「………」
シエスタに前もって頼んでおいたサンドイッチをもそもそと口に運びながら無言でラヴィッジを睨んだルイズ、模擬実践訓練の後に彼女たちは森の広場の中で休憩していた。複数回の訓練の中で何度も後れを取ったルイズは気恥ずかしさと悔しさの入り混じった視線をラヴィッジに放ち続ける。
だがその視線を受ける当のラヴィッジはどこ吹く風という風に蜷局を巻いて草原に寝そべっていた。ほほをなでるそよ風が心地よく流れる。ルイズの好みに合うように考えられた手の込んだ昼食を食べながらルイズは空を眺めた。
ギーシュとの件の決闘が評判を呼び、トリステイン魔法学院の中でルイズは平民からかなりの好感をもたれるようになっていた。貴族であることに胡坐をかいた傲慢な貴族の中の変わり種。平民として見下すのではなく一人の人間として尊重してくれるらしい。おまけにそのメイジは見たこともないような強力な使い魔を従えている。ともなれば平民で構成されている召使の人々が期待を抱くようになることは当然だった。ルイズに関わっていれば何らかの余禄に与れるかもしれない、という思惑があったのかもしれない。只々見下され奉仕を強要される現状に平民たちは嫌気がさしていたからだ。
特別に思われ敬われる現状をややむず痒く感じながらも拒否するべき理由をルイズは持っていなかった。
そして、召使たちからの尊敬が自分だけの実力で獲得したものではないこともルイズは重々承知していた。魔法を十全に使いこなすことが出来ない自分の言葉に相当の重みと実が伴っているのは自身の使い魔が強力であることも確実に影響している。
そうでないならば誰が自分の言ったことに耳を傾けただろうか。魔法の使えないゼロの戯言だと一蹴されてしまっていたにきまっている。実力無き綺麗ごとなど絵に描いた餅にすぎないことを今回の件でルイズは学んだ。現状に奢ることなく実力を身に着け、そして強力な使い魔の威光だけに頼っている状況を変える。ルイズの抱く決意はより強いものになっていた。
ルイズの現状に対する認識は概ね正しかった。
しかし、彼女は強力な使い魔という己の抱いていた認識が甘すぎることを後に嫌というほど思い知らされることになった。自分が何を召喚してしまったのか。この時のルイズはまだ何も知らない。自身のおかれている現状を彼女が自覚した時。彼女の真価が問われるのはもう少し後だった。
「ねえドクター」
「何でしょうかルイズ様」
「この銃は鉱石に特殊な加工を施して素材にしたっていったけれど。もっとたくさん。それこそ数百丁も作ることは出来るのかしら。もちろん、私が作らせるなんてことはしない仮定でよ?勘違いしないでね?」
ふむ、と言ってドクターは腕を組む。
そして一考の後に答えた。
「あり得ない仮定であると理解した上でですが、可能です。それほど難題なことではありません、必要量となる素材と労働力が揃えば短期間で御覧に入れるでしょう。ですが、辞めておいたほうが良いと思われますが。御渡しした銃の性能は俺の知る限りこの世界の技術水準を遥かに凌駕しています。魔法を基礎とした階級制、少数の貴族と多数の平民、量産化することによってその基本構造が根元から揺らぎかねません。平民による貴族の打倒を促すのであれば最適な方法です。ですが貴族であるルイズ様にとってこのような不要な未確認要素や問題を招くことは避けたほうがよろしいかとおもいますが。ですので、ルイズ様もそのお持ちになっている銃を見せびらかさないよう注意してください。
ルイズは軽い気持ちでドクターに問いを投げかけた。
だが、返ってきた返答はルイズの想定をはるかに超えるものだった。ドクターの説明を聞いたルイズは右手に持っているそれをじっと見つめる。
小柄な少女である彼女でも自由に持ち運ぶことが出来る携帯性。加えて一度に五発までの銃撃が可能である高い攻撃性能を持つそれは、確かにここハルケギニアでは類を見ないほどに優れているのだろう。
魔法が普及しているハルケギニア大陸でも銃という物の存在は確認されている。
しかし、単発式であることや装填に時間がかかること。重量があり運搬に不向きであるなど複数の欠点があるためもっぱら式典や鑑賞などに用いられ戦闘にはほとんど用いられてはいない。魔法という簡易で利便性が非常に高い技術形態が科学技術の発達を阻害している環境では銃を始めとした武器の改良が進まないのも致し方ないことだろう。
どこかの変わり者な中年教師にでも見せれば返ってくる反応は少しは変わったかもしれないが、魔法という特権に与る支配層が自身の権力基盤が揺らぐ可能性の芽を育てようとするわけがなかった。
