智姉さんのクルマ紹介No.1 日産180SX(RPS13型)
日産 180SX(ワンエイティエスエックス)(RPS13型)(スペックは96年式タイプXを参考)
【製造期間】1989年~1998年12月
【先代車】S12型ガゼール
【後継車】S15型シルビア
【名前の由来】搭載しているエンジンが1.8リッターであること(しかしマイナーチェンジで2.0リッターになる)&日産の海外向け小型スポーツカーに使われる名前「SX」から
【当時の新車価格】267万円
【別名】240SX(北米)、200SX(欧州)
【全長】4,520mm
【全幅】1,695mm
【全高】1,290mm
【定員】4名
【ボディタイプ】3ドアクーペ
【車重】1240kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツコンパクト
【エンジン】SR20DET(2リッター直列4気筒DOHCシングルターボ)(※日本・欧州向けの1991年式以降)
【最高出力】205馬力
【最大トルク】28.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】6.04kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】44.2kg/kg・m
【サスペンション】F/ストラット、R/マルチリンク
【変速機】5速
【0-100km/h加速】6.3秒
【0-400m】14.4秒
【最高速度】244km/h
【作中の搭乗者】大崎翔子(無所属・16歳)
【智姉さんの解説】
通称「ワンエイティ」
この車は私と同居しているオオサキの愛車だ。
日産のS13型シルビアの双子の兄弟車で、峠の走り屋たちの定番車でもある。
日産の901運動で産まれた名車の1つだ。
〇〇SXという名前はもともと海外向けシルビアの名前で使われ、180SXもS13の海外向け(240SX、200SX)として販売されるはずであり、日本での販売は予定されていなかった。
しかし日本では当時第2次スポーツカーブームだったため、日本でも販売された。
シルビアとは双子の兄弟車という関係で車体は共通しているものの、ワンエイティの外見はリトラクタブルヘッドライトを採用し、ボディタイプは3ドアクーペとシルビアとの差別化が大きい。
その大きな差別化は事実上の先代車のガゼールがシルビアとの差別化を図れなかったからだ。この美しいデザインはアメリカのNDI(日産デザインインターナショナル)が手がけている。
名前の由来は搭載されているエンジン・CA18DETの排気量である1.8リッターからきているが、マイナーチェンジで2.0リッターのSR20DETに変えられた。
ただし、改名はしていない。
S13型シルビアのフルモデルチェンジで生産終了するはずだったものの、後に販売されたS14型の不評を受けて引き続き販売され、シルビア2代分を生き抜いた。
当初は(ターボモデルしか設定されていなかったものの、96年モデルからNAのグレード・タイプSも登場する。
今は生産終了しているものの、人気は高く、改造車のベースとして使われる。
改造の定番とは大崎のワンエイティもやっているヘッドライトの固定化とエンジン換装だな。
智姉さんのクルマ紹介No.2 日産GT-R(R35型)
日産 GT-R(ジーティーアール)(R35型)(スペックは07年式ブラックエディションを参考)
【製造期間】2007年~現在生産中
【先代車】BNR34型スカイラインGT-R
【後継車】現時点でなし
【名前の由来】「グランド・ツーリング・レーシング」の略
【当時の新車価格】777万円(07年モデル)
【別名】なし
【全長】4,655mm
【全幅】1,895mm
【全高】1,370mm
【定員】4名
【ボディタイプ】2ドアクーペ
【車重】1740kg
【駆動方式】4WD(ATTESA ET-S方式)
【クラス】スーパーカー
【Engine】日産VR38DETT(3.8リッターV型6気筒DOHCツインターボ)
【最高出力】480馬力
【最大トルク】60.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】3.62kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】29.0kg/kg・m
【サスペンション】F/ダブルウィッシュボーン、R/マルチリンク
【変速機】6速
【0-100km/h加速】3.8秒
【0-400m】11.9秒
【最高速度】268.9km/h
【作中の搭乗者】斉藤智(現在は引退・年齢不詳)
【智姉さんの解説】
私の愛車、R35型GT-Rだ。
このR35型GT-Rは日本が世界の誇るスーパーカーの1台で、02年に生産終了したBNR34型から5年ぶりの復活となった。
スカイラインの名称が消えて独立したことにより設計の自由度が増しているため専用設計が多く、他車からの流用はゼロであり、フロントトランスアクスルを採用により第2世代のGT-Rの弱点だったフロントヘビーを解消することに成功した。
ただし、スカイラインのトレードマークと言える4灯丸目テールランプを採用したり、スカイラインGT-R時代からのロゴマークを流用するなどスカイラインだった名跡は残ってある。
エンジンはこれまでのRB26DETTから新開発のV型6気筒ツインターボエンジン、VR38DETTを搭載。
