ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第十三話 新たなる道標

「そ、そうよ!!フーケの身柄を探さなきゃ!」

 

 

 

 藪から棒に慌てだすルイズ。

 自身の使い魔の手によってフーケの魔力によって生成されたであろうゴーレムは徹底的に破壊された、しかし、本来の任務である盗賊土くれのフーケ追補の任務は未だ半ばだ。

 

 フーケも土塊のゴーレムと諸共に粉々になってしまったのだろうか、陰惨な想像が脳裏を過る。

 盗賊の身を按じて憂いを含んだ表情を浮かべるルイズだが、つい先刻まで自身の傍で佇立していた存在が周囲に見当たらないことにようやく思い至っていた。

 

 

 

 

「ハアッハアッハアッハアッゼエハアッ……、」

 

 

 広場からやや離れた森の中。一人の女性が悪路の道程を懸命に駆け走っていた。

 長い緑髪を振り乱し、大雑把に腕を振るいながら必死に走る彼女の様子は鬼気迫るようだ。背後から迫る何かから逃げるように。何かから逃れるようにして森の中の悪路を道なき道を走り続ける、暴れまわる心臓の拍動と口から発せられる喘鳴が彼女を苛むがその腕をその足を止めようとはしなかった。

 

 

(化け物めッ化け物めッくそッ何だあれは、)

 

 

 

 臓腑を針で突かれるような慄然が断続的に彼女を襲う。

 心の中で悪態を吐きながらもフーケの全身を戦慄かせる震えは収まろうとはしなかった。自身の物差しでは計り知れないほどの何かを見たとき人間は恐怖する。鋼鉄の巨人が右腕の光弾を解放する寸前、フーケはフライの魔法を使って森に離脱していた為からくもゴーレムとの巻き添えを逃れたのだった。

 

 

 ゴーレムの肩に乗っていた彼女は鋼鉄の巨人が構えた砲門。その最奥で蠢く蒼光を見た瞬間、フーケは背骨に氷塊を詰め込まれるかのような錯覚をその身に味わった。次元を別にするほどの何かを感じたフーケの全身は戦慄いた。

 

 

 無数の修羅場を潜り抜けてきた彼女の内にある生存本能は、自身の要であるゴーレムをあっけなく諦めた。

 損得勘定を含めた脳内の思考全てを放棄。考え得る最短の速度と手順で彼女の身体を森へと逃がした。

 数多の経験から培った感覚は嘘を吐かない。逃避の過程で杖を失ってしまったが、事実彼女は五体満足の身体であの鋼鉄の巨人から逃れることに成功していたのだから。

 

 しかし、彼女は知らない。

 鋼鉄の巨人の魔手は限りなくどこまでも伸びるのだということを。

 

 

「………、」

 

 

 確かに迫ってきていた。

 フーケの鼓膜には何も感じ取ることが出来なかったが、確かに存在しているのだった。音もなくその影もなく、淡々と淡々と得物を追い詰める狩人の存在。

 

 紅の単眼が深い傷孔のように迸る。

 

 歴戦の経験を積んだ彼女の優秀な感覚は己の背後を恐ろしい速度で追躡する何かの存在をも鋭敏に感じ取っていた。

 成長した木々が乱立する森の中の隘路を強引に走り回った影響で彼女の身体はボロボロだ。全身を擦過傷が覆い、所々に酷い打撲痕が散在する身体はいつ停止してもおかしくはない。だが、それでも彼女は止まらなかった。否、止まれなかった。

 

 

 紅の帯を曳いて薄暗い森の中を這いよるように迫る一匹の巨大な追跡者。その魔手から逃れるために彼女は止まるわけにはいかなかった。しかし、いずれ限界はやってくる。

 

 

 恐怖に耐えかねて振り向いた彼女が最後に見た光景は、鋸の様な乱杭歯が無数に生え揃った口内だった。

 

 

 ▲

 

 

 

「あがががっががが……」

 

 突風の影響でもあったのだろうか。倒壊してしまった廃屋のある森の中の広場。美しい緑髪を持つ妙齢の女性が地面に磔にされ苦しそうに呻いている。身に着けている衣服は何かの突起物にでも引っ掛けたのか所々引き裂かれており、最早服としての役割を十分には果たしていない。森の中の隘路を何かから逃げ回ったかのように体中至る所が傷だらけだった。

 

 