もしこの武器が量産され大衆に出回ったらどうなるのか。貴族による支配に喘いでいる平民たちにもしそれらが手渡ったとすれば。ルイズはブルッっと体を震わせると自身の思考を打ち切った。答えは明確で考えるまでもなかったからだ。
間違いなく争いが頻発することになる。魔法にはかなわない、負けると分かっていたからこそ平民は黙って従わざるを得なかった。しかし、一矢報いる方法があるとすれば話は別である。これまで受けてきた苦汁をやり返す方法が見つかれば、平民たちは喜び勇み、貴族に対して反旗を翻すようになるだろう。
ルイズは自身の使い魔からの勧告を何度も反芻した、そして頷き返す。
「分かったわ、この銃の存在は誰にも教えない。見せびらかすなんて以ての外よ。」
「ご英断だと思われます。御渡しした俺も溜飲が下がる思いです」
貴族による問答無用の支配形態。平民ばかりが虐げられる現状の世界。ルイズはこれをただ良しとはしていなかった。だがいきなりそれをひっくり返そうとするほどルイズは安直ではなかったし、暴力的でもなかった。傷つく人々を減らすためにより一層の混乱を世の中にもたらそうとするようでは元の木阿弥だからである。
あるべき貴族の姿。あるべき世の中の形。一人一人全員が幸福に与れる夢のような世界でなくとも、一人の人間として尊重されるようなそんな現実的な目指すべき世の中の形。ドクターとの会話を通じてルイズは自身の不勉強さを思い知った。一人の貴族としてメイジとして考えるべきこと、知るべきことはまだまだ山ほどあることをルイズは痛感していた。
ルイズがドクターと銃器についての会話をしている中、ラヴィッジは蜷局を巻きながら手持ち無沙汰に二人の会話が終わるのを待っていた。ゆらりゆらりとたゆたう長い尾部が会話が長引いていることを教えてくれていた、
「……!」
ピクリ、とラヴィッジの身体が反応を示す。尻尾の揺れが止まりその身にまとう雰囲気が剣呑なものになる。
すわ何事だろうかと話を中断しルイズは振り返るが、振り返った際目に飛び込んできたのは自身の背丈の倍以上の高さを跳躍しているラヴィッジだった。驚くほどの距離を一足飛びで跳躍し身を翻す。美しい弧を描く形に反らされた身体はしなやかさと柔軟さを併せ持っていた。着地した後もグングンとその巨体からは考えられないほどの速度まで加速する。そしてルイズが声をかける間もなくその視界から消えて行ってしまった。
唖然とするルイズ。
どこかへ駆けて行ってしまった使い魔を追いかけようか、いやいや自分が追いかけて行っても追いつくわけがないから何か別の方法を考えなければ。と思案を重ねていると、ラヴィッジが駆けて行った森の方角から騒々しい叫び声が聞こえる。ギャーという典型的な叫び。人間の男があげたような叫び声だったようにルイズは感じた。
いよいよ何が起こったのか胸の内から込上げる不安が彼女を襲った。湧き上がる不安そのままにルイズは走る。自身の使い魔が駆けて行った方へ数十メートル移動すると恐らく帰ってきたのであろうと思われるラヴィッジの姿を確認した。自身の使い魔の無事な姿を確認して安堵するルイズ。
しかし、安堵したのもつかの間に、彼女の視界に写ったのはラヴィッジだけではなかった。
「ハロー、ルイズ、こんなところで合うなんて奇遇ねぇ」
「キ、キュルケ!ギーシュに、どうしてタバサまで!!」
現れた三人の人影はルイズの同級生であるキュルケ達であった。
ラヴィッジに袖襟を咬まれてずるずると地面を引きずられているギーシュ。残りの二人であるキュルケとタバサはラヴィッジの背中に乗って悠々とルイズのもとまで運ばれていた。
「なーにがハロー!よ馬鹿じゃないの?あんたたちいったい何をしてたのよ」
「とっても驚いたわ。タバサにも気を使ってもらって十分に距離をとっていたはずだったのに、あっというまにきづかれちゃうんだもの。」
「あわてて逃げようとしたらもうギーシュが捕まっちゃってたわ。ルイズ。あなたの使い魔は見かけによらず足も速いのね。」
「ちょっと私の話を聞きなさいよ。っていうか何で逃げる必要があるのよ。それに何で黙ってこそこそしてるのよ。いきなりラヴィッジが走り出したからこっちは大慌てよ。」
飄々と白状するキュルケを見ながらルイズはため息を吐いた。 ラヴィッジの突如とした疾走の原因が自分の知り合いだったという安心感が先行したが、だからといってうろちょろと監視まがいのことをされた疑念が晴れることはない。ルイズからのねっとりとした視線を向けられてもキュルケは飄々とした雰囲気を崩すことはなかった。後ろめたいことなど彼女は抱いていなかったのだろう。