このエンジンはトルク重視でありながら、当時の日本車として最高値でかつての自主規制値(280馬力)を遥かに超える480馬力を達成する。
マイナーチェンジごとにパワーアップし、現在は570馬力(ニスモ仕様で600馬力)となった。
車重は1740㎏と「重すぎる」と言われるほど重い車体だが、わざと重くしているのではなく、どの道でも高いGRIP力確保による安定性を得るために1740kgにしたらしい。
運動性を求めるために軽量化したほうがいい(FIA-GT参戦仕様は1350㎏と大幅に軽量化されている。私のR35はシートの取り外しといった軽量化を行って1580kgに落としている)と言われているが、軽くしていくドライビングテクニックで荷重を配分できないと曲がらない車になるから、重くすることで誰でもパフォーマンスを発揮できる車に仕上がっている。
重いだけでなく重量配分は52対48とスポーツカーの理想とは離れているが、これはアクセルを踏んだ時に50対50になるからだ。これはV35型スカイラインと同じコンセプトだ。
世界一過酷なサーキットと言われるドイツ・ニュルブルクリンクのテスト走行では当時の量産車最速と言えるタイムをたたき出した。
「特別な車」という扱いを受けており、国土交通省の要請から違法改造防止のためにGT-Rハイパフォーマンスセンターだけで整備できない車になっている。
ただし、トップシークレットやフェニックスパワーなどのチューニングショップからはR35用の改造パーツが販売されている。
しかし、この物語でR35の改造がOKとなっているという設定になっており、私もR35を改造している。
R35の改造は架空世界ではOKだ。
ただし、現実世界ではダメだぞ。
智姉さんのクルマ紹介No,3 マツダ RX-7(FD3S型)
マツダRX-7(マツダ・アールエックスセブン)(FD3S型)(スペックは02年式スピリットRタイプAを参考)
【製造期間】1991年~2002年
【先代車】FC3S型サバンナRX-7
【後継車】開発中と噂あり
【名前の由来】Rは「ロータリー」の略で、Xは「未来」を意味し、7は「車格」を表す。
【当時の新車価格】398万円
【別名】なし
【全長】4,285mm
【全幅】1,760mm
【全高】1,230mm
【定員】2名
【ボディタイプ】3ドアクーペ
【車重】1270kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツカー
【Engine】マツダ13B-REW(1.3リッター2ローターDOHCツインターボ)
【最高出力】280馬力
【最大トルク】32.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】4.53kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】39.6kg/kg・m
【サスペンション】F/ダブルウィッシュボーン、R/ダブルウィッシュボーン
【変速機】5速
【0-100km/h加速】5.3秒
【0-400m】13.4秒
【最高速度】260km/h
【作中の搭乗者】雨原芽来夜(DUSTWAY・21歳)
【智姉さんの解説】
通称「FD」
RJCカーオブザイヤー初代受賞車だ。
FD3Sはマツダを代表するスポーツカー・3代目RX-7で、先代まで名乗ってきた「サバンナ」という名前が消え、MAZDAの新たに「アンフィニ」というサブネームがついた。
ただしその名前もマイナーチェンジで消えてしまったんだ。
FD3Sは現・赤城山最速の雨原芽来夜の愛車だが、先代のFC3Sは某人気漫画でも赤城最速の愛車だったようだな。
車体は3ナンバー化したものの、かなりの軽量化を行っているため車重増加は食い止められている。
「ピュアスポーツ)」をコンセプトにしており、より高性能なスポーツカーを目指しているため、どの性能は高い。
特にコーナリング性能は量産車最強と言われている。
デビュー当時のパワーは255馬力だったが、マイナーチェンジで265馬力、280馬力へ上昇していった。
重量バランスはスポーツカーの理想と言える50対50で配分されている
2002年には排ガス規制で製造中止になるが、それを記念して造られたグレードはスピリットRだ。1500台限定で生産され、A,B.Cと3タイプあるが、Aだけ説明しよう。
タイプAはRZをベースに2シーター化、BBS製メッシュホイール、赤塗装のブレーキキャリバー、専用インパネなどの特別な装備が付けられている。(雨原のFDはこのモデルだ)
今でも人気が高く、実車が登場するレースゲームではこの車が収録されていない奴はほとんどいない。
リトラクタブルを採用したフロントマスクとグラマラスなデザインは評価が高く、イギリスのテレグラフ誌ウェブサイトが選ぶ「美しいクルマ100選」に選ばれたことがある。
しかもランキングは日本車としては最高位に位置する。
ちなみにゼロヨンでは2WD車で初めて10秒切りを記録した。
智姉さんのクルマ紹介No.4 トヨタ スープラ(JZA80)
トヨタ・スープラ(型式:JZA80)(スペックは97年式RZ)
【製造期間】1993年~2002年
【先代車】JZA70型スープラ)
【後継車】A90型スープラ
【名前の由来】ラテン語で「上へ」
【当時の新車価格】448万円(97年式のRZ)
【別名】なし
【全長】4,520mm
【全幅】1,810mm
【全高】1,275mm
