ACT.30 葛西ウメ
5月3日の夜7時30分……Speed葛西にて……。
ウメさんと私は預けられた大崎翔子のワンエイティを眺めながら考える。
「このワンエイティをどう弄ろうか、ウメさん」
「まずはエンジンやボディの調子の悪い部分を治していき、新車並みのコンディションに戻していくわ。それが終わったらロールバー取り付けとスポット増しよ、名衣」
このワンエイティはサクラの対戦相手のクルマだけど、完成した姿を想像すると心が踊ってしょうがない。
けどその姿は自分が役目を果たさなきゃ見ることができない。 しばらくの間、私はこの作業と戦うのだった。
あと、クルマの作業についてウメさんはこんな言葉を放つ。
「このクルマはうちのクルマみたいに「作品」だと思って作るわ。次のバトルで智が勝てば無料(タダ)にしようかしら」
「む、無料にするの?」
「そうよ、このクルマは「作品」のように仕上げ、敵に塩を送るつもりで相手が満足するクルマに仕上げるわ」
ということは……金を貰わない作業をする割には結構本気なクルマになるかもしれないね。
日は過ぎて、5月7日の朝。
今日も智姉さんと練習を行い、おれはワンエイティ……いやZ32に乗って智姉さんのR35から逃げていた。
「Z32で食いつかれるか……」
今いるのは第3高速セクション。
Z32はワンエイティよりパワーはあるものの、それでも智姉さんのR35に敵わない。
ただし智姉さんは今追い抜きそうな気配がする割にはその体制に入らない、なぜだろうか?
何か作戦を立てているかもしれないけど、いよいよ攻めてくるのか?
5連ヘアピン最初の右ヘアピンに入る。 「出させてもらうぞ」
ついに智姉さんは攻め、鉄のような銀色のオーラを纏う。
ゼロカウンタードリフトの態勢に入って超高速スピードで攻めていく。
「小山田疾風流‹スティール·ブレード›!」
おれも智姉さんと同じ技を使って防ごうとした。
しかし、彼女の方が威力は上だった。
「うわあ!」
またおれの覚醒技は鉄属性をとても苦手としているため、大きな精神ダメージを受けてしまう。
さらには、智姉さんの<スティール・ブレード>の速度を上げてしまった。 智姉さんはおれの前に出るとすぐ、目から消えてしまう。
あの人に追い付けないままゴールした。
ダウンヒルゴール地点近くの駐車場、ここにおれたちが運転していた2台のクルマが停車する。
智姉さんのある一言でおれは体に電流が走ってしまう。
「ごめんオオサキ、いつもより本気を出してしまった。実は私も……バトルを控えているんだ」
「ふぇええ、バトルですかあ!?」
それを聞くのは初めてだ。
智姉さんは現役を引退しているのに……。
「引退している智姉さんがバトルなんて……ありえません!」
「落ち着け、私が行うのは伝説のバトルだ。すでに引退している走り屋……葛西ウメが相手だ」
葛西ウメ……葛西サクラの母親で智姉さんの現役時代のライバルだ! その走り屋との伝説の一戦がまた始まるのか。
「このバトルは絶対に負けられないからな。私はあいつ相手に全て勝っている、しかもR35に乗り換えてから初めてのバトルだ。黒星なんか欲しくない」
「じゃあ、おれが代わりに挑みましょうかね?」
「ダメだ。お前の腕だと勝てない」
「ウェヒヒヒ、冗談で言いましたよ」
智姉さんが負けて欲しくないあまり、こんなことを言ってしまった。
(次で負けたら……二度とオオサキとは走らないつもりでいる)
その心の言葉の意味について、翌日知ることになる。
夜10時、Speed葛西のガレージにて。
名衣が9時に帰ったため、私は1人でワンエイティに搭載されたRB26の若返り作業を行っていた。
15分になると、体を休ませる時間に入る
そこに長女のサクラがガレージの中へやってきた。 娘に対して、私はこんなことを誘う。
「サクラ、ちょっと付き合わせてもいい? 赤城へドライブへ行こうかしら」
「うん……」
娘は誘いに応じ、共に70スープラに乗車して赤城山へ向かった。 赤城山へ入り、クネクネした道路を走っていく。