ラヴィッジに対する驚きのままにキュルケは話した。
「あら、私はただギーシュが何かこそこそと動きまわっているのをみて面白そうだったからついてきただけよ。偵察任務を背負っている兵士じゃあるまいし。人を付け回す趣味なんて持ち合わせてないわ。」
というと、魘されているギーシュの身体を揺すりはじめた。キュルケの介抱の甲斐もあり魘されていたギーシュも徐々に覚醒し始める。
「うーん、うーん、ううう。」
「ほら、そろそろ起きなさいギーシュ。あなたルイズに言いたいことがあったんでしょ?」
「あ、ああ。そうだね。そうだった。」
ギーシュはプルプルと首を振ると自身の意識を確固としたものにする。そしてラヴィッジの口から放られた際衣服に付着した土を払いながら言った。話を聞くと彼はルイズに対して件の決闘について礼をしたかったのだそうだ。そのためにルイズ達一行の行き先の後を辿って魔法学院近くのこの森まで来たのだと。
「モンモランシ―から全部聞いたよ。君が止めてくれなければ僕はいまここには居ない。だからどうしても一言お礼を言わずにはいられなかったんだ。」
「別にお礼なんて必要ないわ。学則を破って決闘をしたのはお互い様なんだしね。」
話すギーシュの謂いを聞いたルイズは半ば呆れながらも彼の謝罪を受け取っていた。根が悪い人物ではないとルイズも知っていたからである。ギーシュにもギーシュなりの立場とプライドがある。グラモン元帥という偉大な父親を持つ彼には偉大な父親を親として持つプレッシャーを抱えている。人知れない苦悩の存在がまだ若いギーシュにはいきり立ったプライドとして表出していたのかもしれない。ヴァリエール公爵家を出自とするルイズにもギーシュの人知れぬ苛立ちがよく察せられた。
「でもだからってそんな付け回すような真似をしなくても済んだでしょう?後私に謝るくらいならシエスタに謝っておきなさいよ。今更平民だからってごねるんならこれから決闘の続きをしてやってもいいんだから。」
「そ、それもそうだね……わかったよ」
修羅のように恐ろしい貌をもった鋼鉄の巨人がギーシュの脳裏を過った。これまでの主張をころりと撤回した理由には、ルイズの述べた言が正論だったこととギーシュ自身の柔軟さを持った思考。その二つだけが挙げられるのではないのだろう。確実に彼女の従える強大な使い魔の影がギーシュのプライドを軽く凌駕するほどに色濃くちらついていたからだ。
「それじゃあ用も済んだみたいだし、私は学院に戻るとするわ。結局あなたがこそこそと何をしていたか分からずじまいだったけれどね。ちびルイズの癖に使い魔は随分と優秀なのね。」
「うるっさいわね。用が済んだらさっさとどっかいけばいいじゃない。もう二度と同じ事するんじゃないわよ?。次覗き見をやったら咬まれるのはあんたなんだから。」
「まあ、ちびルイズに忠告される日が来るなんて夢にも思わなかったわ。」
憎まれ口を叩くキュルケを見てルイズは憤る。しかし、自分よりも圧倒的に優秀な使い魔を従えている事実は誰でもないルイズが一番知っていた。意図せずともに正鵠を吐いたキュルケの言葉。揺るぎのない正論だからこそルイズの反駁も若干の鈍りを見せていた。
「どうしたのよタバサ。あなたは戻らないの?」
キュルケに続く形でギーシュが森の中の広場を後にする。だが、ギーシュの後ろ姿が遠くなり始めても青髪の少女はその場を動こうとはしなかった。タバサの視線の先をルイズが読み取って身じろぎをする。しかし、既に知られてしまった事実を覆すことは不可能だった。
「私にもそれを教えて欲しい」
「そ、それ?それって何のことかしら、私にはさっぱり分からないわ」
確実に知られてしまっている。
ルイズの背中を迸るような緊張が走った。まさかこんなに早く隠すべき秘密が漏れ出てしまうとは思わなかったからだ。とっさに嘘をついて誤魔化そうと試みたが聡明なタバサを欺き通せるほどのしたたかさを自分は持っているのか。自問自答をせずともにわかる。
否である。 無理やりにでも隠蔽を強行すればこの場は誤魔化せるかもしれない。しかし、そのままではすまないだろう。ルイズが言えた立場ではないが、簡単に諦めてしまうほどタバサの物わかりが良いとは思えなかった。そうなってしまえばタバサからの不必要な注目を日常的に浴びることになってしまうかもしれない。そうなってしまえばいくら念入りに気を付けたとしても、早晩秘密は露呈するだろう。監視の目を掻い潜りつづけることに気を窶すのは現実的方法ではない。 ならばいっその事積極的に情報を開示して秘密を共有し、これ以上の漏洩を水際で食い止める。