 彼女は手足を振り回して自由の身になろうと努力する。だが腰を落として脚立する鋼鉄の巨人、その左腕から出現している複数の金属製アームで女性の腕や足は地面に縫い止めているために、自由になることは叶わなかった。

 

 

 巨大な虫のような奇妙な外見をした存在がこれまた見たことがないような奇妙なイカを持っていた。

 より正確に言うならばイカの様な何か。八本の足を持ち、金属質の光沢を放つそれは表皮に滑りのある黄緑色のジェルを己に纏いつけている。

 

 

 巨大な虫がイカを持って女性の顔に飛び乗る。

 すると、イカの様な何かはずるりと艶めかしい音を立てて女性の口内に入り込んだ。口腔から鼻腔へと侵入したそれは触手を伸ばして甲高い耳障りな機械音を奏でている。女性は己の身が置かれている現状を理解することが出来ないのか驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

 それも当たり前である。自身の鼻の穴から幾本もの触手が生え揃っている姿を想像するなど、およそ人間には考えられないような強烈な辱めだった。

 

 美しい女性の鼻の穴から触手が生え揃っているという極々一部のマニア垂涎の光景が繰り広げられている様を目の当たりにして、すぐ傍で控えている三人の少女は顔を顰める。

 彼女たちの口からはげんなりとした言葉が自然と漏れ出ていた。

 無口な青髪の少女は元からなのか否かはわからないが絶句していた。

 

 

「うええええッッ……」

「………」

 

 

 妙齢の女性は白目を剥き、強引に侵入してきた触手による苦痛に耐まらずピクピクと身もだえをしている。

 それこそ断絶的な電気ショックによる拷問を受けるスパイのように。

 

 

「あがっがッががっ」

 

 

 異物の侵入という不快感から端正な彼女の顔は見る影もなく歪められている。地面に縫い止められた彼女の惨めさは採集された昆虫のように哀愁を漂わせる。瞼を限界まで見開いて苦しんでいる女性を尻目に少女たちは嘆息するかのように息を吐いた。

 

 

「まさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケだったなんてねぇ……」

 

 

 長い人生の中でも中々お目にかかれない。寧ろ積極的に忌避するだろう光景を前にして夢にでてくるだろうなあ、とやや後悔しながらキュルケは呟いた。

 

 

 

 

 事の発端はルイズの周囲から姿を消したラヴィッジだった。

 傷だらけのロングビルを引き摺りながら、再びルイズたちの前に姿を現したラヴィッジ。負傷したロングビルを連れて森の中から姿を現した自分の使い魔を見て動転するルイズだった。だが、無暗に暴力を振るうような気性を持った使い魔ではないこともルイズはよく知っていた。

 

 故に、これまでの情報に現在の状況を加味して考えた結果。土くれのフーケとロングビルが同一人物であるということは容易に導き出すことが出来た、

 

 ついさっきまで行動を共にしていた教員が世を賑わせている件の盗賊であるという俄かには信じがたい答えである。しかし、その答えに辿り着くことが出来たのはルイズの使い魔であるラヴィッジが標的を見誤るような過失を犯すとは考えられなかったからだ。本来味方である筈の存在が実は敵であったという事実は誰も好んで信じようとは思わない。だが、血の通わない優秀な鋼鉄の使い魔たちを疑ってかかるにはそれだけでは弱すぎる材料だった。

 

 

 ロングビルの治療を行っているドクターを遠巻きに見ながらルイズたちは待機していた。

 何はともあれ彼女が目を覚まさねば事は進展しないからだろう、ドクターの治療が終わり、身体の怪我がある程度まで癒えた後。ルイズ達が拘束されたロングビルに動機などを尋ねるも彼女がだんまりを決め込んだところから物語は冒頭の部分へと移行する。

 

 

「ミス・ロングビルも素直に事情を話してくれればこんなことにはならなかったのにねえ、」

 

 

 気だるげにキュルケは呟くも今となっては元の木阿弥だろう。キュルケ自身もまさかこんなことになるとは思いもしなかったのだから。

 

 

「あたしを吐かせたいんだったら口を引き裂いてでもみるんだね、まぁ無駄だと思うけれどさ、」

 

 

 と為された治療の礼も言わずに不敵に笑う。フーケもといロングビルは歴戦の盗賊らしい覚悟を持っていた。生半な修羅場を潜ってきてはいないのだろう、ロングビルの笑みには経験に裏付けされた自信が見て取れる。ちょっとやそっとでは彼女の口から有用な何かを引き出すことは困難だろうと思われた。それこそ、拷問を施すくらいの悪辣さでも持たなければである。