【定員】2名
【ボディタイプ】3ドアクーペ
【車重】1510kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツカー
【エンジン】ヤマハ2JZ-GTE(3.0リッター直列6気筒DOHCツインターボ)
【最高出力】280馬力
【最大トルク】46.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】5.39kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】32.8kg/kg・m
【サスペンション】F/ダブルウィッシュボーン、R/ダブルウィッシュボーン
【変速機】6速
【0-100km/h加速】5.1秒
【0-400m】13.4秒
【最高速度】256km/h
【作中の搭乗者】葛西サクラ(DUSTWAY・20歳)
【智姉さんの解説】
通称「JZA80」
2代目(海外では4代目)のスープラに当たるのがJZA80だ。
先代のフロントのリトラクタブルが印象的な流面形のデザインから一転、ヘッドライトは固定式へと変わってデザインはグラマラスなものへと変わった。
エンジンはアリストに搭載され、当時国産最強のスペックを誇ったヤマハ製の2JZ-GTEを搭載している。
このエンジンはチューニングしても強力でチューン次第で1000馬力を超えることもある。
後にVVT-iされトルクは44kg・mから46kg・mに上昇した。
ギアボックスは日本車として初採用となる6速マニュアルトランスミッションを採用した。
これはトヨタとドイツ・ゲトラグ社の共同開発だが、この6MTをJZA80に採用することは開発チームから反対の声があったものの、開発責任者が「これをウリにしたい」とメンバーを説得して採用に至った。
後に多くのスポーツ仕様車が6速MTが採用していくことになる。
97年モデルから左右のダンパーをオイルラインで結び、オイルを循環させることで減衰力を発生させるトヨタがヤマハと共同開発したREASをRZとSZ-Rに採用し、コーナリング性能と乗り心地を上昇させた。
しかし、2002年の排ガス規制をクリアできず、生産終了をする。
次期型はまだ登場していないもの期待の声も多い。
このJZA80が生産終了した以降、普通規格のターボ車は減少していく。
JZA80は車重が先代より軽くなっているが、それでも1510kgと重いほうだ。
重いため、トルクの割に加速は同じクラスのクルマより遅い。
チューニングするときはまず軽量化するか、パワーをあげるかだな。
智姉さんのクルマ紹介No.5 日産ローレル(C33型)
日産・ローレル(C33型)(スぺックは90年式メダリストを参考)
【製造期間】1989年~1993年
【先代車】C32型ローレル
【後継車】C34型ローレル
【名前の由来】英語で「月桂樹(または月桂冠)」の意味
【当時の新車価格】324万円
【別名】なし
【全長】4.690mm
【全幅】1,695mm
【全高】1,365mm
【定員】5名
【ボディタイプ】4ドアセダン
【車重】1400kg
【駆動方式】FR
【クラス】コンパクトエクゼクティブクーペ
【エンジン】日産RB20DET (2.0リッター直列6気筒DOHC シングルターボ)
【最高出力】205馬力
【最大トルク】27.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】6.82kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】51.8kg/kg・m
【サスペンション】F/ストラット、R/マルチリンク
【変速機】4速
【0-100km/h加速】7.7秒
【0-400m】15.6秒
【最高速度】225km/h
【作中の搭乗者】熊九保宣那(プラズマ人娘・19歳)
【智姉さんの解説】
通称「C33」。
ローレルは日産の準高級FR車であり、スカイラインとは歴代ほとんどのモデルは兄弟車となっている。ライバルはトヨタのマークIIだ。
先代C32型はデザインは角張ったアナログな外見をして、高級感を前面に押し出しターゲットは中高年だけに向けたクルマだった。
しかしこのC33型はデザインは未来的に曲線を帯びたものに変わり、高級装備を外してスポーティさを出して若者にもターゲットを向けたクルマだ。ただし、先代のような内外装の質感の良さはC33でも拘っている。
ボディはローレル伝統のピラーレスを引き続き採用し、このピラーレス構造はC33で最後となる。ライバル会社・トヨタの作ったカリーナEDの影響を受けたのか、屋根は低く設計されており、そのせいか車内は狭くなっている。
エンジンはRB20DET、このエンジンはR31に搭載されたものをパワーアップさせて搭載させているものだ。通称は「プラズマ」、私が付けたプラズマ3人娘はこれが由来になっている。
このC33の頃にはローレルの累計生産台数が100万台を突破した。
歴代ローレルではブタケツことC130型と争うほど人気が高く、ドリ車の定番車の1つだ。
ただしピラーレス構造により剛性が低いため、最初は剛性強化のチューニングすることをお勧めしたい。
智姉さんのクルマ紹介No.6 日産スカイライン(HCR32型)
日産・スカイライン(HCR32型)(スペックは89年式4ドアGTS-tタイプMを参考にしている)
【製造期間】1989年~1993年
