「これが本当の開店休業ってやつ? 虹夏ちゃんセンスあるね」
本日定休日のSTARRYで男はペットボトルの炭酸水片手に、誰も立っていないステージを一瞥してから呼び出した主である虹夏にドラムスティックを向ける。
「お盆休みなだけです。どっかのニートとは違って」
「ロイヤルニートだって、蔑まれたら懐は痛まないけど心は痛むんだぞ!」
「ぺっ」
虹夏の刺すような視線が男の心臓を貫く。
その視線で心臓が痛む振りをしながら男が抗議するものの、彼女は唾を吐き捨てるような真似をする。
「本題入って良いですか?」
「重たい話じゃなければ、ね」
面倒臭い。けど、面倒は見なければいけないのだろうなと男は察している。
演奏のアドバイスがほしいというのは、バンド練習でも聞けることであるし、内緒の特訓をするほど下手くそな郁代と虹夏が同じレベルという訳でもないことから、それではない。
女子高生らしく恋愛相談。そんな相談をするなら姉の星歌や同世代のバンドメンバーにすれば良い。
男はひとりからギターヒーローの正体は虹夏しか知らないということは聞いている。
つまるところ、彼と虹夏の共通の話題はギターヒーロー関係で何か話があるということは何となく感じ取っている。
「ギターヒーローの正体って知ってますか?」
「……ほら、来ちゃったじゃん」
「何か?」
予想通りだったせいか男は思わずぼそりと呟いてしまう。
「いや、いずれその話題は来るだろうなって思ってたってだけ。ギターヒーローについてなら全部知ってるけど、それが?」
「その、彼氏さん的にはどうなのかなぁ……って」
「どうかなぁって、何だよ」
口にした途端何か迷ってるような雰囲気になった虹夏を見て、男は少し伸びてきた前髪を手で掻き上げる。
ギターヒーローについては男もギターの腕を認めている。結束バンドで演奏している時よりソロでの演奏の方が音の質は上であるとも思っている。それこそ、先日聴いたSICKHACKのメンバーにも劣らないレベルであるとも思っている。
「俺はひとりのギターが聴ければ何でも良いし」
「はいはい、惚気は良いんで。真面目にお願いします」
(つってもなぁ、そこにマジ回答すると間違いなく空中分解だし、そういう態度じゃないとこの子納得しないだろうしなぁ……ああ、ほんとにもうやだ。色々と)
意図はふんわりとわかる。投げるべき回答が正しいかどうかは別問題であるし、そうしたいかはもっと別である。
面倒臭い。何度思ったかわからない言葉を心の中で噛み殺して、ドラムスティックを眉間に当てる。
「ノリでバンドなんか組んでたら、あっと言う間に喧嘩別れしてトラウマになったから二度と楽器弾かない。なんてティーンエイジャーはよく言うけどさ」
数日間学生バンドを漁った男の記憶の中で、未成年者の組んでいるバンドでメンバー間の仲が良好で実力もあるバンドというのは、数えるほどしか出てこない上に、それも長年の付き合いのバンドであったり、そもそもバンドとしてはビジネスパートナーとして割り切っているパターンもある。
そんな中で結成半年未満、実力もプロ未満の結束バンドがギターヒーローの腕を殺しているから全員足手纏いである、と言ってしまうのは安易な上に畜生のすることである。
「現実的な話をすると、ひとりは結束バンドで今のままやるんだったら実力なんて出し切れないし、成長速度的にも着いていけないと思う」
だから、男は畜生にならざるを得なかった。女癖も酒癖も悪い上に収入源があるとはいえ働かないことを選べたとしても、音楽に背いてしまうことだけはしたくはなかった。
そこだけは引けない一線が彼にもある。
「ですよねー……」
(だあああ!! 露骨に落ち込むなよ! だからこの話題ヤダったんだよっ!!)
