ダメなキミがスキだから   作:効果音

7 / 22
先週は伊地知ディグダが無くて悲しかった(小並感)


弾いて弾いて、弾け飛んで

「ぜぇぜぇ……まさか戦闘になるとはな……ガチでもう動きたくない」

「……うっあっ、何かすごい散らかってる」

 

 暴れ始めたひとりだったものを鎮めてから材料をぶち込むこと数分、極度の疲労で床に倒れ伏した男と、元の肉体に戻り状況が飲み込めていない彼女という、現状を説明可能な人間が居ない空間が残る。

 

「起きたなら、家で何やってたか説明してくんない?」

「……あっ、その……」

 

(チケット買ってもらおうと思ったけど、媚び売った方が買って貰えると思ってエプロンとか付けて出迎えたら何でも言うこと聞いてくれそうだなって思ったけど、予行練習してたら気持ち悪くなってああなってたなんて言えない……)

 

 そこで無条件で買ってもらえると思わない癖に、そういう行為をすれば落とせると思っている辺り彼女の思う他者評価の無駄な低さと自己評価の無駄な高さが垣間見える。

 郁代から、近々ライブをやるからチケットを売り切れそうにないひとりから買い取ってほしいと話を聞いている男も、今の騒動でほんのりと頭の中から抜けていて察することが出来ていない。

 

「近頃天気が荒れるらしいのであちこちにてるてる坊主を設置して風水的なアレやコレやで台風を東京近辺から遠ざける儀式を行おうとしたら外宇宙の神的ななにかから精神波的なモノを受信して──」

「長いし絶対嘘でしょ……何が本当かは知らんけど」

 

 長文かつ、無駄に具体的なのに実態が掴めない話をする人間は基本的に虚言を吐いて相手を諦めさせようとしている人間である。

 

「ごめんなさい嘘言いました」

「……もうちょい根性出せよ!」

 

 ほんの少しつついただけで、あっさり白状されると男も男で深く追求出来ない。

 

「あっ本当はライブのチケットを買ってほしくて来たんですけど……褒めてくれる時みたいに何かしないと買ってくれないかなって思って……」

「いや、それくらいなら何もせずともチケット買うけど?」

 

(初めて結束バンドでライブやるって言った時は用事あるからって来てくれなかった癖に……)

 

 それは記憶を失う前の男の話ではあるが、別の話とはいえ過去の出来事を良くも悪くも根に持ってしまっているのが陰キャである。

 

(ライブねぇ。バンド練の時にマイナスの補正掛かるのに、ライブなんて大丈夫なのかねぇ。一度やってるなら大丈夫だと思いたいけど……あと、喜多ちゃんから言われたの若干忘れてたわ、危ない危ない)

 

 練習では実力を出せなくても、本番のステージ上で逃げ場も無い状態で極限まで追い詰められた方がパフォーマンスが良くなるタイプの人間も居なくはない。

 十五の子供で、しかもコミュニケーション能力が著しく低い女子高生が一度や二度経験しただけの緊張に慣れるかというと、とてもじゃないが頷けるものではない。

 

「とりあえず、金」

「あっはい。ありがとうございます」

 

 チケットと代金を手渡しでトレードする。

 男はチケットを財布にしまい、ソファーに気だるそうに腰を落とす。これから余った材料や粘液でベタついた家を掃除しなければならないと思うと全てを投げ出したくなる。

 これでも、まめに掃除だけはしていることもあり、ここでやらなければ今後ズルズルとダメな方に流れてしまう。

 

(だるいな……勝手にひとりが罪悪感を覚えて掃除しておいてくれないかな? いや、相手、年下の彼女……たまには甘えてもいいんじゃね?)