残された手段はこの一つしかない、とルイズは考えた。
「あれだけ距離が合ったのによく分かったわね」
当然の疑問をルイズは投げかける。 しかし、こともなげにタバサはそれを否定した。
「見えない」
「見えなかったけれど聞こえた」
「何かが打ち出されて」
「何かを貫く音、」
といって、タバサはルイズの腰に吊られた鉄の塊を見る。
タバサは優秀だった。不確実性が高くとも情報を集め複合的な見地から情報の確度を高める。そして自分の目で実際に得た情報との比較を行い更なる微修正を行う。状況から推測を立て判断を下し高確率で正解へたどり着けるだけの聡明さと賢さを彼女は併せ持っていた。
「で、でもどうしてタバサはこれを習いたいと思ったのよ」
「その質問には答えられない、」
「でも、どうしても必要だから」
「どうしても成し遂げなければならないことがあるから」
投げかけられた問いにタバサは事もなげに答えるが返答の矛先はルイズだけではなかった。ルイズとは異なりタバサはルイズだけを相手にしていたわけではなかったのかもしれない。ルイズとその使い魔との複雑な関係を見抜き、判断を下す要となるのはルイズではなくその使い魔であると理解していたから。ルイズの脇に控える使い魔たちへも自分の主張を訴えていたのだ。
自身が蔑ろにされているとは言わないが使い魔と対等に扱われていないと悟ったとき。強力な使い魔の威光。メガトロンの影がここでも顔を出すのか、とルイズは歯噛みする。
その影響を撥ね退けるだけの実力を彼女は持っていなかった。しかし、だからといってただ黙っていられるほどルイズの物分りもタバサと同様に良くなかった。
この悔しさを払うようにドクターへ意見を伺うことなくルイズは独断する。
腰に吊られた鉄の塊を手で押さえながら言った。
「いいわよ、これについて教えてあげる。ただし他言は厳禁、タバサもこれが誰かに感づかれることが無いように気を付けて。詳しいことはドクターから追って伝えるから今日はもう学院へ戻りましょう。」
「感謝する」
感情を表に出すことが少ないタバサだがその表情には僅かながらも与望の色が垣間見えていた。 ルイズの独断にドクターは一瞬驚いたように身じろぎをするが、それ以上の反応を見せることはなかった。シャカシャカとラヴィッジの胸部格納庫へ引っ込むドクター。そしてルイズとタバサを背中に乗せ、ドクターを格納したラヴィッジは学院への道を歩き始めた。
この時のルイズはまだ知らない。
成し遂げなければならないことがあると語った時のタバサの顔。
そのタバサの眼をみたルイズは奇妙な既視感をその身に抱いていた。
初めてメガトロンと合ったとき感じた何か。
まるで水面に反映された模造のメガトロン。それと同じ何かを瞳に写した時のよう。
その既視感が何なのか、ルイズはまだ知らない。
鋼鉄の巨人と青髪の少女。死と破壊を司る破壊大帝と水と風を操るメイジの騎士。
似ても似つかない両者に繋がりなど存在するのだろうか。
その既視感が何なのかをルイズが知るのは遥か先のことである。
深い憎しみと力への渇望を宿したタバサの瞳。 それはオール・スパークを得る為に手段を問わず何百体もの同胞を虐殺したかつてのメガトロンと同じ光を放っていた。
凍てついた目をした少女はどのような思いをその胸に抱いているのだろうか。 小柄なルイズよりも更に小さい少女の青い瞳にはおよそ年齢に見合わないであろう様々な感情が灯っていた。
増悪、怨毒、悔恨、怨嗟
それらの負の感情は心を蝕み精神を侵食し、憎しみのままに生きる彼女の強力な糧となり少女を支えていた。
とある男の手によって父親を、母親を、果てには自分自身の存在すらも奪われてしまった少女は何を思い何を為そうとしているのか。
圧倒的な絶望を抱えた少女にはこれから先、幾多の試練と様々な困難が待ち構えている。
青い瞳を持つ少女。タバサはそれらの艱難辛苦を一人孤独に、或いは大切な仲間とともに克服し、乗り越えていくことになる。
だが、それはまた別のお話。
ここではないどこかで語られる物語は少女が憎しみから解き放たれる一つの過程。
孤独な少女が得難い仲間と大切な友人を手に入れる一つの成長譚。
いつか来る未来。少女は偽りの己を捨て、本当の自分を取り戻す。