 しかし。

 

 

「いいだろう、その口を引き裂いてやる」

 

 

 と宣告したメガトロンを見てロングビルの自信は粉々に打ち砕かれた。ルイズが止める間もなく複数のアームを出現させロングビルを地面に縫い付ける。鋼鉄の獣が胸部格納庫に保管していたドクターの存在はロングビルの経験を嘲笑うかのように情報を奪取していた。

 

 鼻からのびている複数の触手がもぞもぞと動き回る光景は例え肯定的に捉えてもあまり見れたものではない。その悍ましい光景を嗜虐的な笑みを浮かべながら眺めるメガトロン。やがてケポッという排出音とともにロングビルの口内からイカの様な何かが吐き出される。

 すると彼女の胸元でもぞもぞと蠢いていたドクターは排出されたそれを捕まえ、己の胸部に押し当てた。

 

 

「な……なによこれ……、」

「興味深い」

 

 

 空中に浮かび上がるようにして、ゴーレムによって破壊された宝物庫に侵入しようとしているロングビルの姿が克明に写しだされていた。

 しかも、ロングビル自身の視点でである。第三者視点ではなく、その物本人が体験した実際の経験。

 

 イカの様な何かを胸部に押し付けているドクターの眼部から現実なのかと見紛うほどの高精細な3Dホログラフが投影され続けていた。自身の尺度では計り知れないテクノロジーの光景を見て少女たちはもはや幾度ともしれない驚愕を味わっている。次々と移り変わる映像のストリームは水面に写る魚群のように揺らめきながら少女達の視線を一身に集めていた。

 

 

「この光景はロングビルの記憶?、これは一体何なの?!」

 

 

 ルイズは唖然としながら思わず叫んでしまった。科学の発展していないハルケギニアにおいて『映像』という存在は物珍しいを通り越して未知のものである。今までに一切見たことが無い現象を目の当たりにして彼女たちが驚かないはずがなかった。

 

 

「ロングビルの記憶を映し出しているっていうの?」

「そんなこと一体どうやって!?」

 

 

 ルイズ達の口からは次々に驚きと疑問が投げかけられる。

 言い換えれば人の頭の中を覗き見しているに他ならないのだから。科学技術の発展した現代世界においても明らかにオーバーテクノロジーな光景は驚嘆に値するのだろう。

 

 

 ルイズたちの疑問にメガトロンは答えない。

 ドクターもまたメガトロンに倣ってか口を噤んだままだった。そもそも説明をしても伝わらないと分かっていたからかもしれない。仮に理論が理解できたとしてもだからどうするという話である。歴戦の経験を積んだ盗賊の口を割らせる技量をルイズ達は持ち合わせていない。ならばルイズがメガトロンを止める必要もまた見当たらなかった。一般的な道徳や倫理を無視した上で考える。フーケ追補の任を帯びたルイズにとって眼前の光景は都合の良いものだった。

 自分でも驚いてしまうほどの冷徹な思考を持ってルイズは呟く。

 

 

「でも、これを見ればロングビルの目的が把握できるかも、」

 

 

 ルイズ達にとって理解の範疇を越えた光景は続く。

 ロングビルの記憶達は変わらずに次から次へと移り変わっていった。

 

 

 鼻の下を伸ばしただらしがない表情をしたオールド・オスマン。

 にこやかに笑いかけているコルベール。授業に臨んでいる学生たち、

 大声で商いをしているのであろう露店の商人たち。

 疲れ果てた表情の物乞い。

 肥え太った高慢な貴族たち。

 物言わぬ動かない人間であったもの。

 煌めく財宝の山。

 

 

 時には歌劇的に。時には喜劇的に。時には悲劇的に変遷する群像劇に少女たちは自然と引き込まれている。

 ロングビルの経験した数々の記憶達。ロングビルそのものである一欠けらは途切れることなく流転して、

 

 

「…これ……モード大公よ、」

 

 

 彼女の過去を紐解く端緒を誘った。

 

 

「も、もーどたいこう?誰なのよそれ」

「はぁ~、これだから田舎者のヴァリエールは仕方がないわねえ」

「う、うるさいうるさいうるさ~い!!早く誰なのか話しなさいよ、」

 

 