 

 ただ、根っこのところで男はダメ人間である。ひとりはうとうとし始めた彼の隣にちょこんと座って頭部にクエスチョンマークを浮かべている。

 普段は顔の角度が下向きのひとりが、頭の高さが理由で見上げる状態であることが理由で彼女の顔が程よい角度で見える。

 

「その角度」

「えっあっ、えっ? な、なんですか?」

 

 男がひとりの顎を掴んで顔を固定する。疲労から来る眠気からか思考が制御出来ていないのか、普段と比べると行動がややおかしい。

 

(この顔なら成人後は立派なレディになってるやもしれん……年下に世話されるのは何となくダサいな……)

 

「デッテイウ」

「あっ」

 

 ひとりの限界が先に来た。もう一度崩壊すると男に彼女を蘇生する体力も気力もないため、一晩放置することになるが、幸い魂が抜けただけなので彼が魂の根元を彼女の中に押し戻す。

 比較的楽な状態異常で良かったと安堵しながら、いい加減限界を迎えたのか男は意識を捨てつつ、彼女にのしかからないために反対側に倒れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「笑えるくらい雨じゃん」

 

 ライブ当日、寝相でソファーから転がり落ちたらしい男が目を覚ましたのは午後の三時だった。

 ライブまでの時間は十分ある。焦る時間ではない。ゆっくりと身体を起こすと日の半分を惰眠で使ってしまった虚無感が彼を襲う。

 

「虚無虚無無理ん……買い物してないから飯ない、腹減った……あああああ」

 

 立ち上がる気力もなく、芋虫のように這いずってベッドの中に潜り、一時間程たっぷり放心状態でギリギリまで外に出掛けられるメンタルまで回復する。

 冷蔵庫にも食糧にはなく、カップ麺等のインスタントも蓄えていない。そうなると外食をするか買い物をして家で調理するかの二択になる。

 

「料理する元気はないし、料理なんてしたことないっての」

 

 ボヤきながら身だしなみを最低限整えて外に出る。

 本来なら雨の日に外に出ることも好きではないが、背に腹は代えられない。宅配サービスは運ばれてくるまでのタイムラグと、その間に料理が冷めること、あと基本的にチェーン店以外はクソと知っていて選択肢にすら入らなかった。

 

(ハンバーガーとかピザとかそういうんじゃなくて、和食系の定食屋がいいな……)

 

 雨が降る中、傘をさして歩きながら昼食の内容を思案する。

 テンションが高い日なら何でも美味しく食すことを信条にしているが、この日の男は惰眠と雨のダブルパンチでテンションがかなり低い。

 そういう日は和食が食べたくなる。特に味噌汁を飲みながら雨で冷えた身体を温めるのが好みである。

 

(地図アプリ見て調べるのは好きじゃあねぇな……その辺ぶらぶらしてて見つけた店にこそ散策の意味がある)

 

 それでハズレを引いたなら笑い話、アタリを引いたなら良し。とどっちに転んでも良いように心を用意しておくのも乙なものである。

 それはそれとして、今日はあまりハズレを引きたくない日。チェーン店が自宅付近にあったことを思い出してそちらに足を向ける。

 

「……は?」

 

 数分後、男が目にしたものは今日も営業している和食チェーン店ではなく、ドラッグストアの開店セールをしている光景だった。

 

(おいおいおいおいおいおいおい。嘘だろ)

 

 動揺して次の行動にスムーズに移行出来ない。

 反対方向に10㎞程歩けば同じチェーン店は存在するものの、雨の中動き続けるのは面倒であるし、STARRYからは離れてしまうために移動量が増える。

 

(ヤバい、普通に面倒になってきた……飯抜きにすると何も出来なくなるんだよな)

 

 無いモノは仕方がない。ネガティブになっている思考を無理矢理封じ込めて、時間は掛かるものの反対方向の店舗に向かおうとすると、真横に数秒前の男のような表情で固まっている少女が居た。

 身長は低めなことを気にしているのか帽子を被って誤魔化している印象を男は感じたが、それ以上に気になったことがある。

 

(指、結構ギターを弾いてて指が固い人の、指だ。少なくとも下北沢で見る娘じゃないな。どこのバンド? 組んでない可能性もあるが)

 

 ギターケースすら背負ってないが、指を見ただけでギターの経験値を推測しながら少女の指を見ていると、彼女も視線に気づいたのか、不審そうな表情で口を開ける。

 

「何か?」

「いや、ギターでも弾いてるのかなって、思っただけ。何でもないからおじさんはどっか行くよ」

「はぁ……? あっ!? ちょっと待った!」

「あべしっ!」

 

 不審者が女の子に声を掛けて通りすがりや今話している少女に通報されるとライブに行けなくなってしまう可能性も考慮して、男は早々に立ち去ろうとすると、彼女の方から手首を掴んで止めてくる。