アホ毛が少し萎れて顔を少し下げた虹夏を見て、男は心の中で悪態つきながら右手に握ったドラムスティックを手首のスナップだけで宙に投げ、弧を描くように男の頭上を経由したドラムスティックが左手に収まる。
今初めてやった動作なのにすんなりと出来たことに男が驚きながら口を開く。
「で、結局なんな訳?」
「まぁ、要するに結束バンドってどう見えてるのかなって話をしたかったんですよね」
「どうって……喜多ちゃん以外普通としか」
事実、学生バンドとして実力は及第点であると男も認めているし、そうでなければ身内に甘い星歌でもSTARRYでライブはさせないだろう。
郁代によって運営されているSNSアカウントの存在もあり、そちらで毎日練習の様子を一分程の動画にして宣伝の効果が出ているのかそれなりに認知もされているらしい。
その撮影のために、郁代にギターのレッスンをする際に画角に入るなだとか、男の声が乗ると疑われるからホワイトボードでコミュニケーションを取れだとか言われているせいで、男がSNSのことを少し嫌いになっているのはまた別の話。
ちょっとローカル人気が出そうな始まりたてのバンド。それが彼の中の結束バンドの評価である。
(俺、別にこの子がバンドやりたい理由とか知らないしなぁ……ひとりは、まぁチヤホヤされたいとか言ってたけど……)
「はぁ……前提として今の俺は結束バンドのライブなんて見たことないし、どんなことが今まであったかなんていうのもざっくりしか知らないし──」
そこまで言いかけて、男は何か引っ掛かりを感じる。そうなった途端に何も言葉が出てこなくなる。
後藤ひとりのギターの音が好きなのであって、結束バンドの音が好きなのではない。
(あっ、この引っ掛かる感触。何かダメだ、ライブ始まってから一曲目で萎える時の感触)
後藤ひとりという個人を支える分には躊躇いはないが、結束バンドにそうなれるかと言われると口が裂けてもYESとは言えない。ライブを見ていないことを差し引いても、意識の底の部分では結束バンドに興味が無いことに、この一瞬で男は気づいてしまったのだ。
「……あっ、ごめん。バグってたわ」
「だ、大丈夫でした? 一瞬ぼっちちゃんが崩れる時の直前みたいな予兆があったんで凄い不安なんですけど」
「マジ?」
「マジ」
思わず、男は自分の頬を軽く指で擦って、溶けたゴムのようになった皮膚が付いていないか確認する。ひとまず何も付いていないのを見て、自分の身体が人間であることに安心した。
「妙な安心感を覚えているところ悪いんですけど
何となくですけど、彼氏さんは一時のあたしに雰囲気似てるなって」
男の言葉が止まった理由を察したのか、強引に話題を変えて虹夏はあまり関係のない昔話を始める。隠したところで意味もないが、続けたところで意義のある話には到底なりえない。
だからか、彼は彼女の昔話に付き合うことにした。
「ここが出来る前、バンドをやってた頃のお姉ちゃんとはしょっちゅう喧嘩してて、バンドマンなんて嫌いだったんですよ」
「……へぇ」
立ち上がってSTARRYの内部をくるりと見渡して昔を懐かしむ虹夏の姿が、振り返る過去のない男には羨ましく見えると同時に虚しさも込み上げてくる。
この周期が始まった初日に読んだメモには必要最低限の情報しか残されておらず、その日聴いたギターの音という誘蛾灯に惹かれているに過ぎない自分の虚無が彼の中に広がる。
「それから少ししてから、ちょっとショックなことがあって、それが切っ掛けでお姉ちゃんのバンドのライブに行って見たんです」
照明に向けて光が眩しくて遮るのではなく、それを掴むために伸ばすような動作で手のひらを掲げる。
「辛いことがあっても自分の中に目指すべき光があれば、それを追いかけて行ければ良いな。と、あたしはお姉ちゃんの居たあの空間が輝いて見えて……だから、あたしはバンドを始めたんですけどね」
光を包みこむように手を握った虹夏が、男の方に向き直る。