 辟易とするような声音のキュルケに対して普段通りの癇癪を起すルイズ。非日常的な光景が続いた今そんな癇癪もどこか懐かしく感じられた。騒ぎ立てるルイズに急かされる形でキュルケは自分が知っている限りのことを話し始めた。

 

 

「確か、アルビオン現国王ジェームズ一世の王弟だった貴族の名前よ。10年位前に会食でお会いしたことがあるから間違いないわ、」

「だった?」

 

 

 間を取り持つようにしてタバサが疑問を投げかける。鋭い視点を持ったタバサらしい着眼点だった。王弟であるモード大公が存命であれば態々そんな含みを持たせる言い方はしないはずだからである。

 タバサの問い掛けにキュルケは飄々とした正確通りあっけらかんと返答した。

 

 

「処刑されたのよ。表向きの理由は謀反を企んだから、とかいう理由だったけどね。見た感じとても謀反を企むような人物には見えなかったから他に理由があったんじゃないかと私は思ってるわ。」

「どーしてそんな大昔のことをはっきりと覚えていられるのよ、適当な言ってるんじゃないわよね?」

 

 

 ジト目で睨みつけるルイズの疑惑の念をキュルケは軽くあしらった。

 

 

「ふふふっ、会食の時にモード大公と連れ立って歩いていた殿方がい~い男でねえ。モード大公はそのついでに覚えていたのよ。ダンディでかっこよかったから子供心でも憧れたわ~。あ!ほら、これよ、この殿方よ!」

 

 

 男絡みかよっと二の句が継げない絶句したルイズをほったらかしてキュルケは弾んだ声をあげる。キュルケによって示されている中空に映し出されていたその映像。

 

 そこには満面の笑顔を浮かべがっちりと握手している二人の男性が投影されている。

 金髪で柔和な顔をした壮年の男性と緑色の髪を短く刈り上げた彫の深い男性がそこにいた。

 

 

「この緑髪の殿方よ!いいわよね~。ムキムキでいかにもダンディ~って感じ。幼いなりに大人の魅力を感じたわぁ。惜しむらくはあの場では名前をお伺いできなかったのよねえ、もし機会があればお名前を「ヘンリー・オブ・サウスゴータ」

 

 

 パッと声が聞こえた方へルイズ達が顔を向けるとロングビルが不貞腐れた表情をして横たわっていた。ロングビルはは別の意味での初体験を済ませた生娘のように力なく喋りはじめた。最早彼女も諦めてしまったのだろう。鋼鉄の使い魔たちの持つ見たこともない謎の技術は、歴戦の盗賊が積み重ねてきた経験を悠然と上回っていた。

 

 抵抗することが無意味だと分かればあとは簡単である。野となれ山となれといった投げやりな思考に陥るのではなく、少しでも被害を減らすために何が出来るのか。そのために出来ることをする従うべきことに従う。それだけだった。

 

 

「それがその男、あたしの父親の名前だよ。何でも話すからさ、それを止めておくれよ。もうこれ以上あたしの記憶を覗かないでおくれ。」

「わ分かったわ、ドクター!それをとめて頂戴、」

 

 

 ルイズの慌てた呼びかけに応じて記憶の照射をドクターは停止する。

 

 

「ったく人の記憶を勝手に盗み見るなんてね、貴族のお嬢様方はプライバシーってもんをしらないのかい?」

「それはあなたが中々事情を話さないからでしょう!?というより私たちもまさかこんなことになるだなんて思わなかったのよ!」

 

 思惑を超えていたというルイズの言は本当である。止める間もなくマチルダは拘束され、歴戦の経験を積んだ盗賊の固く閉ざされた口はあっと言う間に引き裂かれてしまった。マチルダが諦めて自供を始めたのも致し方のないことだろう。如何とも出来なかったルイズの立場を理解できたのかフーケがそれ以上の愚痴を言うことはなかった。だが、ぽりぽりと頭をかきながらフーケは忌々しげに呟いた。

 

 

「そうかいそうかいお嬢様方もいろいろ大変なんだねえ。でも老婆心ながら言わせてもらうけどね。そう簡単にホイホイとこんな真似をするんじゃないよ。人の記憶を勝手に覗き見る事ほど、人を侮辱する行為もないんだからさ。覗き見られた本人の尊厳はいったいどうなっちまうんだい。ま、盗賊をやっているあたしの言えたことじゃあないんだけれどもね。」

 

 