【先代車】R31型スカイライン【後継車】R33型スカイライン
【名前の由来】「山並みと青空を区切る稜線」という意味
【当時の新車価格】234万円
【別名】なし
【全長】4.580mm
【全幅】1,695mm
【全高】1,340mm
【定員】5名
【ボディタイプ】4ドアセダン
【車重】1290kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツコンパクト/ミッドサイズ
【Engine】日産RB20DET (2.0リッター直列6気筒DOHCシングルターボ)
【最高出力】215馬力
【最大トルク】27.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】6.00kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】47.0kg/kg・m
【サスペンション】F/マルチリンク、R/マルチリンク
【変速機】5速
【0-100km/h加速】6.5秒
【0-400m】14.6秒
【最高速度】234km/h
【作中の搭乗者】小鳥遊くに(プラズマ3人娘・18歳)(※89年式の4ドアGTS-tタイプM)
【智姉さんの解説】
通称「HCR32」
R32といえばこのモデルの時に復活したGT-RことBNR32のイメージが強いが、FRで十分なスポーツ性能や軽量なボディからGTS-tことHCR32も負けない人気がある。
C33型ローレルの兄弟車であり、ワンエイティとC33同様901運動の名車の1つだ。
「超感覚スカイライン」と呼ばれているが、R32と呼ばれる方が多い。
先代R31の反省点から車体をダウンサイジングさせ、スカイライン最後の5ナンバーボディとなる。
ボディタイプは2種類、2ドアクーペと4ドアセダンが用意されていて、今回の紹介では4ドアを紹介しているものの、4ドアのほうは2ドアより50㎏重くなっているぞ。
エンジンは先代よりパワーアップさせたRB20DETで、高速域を重視にしたセッティングのためC33やA31より馬力はある。
しかし低速トルクはとても低いので馬力のない車より加速が悪いこともあるので注意。
その影響で後継車のECR33のRB25DETを積ませるユーザーも少なくなく、現在はRB25を積んだHCR32が多い。他にもRB25DE(RB25DETのNA版)、CA18DETを積んだモデルもあった。
サスペンションは901運動で熟成させたマルチリンク方式の物を採用している。
ライバルはポルシェと言っており、200km/h以上での安定性ではポルシェに勝ったという。
4ドアのほうにはGTS-4という知る人ぞ知る、ATTESA ET-S方式の4WDを採用したGT-Rの4ドア版と言えるモデル・GTS-4が用意されている。
が、鉄パーツの装着し過ぎによる重量増加とブリスターフェンダーが装着されていないことからGT-Rのような高性能っぷりはない。
しかし、後に日産の子会社・オーテックからGTS-4をベースにBNR32に積まれているRB26DETTをNA化させたRB26DEを搭載させたモデルが発売された。
BNR32より影が薄い車だが、こっちのほうは車重が軽いため峠に向いているかもしれないな。
智姉さんのクルマ紹介No.7 日産セフィーロ(A31型)
日産セフィーロ(A31型)(スペックは88年式クルージングを参考にしている)
【製造期間】1988年~1994年
【先代車】なし
【後継車】A32型セフィーロ
【名前の由来】スペイン語で「そよ風」「地中海に春をもたらず西風」の意味。
【当時の新車価格】244万円
【別名】ローレル・アルティマ(ラテンアメリカ(メキシコ・南米)向けのモデル)
【全長】4.690mm
【全幅】1,695mm
【全高】1,375mm
【定員】5名
【ボディタイプ】4ドアセダン
【車重】1360kg
【駆動方式】FR
【クラス】ミッドサイズ
【Engine】日産RB20DET (2.0リッター直列6気筒DOHCシングルターボ)
【最高出力】205馬力
【最大トルク】27.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】6.63㎏/馬力
【トルクウエイトレシオ】50.3kg/kg・m
【サスペンション】F/ストラット、R/マルチリンク
【変速機】5速
【0-100km/h加速】6.7秒
【0-400m】14.7秒
【最高速度】234㎞/h
【作中の搭乗者】川畑マサミ(プラズマ3人娘・18歳)
【智姉さんの解説】
通称「A31」
昭和が終わる1988年に新しく登場したセダンがこのセフィーロだ。
歌手の井上陽水さんが出演していたCMでご存じな方も多いだろう。
プロジェクターヘッドランプを標準で採用した斬新なフロントマスクが特徴で、流麗なデザインながらプレスドアを採用したFRの4ドアセダンで、後に登場したC33型ローレルとR32型スカイラインとは兄弟車の関係を持つ。
トヨタのマークII3兄弟に対抗した。
発売初期のキャッチコピーは「33歳のセダン」、後に「くうねるあそぶ」となった。
発売当初はMTが選べたようだ。
A31は新しいコンセプトが採用されて、「セフィーロ・コーディネーション」というエンジンやサスペンション、トランスミッション、内装などが自由に選べた。エンジンは、RB20DET、RB25DE、RB20DEの3種類用意されている。
