにそこまで時間は掛からない。外の天気を見ても、雨はまだ降り続けていたのを見て二人は少しだけ店に居座ることにした。
「さっき言ってたバンド。聴きたくなったのは彼氏の人のギターが原因」
「俺? また、なんでよ」
思いもよらない理由で男は虚を突かれる。自分の経歴メモにもバンドの経験の記述は無く、楽器に関しても多少楽器の経験があるようにしか書かれておらず、きくりとの付き合いがいつかは分からなかったが、SICKHACKの活動を調べた時に年数も調べていたので大体の時系列は推測出来た。
「顔はよく覚えてないけど、ライブで奪って弾いていたギターの音と初めて会った時にぼっち抜きでセッションした時の音が似てると思ったから」
「空似だろ」
そのバンドの音楽を聴いた訳ではない男には断言できないが、今まで過去を調べることを避けてきた彼にとってはあまり嬉しい話ではない。
別に彼女でもない女子高生如きが昔のバンドを調べようと関係はない。勝手にしろという話だ。
それでも、今の自分が音楽から離れているのなら、過去の自分が音楽から離れたいだけの理由があるだろうことは簡単にわかる。
我道を走っているのは今の自分だが、その道を直前まで歩いていた筈の一つ前の自分くらいは蔑ろにはしたくなかった。二つ三つ前はキリがないので無視する。
失くしたい過去ならば、失くしたままでいい。
下手な真実ならば、知らない方が幸せなのだから。
「そうだと思う。その人の演奏の口コミは出てくるけど映像とかインタビューとか一切出てこなかったから追いようもないから確かめようもないし、ただただ残念だ」
「お前には結束バンドがあるんだから、それでいいだろ」
そうかもね。とリョウが返事をした後、会話がピタリと止まってしまう。無言が十分程続いた頃には、通り雨だったらしい雨は既に止んでいた。それとは逆に男の気分は雨が降り出した頃とは真逆になっていた。
若干ドロっとした気持ちを飲み込むために、冷や水をがぶ飲みして気持ちを洗い流そうとするも、そう上手くは切り替えが出来ないまま、当たり前のように会計を全額支払って、リョウが帰ると言ったのでとりあえず駅まで見送る。
(あ~くそ、こういう時十中八九過去の俺の話なんだよな……前に進みたくない訳じゃあないけど、今はまだ牛歩でいさせてほしい)
男は電車に揺られて帰るよりは一人で物思いに耽りながら帰りたい気分だったので歩きながらスマホのアプリを起動して、ひとりに通話を掛ける。ワンコールですぐに出てきた辺り暇であることを確信する。
『……あっ、もしもし。後藤ひとりです』
「今からウチ来れる? ひとりのギター聴きたくなった」
『い、今からですか……?』
電話越しにひとりから困惑の声が聞こえる。夏休み期間とはいえ急に二時間掛けて来いというのは流石に無理があることは男もわかる話なので、来れたら御の字くらいの博打ではあるが、その博打に確定で勝てるワードは把握している。
「聴かせてくれたら褒めたげる」
『行きますっ……!』
ブツっと通話が切れたのを確認して、男はひとりのギターが聴けるとわかって少しだけ気分が良くなり、鼻歌を歌いながら家までの足取りが軽くなる。
気分が晴れないのなら、ひとりのギターの音で心を洗浄してしまおう。あの音を聴いている時だけ、彼は嫌なことを忘れられる気がする。
(あぁ、なんだかんだで
感想と評価を連打して承認欲求モンスターを満たしていただけると、なんかこう、良くなります。血行とかが。