 この時点で少し嫌な予感がする彼は、全力で撒くことも思考の片隅に置きながら足を滑らせそうになりつつも踏ん張って耐える。

 

「指先だけを見て人の演奏技術を解析する癖のある下北沢周辺に住んでいる男の人! もしかして、姐さんの知り合いですか?」

「いや、誰だよ……というか、こういう場所でそういうのやめようね」

 

 周囲の通行人から奇異の視線を浴びていることを感じながら、男は掴まれた手首を引き剥がす。

 立ち話も何だということで近くの喫茶店に入って話すことにした。

 

「大槻です。新宿のライブハウスを拠点にバンド活動をやってます」

 

 ちなみに、彼女も昼食をとろうと記憶の中にあった定食屋を訪れたらドラッグストアになっていて驚いていた。

 

「で、姐さんってのは誰?」

「年中飲んだくれてて、ベースをあちこちの居酒屋に忘れてくるベーシストなんですけど、最近様子がおかしくて……」

 

(あー! あー! 知らない知らない。誰井なにりだよ、そいつ)

 

 身に覚えのある情報が出てきた男は、先程の嫌な予感が的中したことを察する。大槻の話を聞いていくと、きくりが最近新宿のライブハウスに顔を出さないこと、顔を出したと思ったら酒を飲みながら面白い女子高生ギタリストを見つけた話と元カレを発見した話しかしないらしい。

 

「は、はーん……それ何か俺に関係あるの?」

「姐さんが目を付けてるギタリストが下北沢に居ると聞いたので、そのギタリストを探しているんです。自分でも言うのもなんですが、私のギターの腕を見抜いた貴方の目で協力してほしいのですが……」

「やだよ。そんな暇ないし」

 

 普通に断った。

 このまま協力したとして、目当ての人物を見つけた後の展開は容易に想像できる。経緯はともかく、ゲロと酒にまみれてゴミ捨て場に捨てられたくはない男は、この場限りの縁として断るが吉と判断した。

 

「なんでですか! その目があるなら良いギタリストに興味はないんですか!」

「ないね。この後用事もあるし、な」

「ちょっと! これだから大人は!」

 

 注文していたアイスコーヒーをストローを使って一気飲みする。男は苦味のせいか顔を歪めながら財布の中から代金を出して、喫茶店を出ていく。

 腕の良いギタリストに興味はない。というと嘘になるが──

 

 彼のお気に入りのギタリストはもう既に決まっているのだから、探す理由が無い。

 

「ランチ、食い損ねたじゃん」

 

 あれやこれやとしている間にライブまであと二時間程。まだコーヒーしか胃に入れていない男は少し苛立っていた。

 日に何度かの飯が安定した楽しみである彼にとっては食事を自由に取れないことが嫌いなことランキングで上位に位置している。

 

(めし、メシ、飯……さっきまで和食の気分だったのにコーヒーのせいでどうでも良くなってきた)

 

 食べたいものがコロコロ変わることも、食事前の散策の醍醐味であることも男は理解している。

 それに雨も強くなっている。余裕を持って落ち着きながらSTARRYに向かうためにも、適当に近場の店に入った。

 

 ──『ラーメン十二郎』という看板も見ずに。

 

「うっ……ぷ。もう二度といかねぇ」

 

 十数分後、前情報も何も無しに二郎系ラーメンを食してしまった男は色々限界を迎えていた。

 今まで経験したことのない物量を何とか食べきったは良いものの、かなりゆっくり歩かなければその場で嘔吐してしまいそうな程には限界だった。

 腹を落ち着くまで休憩するとライブに間に合わない。ライブに間に合わせると客席で嘔吐してしまう。

 

(普通に吐きたくないし、ゆっくり行こう……多分バレないだろ)

 

 一曲目は確実に聴けなくなるが、某バーガー店の紙パックのドリンクを頼み、最悪持ち帰ることも可能なことも織り込み済みで休憩をする。

 成人男性が紙パックのドリンクを目の前に苦しそうにしているという奇妙な絵面が完成していた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 STARRYではライブが始まり、そろそろ結束バンドの出番が始まろうとしていた。

 

(まだ来てない……)

 