搭載されているRB20DETはR30型スカイラインに搭載されていたものをパワーアップさせたもので後に兄弟車のC33とR32に搭載された。
空力性能はセダンとしてはとても良く、当時では良いCd値0.32を記録する。
「901運動」として同時期に登場したBNR32型スカイラインGT-R、S13型シルビア&180SX、C33型ローレルなどとともに大ヒットし、バブル期のNisaanを支えた。
2代目A32型はFF化したものの、価格の安さからA31よりヒットして暗黒時代の日産を支えた。
生産終了後も今では希少となったFRでターボ、MTという点からドリ車のベースとして人気が高いものの、近年はNomalの現存数が少なくなってきており、中にはSR20DETやRB26DETTを換装したものも存在する。
2代目モデル以降のセフィーロは日本の中古市場においてはFFという理由で人気がないものの、東南アジアのほうでは頑丈な日本車という点からタクシーのベースとして人気が高い。
智姉さんのクルマ紹介No.8 日産フェアレディZ(Z33型)
日産 フェアレディZ(ゼット)(Z33型)(スペックは03年式バージョンS)
【製造期間】2002年~2008年
【先代車】Z32型フェアレディZ
【後継車】Z34型フェアレディZ
【名前の由来】「フェアレディ」は英語で「貴婦人」を意味し、「Z」は「究極」を意味する。
【当時の新車価格】330万円
【別名】350Z(海外)
【全長】4.310mm
【全幅】1,815mm
【全高】1,310mm
【定員】2名
【ボディタイプ】3ドアクーペ
【車重】1440kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツカー
【Engine】日産VQ35DE (3.5リッターV型6気筒DOHC 自然吸気)
【最高出力】280馬力
【最大トルク】37.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】5.14kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】38.9㎏/kg・m
【サスペンション】F/マルチリンク、R/マルチリンク
【変速機】6速
【0-100km/h加速】5.4秒
【0-400m】13.7秒
【最高速度】269㎞/h
【作中の搭乗者】柳田マリア(WHITE.U.F.O・21歳)
【智姉さんの解説】
通称「Z33」
先代のZ32型フェアレディZは2000年に生産終了し、日産伝統のZの名を消してしまったが、その2年後にZは復活する。それがZ33型だ。
今までの4人乗りこと2by2は廃止されて2人乗りのみになり、エンジンは3.5リッターV型6気筒の自然吸気のVQ35DEが搭載された。
ちなみに、当初直列4気筒を搭載する予定があったらしい。
V35型スカイラインとは兄弟車の関係を取り、それを行うことによって300万円台というこのクラスのスポーツカーとして安値の価格を実現した。
発売から1年後の2003年にはオープンモデルのロードスターが追加された。
空力性能はかなり良く、Cd値0.30と当時クラストップを誇った。
2005年にマイナーチェンジを行い、馬力を294馬力へアップさせたがその代わりトルクはは35.0kg・mへ低下してしまった。
2007年にも再びマイナーチェンジを行い、エンジンはVQ35DEからVQ35HRへ変更して最高出力は313馬力へ上昇、最大トルクもデビュー当時ほどではないものの36.5kg・mへ上昇した。
最大エンジン回転数も7.500rpmに上昇している。
他にもボンネットに初代S30を彷彿させるバルジが付く(柳田Z33は初期型だがこの後期用ボンネットを装備している)といったデザインの変更も行っている。
全日本GT選手権(現・SUPER GT)のGT500に撤退したBNR34型スカイラインGT-Rに変わって参戦し、下級クラスのGT300にも参戦したが、この同一車種によるCLASS両方参加はスポーツカーの冬の時代を印象させる(他にもNSX、R35型GT-Rがある) 08年にはR35型GT-Rを導入したためGT500を撤退したがGT300では2010年まで(参戦途中に後継のZ34が発売されたものの)参戦した。
GT500では2004年、GT300では2003年と2008年、2010年に総合優勝を果たした。
Z33はドリフトしづらいクルマだ。D1で参戦した個体は少なく、ドリフトで使用する人は少ない。
足回りは直進安定性重視のほか、車重は1440kgとちょっと重めだ。
ドリフトさせたいならチューニングさせるだけでなく、ドリフト重視のセッティングをさせたほうがいい。
智姉さんのクルマ紹介No.9 トヨタスープラ(JZA70型)
トヨタ スープラ(JZA70型)(スペックは90年式2.5GTツインターボR)
【製造期間】1986年~1993年
【先代車】GA60/MA60型セリカXX
【後継車】JZA80型スープラ
【名前の由来】ラテン語で「至上かつ最高」「上へ」などを意味する。
【当時の新車価格】327万円
【別名】なし
【全長】4.620mm
【全幅】1,745mm
【全高】1,300mm
【定員】5名
【ボディタイプ】3ドアクーペ
【車重】1520kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツカー/グランドツアラー