 フーケの忠告を聞いた際、ルイズの表情に影が差した。記憶、という単語に何かしらの心当たりがあったのかもしれない、表情に表れていたやきもきとした感情がすっかりと何処かへ消え失せていた。沈痛な表情を浮かべるルイズだったが、そのルイズの変化にフーケは気づかなかった。

 そのまま事の顛末をぽつぽつと話し始めるフーケ。これまで置かれていた自身の境遇。魔法学院に保管されている宝物を盗むために教員として潜入していたこと、盗賊として生活してきた己の半生、

 そしてー

 

 

「「ハーフエルフ?!」」

 

 

 ハルケゲニアでは恐怖の対象として忌み嫌われるエルフの存在が出てきたことに驚きを隠せないルイズ達。

 ロングビルは案の定といった風に従容と続けた。宝物の使い方を知るためにゴーレムをけしかけたのだということまでを聞き出した時点で、ルイズたちがマチルダから聞き出したいことは全て聞き出し終わっていた。

 

 しかし、マチルダが淀みなく話し続ける告解を聞くうちに知らず知らず任務を忘れてしまうほどのめり込んでしまっていたのだ。それだけ、マチルダがこれまで経験してきた半生は半端なものではなかった。加えてルイズたちも最後まで聞き届けなければならないと思ってしまうほどに、マチルダの口調にも熱がこもっていた。

 

 

「ああそうさそうさ。ティファニアは半分だがエルフの血をひいているよ。このハルケギニアで恐れられているエルフの血をね。」

「なるほどねえ、これでモード大公がロングビルの記憶の中にあったことにも納得がいったわあ。まさか妾とその子供だったハーフエルフを匿っていたことが爵位剥奪の原因だったとわねえ。」

 

 

 ロングビルの説明を聞いたキュルケは合点がいったという風に首肯する。

 森の広場に向かうまでの会話内容から鑑みても彼女の説明は得心が行くものであるからだ。議題に登った疑問が氷解していくにつれて明らかとなっていく事件の全容は貴族であるルイズにとって考えさせられるものだった。

 現在進行形で残積している人とエルフに纏わる問題はとても根深く奥が深いものになっている。

 

 ハルケギニア全土に普く存在する精霊の力。

 その力を用いた既存の枠に収まらない先住魔法を自由自在に操るエルフは一人で人間の兵士数十人分に値する力を持っているという。これでは凡百の兵士たちがいくら束になろうとも人間の手で彼らの住まう東の地を侵せるはずがない。事実ハルケギニアの諸王国は6000年という途方もない年月の中で唯の一度でも彼らを打倒できた試しはないのだから。

 故にハルケギニアの人々にとって『エルフ』とは恐怖の象徴に他ならない。

 

 自身の境遇が原因で不遇の扱いを甘んじさせられているティファニアの様な存在は元々の個体数こそ少ないもののここハルケギニアでは決して珍しいことではなかった。同じ人間であるにも拘らず平民と貴族という区分けが存在するほどだ、エルフの血が混じっているという事実は人々を迫害に駆り立てるには十分過ぎ得るものなのだろう。

 

 

 ハーフエルフの少女が此れまでに過ごしてきたのであろう苦難に満ちた生活。それを偲ぶルイズの心には自然と沈んだ気持ちが去来した。ティファニアとルイズが実際に出会ったことは無いが、周囲からの迫害という点ではルイズにも一日の長がある。

 

 

 トリステイン有数の名門公爵家の三女として生まれたルイズは日常生活における苦労という苦労を殆ど味わうことなく暮らしてきた。だが、貴族である証。その前提条件として求められる魔法が使えないルイズには異なる地獄が待っていた。尊大で傲慢、横柄で高飛車な貴族の人々にとって真面な魔法ひとつ使えないルイズの存在は肥大した悪意にとって格好の的だった。

 

 授業で、食事で、生活で、日常における様々な場所で迫害を受け続けた経験を持つルイズにとってただハーフエルフであったが故に苦境にあったティファニアのことを他人事として無遠慮に断じられるわけがない。

 

 事の進展に伴ってルイズの中にあったロングビルに対する猜疑心は綺麗サッパリ溶け切っていた。貴族としての位を失い、盗賊に身を窶しても苦境にある少女のことを。そして無数の孤児たちの成長を支え続けたロングビルに対して十分すぎるほどの好意をその身に抱くルイズ。

 その思いは思わず口に出さずにはいられない程に強くなっていた。

 