 バンドメンバーと楽屋からこっそり顔を出して客の入りを観察していたが、どれだけ見渡しても男の姿はない。

 今朝送ったメッセージが、午後の四時に返事があったのを見るに恐らく来る筈なのだが、彼がライブを見に来るのは初めてなせいか緊張が収まらない。

 

「人を書いて飲む人を書いて飲む人を書いて飲む人を書いて飲む人を書いて飲む。ふんっ! ふんっ!」

「いつにも増して後藤さんの挙動が不審ね……」

「いつもこんなもんだよ?」

 

 凄まじい速度で手のひらに人の字を書いて飲み込む動作を数回連続で行った後に、胸を叩いて緊張をほぐそうとするが、それでも緊張は解れない。

 そんなひとりを見て郁代が若干引いていた。若干ではあるものの彼女よりは付き合いの長い虹夏は慣れているため気にしていなかった。リョウは寝ていた。

 結束バンドとしての雰囲気はいつも通りのまま、ひとりのコンディションが未知数の状況で結束バンドの出番が始まる。

 

「一曲目──」

 

(あ、ダメだ。なんか音が聴こえない)

 

 ステージの上に立って、郁代のMCが終わって一曲目の演奏が始まっても不調だったバンドを絶好調まで持っていけたひとりのギターの音が出ない。

 ひとりの耳に音は届いている。手の感覚もはっきりしている。ギターに不調もない。チューニングは万全なのに、トチった演奏をしている訳でもないのに、どうしてだろうか。自身の中に眠る本性と鼓動が暴れる感覚がない。

 

(どうしようどうしよう。喜多さんが……ちょっと不安そうにこっちを見てる気がする)

 

 事実として、今の郁代は男とのレッスンでスキルアップしているため、ギターヒーローの実力には届かないにしても、ズブの素人よりは遥かに上達している。

 その事を知らないひとりにとっては、相対的に自分が下手くそになったと感じてしまう。

 観客の反応が悪くはない。このライブが終わった後に、郁代も虹夏もリョウも文句は言わないだろう。

 

 だけれど、ひとりにとってはそうは行かなかった。

 

「『あのバンド』でしたー! 二曲目は──」

 

(あっ、一曲目。終わった)

 

 一曲目の演奏が終わってしまったことをMCでようやく気付く、ギターから目を離して客席を見てもあの姿はない。

 焦燥感だけが、ひとりの中で煽られていく。前回のライブは前もって行かないと言われていたこともあり、気にしなかった。

 しかし、今回は違う。聴きに来ると言った上で、来ないのだ。

 

(……ダメだダメだダメだ。良くない考えしか出てこない)

 

「ひとりちゃん。ギターソロよろしく~!」

「えっあっ……あ」

 

 打ち合せた二曲目の入りの前に予定していたひとりのギターソロが振られる。今の彼女に会場を沸かせるだけの演奏は出来る気がしなかった。

 

食い破っちゃえよ、ひとり

 

 が、出来た。

 

 ごくごく簡単な話で、入口の階段から降りてくる男の姿が見えただけのことだった。でも、それで良い。彼に聴いてもらえるのなら他の観客は置き去りにして良い。

 ひとりの中で、何かが弾けた気がした。それはいつもの青春コンプレックスが刺激されて泥のように溶けたり、粒子状になって散布されてしまう時のそれではなく、もっと別の、世界が噛み合う感覚がした。

 

「ありがとうございました!!」

 

 次の瞬間、ひとりが気が付いた時にはライブは終わっていた。

 

 




現状の結束バンドと原作の結束バンドの差について

ひとり
生ゴミに甘やかされてたせいか、原作よりデバフの効きが強くなったものの、リミッター解除された時の振れ幅が大きくなった。

喜多ちゃん
一番実力が変化してる。普通に音楽上手男に鍛えられて、原作の二巻辺りに届くまであと数歩。

山田と虹夏
なんか一年組予想より上手くなってないか? と若干焦りを覚えて自主練が増えたので普通にレベルアップしている。

なんやかんやで原作よりは全員実力が上がってたりする結束バンド。

多分、次回で一区切り。一旦落ち着けるまで走り続けます。

感想や評価あると何かが早くなります。足の速さとか当選通知とか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。