【エンジン】ヤマハ 1JZ-GTE(2.5リッター直列6気筒DOHCツインターボ)
【最高出力】280馬力
【最大トルク】37.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】5.42kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】41.0kg/kg・m
【サスペンション】F/ダブルウィッシュボーン、R/ダブルウィッシュボーン
【変速機】5速
【0-100km/h加速】秒
【0-400m】13.9秒
【最高速度】266km/h
【作中の搭乗者】葛西ウメ(現在は引退・45歳)
【智姉さんの解説】
通称「JZA70」。
群馬エリアにおける、現役時代の私のライバルだった葛西ウメの愛車だ。
1986年にセリカXXが3代目にフルモデルチェンジすると、弟分のセリカがFF化したという理由で海外名のスープラに改名した。
かつての名車・2000GTの再来を目指すためにキャッチコピーは「Toyota 3000GT」というもので、仙台のセリカXXよりスポーツ性が強く、トヨタでは2000GT以来となる4輪ダブルウィッシュボーンを採用した。
ソアラとは兄弟車の関係にあたるが、グランドツアラーではなく、本格的なスポーツカーを目指して作られている。
XXと比べて50%強化された高剛性シャーシに、54対46に重量配分など細部にわたって徹底され、特にボディやシャーシ、足回りはヨーロッパレベルを意識した開発をされ、アウトバーンでのテスト走行とかが行われた。
ボディはクーペモデルのみだったが、後に着脱可能のルーフが用意されているエアロトップが追加されたものの、そのルーフは1人では着脱できないほど重く、ルーフを外して走っているものはほとんどいなかったらしい。
エンジンは6種類用意されていて、エンジンごとで型式が異なる。
(ちなみにトヨタのクルマの型式は搭載されているエンジンで決まる(例:7M-GTE搭載モデル=MA70、1JZ-GTE搭載モデル=JZA70))
JZA70という型式になったのは90年のマイナーチェンジ以降だ。
88年のマイナーチェンジで500台限定で販売された3.0GTターボAが登場する。
このモデルはグループAのホモロゲーションモデルであり、ターボAタービンという専用のターボチャージャー搭載し、最高出力は当時国産最高の270馬力を達成した。
また、通常モデルとの外観の違いはセンター部分にターボAダクトと呼ばれる3連ダクト付きのフロントバンパーを装着したことだ。
色はボディカラーとホイールカラーは黒のみ。
グループAでの成績はデビューウィンこそ飾ったものの、その後はBNR32型日産スカイラインGT-Rやフォード・シエラなど相手に苦戦してしまい、90年に撤退した。
5000台の販売規定をクリアできなかったST165型セリカに代わり、FRにも関わらず1987年度のラリーに参戦したものの、1勝もできずに参戦を終えた。
90年には最後のマイナーチェンジを行い、JZA70型2.5GTツインターボR(ウメが乗っているのはこれ)が登場した。
エンジンはこれまで搭載されていた3リッターの7M-GTEからマークIIに搭載された2.5リッター1JZ-GTEを搭載し、最高出力は280馬力となった。
レカロシートも標準装備としている。
このスポーツ色を強く進化させたマイナーチェンジだが、これは次期モデルであるJZA80への布石に過ぎなかった。
智姉さんのクルマ紹介No.11 トヨタ MR2(SW20)
トヨタ MR2(SW20型)(スペックは98年式2.0GT)
【製造期間】1989年~1999年
【先代車】AW10/AW11型MR2
【後継車】ZZW30型MR-S
【名前の由来】「ミッドシップ・ランナバウト・2シーター」の略
【当時の新車価格】295万円(※98年式のGT)
【別名】型式:SW22(海外でのターボモデルの型式)
【全長】4.170mm
【全幅】1,695mm
【全高】1,235mm
【定員】2名
【ボディタイプ】2ドアクーペ
【車重】1270kg
【駆動方式】MR
【クラス】スポーツカー
【エンジン】ヤマハ・3S-GTE(2.0リッター直列4気筒シングルターボ)
【最高出力】245馬力
【最大トルク31.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】5.18kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】40.9kg/kg・m】
【サスペンション】F/ストラット、R/ストラット
【変速機】5速
【0-100km/h加速】5.4秒
【0-400m】14.18秒
【最高速度】237.1km/h
【作中の搭乗者】葛西ヒマワリ(DUSTWAY・18歳)(※98年式のGT)
【智姉さんの解説】
通称「SW20」。
日本初のミッドシップ・スポーツカー、MR2の2代目としてデビューしたのがこのSW20だ。
多くのの名車が誕生した1989年にデビューした。
先代はカローラ/スプリンターとは兄弟車だったものの、このSW20はセリカ/コロナ/カリーナの兄弟車となり、先代よりボデイは大型化した。
当時世界初の試みとして、ステアリングの変化に応じて光軸が左右に可動するステアリング連動フォグランプを採用している。