「フーケ…………。いえ、ミス・マチルダ。先程の非礼を詫びるわ。御免なさい。許されるとは思わないけれど私にできることがあれば何でも協力させていただきます。」

 

 と言って。

 ルイズは頭を下げた、マチルダに対して明確な謝意と裏表のない好意を表すために。

 

 その様子をポカンとした表情で眺めるキュルケ。

 プライドの高いルイズが事情があるとはいえ盗賊であるマチルダに頭を下げるとは思わなかったのだろう、その驚きも当然である。ほんの少し目を離しただけで大きく、そして力強く成長していたルイズの姿がキュルケには僅かばかりの寂寞と共にやや遠く見えていたからだ。

 

 

「はっ、急にしおらしくなっちゃってまあどうしたんだい、ヴァリエールの御嬢さん。何はどうあれあたしは罪を働いたんだ、あんたらがしたことは間違っちゃいないよ。あとはあたしが然るべき罰を受けるだけさね。さっさと身柄を軍でもどこにでも引き渡せばいいさ。」

 

 

 朗々とここまで言葉を紡いできたマチルダ。まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 自分が抱えていた重みを他者と共有できたこと。告解によって生じた安堵感が彼女の精神に僅かばかりの安息をもたらしたのかもしれない。強引に奪取された記憶ではあるが、結果としてこれまで一人背負ってきた重しが随分と軽くなっていた。

 

 罪には罰が必要だと話すマチルダを見て居たたまれない気分になるルイズ。

 

 俯き目線を大地へと向ける彼女は沈痛な面持ちを浮かべていた。やや暗澹とした空気がその場を支配するが。罪は罪であり罰は罰。こちらとそちらが入り混じることはないし、ルイズが任務を放棄することもまた起こらない。理性と感情を厳密に軛する、メイジであるルイズは背負ったその責務をしっかりと完遂した。

 

 

 

 マチルダ・オブ・サウスゴータ。

 別名土くれのフーケは三人の少女の手によって捕縛され、軍へ身柄を渡されることになる。あの土くれを捉えたのが三人の幼気な少女であることは驚きをもって人々の間に広まった。だが、その中核を担った鋼鉄の使い魔が噂の俎上に挙がることは奇妙なほどに起こらなかった。

 まるで何かの意思が介在しているかのようにすっぽりと抜け落ちている鋼鉄の使い魔。その存在は未だ陰に覆われたままだった。

 

 

 ▲

 

 

「持てるだけ持っていくがいい、」

 

 

 マチルダに施された拘束を解きながら鋼鉄の巨人は言う。

 真夜中を少し超える時間帯。トリステイン内に建設された重罪人を収容するチェルノボーグの監獄へ通じる街道の何処か。周囲すら上手く見通せないほどの濃厚な闇の中。恐ろしい修羅の貌。朱に染まる瞳がぼんやりと浮かび上がっている。

 

 煌々と煌めくハルケギニアの蒼月と紅月。大自然の生み出す美しい輝きすら見劣りしてしまうのではと感じてしまうほどの瞬きがマチルダの前に並んでいた。

 

 これでもかと積み上げられた宝石の山。財宝の塊がそうだった。

 大きさ、煌めき、色、カッティング、それら全ての要素が高い水準に保たれた極上の一級品たち。

 宝飾品について殆ど造詣が深くないマチルダでさえ一目でわかる稀少性。

 

 一体こんなものを自分に渡して一体何が狙いなのだ、と目の前にいる鋼鉄の巨人が持つ真意を汲み取ろうとせんがためにマチルダは必死で頭を回転させていた。

 

 

 

 

 直ぐに脱獄してやるよ。

 土くれのフーケもといマチルダ・オブ・サウスゴータは護送用の馬車の中で呟いた。手荒い騎乗にうんざりとしながらも刑務所内においてどうやって脱出してやろうかと想像を巡らせる。罪は罪であり罰は罰だ。

 しかし、だからといって脱獄を企てないとは一言も言っていない。寧ろ、善悪はともかく罪人が脱獄を企て実行しようとするのは当然だろうとすら彼女は考えていた。人民を統治するものが貴族の権利であるのならば、それに対抗するのもまた人民の権利だろう。元貴族で現役の盗賊らしいマチルダの意見である。

 