「それで話は戻りますけど、彼氏さんは多分まだ光を見つけられてないんだと思います。記憶も無くて、ただ漠然と惹かれたぼっちちゃんのギターが気に入っているだけで……って何かあたし偉そうな事言ってるな」
人は多分それを憧れだと言うのだろう。
今の男にその記憶は無いが、きっと楽器を覚えるために必死に練習していた頃、音楽を楽しめた頃に描いた光があった。
記憶を失くして、過去を見ない振りをして刹那的に今を生きている彼の中に何か響いて、今は見えない光を、見つけるための標になる。
「そこまで言って我に返るなよ。反応に困るでしょうが」
「最近ドラムが上達すると同時にツッコミのキレも良くなってる気がするんですよねー」
男の発言のせいか、自分の言葉の青臭さを自覚してしまった虹夏は照れ隠しで彼にドツキの威力を味合わせるために、彼の命を一方的に賭けた追いかけっこが始めるのだった。
「そういうの! ぼっちちゃんにしてたらホント酷いぞダメ大人ぁっ!」
「ひとりとああいう雰囲気になる訳ないじゃんか! そうなる前に萎れるか粉末状になって散布されるんだぞ! いったあ!?」
練習したわけでも無いパルクールの要領でテーブルや椅子を駆使して虹夏との距離を離しながら狭い空間で逃げ続ける。
埋まらない距離にイラついたのか、虹夏は床に落ちていたギターピックを投げる。男は直撃しなかったものの頬の皮膚が軽く裂けて、血が出たことを見てから痛みが遅れてやってくる。
「これただの傷害じゃねぇかな!?」
「流血沙汰もロックでしょうが!」
ライブステージの上ですらないただの傷害事件である。
最近恋人同士でやるようなじゃれ合いというものを、そういう仲じゃない女とばかりやっている気がした男だが、流血沙汰は恋人同士でやるものじゃないという事実に気づいた。
◇ ◇ ◇
お互いに体力が尽きて、肩で息をしながら休戦調停が出てようやく解散になった。
男は疲れ果てて外食ですら待ち時間で寝そうな程であったため、自宅に寄り道せずに帰る。
「……あれ、ウチってこんな闇、いや陰っぽい感じだったか?」
自宅の玄関に上がると、家の照明が付かないことや異質で形容できないナニかが存在していることを肌から伝わる空気の質や直感で感じとる。
(おいおいおい。何時ウチは黒魔術サークルの宴会場になっちまったんだよ……電気付かないのは停電するって張り紙出てたわ)
息を殺して、足音を消して廊下を歩いていると廊下とリビングを仕切る扉の前に『ソレ』が居る。
『ソレ』は意思があるようで、ときたま呻き声のような音を出す。
「……さぃ、あ……っ……すか? ぁ……し」
「──っ」
少しずつ暗闇に目が慣れてきた男の視界に、生の肉を思わせるが鮮やかなピンク色の塊が現れる。
その塊は似たような呻き声を繰り返すたびにくちゃ、くちゃ、水滴が落ちる音に近い音が鳴る。
それを認識したあなたはSANチェックです。
「──もしかしてこの肉塊……ひとりか!?」
男は肉塊の側面にある一束だけ跳ねている毛を見つけてひとりであることを再認識する。
そうとなれば、ここに存在する肉塊は神話生物の供物にされた人間ではなく、後藤ひとりである。もう怖くはない。
「ぉふ……ろにしますか……?」
「なんつーベタな台詞を! うわっ、結構ネトネトしてる!?」
蘇生作業を狭い廊下ではなく、広い作業スペースで行うためにひとりだったものを持ち上げると何かの粘液が男の手に張り付く。
それに驚いて落としてしまうと破裂して掃除の手間が増えるのは好ましくない。我慢するものの、直で床に置くしかないと思うと後の掃除は結局手間になると思いながらフローリングにひとりだったものを直で置く。
「たしか、水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g……」
材料を物置部屋から探している最中の男に、ひとりだったものが背後から近づいてくることに彼は気付かなかった。
国家錬金術師だったら『ぼっちの』とかそういうやつ。
感想ありがとうございます(オーガスタ研究所出身の強化承認欲求モンスター特有の察知能力)
感想と評価貰えると普通に嬉しいです(小声)