ハンドルを握りながら、会話する。
内容は、昔話だ。
「私は13歳にプロの世界に入ったわ。まだ免許を取っていないからサーキットで走っていたの。当時は今と違って短気で暴力で、暴走族のレディースに間違われたことが何度もあるわ。ちなみに当時の相棒は61型セリカXXよ」
プロの世界から追い出されたのはある事件がキッカケだ。
「その世界で数々のトロフィーを取ってきた私だったけど、22の時に監督と口論となった挙げ句に鉄拳で殴って追放されてしまった」
そんな私を救った人が現れる。
「追い出された私を拾った人はいた」
「――誰だ……?」
「あなたの父親で、私の夫となる希よ」
これが旦那との出会いだった。
「希に拾われた私は舞台をサーキットから赤城へ移動して、そこはサーキットより楽しい所だったため私はここで第2の走りの人生を過ごすことにしたのよ。赤城で過ごすと、多くの走り屋を倒して最速の走り屋となったわ」
そして……。
「25歳の時に私はあなたを身籠り、希と出来ちゃった結婚をしたわ。これを機に走り屋を引退したのよ」
「オレが生まれたんだな」
「ええ、翌年の1月にはあなたをこのクルマの中で産んだのよ」
しかし幸せを得たのも束の間、ここで悲劇が訪れる。
「ヒマワリとモミジを身籠った時、彼は帰らぬ人になったのよ。私はそれがショックで走ることがトラウマになってしまう。この2人にも彼の顔を見せたかったわ……」
ショックの中に埋もれている私だったけど、天国へ逝ったはずの彼が再び救う。
「ある日、運転出来なくなった私の耳に死んだはずの彼の言葉が聞こえてきた。その言葉を聞くと勇気を貰った」
私は走れるようになり、そして……36の時に走り屋の活動を再開する。
しかい、ここに私のライバルが現れた。
「この時に斎藤智が現れた。私は20歳以上年下である彼女のことを「小娘」とナメていたけど、実際に挑んだら負けたわ。その後も彼女に何度も挑んだけど、彼女に返り討ちされてしまった」
化け物であったように恐ろしかった。
幼少期にフィンランドで身につけた運転技術は伊達じゃなかった。
戦いを始めて5年後に彼女は引退し、私もそれを追った。
会話しながら運転すると、赤城ダウンヒルスタート地点付近の駐車場へ到着する。
ここでクルマから降り、今度の作戦のことを伝えていく。
「バトルの作戦は、序盤はわざと下手に走ると同時にコーナーではブレーキを強く踏み、エンジンはレブ縛りするという作戦で行くわ。これはR35の弱点を狙うためよ。あと、智は最終コーナーまで抜かないという特徴を持っているの」
R35の弱点は車重の重さから来るブレーキ耐久の弱さだ。
「ニュルブルクリンク(ドイツのサーキットで世界最長かつ世界一過酷なサーキット)を何周でも走れる」と言われているものの、そこの路面はブレーキへの負担が軽く、富士スピードウェイを何周か走るとブレーキがタレてくる。
「3連続ヘアピンを抜けた後は、全開で走行して智とR35を大きく離していくわ。出来れば本気を出すまでに離しておきたいわね」
「相手の弱点を狙う作戦……完璧だと思うな……」
智って前半の時は本気を出さないからね。
あと、私の覚醒技は気力がある限り何度でも技を使えるという能力を持ち、それらを使いまくって離してやるわ。
この作戦なら、負ける気がしない!
日が過ぎて5月8日の金曜日となり、バトルは明日に迫っていく。
昼11時、おれと智姉さんは体操教室に来ていた。
今レッスンを終え、更衣室にいる。
レオタード姿で会話していた。
「智姉さん、レッスンを熱心に取り込んでおりましたね」
「そうか? 今度のバトルで勝つために私はいつもより集中して挑んだ。負けたら二度と走らないと決めている」
衝撃的な言葉に、おれの身体中に電流が走った。
「負けたら走らないって……本当なんですか?」
「これは本気だ。本気でバトルする時はそのような気持ちで挑んでいる」
恐ろしいほど自分を追い詰めている姿におれは心配だ。
けど、智姉さんなら相手がどんなに賢い作戦で挑んできても屈しないと考えている。