搭載するエンジンは先代の1.6リッターの4A-Gと決別し、兄弟車・ST182/ST185型セリカにも搭載されている、ターボオの3S-GTEとNAの3S-GEが用意された。
このエンジンはパワー戦争状態に作られたので先代より大きくパワーアップし、ターボには225馬力(後に2度目のマイナーチェンジで245馬力へアップした)、NAには165馬力(後に2度目のマイナーチェンジで180馬力、最後のマイナーチェンジでVVT-i採用により200馬力へアップした)を出している。
ターボモデルに搭載されているターボはターボシステムにある4つのシリンダーから排気を二分して導入する「ツインエントリー・セラミックターボ」というトヨタが同時開発して採用したもので、当時の他のターボエンジンと比べてレスポンスが鋭かった。
ツインスクロールターボと構造は似ているが、このツインエントリー・セラミックターボは排気干渉を提言することを目的に作られたため、ターボまでの排気管は2本で接続され、ツインスクロールターボは可変ジオメトリーの一種で排気管はターボ入口までに1本に集合され、セカンダリースクロール入口にバルブが設置された上で接続されているという違いを持っている。
ちなみにヒマワリのSW20に搭載されている3S-GTEはツインスクロール化されているぞ。
また搭載された3Sは頑丈であり。ブースト1.5で560馬力まで余裕、それで5万㎞走ってもトラブルなしと呼ばれるほど頑丈で、パワーの出しやすいゼロヨンなどで活躍した。
ターボモデルのみABSやTCSが標準装備となり、ABSは4輪を独立して制御する4チャンネル式を採用している。
このABSは出来が良くプロのドライバーからたくさん絶賛されたが、特に4型のABSは出来が良すぎたあまりワンメイクレースでは禁止されるものもあった。
初期型ではエンジンパワーに対して足回りやブレーキが負けており(シャーシより車のデザインを優先して作っていたことが原因)、前輪設置圧不足からくるハンドリング・レスポンスの悪さ、オプションにLSDを付けていないことで非常にピーキーな車になってしまい、あのドリキン土屋圭市でも運転できず、「危険な車」と言われた。
また、当時運輸省が60扁平のタイヤを認めなかったことや搭載された3Sが鋳鉄製のため4気筒としては非常に重いエンジンだったこと、インタクーラーといったパーツが右側寄りだったため左右の重量バランスが悪かったので運転が難しいとされていた。
SW20は何度もマイナーチェンジを繰り返し、1型から5型といったモデルが存在し、92台限定のオープンモデルやMR2誕生10周年記念に登場した「ビルシュタインパッケージ」といった特別使用車も存在する。
マイナーチェンジを行うたびにピーキーだったSW20には足回りやシャーシの熟成はなくなり、5型になると1型のようにピーキーさは失った。
またデザインの変更も行われ、3型以降にはスカイラインのような4灯テールランプが採用され、5型には大型リアウイングが採用されている。ヒマワリは5型のSW20に乗っているぞ。
テストドライバーは後にレクサス・LFAのテストドライバーも務めた故・成瀬弘氏。
その成瀬氏が生前SW20を「世界最高のマシン」と語るほど強く愛情を注いだ車だった。
1999年には後継のMR-Sの発売をきっかけに生産を終了する。
トヨタのクーペで10年以上生産されたものはSW20とZ30型ソアラぐらいだ。
後継のMR-SはAW11のような「軽量・自然吸気」というSW20と違ったコンセプトで作られた車であり、排気量は1.8Lにダウンサイジングした。
これはパワーと燃費を両立できる排気量であり、これ以降トヨタが1.8Lを扱うようになったのはその理由のため。
モータースポーツでは全日本GT選手権のGT300に出場し、1998・99年度にはシリーズチャンピオンを獲得する。
またル・マン24時間レースにも参戦し、トヨタ系列のチューナーであるサードがSW20をベースにしたレーシングカー、MC8Rを制作した。このクルマはセルシオのV8エンジン、1UZ-FEにターボ化させたものを換装し、フロントはヒマワリのSW20同様に面影はほとんど残っていない。96年度のル・マンでは見事完走を果たしている。
余談だが、ホンダのCR-Xデルソルとはリアウインドウ周りの形が同じであり、そのクルマがMRのようなデザインになったのはSW20を参考したと開発陣が語っている。
[智姉さんのクルマ紹介No.12 トヨタ アルテッツァ(SXE10型)
トヨタ アルテッツァ(SXE10型)
【製造期間】1998年~2005年
【先代車】JZX100型チェイサー(実質的な先代)
【後継車】GSE20型レクサスIS
【名前の由来】イタリア語で「高貴」を意味する
【当時の新車価格】243万円(※01年式のRS200)
【別名】レクサス・IS(海外名、名前の由来は「インテリジェント・スポーツ」)
【全長】4.400mm
【全幅】1,725mm
【全高】1,410mm
【定員】5名
【BodyType】4ドアセダン
【車重】1340kg
【駆動方式】FR
【クラス】エントリーレベル・ラグジュアリーカー/コンパクトエクゼクティブカー
【エンジン】ヤマハ・3S-GE(2.0リッター直列6気筒自然吸気)
【最高出力】210馬力
【最大トルク】21.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】6.38kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】63.8kg/kg・m