 加えて彼女には守るべきものがあった。

 ウェストウッド村の孤児たち。そして実の妹のようにすら思っているハーフエルフの少女を思い出す。このまま黙って静かに刑期を全うするには時間がかかり過ぎるだろうと思われた。自らの金銭的援助なしには彼ら彼女たちの生活は直ぐにでも成り立たなくなるはずだ。

 だからこそ、どうしても脱出する必要があったのだ。

 

 護送中の脱出をマチルダは最初から諦めていた。メイジの罪人を移送する際にはスクウェアクラスのメイジを一人監視役として付ける義務がある。杖を紛失し、真面な魔法が使えなくなっている今スクウェアを相手に一戦仕掛けることはどう考えても分が悪い。

 

 今は待つ。そして来たる機会を逃さずに注意を配ることが吉。そう考えたマチルダは全身の拘束具を煩わしく思いながら窓のない馬車の旅が終わる時を待っていた。

 

 ▲

 

 しかし、予想に反して馬車の旅は唐突に終わりを告げることになった。

 スクウェアクラスの護衛メイジが苦も無く躱され、罪人を強奪される事件が発生したからだ。

 土くれの異名を持った盗賊は再び野に放たれ、トリステイン中の貴族は喜びから一転、再び恐怖に曝されることになると思われた。

 

 ▲

 

 スクウェアクラスのメイジをどうやって躱し切ることが出来たのか、マチルダは聞かなかった。これまでにも嫌というほど実際に経験してきたからだ。態々聞くまでもなく分かる。この鋼鉄の巨人にかかれば幾らでも方法を導き出すことが出来るのだろうから。

 

 自身が強奪されたことを自覚した時、マチルダは一瞬死を覚悟した。あの巨人がここまで追ってくるということは自身の止めを刺しに来たのだろうかと推測したからだ。しかし、違うようだった。止めを刺すのが目的であるならばとっくに目的は達成されている。

 

 では、何故自分は生かされているのか。マチルダは必死に考えるが答えは出ない。

 煩悶を続けるマチルダだったがそのマチルダをよそ目に鋼鉄の巨人は言った。有無を言わせない絶対の選択肢がマチルダに投げかけられる。

 

 

「手足が必要だ、」

 

 

 この一言でマチルダは悟った。これからの自身の運命と、自分が大きなとてつもない何かに巻き込まれようとしているのだということを。それは後に伝説と呼ばれた領域。マチルダもまた例外なく課せられた役割と共に繋がりを持つことになった。

 

 自身の目の前に道が開かれるような錯覚。これまで歩んできた人生の中で二度目の感覚。自分に盗賊としての適性があることを初めて自覚したあの時と同じ感覚だった。拒否は出来なかったし、する心積もりもまたマチルダは持っていなかった。

 

 無言の儘瞼を閉じる。そして暫しの一考。

 

 迎えてみれば随分と清々しい心持である。何をしようが目の前にいる鋼鉄の巨人からは逃れられる訳がないのだ。ならば選べる選択肢は多くない。寧ろいま生きているだけでも貰い物と言うべきか。ウェストウッドの孤児たちを、ティファニアを、そして自分自身を守るためには。必要条件を勘案するとマチルダに残された選択肢は一つだけだった。

なればこそ毅然とマチルダは言った、盗賊を生業にしているとはいえその風格はアルビオンの名門貴族、故サウスゴータに違わないものだった。

 

 

「分ったよ使われてやる。土くれのフーケはメガトロン、あんたの幕下に加わった。」

 

 

 僅かに見える朝焼けの光明がハルケギニアの大地に降り注ぐ。凶悪な貌を持った鋼鉄の巨人と整った美貌を持つ妙齢の女性。相対する二人が鮮やかな紅葉色に彩られた。

 

 何が正しい結果だったのか、マチルダには分らない。これから自分がどこへ向かおうとしているのか、何に巻き込まれていくのか、自分の守るべきものを本当に守ることが出来るのか、マチルダは何も分っていなかった。 全身を不安が覆っていた。マチルダは荒れ狂う大海へ漕ぎ出す自分の姿を想像した。

 しかし、不安に駆られている精神とは対照的にマチルダの表情は穏やかだった。目の前に堆積する宝石の数々。滲み出す艶めかしい煌めきがマチルダを惑わせたのかもしれない。歴戦の経験を積んだ盗賊、その冷静な判断も狂わす魔性の引力は何物にも代えがたく万人を惹きつける。

 地獄の沙汰も金次第である。マチルダは、それで良しとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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