【サスペンション】F/ダブルウィッシュボーン、R/ダブルウィッシュボーン
【変速機】6速
【作中の搭乗者】葛西モミジ(DUSTWAY・18歳)(※01年式のRS200)
【0-100km/h加速】7.3秒
【0-400m】15.6秒
【最高速度】225km/h
【智姉さんの解説】
通称「アルテッツァ」。
トヨタが久しぶりに発売した本格的コンパクトFRスポーツであり、「AE86型レビン/トレノ」の再来と称されたほど注目されたクルマでもあり、1998年-1999年日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞車だ。
プログレやブレビスとはシャーシを共通している兄弟車にあたる。
グレードは4気筒の3S-GE搭載の「RS200」と6気筒のIG-FE搭載の「AS200」が用意され、気筒数は違うがどちらも2.0リッターの排気量となっている。
海外ではレクサスIS300という名前で販売され、こちらはRS200に相当するグレートは3S-GEではなく1JZ-GEを搭載している。
トランスミッションはRS200のみ6速MTを採用していたが、後にAS200でも6速MTを採用されるようになった。
(ただしこの6速MTは壊れやすいという悪評のあるアイシン製6速MTであり、チューニングするとトラブルが多発した。
この6速MTはS15型シルビアやNB8C型ロードスターも採用している)
RS200の3S-GEは吸気側と排気側にVVT-iを搭載するデュアルVVT-iやチタンバルブなど最新技術が導入された。
足回りはスポーツ用サスペンションの代名詞と言えるダブルウィッシュボーンを前後に装着し、ブレーキに至ってMT車ではフロントにはアリスト用、リアにはアリストよりも1サイズ大きいブレーキキャリバーとローターが採用され、当時のブレーキアセスメント試験で最短制動距離を記録した。
デザインはリアにクリアテールが採用され、メーターは好き嫌いの別れるクロノグラフをイメージした個性的なデザインになっている。
発売当時、日本にはコンパクトFRスポーツはAE86レビン/トレノの生産終了以降しばらく存在していなかったため、この車の登場を多くの人は「AE86の再来」と待ち望んでいた。
しかし、BMWやメルセデス・ベンツら欧州のメーカーに競合する販売の戦略上、安全性配慮のため車体が当初より大きくなり、車重はお世辞にも軽いと言えない1300kgを超えてしまったため「コンパクト」とは程遠い車となってしまった。
発売当初は若者に需要があったためトランスミッション別では6速MTが一番売れていたもの、2001年以降からはクレスタとチェイサーが廃止された影響で中高年ユーザーが増えており、MTよりATのほうが売れた。
ISという名前で販売したヨーロッパでおいては、このクラスで売られていた高級セダンがアルテッツァ以外にドイツ車しか販売されていなかったため反ドイツ感情を持つ人から人気を獲得し、そこから広まる形で売り上げを伸ばした。
北米でも販売され、リーズナルなFRセダンとして注目を集めた。
燃費は11kmとスポーツセダンとしては優秀なほうだ。
レクサスブランドの日本進出に伴い、2005年の春にはRS200が販売終了し、夏にはAS200も販売終了した。
モータースポーツにおいてはスーパー耐久に出場し、2000~2005年にかけてクラスチャンピオンを獲得している。また2000~2006年までアルテッツァレースが開催され、実績のあるドライバーも多数参戦しており上位クラスへの登竜門的なものだったんだ。
チューニングではパワーを求めたターボチューンやモミジのようにスーパーチャージャーによるトルク重視チューン、レスポンスを求めたNAの4連スロットルチューンなどの様々なチューニングもある。
アルテッツァのコンプリートカーも販売され、トムスからはターボを搭載させた280Tや、モデリスタからは和呂を装着したクオリタートが販売された。
これはトヨタ系列のGAZOOをはじめとする販売の先駆けになっているんだ。
ただし最近はパワーのあるレクサスISや軽量なZN6の登場によりアルテッツァ人気は下がっているもの、それでもチューニングして乗ってくれている人はいるようだ
智姉さんのクルマ紹介No.13 マツダ RX-8(SE3P)
マツダ RX-8(SE3P型)(スペックは08年式タイプRSを参考)
【製造期間】2003年4月~2008年6月
【先代車】なし
【後継車】なし
【名前の由来】「R」はロータリー、「X」は未来、「8」は車格から
【当時の新車価格】315万円
【別名】なし
【全長】4,470mm
【全幅】1,770mm
【全高】1,340mm
【定員】4名
【ボディタイプ】4ドアクーペ
【車重】1350kg
【駆動方式】FR
【クラス】スポーツカー
【エンジン】マツダ・13B-MSP(レネシス)(1.3リッター2ローターDOHC自然給気)
【最高出力】235馬力
【最大トルク】22.0kg・m
【パワーウエイトレシオ】5.74kg/馬力
【トルクウエイトレシオ】61.3kg/kg・m
【サスペンション】F/ストラット、R/マルチリンク
【変速機】6速
【0-100km/h加速】6.3秒
【0-400m】14.6秒
【最高速度】250km/h
【作中の搭乗者】秋山(DUSTWAY・19歳)
通称「エイト」